だいにわ ほくおうちほー
「え、っとお……」
しかし覚悟を決めて振り返った俺は、言葉を失った。
あまりと言えばあまりな存在が目の前に存在していたからだ。
年の頃は小学校高学年から、行ってても中学生くらい。
身長や背丈、その成長度から行ってもそれ以下でも以上でもないだろう。
声のとおり、女の子? だ。
美少女と言って過言ではない。
というよりめっちゃくちゃ綺麗といっても多くのヤロー共は反論するまい。
年の頃から考えれば、女の子としてはかなり成長していると言っていいだろう。
でも耳が生えてる。
当たり前だろって?
よく聞け、俺は生えてるといったんだ。
人間の耳が、あるべき場所にあるのを見てフリーズしたわけではない。
その場所は癖のある、だけど輝くような銀髪に覆われていて見えない。
獣耳。
それが偽物ではないと自己主張するようにピコピコ動いている。
その本体様は、上半身を少し斜めにして覗き込むようにして俺の顔を見つめている。
これもまた太陽のように輝く、記憶はないくせに「初めて見たと」思えるような美しい金眼で。
おかしなところはそれだけではない。
おそらくは向こうも全裸なのだろうが、大事なところは旨い具合に「白銀の毛皮」で覆われている。
幼いという表現が似合う年頃に見えるのに、それが妙に生々しくて艶っぽい。
思わず生唾を呑みこみそうになるのを、なんとか堪えたほどだ。
間違っても反応するなよ、俺の見慣れたモノ。
我がこととはいえ、いくらなんでも見たくなさすぎる絵面だ。
小ぶりな尻の先でわっさわっさ揺れているのは尻尾だしな、あれ。
ふわふわにふくらんでて気持ちよさそうだが、そんなことを言っている場合でもない。
よく見れば犬歯が少し出ているし、両手両足の先は戦闘力が高そうに少し大きくて鋭い爪が生えている。
一言で言えばあれだ、魔物少女だ。
なんの種族かは明確ではないが、メジャーどころで言うならばアレあたりか。
「そ、そういう君は、誰なのかな?」
表情が引き攣るのを抑えきれないまま、なんとか聞き返す。
噛んだのはスルーしてくれるとありがたい。
「私? 私は『魔狼』だよ?」
――やっぱりかー!
よかった、「魔狼のフ○ンズだよ!」とか言われなくて。
それはいろんなところからお叱りを受ける気がするから勘弁願いたいところだ。
導入の状況が似ているとも言えることに思い至ったが、そこはスルー。
『魔狼ちゃん』呼びも禁止する。
ここは「ほくおうちほー」ってか、やかましいわ!
「あ、君『勇者の剣』生えてる! ということは、君は勇者くんなんだね?」
その幼くも美しい顔が、見惚れるような笑顔に変わる。
そのイントネーションを止めろと思いつつも、思わず己が手に持つ抜身の剣を二度見してしまう。
え? これが『勇者の剣』?
というかマッパに『勇者の剣』ってド鋭でぇな、始まりすぎてる。
とはいえ、
「え? ――粗末! これが『勇者の剣』だって?」
思わず声に出る。
『勇者の剣』とはもっと勇壮で、見るからに凄い力をもった神器を思わせる見た目であるべきなんじゃないのか?
短剣よりは長いとはいえ、長剣というには半端すぎるこの手にある剣を、知識の中にある『勇者の剣』の類と比べれば思わずそういう感想も出ようというものである。
「ちがうよ、それはただの剣。『勇者の剣』は――そっち」
獣耳をピコピコ動かしながら、可愛らしい仕草で俺の股間を指さすのを止めなさい。
つか、下ネタかよ!
生えてるって、そういうことかよ!
「粗末なの?」
……orz。
勇者(仮)に致命の一撃。
以後の戦闘継続は不可能です。
先程、我が手にある「ただの剣」に対して吐きました暴言、独白がすべて己を貫く鋭い刃と化して精神を抉ってくる。
過去の己が最大の刺客となるのは、『黒歴史ノート』にも劣らない。
「だってみんなそんなの生えてないもんね。私も、世界蛇ちゃんも、冥界の黒白ちゃんも。つまり伝説どおり君が勇者くんなんだよ!」
どんな伝説だよそれ!
――その者、蒼き衣も着ないでマッパで地下の迷宮に寝っころがってる。
――失われし魔物少女との絆を『勇者の剣』で再び結び――ってエロゲじゃねえか!
というか、やっぱりここは「ほくおうちほー」なのか。
他の「ちほー」もあるのかどうかはわからないが、どうやらここにいるのは魔物少女――女性体のみだというお約束展開らしい。
そんで生えてる俺が『勇者』様ってわけか。
あやかりのエロゲーなんかで如何にもありそうだな、こういう設定。
致命の一撃を受けながらもなんとか思考を働かせる。
「ち、ちなみにその『世界蛇ちゃん』とか、『冥界の黒白』ちゃんはどうしてるの?」
三姉妹とは恐れ入ったが、名が出るということはこの世界に存在しているのだろう。
俺が現れた此処が、たまたま『魔狼ちゃん』のナワバリだったというわけだ。
どっかのツンツン頭で神の上を行く人のように、「不幸だー!」と叫びたい。
「んー? 『決闘ごっこ』で私が勝ったから、しばらくはいないよー? もうすこししたらどこかに出てくると思う。そしたらまた『決闘ごっこ』するんだー」
なるほどおっかない。
「ごっこ」を付ければ可愛らしくなると思っていたら大間違いだ。
つまりは負けた方が死んでるんじゃねえか。
話す内容からして『魔物少女』は再湧出可能っぽいが、『勇者』サマはどうなんスかね?
どっかの教会へ飛ばされて、持ち金の半分と引き換えに生きかえって「死んでしまうとは情けない」と言われる程度ならいいんだが。
「え、えーっと。ホントは聞きたくないけど聞かなきゃいけないだろうか聞くんだけど……『勇者』と出逢ったら、どうしなさいって伝説は告げてるのカナ?」
「勇者ごっこ!」
やめろ。
それ以上は危険だ。
屈託のない笑顔が魅力的なことは認めるが、それだけに余計コエーよ!
というか『勇者ごっこ』ってなんだ一体。
本家、いや本家じゃない、今のこの状況が分家というわけでもない。
ともかく『狩○ごっこ』よりもどこか危険な香りがして来るのは気のせいか?
いや気のせいではあるまい、変な汗が出て来てるし、このどうやら優秀な身体が危険を察知して警報を発している。
『決闘ごっこ』で敗者が消し飛ばされている以上、『勇者ごっこ』が穏当なものであると考えるのには無理がある。
危険、危険、危険だ。
「ち、ちなみに『勇者ごっこ』の決まりはあるの?」
「あるよー! 『勇者の剣』を私たちに刺したら勇者くんの勝ち! 私たちは勇者くんを倒せば勝ち!」
「倒せ、ば?」
「うん。噛んだり、踏んだり、『ひっさつわざ』使ったりしてね! 『決闘ごっこ』とおなじだよ!」
はい詰んだ。
せめてこの手にある剣が『勇者の剣』だというならまだやりようもあるかもしれないが、『勇者の剣』と称される俺の見慣れたモノをどこにどうやって刺せってんだ。
アホ抜かせ、向こうはこっちを殺す気で襲い掛かってくるんだぞ!
それで勃ってりゃ俺は立派な変態様だ!
それにどうせこういう場合、お約束で――
「じゃあ、始めるねー?」
ほ ら な 。
目の前で愛らしい魔物少女形態であった魔狼が、その本来の姿に戻ってゆく。
どうせそんなこったろうと思ったよ!
完全に本来の姿に戻った魔狼の巨躯は、引き締まっているとはいえあくまでただの人サイズの俺など一呑みに出来そうなほどである。あと雌型のくせにやけにかっこいい。
ちっくしょう、こんなもん相手にマッパに粗末な剣一本でどうやって勝てっていうんだよ!
粗末な剣ってあれだぞ、俺の手にある剣のことだぞ。
正体表した魔狼に、俺の見慣れたもんぶっ刺そうと思えたら俺は世界征服だって「できらぁ!」って言うわ。
うわあ、ひしりあげる咆哮が空気震わしてやがんの。
どうせ鋭い爪とか牙だけじゃなく、魔物少女形態が仰られておいでになった「ひっさつわざ」なんかが炸裂するんだろうしなあ……
『勇者』側に勝利条件が設定されていない以上、ここで『GAME OVER』しかないよな。
現出地点にボスキャラがいたような不幸なんだろう、このパターンは。
本来であればおそらくはそこらに存在する『魔物少女』ではないモブ魔物を地道に狩って、レベルアップしてから『勇者ごっこ』に挑むのが定石。
伝説にある『勇者の剣(粗末)』はそこで勝利した後のご褒美シーンで使われるべきもので、本義本来の戦闘で使うようなもんじゃねえわな。
チ○コ振り回して本来の姿の魔狼と戦う絵面なんざ誰も見たかねえ!
ええい自棄だ!
さすがに伝説の言う『勇者の剣』で戦う気力はわかないが、粗末なこの剣一本でやれるだけやってやらあ!
どうやらこの身体の性能は普通の人間の性能を遥かに凌駕しているっぽいしな。
マッパとはいえ、鎧袖一触されることは無いだろう。
わがフル○ンドライブを見るがいい。
――いや、その姿で「すっごーい!」とかいうな、魔狼。
怒られるから。