4話
競技祭まで後3日に差し迫っていた。その頃には完全に短縮授業となり、2時限、3時限で終わるようになっていた。学院のほとんどの生徒が少々浮かれふしれなかった。
「えーとじゃあ、タイムテーブルの発表するよ。1番最初は幻惑です。自身を他のものに似せて貰います。この競技に出る人練習を怠らないでね!後ちゃんと似せるものを観察して隅々まで再現し惑わしてください。次に――」
いつかと同じように委員長が教室内にイケボを響かせてそれぞれの競技に関する秘策や重点的に練習しておくべき場所を指し示す。普通は教師がやるはずなのだが.......ボイコットなのか教室にいなかった。
「3番目にある中距離走は.......」
皆が皆やる気に満ち溢れている。それはイベントという行事が人間の本能に楽しめと暴れろと訴えかけているのだろうか。でも実際やりたくない人もいると思う。現にこの中に最低1人は存在するのだ。それがたとえ今チョークで狙われ........
「え?」
頭に軽くない衝撃が貫き目の前がチカチカする。
「天野くん?君が1番大変なんだよ?ぼうっとしてないで聞いてくれるかい?」
いつもは温厚な委員長もイケメンなお顔が少し歪んでいた。
「ご、ごめん。」
「いや、いいよ。でも。君が1番大変な事だけは、覚えておいてね?魔術が使いづらい君にとって数ある競技の中でこれがマシってだけで、決して油断していいものじゃないからね?あとトップ目狙わないといけないんでしょ?」
「は、はい。」
「良いかい?とりあえず君は走り続けるんだよ?魔術が飛び交う中て1位は難しくても2位はとってみせてよ?当たり前だけど身体強化は、反則らしいから。」
「は、はい。」
「うん。分かってくれたならいいよ。これが終わったらまた練習ね。」
ビクリと本能的に体か震える。最近気づいたのだが練習している最中の記憶が無いのだ。
「天野くん?」
「分かってる。何とか頑張ります。」
「うん。それまでのサポートはするから。じゃ次は魔術射撃なんだけどー」
いつの間にか練習が終わっている恐怖。練習の間何されていたのかさっぱりわからない恐怖が御影を襲う。しかしそれでも文句を言う権利を御影は持たない。それもこれもペナルティを持って来てしまった自分が悪いのだから。故に自分に言い聞かせる。
(落ち着けまだ死んでもいないし、大きな外傷は見当たらない今日この頃。これから何があっても取り敢えず帰ったあと飯を食べて最近ビックリするほど優しい白虎と睡眠をとり、また活力を取り戻すんだ。)
言い聞かせている時点で重症だと気づくのはまだまだ先のようである。
「最後に鳳を飾る競技、魔術戦なんだけど、これはビクトールさん、あなたの他にはいないよ。全力で頑張ってね。」
「.......うん。分かってる。」
こうして第1回作戦会議はお開きとなった。
「さぁ、今日も練習しよう!時間は有限だよ!」
そして再び地獄の釜が開かれる。
怒号と怒声、魔術が飛び交う校内。その中に悲鳴が混じりながら賑わう学院。そんな阿鼻叫喚とし、混沌とした世界を見守る者がいた。
「では、報告をお願いしますね。」
いつもの様に口調は穏やかながら柔和な雰囲気を出す学院長からは考えられない歪な雰囲気をかもし出していた。学生の平均的な身長と同じくらいの背格好である学院長が何故か一回りもふた周りも大きく見えた。本能が逃げろと叫び意図せずに冷や汗が流れる。しかし、報告すべきことがある以上それは叶わない。
「え~、地下水路の柵は~、別に問題なかったですよ~。はぁ。まぁでも何かあっても院長先生様ならどうにかなるんでは?」
「いやー、まぁ確認のために少しね?ほら、準備とか準備とか準備とか。」
「つまり、競技祭の『準備』や、セレモニーの『準備』や、学院長とバレないように競技祭に忍び込むための『準備』だろ~。分かってる。」
「あ、あはは。な、なんの事かな?ほら私、競技祭に関する書類が山積み.......」
「にしては机の上スッキリしてるよなー?」
さっき迄の雰囲気なんて微塵も感じさせない学院長。冷や汗を流す。
「まぁ、良いですけど~。手出しはしてはいけないのは流石にご存知だろうしね~?」
慌てたように頷く学院長。しかし次の一言で固まった。
「まぁ、時々いたのは知ってたんですが。授業中忍び込むぐらいなら、御影の周りでの暴動を止めてくれたって良いだろ~。はぁ。」
「い、いや?そんなことは、無いお?」
「はぁ。変な返事はしないでください。ではまぁこれにて。」
静かに閉められる観音開き式の学院長室の扉。誰もいなくなった部屋で学院長は密かに隠行の呪術を極めようと決意したのだった。
一方その頃中庭にて。
「うっ、あたまがいでぇ。何があったんだ?」
「あ、起きた。」
「?」
痛む頭をおして、首を回し隣を見る。そこには膝を抱えて座っているビクトールの姿。わかってはいたが美少女で、分かってしまったが膝を抱えて座り、こっちを向いて首を傾げる姿は中々素晴らしい絵になっていた。少々呆けていると背筋が冷たくなりぞわりとする感覚になる。その瞬間
「よぉ、御影く~ん?起きてるかーい?」
なんとも起き抜けのタイミングのいい時に様子を伺いに来る。前の様にバレずにサボるためそっと目を閉じる。ビクトールの視線と伺いに来た輩の視線をスルーを決め込む。しかし、伺いに来たやつから感じるのは僅かな放電。バチバチなっているのが聞こえるのだ。その事実に一瞬、ほんの一瞬だが体を震わせる。それに気づかない訳もなく.......
「やっぱり起きてるじゃないかぁ。さ、ささ、やろうか?」
恐る恐る振り返るとそこにいるのは彫りの深い筋肉質の強面の顔。指には放電。その事実に御影は顔を俯かせのそりと起き上がる。
「良いねぇ、やる気じゃ――」
「もう.......」
「あ?」
「もうやってられっか阿呆ぉー!俺は帰るぞぉー!?死んでもやらねー!」
そう叫び脱兎の如く逃走する。周りはいきなり叫んで走り出した御影に唖然として固まった。しかしそれも一瞬のこと。直ぐに硬直から溶けたクラスの面々は
「「「なに!?」」」
「ほうけてる場合か!?にげたぞ!」
「ええい!この再魔術を行使してさっさと捕まえろ!別にバレなきゃ問題ねー!」
しかし、ここで見誤っていたことがある。それはこの2週間、ただひたすらに魔術を至近距離で避け続けた御影にとって、距離があり尚且つ慌てて行使される魔術を避けるのは他愛ないことを。
「わかる、分かるぞー!避けられる!」
「んな!?あ、あいつ避けてるぞ!?」
「嘘だろ!?有り得ねー!」
「ええい!四の五の言ってられねー!氷結系出来るやつはそれ使えー!その他は全員で拘束魔術だ!」
「ふん!甘いわ!」
避ける避ける。時に危なげないが基本余裕を持って避ける。その事実にテンションがハイになったのか、ふははははと雄叫びを上げながら。しかし、距離があっても御影自身調子に乗っていたのもまた事実。そう長く続く訳もなく。
「あり?」
ひとつの氷の槍が御影の足元付近の地面に突き刺さる。その周囲が少しばかり凍り滑りやすくなっていた。そこに足を持って行ってしまったのだ。
「つぁ~!?誰だよこんなとこりに氷ぶっ刺したの!?危ねーだろ!.......あ」
足をすべらせスっ転び、怒鳴った後に目の当たりにする、魔術の数々。慌てて走り出すが時すでに遅し。最初に襲ったのは足元の痺れ、そのあとは拘束魔術で雁字搦めにされる。こうして御影の逃走劇は1分と持たず終了した。しかし、散々魔力を避け続けた為か少しばかり御影の特訓は軽くなった。