5話
白虎たち四神は生徒を守るために張っていた結界の中へ自分たちも入り、その様子を眺めていた。
「逝ったな……」
「そうだね」
本来の力を取り戻した玄武の結界は四霊の爆発にも耐えその強靱さが伺えた。
「な、なんだよ今の!黒い物が爆発したぞ!」
「それと同時に周りの魔物が居なくなってるわ!」
「おい!白い化け物!どうなってんだ!」
足元で叫び喚く学生に呆れながら白虎は玄武に向かって口を開いた。
「玄武。お主の学校の生徒どうなっておるんだ?」
「はぁ……それを私に聞くなよ……管轄外だ」
「それは職務怠慢だと思うのだがなぁ……」
「ねぇ、それよりさ、もう魔物が居ないかとりあえず見てこない?」
「うむ。そうだな。丁度いい、下で喚いておるやつを使うか」
そう言うと白虎は体を縮めさせ人の姿へと変わる。
「おい、お主ら。喚いている暇があるなら魔物が居ないか見てきてはくれんか?」
「ば、化け物が綺麗な人に……」
「おい?聞いておるのか?」
「はい!今すぐにでも!」
そう挨拶するやいなや、周りに集まっていた男子生徒が蜘蛛の子を散らすように四方八方へと散らばる。そんな男子生徒に呆れた目を向けながら女子生徒も散らばった。
「な、何故か急にやる気に満ち溢れておったな……」
「白虎!」
呼ばれた声に反応して白虎が振り返る。とそこには、荒い息をつきながら近寄ってくるグラ達がいた。千咲とペーレは居なかった。
「千咲と、ペーレは……」
「休ませてる。魔力の使いすぎでぶっ倒れた」
「あの黒い物体が来るまで最前線で戦ってたんですぅ!」
「そ、そうか遅れて悪かった」
疲労もあってか、すごい形相で睨みつけてくるグラに冷や汗をかきながら謝る。
「そ、そういえば御影は?」
「そうだった、みかっちはどこに?」
「あー、それなら置いてきた。朱雀に送迎を頼んでおる」
そんな雑談をしてる時だった。白虎は視界の端で黒い何かを見た。
「ん?」
「どうかした?」
「いや……気の所為か」
しかしその時、女生徒の甲高い悲鳴が辺りに響きわたる。
「うわ!?なになに!?」
上空で見張るように漂っていた青龍がフラフラと驚き地上へと降りてくる。
「なにか見えたのか?」
「が、ごめん。何にも見てない。悲鳴があったのはあっち」
と腕を悲鳴のあった方向へ青龍が伸ばす。白虎はそれにこくりと頷く。
「わかった少々行ってくる」
「気をつけてね!」
「うむ。おい玄武。我は行ってくるからな。寝るなよ」
「……流石に寝るわけないだろ」
白虎は走って悲鳴の方へと向かった。そしてそこで見たのはあまりの衝撃的なものだった。
「しん……ぞう?誰のだ?」
白虎は近づき匂いを嗅いだ。周りの生徒が気味悪そうにしていたとしても。そしてその匂いは書いだことのあるものだったのだ。
「つちみか……」
「お、や、おや。土御門が自爆……したんでしょうね……そこは中央棟。丁度守ってもらっていたところですよ」
「大陰寺貴様……」
「そう怒らないで欲しい……私はこのことに関して何も言ってない。あの人が勝手に起こしたことだ」
白虎は唇を結ぶ。グラと他の四神にはなんと言おうかと。
「……まて、それ何かおかしい。白虎。脈打ってるぞ」
「何!?」
振り返り足元を見た白虎はぞくりと怖気が走った。
「おい、ここにいるヤツらはここから離れろ!嫌な予感がする!」
言葉に魔力を乗せ言い放つと再び周りでたむろっていた生徒たちが一目散に逃げ出す。それを見届けたあと白虎も大陰寺も、玄武のいる所へと走っていた。
「あ、きたきた?何があった――」
「玄武!今すぐにでも生徒を避難させろ!それが出来ないなら死ぬ気で結界を張れ!」
「……何があった?」
「今はそれを説明している時間が……」
白虎の背後にて爆発が起き大陰寺と白虎は玄武の足元まで吹っ飛ばされる。その爆発と同時に何かを察した玄武はそこを結界でおおった。
「どうした白虎。嫌な予感がした。だから結界であそこをおおったが……」
「げっほ!あー、うむ。それでいい!」
「大丈夫?」
「あぁ。……くそ、人型になるのではなかった。失敗した」
物申したそうな玄武だったが白虎が結界の方を睨みつけているため、注意をそちらへと向ける。
まう土煙。それは徐々に晴れていき露になる爆発の正体。
「これは……」
「……疲れることになったか……」
そこには、怨念によって黒くひょろ長い巨人がフラフラと結界の壁に向かって手をぶつけている姿だった。
「……白虎……こいつはやばい……抑え込むので精一杯……」
「長くは」
「もつわけないだろ!早くどうにかしてくれ……」
いつも眠そうにしているとは思えないほどはっきりと声を張り上げる。
「そ、そうか。すまん」
「謝るのはいいからどうにかしてくれ……」
「と言ってもだな。われもこんな体だしなぁ」
うーんと首をひねってるさなか青龍が問掛ける。
「ねぇ、元になった人は?」
「それは……」
言いかけたところでちらりと玄武とグラを見る。
「土御門だ」
「んな!?」
「……」
「え!?」
グラと青龍は驚愕に目を見開き、玄武はちらりと目を白虎に向ける。
「土御門のと思しき心臓があそこ……中央棟だったか?そこで転がっていた。それに多分込められたのだろう……憶測の域を超えんが……」
「なんでそんなものが……」
「……それで、攻略法は?」
「分からんが……」
結界にヒビが入る。玄武の力を持ってしてもとどめることが出来なかったのだ。
「どうにかするしかないだろう」
「無策かよ……」
白虎は元の白い虎の姿に戻る。
「済まない。だがいつもの事だ」
「まぁそうだな」
結界が破られると同時に集まっていた生徒も教師も、四神も、いっせいにその黒い魔物に向かって魔術、呪術を放ち始めた。
「うそ!固い!全く効いてないよ!?」
「うむ……だが全く効いてないという訳では無いようだ」
見上げるほどある巨体。その体のちょうど心臓部分にヒビが入る。
「やった!案外ちょろい!」
「こういうのは……大抵……」
しかし直ぐに修復し傷が見えなくなる。
「嘘ぉ!?」
「妙なフラグをたてるからだ……」
「え?じゃあ無敵じゃん!?」
「はぁ……そうでも無いさ。生憎ここには、生徒がいる。それもそこそこ出来るやつが」
「あ、いっぱい攻撃浴びせて傷を修復させないんだね!」
「あぁ、それには問題があってだなぁ」
玄武に合わせ、青龍も下へと視線を向ける。その視線に気づいた大陰寺が、やれやれと首を振った。
「そんなことが出来るのは君たち四神ぐらいで、そんなことは僕たち人間には出来ないんだけどねぇ?殺すつもりかい?」
「だろうと思っておった」
大陰寺から玄武達が巨人へ視線を戻すときだった。既に魔力を貯めていたからか黒い玉が巨人の前で浮遊する。
それと同時に周囲すら凍りつきそうなほどの氷壁が姿を表す。
「クルちゃん!」
その時、白虎達の耳に悲鳴にも似た声が聞こえ下をみるとビクトールが体の半分を凍らしながら壁をつくっていた。
その外側に玄武の結界が現れる。
「無茶苦茶だぞ!」
「そうでもしないと嫌な予感がする。あれは……駄目」
放たれる黒い玉。それが玄武の結界によって弾き返される。かと思ったのも束の間。不吉な音を立て始める。
「予想以上に……これはだるい……」
砕け散る音。その次にビクトールの氷壁が待っており、激しい騒音と共にぶつかる。
「もう……駄目!」
バラバラに砕ける氷をさらに粉々にしつつ推し通る黒い玉。玄武は再び結界を構築しようとしているが至近距離で壁を張っていたビクトールに間に合うはずもなく。
ビクトールは諦めが着いたかのように目を瞑る。しかし……
「おい、大丈夫か?おーい」
「え?」
ビクトールが目を見張る。それもそうだろう。そこに居たのは燃える羽を生やした赤い髪の男。
「何勝手に死のうとしてるんだよ。全く」
「み、かげ?」
「そう。いかにも!」
天野御影だった。
『うげっ!なんでこいつとしなくちゃなんねーんだ!気持ち悪!?』
「それはこっちのセリフだ!」
四神の力により跳ね上がった身体能力を駆使し、屋根から屋根へと飛び移りながら移動する御影。
「ええいクソ!遠すぎる!」
しかし島の西端からの移動なため時間がかかっていた。
『もういい。てめぇに任せていたら日が暮れる!俺に体を使わせろ!』
「は?何言って待て待て待て!?おいやめろ!」
屋根に着地した瞬間、支配権が強制的に奪われバランスを崩す。結果屋根から滑り落ちる。
「おいやべーって!これビルの屋上!」
絶叫を置き去りに風を切り地面が迫る。
「待って死ぬ死ぬ!ほんとに死んじゃう――」
『うっせぇ!ちょっと黙ってろ!飛べぇ!』
「いやあああああ!?……あ?」
恐怖に耐えきれずに目をつぶる。しかし覚悟したはずの衝突はなく、少しの浮遊感が襲い再び風を切る。
『なに目瞑ってんだ!ぶつかってないから目を開けやがれ!』
「え?まじ?……良かった生きてる……ってはえぇ!?」
ぶるりと御影は体をふるわせる。
「どうしたの?」
「い、いや、ちょっとな」
御影に生えたものを珍しそうに眺めているビクトールからの視線から逃れ、ため息を吐く。
「うわぁ!ミカっち……ついに羽を生やして……クルちゃんも引いてるじゃないか。男の翼って需要ないんだぜ!」
「うるっせぇ!そんなことは分かってるよ……だから嫌だったんだ朱雀の力借りるの……」
『こっちだって願い下げだだからいいだろ間に合ったんだ』
「おう、とっとと俺から出てけ」
言われなくてもと言うふうに御影の体から羽が消え、髪の色が黒く戻ろうとした時、頭上から白虎の足が、腰にグラが抱きつく。
「ストーップ!ミカっち!気持ち悪いのはわかるけど今はそのまま、そのままね?」
「朱雀。お前もだ」
『「はぁぁぁぁ!?」』
黒く戻りかけていた髪は再び赤く染まる。その顔は歪み心底嫌そうに目を引くつかせていた。
「少しの辛抱だ。耐えてくれ。朱雀。御影」
「分かってるよ!そのくらい!」
再び攻撃を仕掛けてくる巨人の魔力の塊。それを両手に溜めた炎の塊で叩き落とし、押しつぶす。
「それにしてもあれの対処法、分かってんのか?」
「いやそれなんだがな……我らが頑張ってやっと体にヒビが入ることがわかったぞ」
『「はぁ!?」』
御影は驚愕で目を見開く。少しの弱点ぐらいあると思っていたからだ。
「それ実質無理なやつじゃん……」
「ミカ。それは仕方ないんだよ」
「大陰寺……」
「あの魔物は言わばこの島の怨念全て。ひとつの核を依代にあんな姿になったけど、あの瘴気はここの魔物全て、そして霊獣が持ってたものなんだよ?」
「ま、まじか……」
あまりのスケールの大きさに肩を落とす。そんな御影を傍目に大陰寺はまぁでもと続けた。
「四神の力だけでひびを入れたんだ。生徒も合わさって僕達も合わさったら大丈夫だと思わないかい?」
「そのうちボロが出て致命的な一撃をたたき込めるってか」
「そういうこと」
しかし御影の顔は渋くなる。まるで不安材料がまだあるかのように。
「どうしたんだい?」
「ヒビを入れて、隙を作ったまではまぁいいとして……そっから一撃で倒せるだけの力は俺には……」
「言われてみれば確かに……火力は高くてもそれでも……」
「そうだ。人間では到底」
「あるさ」
「え?」
「だからあるんだって。一撃でこいつを潰すことが出来る力が」
そして大陰寺は御影の目を真っ直ぐ見て言った。「死んでくれ」と。