21話
魔物に走りよりながら魔力を拳に集中させる。拳に鋭い痛みが走ると同時に炎が吹き出した。
「うっ……ぐっ、おおおお!」
痛みに耐え姿勢を低く保ち接近。そのまま上空へと飛び相手の視界から外れた頭上で拳をうちだす。しかし……
「避けた!?」
寸でのところでバックステップで回避され拳が空振る。空ぶった拳は地面を割りながら溶かし、さも溶岩のようになる。
「まじか、地面が熔けた……それよりもあいつ全力で避けたな」
今も尚距離を取りさらに、瘴気をまとい、万が一攻撃に当たったとしても核だけは傷がつかないようにするという徹底ぶりだった。
「正気失ってねーのかよあいつ……冷静すぎねーか?」
「おい!御影、大丈夫か!」
「おい待ててめぇ!魔力無いやつが今行ってどうなるんだよ!」
「も、もう待ってよ!ダメだよ!しらす!」
焦ったような声とともに白虎が走りよってくる。それと同時に朱雀と青龍の焦った声も聞こえる。
「白虎なにしてんだ!いいから玄武のところで休んでろ!」
「お主1人にしてそんなこと出来るわけないだろ!」
「良いから!人の話を聞けよ!?」
しかし言うことは聞いて貰えず、側までやってくる。
「お前……なんで」
「なんでも、どうしてもないわ!四神としてお主だけに任せられんと言っておる!」
「だからって魔力がねーのに……」
「それにな、御影よ」
息を切らしながら白虎はキッと俺を睨みつける。
「我は人間の体……まぁ形だけだが手に入れて改めてその脆さが分かったのだ」
「それに」と白虎は言葉を続ける。引かないと言った表情で。
「我らは死なぬがお主ら人間は死んでしまったらそれきりだろ?助けてくれるのは嬉しいが、お主ばかりには任せられぬ。我も手伝うぞ」
呆れるほどに真っ直ぐな目。誰がなんと言おうと引かないという意思。
「うん。分かった。取り敢えず出直せ」
「何故だ!?」
「いや、お前今の状態を見ろよ…… グラ!蜃気楼でこっそりしてないでこいつらさがらせてくれ!魔力が限界みたいだ!」
「バレたかぁ、でもそうも言ってられないよ?ほら」
標的は疲労した白虎のようですぐそばまで近づき右手で刀印を結んでいた。
「厄介だな!?術まで使うのか!でもさせねーよ!」
「おい!危ないぞ!」
白虎の前へと躍り出る。その際に悲鳴じみた警告が聞こえるが無視し、左手で刀印を叩きつけ、右手の爪を立て魔力を集中させ、下から上へと振り上げる。
指の軌跡を炎が辿る。魔物は咄嗟に避けるが至近距離のため間に合わず右腕を1本持っていかれ、初めて苦悶の唸り声が聞こえた。
「なんて無茶苦茶な……っとぉ!?何をする!?」
俺はそんな白虎の非難を無視したまま首根っこを掴みグラへと投げ渡す。
「おっと……危ないだろう?」
「グラ!それと朱雀、青龍連れて下がれ!」
「無視かい……ミカっちは?」
「俺は……っ!?」
側面から来た蹴撃。衝突事故もかくやという衝突音。そんな蹴りを腕でガードし耐える。
「ミカっち!」
「良いから!早くこいつら休ませろ!魔力回復出来るだろ!」
「……分かった、ミカっちも気をつけるんだよ?」
「分かってる!」
魔物の足をはじき飛ばす。姿勢が崩れる魔物に向けて拳を繰り出そうとするが瘴気の霧によって直撃を外される。再び魔物には距離を取られる。
「くっそ!外された!ここまで血に侵食されてるならそこまで、普通は頭回らねーだろ!」
爪を立て焼き切ろうと考えるが頭を振る。
(……ダメだ。どうせそのまま避けられる。というか、さっきから逃げると言うより慎重に様子見を続けるつった方がしっくり来る。一定距離を俺から離している……
俺の場合、遠くに行かれるほど威力減衰が激しいからな……それがバレてるのか?)
魔物の右腕を切り飛ばした攻撃。あれは遠距離攻撃としても使えるが魔力を強引に補い無理やり遠くに飛すため遠くに行けば行くほどその威力は下がる。それだけではなく体への負担も大きくなる。
(分かってたけど。便利っちゃあ便利だけど、無闇矢鱈に撃てねーな……)
1歩進めば1歩下がる。間合いを詰めずかと言って一撃は当てれるよう離れすぎないようにしている。付かず離れずの状態だ。
(こんなんで時間稼がれるよりもう間合いを詰めた方が良いな。これもそこまで持たねーし)
指一本分爪を立て牽制に炎を飛ばす。半身だけ身を引いた瞬間、俺はその背後に向けてかけ出した。
「ここで決まってくれれば」
一瞬で背後をとった俺は、魔力を拳に集中。体内で燻っていたかのように拳の周りに炎が纏う。
「楽……なんだけどそう簡単にもいかないか!」
その拳はしゃがむことによって回避される。それで止まらず、しゃがんだまま、俺の腹に蹴りをぶち込む。俺にとってかなりのダメージだった。
「ゴホッ……振り向きすらせず視覚外からの攻撃を回避……まるで目が後ろにまでついているみたいだな。そして攻撃。
ノーリスクでハイリターンでの反撃。完璧なカウンターか……奇襲すら通用しないとか……」
顔に感情は現れていない。不気味な程に。
「まぁ、任せろとか言った側だし……時間も限られてる。どうにかしますか」
何も策を思いつかぬまま突撃する。限られた時間に焦りながら。
「お、おい!離せ!離さんかー!」
「はい、良いよ」
「げふっ」
魔物からある程度離れたところで白虎はグラに落とされる。そこは結界が周りにはられている場所だった。
「おう、上手く御影に集中させることが出来たようじゃな」
満足そうに笑顔を向ける学院長が白虎たちに歩みよる。
「ちっ、あんたの差し向けだったのか」
「さて、なんの事じゃ?」
「おい!土御門!くっ……」
学院長を白虎は睨みつけ、立ち上がろうとするがすぐに膝を着く。そんな白虎の様子に呆れ、ため息をはく。
「白虎。そう焦るな。ワシは御影をそんなやわな鍛え方はしておらんぞ?」
「知ってはいる。しかし人間とは脆いものだ。転けただけで直ぐに血が出る。骨も脆い。それをこの体を得て、経験した」
「そうじゃな。わしら人間は直ぐに死ぬのぉ。しかしその為に」
「私たち仲間がいるんだぜ!」
「グラ……」
白虎が視線を向けるとグラが笑いサムズアップをする。
「それじゃ私は行くから」
「頼むぞ」
グラはそのまま手を振り走り出した。
「かと言ってグラだけじゃ……」
「大丈夫。私達も行く。だから休んでて」
「白虎さんには、いつも家貸してもらってるしなぁ」
「修行の手伝いもしてくれたよね!」
ビクトール達3人はそう呟くとそうそうに走り出した。それを見た白虎は暗い顔をする。
「我は……こんなときに、御影に何もしてやれぬ……役に立たずだ……」
「多分ミカはそんなこと思ってないと思うけどねー」
「お前、人間の体得てから……こう精神的に弱くなってねーか?」
朱雀の言葉に白虎は辟易したように笑う。
「そうかもしれんなぁ……あまりにも人間の体が脆いのがわかって弱っているのかもな……」
「だとしてもそれが人間じゃ」
学院長は振り向く四神に笑いかける。
「だからああやって助け合うのじゃ。人間は弱いからの」
「……」
「白虎。そんな弱い人間をお主がもし早く助けてやりたいという衝動にかられておるなら今は休む時じゃ。焦ってはならぬ。使えぬ者があそこにいるのはただの足でまといじゃ。
お主らもなー」
「……言われなくてもわかってるっての」
「私はもう休んでるー!」
「ほっほ、良い事じゃ」
白虎は地面に転がり魔力の回復に努める。すぐ、御影の元へ駆けつけられるように。
俺は何度も攻撃を捌かれ、避けられ続け体力に限界が訪れていた。
「くっそ……攻撃が当たらねぇ……」
魔物から視線を外し膝に手をつく。たった一瞬。その間に距離を縮められ反応が遅れた。
(まずっ!)
それ以上のことは考えられなかった。ゆっくりと迫る蹴りが俺の頭を捉え……通り過ぎる。
「……え?あれ?生きてる?」
「間一髪だったねぇ、ミカっち~」
振り返ればグラが手を振り満面の笑みで近づいていた。
「ぷっ、啖呵切って走り出したくせにいいようにやられてまぁまぁ……いまどんなかんじねぇ?」
笑みの正体は嘲笑。俺はバカにし笑われ顔が引つる。その時、背後から3つの手がグラの頭を急襲した。
「いた!?」
「グラ良くない」
「私たちのために一人で引き受けてくれとったのにそれはどうやろ」
「酷いよねー」
「い、いや、単なる冗談やん!?小粋なジョークやん!?」
ビクトール、千咲、ペーレだった。ビクトールが近寄り手を伸ばす。
「あ、おい!近寄るな!あいつの攻撃が……」
「大丈夫。私が固定してるから」
そう言われ、ふと気が付く。今思えば全く周りで衝撃音がしない事に。
魔物の方へ視線を戻せば氷漬けにされ、もがくことも唸ることも出来ない状況だった。
「ミカっち、休んだ方がいい」
ビクトールに礼を言いながら手を貸してもらい、立ち上がる。するとグラが硬い表情で提案をもちかける。
「何言ってんだ俺はまだ……」
「ミカっち気づいていないかもしれないけど、炎きえてるよ」
「え?」
咄嗟に腕を見る。炎がない。それは事実だった。頷く他なかった。
「……どうせ止めるんだろ?」
「そだね」
「白虎にあんなこと言っておいて、俺が足でまといになるわけにもいかない」
「ミカっちにしてはわかってるじゃん」
しかし、ただ、譲れない。ひとつも傷を付けれず、みんなを巻き込んだまま撤退するわけにもいかない。
「無理は……させてもらうぞ」
最後に指に貯めていた魔力を使い爪を立てる。無くなったと思っていた炎が吹き出す。腕を振りあげれば終わりそう思っていた。
ピシリと目の前の氷から嫌な音が響く。
「グラ!」
「分かってる!クルちゃん!もう一度術の重ねがけを!」
「ダメ!まに……あわない!」
亀裂があちこちに走り氷を吹き飛ばす。体の周りに瘴気を漂わせた姿を現す。その瞬間、背中に氷水を流し込まれたようにゾクリと寒気を覚える。
「まずい!嫌な予感がする!」
腕を振り上げる。当たれば確実にばらばらになるコース。
「アア……」
「声?」
だったのだが声が聞こえた瞬間、一瞬で消え去る。それと同時に濃くなっていく瘴気。その瘴気が半球形を作り出し
「グア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
叫ぶと同時に弾けた。瘴気の爆発。咄嗟にビクトールたちの方を見れば氷のドームで身を守っていた。俺はなすすべなく吹き飛ばされる。そのおかげか魔物との距離がとることができ、万が一戦闘になっても邪魔になる心配が無くなった。
「ミカっち!大丈夫!?」
前方から聞こえるグラの叫び声。その声に答えるように手を振る。
「そこで休んでなよ!」
そう言うと体が大きくなった魔物へと立ち向かう。
「結局何も出来やしなかった……それどころか心配までされた……」
地面に座り込み深呼吸をする。魔力を回復し前線へと復帰するために。だが気ばかりが先行してしまう。
魔物と戦っているグラたちは連携が取れているも、全ての攻撃をかわし続けていた。
「くそ、はやく……はやく助けるんだ。じゃないとあいつらにも限界が……」
「そう思うなら落ち着け」
「白虎!?それに青龍と朱雀……」
「うむ」
「やっほ〜ミカ!じゃばいばーい」
一言声をかけた青龍は魔物の元へと走りさる。と同時に朱雀が俺の元へと歩み寄った。
「なんだ、朱雀。はやく青龍の手伝いでもしてこい」
「うるせー!白虎!俺はこいつに用があんだ!」
不機嫌そうに近づく朱雀。忌々しそうに近くに唾を吐いたあと、右腕を持つ。
「お、おい、すざ……」
「黙ってろ!白虎!……おい、御影早く全然復帰したいんだってな?じゃーこれやるからせいぜい頑張れよ」
その言葉に嫌な予感がし、手を振り払おうとするが間に合わず体に直接魔力が流し込まれる。
「うっぐはぁ……!」
制御しきれないほどの暴力的な魔力。咄嗟に赤い霊符を取りだしそれを吐き出そうとする。
「貴様――」
「白虎。お前はあめぇ。だからこんな貧弱な奴になってんだよ。絶対に助けるなよ?こいつだけで解決させろ」
「しかし、このままでは」
「い、い。白虎……俺はもう、弱くない」
魔力を炎にしたことにより少し楽になる。しかし、制御しきれない魔力での炎は暴れ狂い俺の体を焼く。
「いい目だけはするようにはなってる。でも所詮弱い。お前は死ぬさ」
祓うことを手伝ってはくれるのか魔物の元へと朱雀は走り去った。
「御影大丈夫か?」
「あ、ああ……」
正直に言うと返事もしたくない程に苦しかった。制御できずにいる炎が身を焼き爛れさせるからだ。だからと言って、白虎に心配させる訳には行かない。だから俺は促す。
「白虎。お前も四神だろ。グラ達を……助けてやってくれ」
「しかし、お主が――」
「俺は!大丈夫だ!死にはしない!あいつの炎なんかで殺されてたまるかってんだ」
「分かった。すぐにあやつを祓ってお主のその炎も消してやる。だから少しだけ辛抱しておけ」
走り去る白虎を見送る。
視界に映るみんなの必死な姿。
「悪いな白虎。お前が祓う前に俺は無理をさせてもらう」
制御しようとすることを放棄し、魔物の力を解放する。黒い魔力が炎へとくべられる。魔力はさらに勢いを増す。
(もっとだ、もっともっと魔力を流し込め、あいつの魔力なんざ到底制御出来ない。だったら俺ので上書きしてやる!)
目に湿り気が、鼻から鉄臭い匂いがする。
ごうごうと、うなり燃える炎は徐々に静かに。しかし蒸気のもらす鋭い音へと変化していく。炎が青く染まる。
(たすけるんだ!)
青い炎が鬼のような文様を描きだす。ゆらゆらと揺らめいて今にも消えそうだったがそれを腕へと纏わせ、走り出す。
「白虎ぉぉぉぉ!」
その叫びは白虎に届く。一瞬こちらを振り向くと通じたのか、未だ攻めあぐねる四神とグラ達に何か、指示をだす。
明らかに変化する立ち回り。さっきまでの攻める立ち回りでは無く足止めに専念していた。その証拠に朱雀が顔を顰め不機嫌そうにしている。
牽制、足止め、行動の阻害。様々な術が飛び交う場所へと飛び込む。魔物の元へ、一直線に。
氷で磔にされた魔物の懐へ飛び込む瞬間、魔力が魔物の体から吹き出し後ろへと押し返される。その時、背後から魔力が膨れ上がり魔物の魔力と相殺する。
(助かった白虎!)
心の中で感じた魔力の主礼を言いつつ魔物の懐へと潜り込む。今度は瘴気を吐き出そうとするがその前に右の拳をたたきつけた。
「祓い給え!急急如律令!」
その言葉に呼応するように、押さえつけていた青い炎が鬼の文様浮かび上がらせながら放射された。その勢いは凄まじく周囲に衝撃波と、魔物が噴き出そうとしていた瘴気も撒き散らされる。
「あっつい……」
抑圧された炎が開放されたことにより自身の体にも影響が及ぶ。
(ここで止める訳にはいかない……過去でお前を祓って……)
「……ちっ、お前の方が強かったんじゃねーか」
「え?」
周りには誰もいない。居るのは俺と魔物になった候補者だけ。
「こっちだ。俺だよ」
「お前……生きて……」
声のした方に目を向ければ血の影響で黒く染った肌が元の色に戻りこちらに笑みを向けていた。
「生きてねーよ。お前に大穴開けられて生きられるわけねーだろ」
「ならお前は……」
「まぁ、与えられた猶予ってやつだろ。だからもう俺は死ぬ」
候補者は手を持ち上げる。その指先からがらがらと崩れ去っていく。
「だからってあの実験好きの狂人を恨まないでやれ」
「なん――」
「あいつも必死なんだ。この島を守ろうと必死なんだよ」
言葉につまる。あの狂人が。大陰寺がそんなことを考えているなんて想像も出来なかったから。
「あー、やっと解放される。気持ち悪い力から」
四肢を見れば既に崩れており残るは胴体と顔だけだった。しかし、残った部分もゆっくりと崩れていく。
「すまない。たすけ……られなかった」
「別に気にする必要ないだろ俺はお前に……」
「それでも、助けたかった。助けないと」
「優しすぎるな」
候補者が笑みを浮かべる。顔も崩れ半分無くなっていた。
「そろそろ時間だな……じゃあな、天野御影」
「……ああ」
体が完全に崩れ去る。それと同時に青い炎は消え、俺は意識を失った。
データが消えて書き直しという現実を見ました。