9話
部屋の中にいる人にバレないよう静かにトレーニング施設の扉を閉めた。
「……はぁ~……」
もう何度目か分からないため息が漏れ出る。
「数箇所あるトレーニングルーム、保健室……色々見回ったのにどっこにも真っ白な四足歩行がいやしない……」
(騙されてからかわれているだけ……?まさかな……)
そんなことをされればポッキリと心が折れる。呼び出されてわざわざ屋上へ行った。ここに白虎がいると聞いて、式神まで作って朝から居なくなってる事をカモフラージュして家を出た。門番に止められても粘った。無駄に広い軍事施設を歩き回った。その結果がこれならポッキリ行くのは必須だと自信満々に言えることが出来た。
さっき白髪の女性と会った休憩スペースではなく外に出る。
「さてと、久しぶりにサボり場所に行くか。何処だったかな……あっちか?」
ちょうど門とは正反対の場所に位置し、軍の主な施設から離れ、寮で隔てるように設置されたベンチへと腰かけ一息ついた。
(ここは魔術同士がぶつかり合う音も小さくなる上、この周りは日中誰も来ないんだよなぁ)
訓練や座学をしいる主な活動場所が離れているいじょう、普段から誰もこんな場所へは来ようとしないのだ。真後ろは寮の壁だが、目の前は青い海が拡がって気持ちがいいと言うのに。
「寮もこの場所も変わらないなぁ」
よく訓練仲間で座学をサボってこのベンチで休んでたのを思い出す。
思い出を振り返りながらフェンス越しに見える海をぼおっとしながら眺める。そのままどれくらいたったか。いつまでものんびりしていたい気持ちを抑えながら重い腰をあげる。
「さて、変わらずにいてくれたサボりスペースと思い出に浸れたし、そろそろ本気で探しに行くか……ん?」
名残惜しいがその場を離れまだ騒がしいであろう施設に向かおうとしているときだった。その方向から誰かが歩いてくる。
「お?サボり?ダメだぞー。座学は受けないと。まぁ、サボりにここは推奨するけど」
「やっぱりここにいたんだね」
かけられた言葉に首を傾げる。
(やっぱり?どういう事だ?まるで俺がここにいることを知ってたみたいに……)
人影が近づくにつれ輪郭が顕になり、顔がはっきり認識でき、青ざめる。そこに居たのは……
「……ま、マジか、大人相手にボコボコにしてた水龍少女……」
「え!?うそ!?見られてたの!?」
淡い青色、のワンピースを着た目の前の少女は顔を真っ赤に見られた~、恥ずかしい~と蹲る。
その年相応の可愛らしい姿に少し微笑ましく思い、脳裏に蘇る地獄絵図。地面に伏した大人たちと、それをニコニコとみながら水の龍を従える少女。自分でもわかるほどにすうっと笑顔が消えていく。
(……さっき小さい子見えたから普通に声掛けようとしてたけど、やばいあの子はヤバいって……)
しかしこのまま声をかけずに立ち去るわけもいかず、同じように目の前にしゃがみ肩をとんとんと2回叩いた。
「ふえ?」
「あのー、大丈夫ですか?……あとそんな格好で寒くない?」
その声のかけ方がよかったのか水龍少女は顔を上げ満面の笑みになる。
「今!まさに元気になった!もう大丈夫!うん!あとこの格好だけど心配しないで!何ともないから!」
「お、おう……そうか、ならいいんだが」
感情の起伏の大きさに少しばかり引いてしまいつつなんとか言葉を返す。子供特有のテンションの高さはまだ続く。
「ねね……えっとお兄さんはここで何してたの?」
「ここに居た時によく座学とかをサボって友人で日向ぼっこをしていた思い出に浸ってた」
「え?じゃー、不良だね!」
「まぁそう言えなくもないな」
自分で言うな戯け。と白虎に怒られそうな気がするがそんなことは気にしない。
「思い出に浸るだけにこの施設に来たの?無断で?危ないよ?」
「違う違う。ちゃんと許可は取ってあるから大丈夫。あと人探しが主な目的だから」
「それってどんな子?」
質問が多い為、だんだんと面倒くさくなってくるが嫌な顔すればそのなんでも見透すような眼で気を使わせてしまうかもしれない。だから面倒くさくない。ないったら無いのである。
「子と言うよりは、白い虎さんなんだよね。あと無駄に面倒みが良くて、と言うより、良すぎて煩わしいまである。まぁ、言ってしまえば家族だな」
「へぇ……羨ましいなぁ」
過去を見るような遠い目をする。
(子供っぽいと思えば妙に落ち着いて……キャラがぶれぶれだな)
まぁ、ここにいる子は訳ありが多かったりする。そのためにあまり触れないようにしようと決めている。
「あ、そんなことよりも、その白い虎さんなら見た事あるよ」
「本当か!?」
「うん。教えてあげる……だからもう少し近づいて耳を貸してくれると嬉しいんだけど……」
「こうか?」
少女の前にしゃがみ、耳を向ける。その少女はありがとうと言って腕を首に回してきた。
「お、おいちょっと!?」
突如抱きつかれ狼狽するが、振りほどこうとして転けでもしたら危ない為動けない。
「……さすがに見ず知らずの少女とはいえ抱きつかれるのは抵抗が……」
なんとか言葉をかけるものの、一向に離れてくれず、それどころか尚更力を入れられ……
「あのね……ごめんね」
「……え?」
いきなり視界が歪み、顔が硬い何かにぶつかる。何が起こったのか考える暇なく意識を手放した。
「……気持ち悪い……」
記念すべき第一声がこれだ。しかし、頭がふらふらし、目が回ったような状態なのだから仕方ないと思う。思いたい。
「はっ!水龍従えるやばい少女は!?」
「ぶふぅっ!」
「え?」
声の方に目を向ければ3人並んでおり、その中に青いワンピースを着たやばい少女が可愛らしく頬をふくらましていた。
「ちょっとそれどういう事さ!」
「あ、ごめん、ついつい最初の印象をそのまま言ってしまった」
「む~!!!」
この小動物のような可愛らしさであの惨状を作り出すのだ。
「やっぱりヤバい子である」
「心の声ががっつりきこえてるー!」
「あはは、やばい子だと。良かったな事実だ」
赤い髪の見たことあるイケメンが噴き出し笑う。ともすればやばい少女がそのイケメンを睨み返した。しかしイケメンはそれを無視し俺の元へと歩み寄る。
「いい気味だな?気分はどうだ?」
「え?っとぉ……状況に置いてけぼりですね。こんな強固な結界の何一つない、訓練所で何するつもりなんだ?」
「そうだろなら教えてやる。お前は今からボロ雑巾になるんだよ。俺をボコったようにな」
そんな事初耳である。痛いのとかはっきり嫌なんだけど。それよりも気になったことがひとつある。
「え?おれ、そのイケメン面に拳を振りかざしたことないんだけど……そもそも誰?」
「は?」
「ぶふぅっ!」
目の前でイケメンが目を見開きかたまる。その後ろではやばい少女がお腹を抱えて笑っていた。
「え?待てよマジで?え?俺だよ俺!わかんねーの?」
「いや、どこかで見た覚えはあるんだけど……ごめんやっぱなかった」
ほんとに無いのである。しかし、そのイケメンの背後から一段と大きい笑い声が届く。
「わ、忘れられてる!あはははは!」
「……可哀想に……」
やばい少女は、笑い続け純白のワンピースを着た白髪の女性が哀れみの視線をイケメンに送る。
「知り合いだったらすみません。多分あまり話してこなかったのかと」
「殴り合いまでしたのにか!?」
「え?何それ怖い」
「ってめぇ!」
いやその前にどうにかしてもらいたいことがある。
「できればそろそろ拘束外して頂けません?身動き取れないのって結構疲れるだけど」
「はっ誰が解いてやるかやりたきゃ自分でどうにかしやがれ認知症」
「……大人気ないやつだ……」
白いワンピースの女性が呆れたように言う。しかし赤い髪のイケメンは、はん!と鼻を鳴らした。
「拘束が解けなかったとしたらそれはこいつが無知で弱いせいだろ、やれるもんならやってみろってんだ」
「まぁ、無理だろうがな」と笑うイケメンに少し腹が立った俺は、深呼吸を数回繰り返す。そして拘束している術の脆い部分に向けて魔力を爆発させ、その拘束を弾き飛ばした。
「は?な……」
「顔が綺麗だからって術まで綺麗とは限らねーんだな。視れば荒が目立ってたからそこに向けで魔力をぶつけさせてもらった」
赤い髪のイケメンは絶句する。そのあとは、消沈したように何やらブツブツと言いながら2人の元へと力なく歩き去り、床に伸びた。
「ここは……訓練場か?」
確かな土の感触と半径100メートルは超えるドーム状ににはられた魔術を通さないための結界。
なぜこんなところに連れられたのかは、甚だ疑問だったがまぁ……
「白虎も見つからなかったし……帰るか。それで、グラと学院長をしめる」
「あ、ちょっと帰っちゃうの?」
「まぁもう、いる意味ないしな」
「そんなこと言わずに――」
やばい少女が何かを言いかける。しかしその声は取っ手に手をかけかけていた目の前の扉が勢いよく開く音によってかき消された。
「呼ばれたから来てみりゃあ……」
目の前には、髪を金色に染め、耳にはピアスを付けた近寄りたくない人間を代表したような人物が目の前にいた。
「なんだなんだ、美人でお出迎えかよ。待遇いいねぇ……ってよく見れば人形共か」
その男は、俺を拘束していた3人に向けそう告げる。
(ん?あの3人に向かって人形って……酷くないか?)
しかし、あまりに関わりたくないがため、そのまま黙って抜け出そうとした時、襟を掴まれた。
「ちょっと待て。お前が今回の標的だろどこ行こうってんだ?」
「ひょ、標的?」
ああ、そうだ。とその男は獰猛な笑みを浮かべてきた。
「なんでもそこそこ楽しめる奴が家族を追ってわざわざここまでやって来るらしいからなぁ。それでその標的が訓練所に居るってっから来てやったんだよ」
「……誰も来て欲しいって望んでねぇよ……仕方なくなら最初から来なければいいのに」
「楽しめそうなやつが来るって聞いてるのに、動かなきゃもったいな……いやまてお前、見たことある顔だな?」
「いや、俺は見た事ないんだけど」
睨みをきかせて細い目をさらに細くし顔と見られた後、笑みを浮かべる。気味が悪かった。
「思い出したぁ、お前学院で俺に喧嘩売ってきて返り討ちにあったやつだ」
「……あ」
「思い出したようだなぁ?」
確かにそんな事があった。しかし、その後であの4人寄れば姦しい人達のせいで完全に忘れていた。
「な……お、おい、御影。そんなことをしておったのか!?」
伸びたままのイケメンを無視し固唾を飲むようにこちらを見ていた2人の内、白髪の女性が叫びながらこちらに近づいてくる。
「え?名前……」
「あ、しまっ……!」
その女性はそっぽを向き視線を外す。
「まだ言ってなかったのかよ。実は、あの白い髪の女。あいつは――」
「まて!それは我が言うべきだと思う」
「……なら早くしろ」
その女性は大きく息を吸い、吐く。なにか大事なことをカミングアウトする前触れのように。
「御影落ち着いて聞いてくれ私……いや、我は……」
女性の緊張感が俺にも伝わりやけに静かな場所で自分が唾を飲み込む音がよく聞こえた。
「……白虎……お主の家におった白虎なのだ……」
その衝撃的な告白に俺は
「……え?」
ただそう返すことしか出来なかった。
「くっそぉ。ミスった!普通に考えたら鬼門じゃなくて裏鬼門に行くことぐらい簡単にわかるだろう!?」
高速で移動するグラの体は淡くひかり、身体強化をしているのが伺える。そのまま走り続けグラの視界に流れる景色に住宅が消えた頃、2人の門番とフェンス。その奥にある巨大な門をグラは視認する。
「っ……いたぁ……」
荒い息を繰り返しながら誰も近寄らないため人のいない地面に大の字に寝そべる。
「……こふっう……あまりゆっくりとしてられない……急ごう」
グラは震える足に力を込め立ち上がる。まだ呼吸は荒く疲労が見て取れるほどだったが、それでも門番の元へ歩みを進みるのだった。