表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

終焉への旅路

作者: 水原武人

この物語は「なろうファンタジー企画第一弾」参加作品であります。なろうファンタジー企画で検索すると他の作者様のお話も読むことができます。たぶん。


 かつて隣り合わせの別世界とこの世界を繋ぐ巨大な塔を巡り、別世界との間で武力の衝突があった。

 永く続いた戦乱の業火はやがて世界中の空を赤黒く染め上げ、世界中の大地は焼かれた。

 永遠に続くかに思われた地獄の戦争はたった七人の英雄たちによって終焉を迎えることになる。

 特別な力を振るい戦いの元凶であった塔を完全にこの世界から消し去った七人の英雄は『七至宝』と讃えられた。

 古めかしいドーム状の建物の中で漆黒の鎧と白いマントを身に纏っている黒髪の少年が椅子に座り古文書を読んでいた。

 ふと窓から差し込む太陽の光りに眉間に皺を寄せ、右手で影を作り椅子の背もたれに背中を預け空を見上げる。

「バベル童話は本当の話だったのか信じられない」

「自分の目で見たものそれが真実だ」

 歩きながら本棚と本棚の間から出て来た女性は青く長い髪を後ろで結い上げて垂らしていた。

 髪と同じく青の鎧と白のマントを身に纏っている幼さが残るが美麗な女性の名はレイナ・フェルセイム。

 若くして聖アクアジュリス教会の使徒『聖天騎士団』の総帥に抜擢される程の逸材である。

 座っていた少年はレイナを見るなり即座に立ち上がり背筋をピンと伸ばす。

「このような貴重な古文書を閲覧する機会を与えて下さり光栄です。しかし、自分は従騎士の位を拝命させて頂いたばかりの新米です。そんな自分を何故この場所に?」

「君をここに招き入れた理由は一つ。君に『七至宝』探索の任務を与える為だ」

「お言葉ですが、とうの昔に亡くなっているのでは」

「力を引き継いだ末裔が居る事は確認済みだ。来るべき戦争に勝つ為の切り札になるだろう『七至宝』の力は」

 少年の住む国『カナトリア聖国』と隣国であるマラフィ共和国は外交上の決裂により険悪な間柄になっている。

 このままでは戦争状態になるのは避けられない。戦争に向けて少しでも力を集めたいのだろう。

「平和を訴える教会が強大で圧倒的な力が必要とする……ですか」

「君はアクアジュリスの教えを信じているのか? 愚かしいな」

 突然のレイナの言葉に少年は鳩が豆鉄砲を喰らったかのように呆気に取られた。

「私は神など信じてはいない。私が信じているのは聖天騎士団の理念だけだ」

 汝らは不当な暴力を受ける者達の盾となれ不当な暴力を振るう者達を滅ぼす剣となれ。汝らは罪無き善人の幸福を護る鎧となれ。罪深き悪人に罰を与える刃となれ。汝らは汝らの温かな光りを護る為に剣を取り、決して私利私欲の為に振るうことなかれ。

 それが聖天騎士団の理念である。

「君が本当にアクアジュリスの教えを信仰しているのならそんなもの捨ててしまえ。力の排斥を訴え戦争の愚かしさを訴え平和を唱えるのは素晴らしい事だがそんな物はただの理想に過ぎない。力が無ければ何も護る事など出来ないのだからな」

「教会に属する人の言葉とは思えないですね」

 少年の呆れたような言い方にレイナは艶やかな笑みを返す。

「ふん。私は教会に属した覚えはない。聖天騎士団に属している。いっその事、騎士団の理念を神の教えとしたいくらいだ」

 少し前に訓練生だった少年に教官であった聖天騎士の人も似たような事を言っていた。

 聖アクアジュリス教会の教えなど捨てろ。と。綺麗事では何も護れはしないと。

 まさかそれが騎士団の総意だとは思わなかったが総帥であるレイナが堂々と公言しているのだ。間違いないだろう。

「話が逸れてしまったが、君には『七至宝』探索の任務に就いてもらう事になる。いいな?」

「御命令とあらば」

 右腕を胸の前で当てるように曲げてそのままお辞儀をする。

「後は南の遺跡へ……」

 途中で言葉を切ったレイナは右手の中指と人差し指を綺麗な顎に当てながら何かを考える。

 その仕草にスイッチが入った事を知った少年はゆっくりと後ろに後ずさる。

「その前にお別れのキスを!」

 叫びながらレイナは少年に抱き着く。

「ちょ。誰かに見られたら……」

「新米騎士と騎士団総帥……許されぬ愛のラブストーリー! って思われる事、間違いないわね」

「何をアホな事を……ってかキャラ変わり過ぎ!」

「ムッ。廊下で擦れ違う時やその他、諸々の時に弟に抱き着きたいのに抱き着けない姉の心境なんてラインには解らないわよ!」

 そう。少年の名はライン・フェルセイム。れっきとしたレイナ・フェルセイムの弟である。

 ちなみにレイナの主張はこうだ。

 レイナは昔からたった一人の家族である弟のラインを可愛がっていた。

 騎士になった後も定期的に家に立ち寄りラインに抱き着いていたりしていたが、今年になってからラインも騎士団に入隊してしまい今までのみたいにに抱き着けなくなってしまいストレスが溜まっているそうだ。

 まだ訓練生だった時にその主張を聞いたラインは、

「知らないよ。そんなこと」

 と切り捨てた。

 ラインが従騎士として認められてからはレイナも総帥として振る舞って来たが限界だったのだろう。

「いくら人が来ないからっていい加減、離れてよ姉さん」

「ウフフ。良いではないか、良いではないか」

 もはや禁断症状の領域だ。

「さぁ。長い旅路の前にお別れのキスを!!」

「しませんよ。ってか出来ませんよ!」

 凛々しいながらも物腰は柔らかく、厳しくも優しいことから騎士達や国民の間で『聖女』と呼ばれているレイナの本性が知れ渡ったらどうなるだろうか。

 いや、もしかしたら誰も信じないかもしれない。あまりにもギャップがありすぎて。

「よし。充電完了!」

 ようやくレイナが離れて、ラインがほっとしていると書物庫の扉が開かれ茶色いローブを着た三人の司教が立っていた。

「お時間です」

「解りました、ライン。出るぞ」

 読んでいた古文書が机に出したままなのでそちらに目が行ったが、レイナは気にするなと言い、入り口に向かって歩き出した。

 レイナの変わり身の速さにラインは関心しながら後ろに着いて歩く。

「七至宝の行方は解りましたかな?」

 司教の一人がレイナに擦れ違う時に尋ねた。

「それは貴方が知る事ではない」

 書物庫を後にした二人は渡り廊下を歩き大礼拝堂に行き、そこから外に出る。

 外に出ると太陽の光りが容赦なく当たる。

 暑くはないが眩しいことがラインは嫌だった。

 礼拝者の事をまるで考えていない長い階段を降りると繋いでおいた鎧を着けた馬に二人は乗る。

 ゆっくりと馬を歩かせ南側の門に向かう。

 聖アクアジュリス教会は聖都の中心部に作られ、南側の門に一番近い。

 大した距離ではないが、すれ違う人々は皆、年齢に関わらずレイナを見るなり手を振ったり、笑いかけたりしている。

 中には両手を合わせて拝み始める人も居た。

 改めてラインはレイナが慕われている事を認識していた。

 街から出ると、緑豊かな草原が広がっている草原の真中だけに馬車や馬が通る道が作られていた。

 右を見れば森。左側を見れば緑の山。この場所が以前は一面、焦土と化していたなんて信じられない。

 南に進むに連れて緑豊かな大地は乾いた砂と土だらけの大地に変貌し、乾いた風が小石を転がす草一本生えない不毛な地になっていく。そんな不毛な地に騎士団が管理している古代遺跡がある。ライン達が向かっているのはその遺跡だ。

 左右を断崖絶壁が覆う谷の中間地点に地下へと続く穴がある。そこが遺跡の入り口である。

 古代の遺跡に辿り着いた時、遺跡を警備していた騎士達が全員倒れている光景がラインとレイナの目に飛び込んできた。

 五段ばかりの石段に石包の足場。四本の柱に谷に穴を開けて造られた入り口。その入口を護るように騎士達は倒れていた。

 馬から降り倒れている騎士の一人に駆け寄りレイナが上半身に手を回して助け起こす。

 レイナが一人の騎士に事情を聞いている間にラインは他に生きている騎士がいるかを確認する。

 こっぴどくやられてはいるが誰も死んではいなかった。

 不思議に思いながら立ち上がると騎士達が使っていた盾や槍。剣がラインの目に入る。それら全てが残らず真っ二つにされていた。

 ラインも訓練で同じ武器を使うが頑丈な武器を両断するなど考えられない事だ。使用された武器が特別なのかそれとも尋常ならざる使い手か。

「そっちはどうだ?」

「全員、気を失っていますが命に別状はないようです」

「出来れば介抱したいが……遺跡の警備の方が優先だ」

 マントを翻しながら遺跡の入り口にレイナは向き合う。

「行くぞ、遺跡に侵入した賊を排除する。君にとっては初めての実践だが臆するなよ」

「了解しました」

 入り口を潜り階段を駆け降りる。

 遺跡内部は人の手が入っており綺麗に造り込まれていた。迷路のように似たような道を通り、ようやく次の階に行く下り階段の場所に出る。

 最初の階段と同じくらいの長さの階段を駆け降り、ラインとレイナは開けた空間に出る。

 壁や天井にはに絵や解読不能の文字が刻まれ、更に奥に部屋があるのか階段から丁度、反対側に大きな扉のようなものがあった。

 その場所の中央に一人の灰色のコートを着たアッシュブロンドの青年が立ち塞がっていた。

 両手にしなやかな曲線を描いた銀色に輝く剣を持っていた。それは東の地に伝わる特殊な剣で世界一の切れ味とも言われている。

「ようやくのご到着か」

「お前だな。私の部下をやってくれたのは」

 ラインに下がっているように指示したレイナは腰に提げていた剣。聖剣『アンスウェラー』を引き抜き青年にその蒼く輝く刃を向けた。

 それを見ると同時に青年は左手を動かし後頭部を剣で護る。と同時に青年の頭上からレイナの体重を乗せた一撃が振り下ろされ金属の音が響く。

 初手を防がれたレイナは一旦、青年の後ろに飛び引いた。

 目の前に居たレイナが瞬時に青年の後ろに回ったのではない。

 レイナはまだラインの目の前に居る。だが、同時に青年の背後から切り付け飛び退いたレイナも実在する。

 今、この場にはレイナが二人、居ることになる。ラインが訳も解らないでいても事態は進む。

 相手の出方を伺っていたレイナが先に仕掛けた。瞬時に青年との距離を詰めアンスウェラーを下段から振り上げる。

 右下段からの振り上げを左足を後ろに移動させ半身で避けると同時にもう一人のレイナの左側から胴を狙った横凪ぎを空中に飛んで回避した。

 二人のレイナから距離を取った地点に着地した青年は左手の剣の背を肩に置く。

「実体を伴った幻影とは初めて見る。噂通りの尋常ならざる使い手だな」

「その言葉をそっくりお返しするよ」

 幻影と共にレイナの姿はラインと青年の前から煙りのように消えた。

 背後から上かを警戒していた青年は目の前から飛んで来たナイフに舌打ちをする。

 ナイフを右斜め前に飛ぶように避け、続いて飛んで来るナイフを今度は左に避ける。

 青年の足が地につくと同時に右側から胸を狙ったレイナの剣の鋭い一閃を右手の剣で受け止めるが腹部に蹴りを入れられ、青年の身体がわずかに浮く。

 隙が出来た青年に追い撃ちで上段から肩を狙い剣を振り下ろすが左手の剣で防がれる。

 青年は左手の剣で攻撃を防ぐと同時に右足で踏み込み右手の剣で高速の突きで心臓を狙う。

 瞬間的にレイナは身体をずらし青年の剣はマントだけを貫いた。

 レイナは青年の剣を力で弾き、後ろに飛び退く。と同時に青年の突きから横凪ぎに移行した剣の切っ先が鎧を掠める。

「避けなければ鎧ごと胴を両断されていた……か。大した切れ味だ」

 刃が掠めた場所を触り、確かに斬られている事を確認しながらレイナは呟いた。

 両者の位置関係は最初の状態に戻り、レイナは『アンスウェラー』をラインに投げ渡した。

 予想もしなかったレイナの行動にラインは危うく落としてしまいそうになる。

「十秒でいい。あいつを中央の大円から逃すな。『アンスウェラー』の使用を特別に許可する」

 地面に描かれた大円をラインは確認する。

 何故、この場面で聖剣まで与えられ賊と戦う事を指示されたのかラインには解らなかった。

 解らないがするべき事はただ一つ。

 ラインはアンスウェラーを振りかざし、叫びながら青年に突進する。

 正面からラインと青年が打ち合っていると、ふいに地面が蒼く光り出す。心なしかアンスウェラーの刃身も一層、強い光りを放っていた。

 地面から四方を取り囲むように柱が飛び出て来て天井も蒼く光り出す。

「これは……!?」

「始まったか」

 悟ったように吐き捨てた青年の言葉に振り返るとそこには青年の姿はもう無かった。

「レイナ様! これは一体!?」

 光の壁の向こうから返答は無かった。もう一度、ラインが口を開こうとした刹那、蒼い光りが弾け、ラインの視界は眩い閃光に包まれた。

 光りが晴れるとラインと青年の姿はなく、レイナが肩膝を地面につき息を荒げていた。

「っ。これ最後に使ったの何時だったかな?」

 絶え絶えの息遣いの中で綴り出した言葉。それに答える者はいない。はずだった。

「バベル戦争の末期だ。時間に換算するとゆうに数百年は過ぎている」

 地面から突き出した四本の柱の一柱に青年が座っていた。

「時間に換算しなくていいでしょ。歳がばれちゃうじゃない」

 立ち上がったレイナはじとっとした視線で青年を見る。

「それにしても。こんな三文芝居をさせた理由は何だ?」

 疑問に思い尋ねた青年にレイナは笑いかける。

「正直、共和国との戦争にこの国が勝てるとは思えない。私達の力を加えてもね……だからあの子だけは死なせたくない。騎士となったラインを護るにはこの方法しか思い付かなかった」

「なるほど。あの坊主を護る為に無理矢理にでもソフィの元に送り込んだという訳か……相変わらず不器用な奴だな」

 そうね。とレイナは笑った。その笑みは悲しみの色で染まっている。

「この国が勝つ手段ならまだ一つだけあるがな」

 青年は右手の人差し指で奥にある扉を指す。

「『バベルの塔』の封印を解く。か。そんな事をすれば、今度こそ世界は滅び去るわよ」

 

 


 次に目を開けた時、ラインは別の場所に立っていた。

 四本の柱と転移陣はそのままなのだが遺跡の雰囲気ががらりと変わっている。

 ただの岩場に穴を掘って洞窟を作り、柱と転移陣を取って付けただけ。そんな感じだ。

「……珍しい。成功したんだ」

 辛辣な女の子の声が聞こえラインが振り返ると、そこには左手に身の丈程もある大鎌を持った同い年くらいの女の子が立っていた。

 背中まである真っ直ぐに長く伸びた黒髪。笑えばさぞ可愛いのだろうが何故か不機嫌そうな表情をしている。

 騎士団に入る前も入ってからも同年代の女の子をあまり見た事がないラインは女の子の丈の短い下の着衣スカートから見える肌に目が行ってしまう。

「……でも。貴方はちゃんと送り届けられた。レイナが貴方を誰よりも大切に想っていた証拠」

 優しい笑みをこぼした女の子だが、すぐに元の不機嫌面に戻りクルリと回転した女の子は着いてこいの一言もなく歩き出した。

「待って……君は姉さんの知り合いか何か?」

 女の子の左肩を掴みながらラインが尋ねると女の子は立ち止まり滑らかに振り返った。その一連の流れは人と人との触れ合いの中で予定調和とも言える流れだった。振り返りざまに女の子が右手を強く握りラインの顔面を強打した事を除けば。

「ごぶほぁ!? い、いきなり何するのっ!?」

「私に気安く触るな」

 女の子は冷たい瞳で睨み付けながら冷たく言い放った。

 結局、後ろに着いて歩きながら色々な青年の行方やレイナとの関係。不思議な力のことなど質問を投げ掛けたが帰って来た答えは、

「うるさい」と 「黙れ」の二つだけだった。

 黙りながら歩く事、数十分。ようやく洞窟を抜け外に出れた。

 外に出たラインは目を見張った。洞窟から外に出たと思ったら小高い丘の上に立っているのだから無理もない。

 後ろを振り向いてもただただ眼下に草原が広がっているだけだった。

 前に向き直り、朱く染まった空と遥か地平線の彼方に沈み行く太陽を見つめる。実感はないがあれからゆうに六時間は過ぎたようだ。

 何が何やら解らないラインは左右に首を振り女の子の姿を捜すと初めて女の子がいない事に気付き少し焦り辺りを見回す。

 ふと下を見ると既に丘の半分まで降っている女の子姿が見えた。溜め息を吐きながら駆け足で女の子を追い掛ける。

 丘の麓にある豪邸が女の子の家らしいが、右を見ても左を見ても草原しかないこの場所には正直、似つかわしくない。

 家に入るなり女の子は疲れたから寝ると言い残し寝室に閉じ篭ってしまう。

 残されたラインは一通り屋敷を見て周り、二階の一室にベットが備え付けられていたので鎧を脱ぎ捨て眠る事にした。

 次の日。ラインは目を覚ますと習慣的の行動か漆黒の鎧を着込み、一階に降りて行く。既に女の子は起きていて朝食を作っていた女の子は変わらずに不機嫌そうだったが、昨日とは違い様々な事を教えてくれた。

 あの転移陣は遥か昔に『七至宝』が作り出した『道』で送り出す先と受け取る先を指定しほぼ同時期に扉を開くことで行き来する事が出来る。

 女の子曰く『扉』を開き『道』を繋ぐことは非常に高度で繊細な作業の為、大雑把なレイナの場合は指定した場所とは別の転移陣に送られることもあるらしい。

「……昨日は七つある扉の内、私の所とレイナの所だけが開かれたから失敗の確率は低いのも幸いした」

「失敗していたら?」

 ラインの質問に女の子は少しだけ考え、

「……永遠に『ゼロ』の世界で彷徨うことになる」

「意味解らないけど……恐ろしいことになる。ということは解るよ。あ、そうだ。レイナ様の事を知っているのなら話が早い。実は俺……」

 朝食を食べ終え、紅茶を飲もうとしていた女の子はラインの言葉を手で遮り、そして真実を。レイナの真意をラインに告げた。

 戦争に勝てない事を悟ったレイナがラインを護る為にこの場所に飛ばした事。転移陣を起動させる鍵であるアンスウェラーがこっちにある以上、転移陣を使って戻る事が出来ない事。

 淡々とした女の子の説明を黙って聞いていたラインはおもむろに立ち上がると、食堂を後にして屋敷を出て行く。

「……何処に行くの?」

 草原をブーツで踏みしめていると後ろから女の子の声が聞こえラインは立ち止まったが、振り返りはしない。

「姉さんは馬鹿だ。大馬鹿野郎だ。俺だけ生き延びてのうのうとここで暮らせと言うのかよ!? そんな事、出来る訳ない!」

「……どうして? ここならずっと平和に暮らせるのに。そんなに死にたいの?」

 女の子の感情の籠っていない声にかっとなったのかラインは振り返り女の子を睨む。

「死にたい訳ないだろう!? ただ、姉さんが俺を護ろうとしてくれたように俺は姉さんをたった一人の家族の姉さんだけを護りたくて騎士になったんだ。それなのに……」

「……貴方の国の圧倒的な戦力差を覆して勝つ方法。つまりレイナを助ける方法はたった一つだけある」

「えっ……?」

 何を思ったのか女の子はラインに対してそう言っていた。ラインが怪訝そうに女の子を見ると女の子もまた自分が言った事に驚きを隠せないようだったがすぐに毅然とした態度を取る。

「……久しぶりに人の想いを見たくなった」

 ラインが問い返す前に女の子は何処から取り出したのかラインが部屋に置いてきたはずの聖剣『アンスウェラー』を投げ渡す。

 ラインが剣を受け取るのを見ると、何もない空中に突如として出現した大鎌を左腕を伸ばし握りしめる。

「我が名はソフィナ・リア・フライベルグ。古の災厄バベルを打ち払った七至宝の一柱にして冥界への誘い人。ライン・フェルセイム。貴方の想いが純粋な物ではないのなら、その命、刈らせてもらうぞ」

 細く吹けば飛んでしまいそうな華奢な身体付きからは想像も出来ない、威圧感が大鎌を構えると同時に噴き出し、黒く冷たい双眸がラインを捉える。捉えられたラインは凍えつくほどの寒さを感じ、金縛りにあったかのように指一本さえ動かせないでいた。

「何人たりとも踏み込むに値しない白の領域、白銀の世界に我が誘う。永久の凍土にその身を貫かれ、存在も心さえも何者でもない白に塗り潰されるがいい……」

 ソフィナが呟き始めると空中にソフィナを中心として右に三本、左に三本。中央に一本。青色に輝く氷の槍が何も無い空間からその姿を現す。

「これが『七至宝』の力。想いを力に変え想像したものを。仮想世界のものを現実世界に具現化することができる『創造の力』。……さぁ我の敵を貫け! 白銀の氷槍アン・ワイス・アリル

 大鎌を天に向かって掲げると同時に身の丈以上の巨大な氷の槍が一斉にラインに襲い掛かる。

 避ける手段なんか無い。防ぐ手段もあるはずがない。有り得ない。無から有を、心の想像を創造する。それが伝説の『七至宝』の力。有り得るはずがない。

 現実を受け入れたくなくてラインは目を閉じ、闇の世界に逃げ込んだ。しかし、逃げ込んだはずの闇の世界で初めてラインは光を感じた。

 アンスウェラーを通してレイナの想いが伝わってくるのに気付いた。暖かな想い。子供の頃の記憶。全てが走馬灯のように駆け巡る。

 再び目を開いたラインのすぐ目の前には氷槍が迫って来ていた。だが、先程のような圧倒的な恐怖はもう感じない。

「そうだ。どんな危険からでも姉さんを護るって決めたんだろ……だったら……だったらこれくらい怖くもなんともないだろぉ!?」

 アンスウェラーを逆手に持ち直し、迫りくる七本の氷槍をものともせずにラインは前方に左足で大きく踏み込み、アンスウェラーをソフィナ、目掛けて投げつける。

 投げられたアンスウェラーはもう一つの姿である魔槍『ブリューナク』に姿を変え、七本の氷槍を微塵も残らず消し去った後に失速するどころか更に加速しソフィナに向かって一直線に飛ぶ。

 すかさず大鎌を目の前にかざし青い光で形成された障壁を展開した直後、ブリューナクが障壁にぶつかる。

 予想以上の衝撃にソフィナは身体が後ろに飛ばされるような錯覚を覚える。

「……っく!」

 ソフィナが創り出した障壁に亀裂が入る。命を賭けてでも護りたい人が居るラインと護るべき人などいないソフィナ。どちらが勝つかなど火を見るよりも明らかだ。

「……当然か。冷え切った私の心の想いでは純粋な想いの力に勝てるはずがないのは」

 呟きと共に障壁は粉々に砕け散ったのを見届けると、ソフィナの意識は暗闇に沈む。

「……いっ! おいっ!!」

 再び瞳を開けた時、茜色に染まった空を背景に今にも泣きそうなラインの顔がソフィナには映り、それはとても新鮮で美しいと久しぶりに感じた。

「あぁ、良かった。もう眼を覚まさないかと……」

 良かったと安心しているくせに涙を流すラインの心境は今のソフィナには解らなかった。

 まだ痛みの残る身体でよろめきながらもソフィナは立ち上がり大鎌を手に想いを紡ぎ始める。

 途中でソフィナが倒れ、ラインが慌てて助け起こそうとするがソフィナは一言だけ呟いた。

 空を見ろと。だからラインは空を見上げ、茜色に染まった遥か高い空からそれは舞い降りてきた。

 最初は形が解らなかったが、今でははっきりと解る。それはドラゴン。ソフィナが創り出した蒼い装甲を持った機械龍にソフィナとラインが乗ると両翼の翼を広げ、空へと飛翔する。

 圧倒言う間に小さくなった地面を見ながらラインは横で苦しそうに寝ているソフィナに向かって言う。

「七至宝ってこんな物まで創り出せるんだな」

「……うるさい……少し黙れ」

「この龍、名前は?」

 その質問にはソフィナも少しだけ、本当に少しだけ嬉しそうに笑った。

「……『プロローグ』」

 少しの間、沈黙が続いたがソフィナがそれを破る。

「カナトリア聖国がマラフィ共和国に勝つ方法。それは世界に点在する七つの封印を解き現世にバベルの塔を創り出すことしかない」

 大切な人を護りたい。ブリューナクに触れたソフィナはラインの心で垣間見た想いは誰よりも純粋で。きっと『バベルの塔』も純粋な心で使えばこの世界を護る力となるはずだと。ここから始まった旅路の果てに待つものがレイナが危惧していた世界の終焉だとしても、この時のソフィナはそう信じていた。  

どうも作者の水原武人です。このお話は過去に他サイトで投稿していたファンタジー作品にかなりの修正を施した作品。でしたが何かもはや別の物語に仕上がってしまいました。こんな先がありそうな短編もあり……ですかね?

っと。僕の作品を読んでくださりありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] この度は企画に参加してくださりありがとうございました。 細かい世界観設定とキャラクター設計によるものか、とても映像が想像しやすかったです。伝説となった英雄たちの存在、詠唱のある呪文など、とて…
[一言] 執筆、お疲れ様でした! 文章力あるなぁ。それに作品の世界観も王道で分かりやすく、とても良かったです。 是非続きが読みたいと思わせる出来栄えだ! この小説には一万文字は短すぎですな。 評価は…
2008/10/22 19:50 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ