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 少女の眼下で生きるものはなかった。

 人も獣も、そして街並みすらも。すべてはそこで完結していた。愛が憎悪へと裏返るように、もしくは憎しみがやがて憐憫に変わるように、それはほとんど宿命的に見えた。


 少女は礼拝堂だった瓦礫のうえで廃墟を見下ろしていた。もしくはかつて栄えた港街の記憶を見つめていた。どちらであるかは少女自身にも分からなかったが、そんなことはあまり意味のないものだった。ツバメのように戻ってきただけなのだから。


 湿った南風が髪をまきあげる。内海の上をすべってきた風は、ひどく臭った。

 時を経てなお美しい彼女の銀髪とはうらはらに、よどんだ風は記憶の彼方にあるものとはもはや別物だった。


 あらゆるものは彼女の視線のなかで時を刻み、変化し、うつろい、歪められ、失われてきた。仕方のないことだ。


 薄い緑色の瞳が月を見上げた。

 黄昏と夜明けとのはざまで、月は中天に位置し世界を青白く染めている。美しい月だったが、どこかよそよそしい中古品のように見えた。丁寧に磨かれたあと店頭に並んでいる、そんな取り繕ったような美しさだった。


 変わらないはずのあの月も、あの人(、、、)と見上げた時の記憶とはずいぶん違って見えた。変わらないものはあの人(、、、)とわたしだけだ。あの人(、、、)は今でも世界を愛している。彼女はそう思った。思わずにはいられなかった。


 そしてもうひとつ。

 あの人と交わした約束。

 黄昏と夜明けとのすきまで、幾万と交わしてきた凄惨な愛の儀式。それは世界が滅んだとしても変わることはない。


 少女は唇を噛み、少しだけ涙を流した。絹のような細く滑らかな涙だった。


「ヘルムート様。すぐにわたしが、あなた様を殺して(救って)さしあげます」


 少女の声は海峡の唸りのなかに吸い込まれた。

 不意の突風に驚いたのか、ねじれた姿をした海鳥たちが一斉に飛び立った。そして少女の姿は朝露のように消えていた。


 この物語は不死の男と、呪いの少女の年代記クロニクルであり、それと同時にただの恋物語でもある。


 それ以上でもそれ以下でもないことをここに記す。


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