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来客



「うわあああああ!!!」


 玄関の方で男性の悲鳴。


 メディを伴って玄関へ。 


 門を出ると、ハク、シロ、ハル、ウメ、リク、ウミ、ソラに囲まれてその中心で腰を抜かして半泣きになっている壮年の男がいた。


 男はボロボロの外套を羽織っているが、その内には如何にも高価そうな、豪奢な装飾の入っている鎧を着ている。また、ウェーブがかった黄金色の髪や気品のある整った顎鬚が、彼が相当な身分の持ち主であることを物語っていた。


 そんな壮年の男に、ハクたちは今にも飛び掛からんとにじり寄っている。


「そこの人間!た、頼む!!助けてくれ!!助けてくれぇぇえ!!!」


 男は俺の姿を見るなり悲愴な声をあげ、恥も外聞も無い、と言った様子で俺の足に縋り付いてきた。


 あららら……。


 お前たち、番犬よろしく警戒してくれるのはありがたいけど、中年の男性にあんな姿させるもんじゃありません。


 動物が苦手な人だっているんだから。


 ほらもう泣き出してしまったじゃないか。


 ちょっと!擦り付けないで!鼻水が着物に付いてるから!


「お前たち、もういいと言うまで庭で遊んできなさい。

 ほら早く行った行った――。

 うちのペットがすみません……。

 立てますか?」


「――あ、あ、うあ、あうああああ……!!」


 もうハクたちは居なくなったのに、男は生まれたての小鹿の様に震えて立ち上がらない。


 そして震える手で俺の背後を指さした。


「ゴ、ゴゴゴ、ゴ、ゴル……」


 え?


 振り返る。


 後ろにいたメディも釣られて振り返る。


 何もない。


 向き直ってもう一度彼の視線と指先をたどる。


 ……。


 え……メディ?


 もしかして彼女に驚いてる?のか?


「ゴ、ゴ、ゴルゴン……!!」


 あ、やっぱりそうなのか。


「旦那様、こいつ失礼です。

 殺してもいいですか?」


 いや……俺も失礼だとは思うけど、殺す必要は無いんじゃないかな、うん。


 完全に腰の抜けてしまった男に手を貸してやって、とりあえず中に入れてやることにした。


 それにしてもこの人、かなり小心者と言うかなんというか。


 だとしてもメディへの反応は納得いかないなぁ。


 こんなに愛らしいのに。




 ……




 あの後、腰の抜けてしまった彼に肩を貸しながら客間に通した。


「旦那様、お茶を入れてきましたよ」


 メディが盆に二つの湯呑を乗せて持ってきて机に置いてくれる。


 あ、この机は皆で協力して作りました。


 対面で縮こまっている彼は、じっとメディの一挙手一投足を目で追っている。


 それを知ってか知らずか――絶対ワザとだ――、メディは急に素早く動いたりして、その度にびくりと身体を強張らせる彼の反応を一しきり楽しんでから俺の斜め後ろに座った。

 

 そろそろ本当にやめてあげて……。


 お茶を勧める。


 男が茶を異に流し込むと、ホッとしたのか、青白くなってしまっていた顔にみるみる血の気が戻って行き、あっと言う間に精悍な顔つきのダンディなオジサマが現れた。


 やっぱり温かいお茶は落ち着くよなぁ。


 このオジサマは、ちょうどさっきメディと話していた魔帝国の貴族で、ドレイク侯爵と言うらしい。


 確かに貴族っぽい。

 

 豪奢な鎧の下に来ていた服も高価そうだし。


 それに魔族……なるほど、確かに耳の先が尖っているな。


 その魔族の貴族様がどうしてここに居るのかと言えば、国で監視していた何とかって魔獣の消息が途絶えたらしく、遠路はるばる調査に来たという訳だそうだ。


「それにしましてもヘイサカ殿、このお茶はどこの物ですか?それなりに貴族をやっておりますが、こんなに香りと味が良い物は初めて頂きました。

 もしよろしければもう一杯頂けないでしょうか?

 ――ああ、やはり美味しいですね」


 わかる。


 美味しいよね。


 メディが入れてくれてるからだと俺は思う。


「メディ、これっていつものあれだよな?」


「はいそうですよ。

 名前は確か……『千寿草』だったかと思います」


「―ゴフッ!せ、千寿草!?」


 ドレイクさんが急に咽ながら驚いた。


「も、申し訳ありませんでした!

 そんな高価なものだとは知らずに……」


 あー、そう言えばこの千寿草ってやつ、高価だって話だったな。


「まだまだありますからお気になさらず。

 ……もう一杯要ります?」


 「よろしいのですか?」とか言いながらも、既に空の湯呑を握りしめた両の手が俺の間に差し出されている。


 気に入ったようだ。


 この人、いや魔族だったか、面白いな。


「それにしても、千寿草をお茶にするとこんなに美味しくなるとは、全く知りませんでした。

 ほとんどは高級治癒薬や万能薬の材料として使われてしまいますからね……」


「これは動物たちに――……これは友人からの貰い物なんですよ。

 そんなに貴重な物なんですか?」


「そうでしたか。

 さっきも申し上げたように、千寿草は万能薬を作る材料として重宝されていますが、群生せず滅多に発見できないため大変稀少なのです。

 我が帝国内では、もう採りつくしてしまったのではないかと言われているほどです。

 それに栽培も何百年と試されてきましたが、一度も成功した試しはありませんので」


 なんか思ってたより凄い薬草だった……。


 俺普通にサラダとして食べてたんだけど?



 閑話休題(それはおいといて)


「じ、実はこちらに招待していただく前に、お屋敷の裏手にある白骨死体を拝見しました。

 あれはまさに件の『魔獣タイラントガイアベアー』……の物で間違いないと思うのですが、どうでしょうか?」


 魔獣タイラントガイアベアー?あの熊、そんな名前だったのか。


「そうだ。

 あの残骸は貴様の言う魔獣で間違いない。

 確かに、我も一度対峙したが、身体に何かしらの刻印が押されているのを見た覚えがある。

 あれは【探知の刻印】による物であったか」


 ドレイクさんの質問に答えたのはメディだった。


 あれ?メディさん?その初対面の時のその口調、余所行き用だったんですね。


 そして、どうしてドレイクさんはちょっとビビってるんですか?


 あれか、蛇が苦手なのか?

 

 結構愛嬌があって可愛いと思うんだけどな。


 メディの感情に合わせてリアクションしているとことか。


「つ、つ、つまり、こちらであの魔獣と戦い、勝利されたという事で間違いありませんね?」


「え、ええ戦闘というか……まあ、そうですね……。

 夜、あまりにもうるさ過ぎてイライラしたので、フライパンを投げたらそれが眉間を貫いてしまいまして。

 腹が減っていたので食べてしまったんですが……不味かったですか?

 あ、味は結構美味しかったですよ。ははは」


「え?旦那様、あれをフライパンで倒したのですか?

 しかも食べてしまったと……」


「あれ?言ってなかったっけ?

 かなり美味しかったんだよな、あれ。

 この前のガンダーボア?ってやつよりも臭みは強めだったけど、脂身が少なく歯応えがあって……。

 でも当時はここに来たばかりで、ハクたちとまだ仲良くなってなかったから、肉を保存でき無かったんだよなぁ。

 また食べたいけどどこかに居ないかな。

 ――と、言うわけです……ドレイクさん、大丈夫ですか?ドレイクさん?」


「――え、ええ、はい。

 大丈夫です。大丈夫ですよ。

 ……その、厚かましいお願いですが、もう一杯お茶を頂けませんか?」




 ……




「ヘイサカ殿、我が帝国と友好を結んで頂きたいのですが」


 五杯目のお茶を飲み干した後、ドレイクさんは重々しくそう口火を切った。


「へ?友好?」


「はい、友好で御座います」


「どうしてですか?別に敵対するつもりなんて、これっぽちもありませんけど……」


「(魔帝国は旦那様と同じ人族の王国と戦争中です。

 旦那様が王国側についてしまう事を恐れているのだと思いますよ)」


 メディがそっと耳打ちしてくれた。


 戦争かぁ……。


 友好関係にあるからって、その戦争に巻き込まれるなんて事ないだろうか。


 そうなれば、うちの動物たちが駆り出されたりしてしまうのか?


 あの魔法の数々を見ていれば、あいつ等がそれなりに強いってことは分かるけど、怪我したりするかもしれないよな。


 ――嫌だな。


「ドレイクさん、俺は魔帝国さんと友好的でありたいとは思いますけど、戦争とかは勘弁して欲しいんですよね……」


「……ヘイサカ殿は、我が国と王国との間の争に巻き込まれる事を危惧なされている訳ですか?」


「あ、そんな感じです」


 ちょっと言葉が足りなかったかなと思ったけど、上手く伝わっていたようだ。


 ドレイクさん、流石は貴族なだけあるな。


「我が帝国からヘイサカ殿にご助力頂く事は決して無いと誓わせて頂きます!

 また、ヘイサカ殿とご家族の皆様の下へ戦火が及ばないように最大限の配慮を尽くす所存で御座います!」


 真剣さが伝わって来る。


 嘘は言ってないな。


 と言うか短い付き合いだけど、この人は嘘を付くような人でないと確信している。


「(どうすればいいと思う?)」


 メディに耳打ちで相談。


 ちょっと!くすぐったいのは分かるけどクネクネしないで。


 お客様の前ですよ!


「(――だ、旦那様のお好きなようにすれば良いと思いますよ)」


「……わかりました。

 友好、結びましょう」


 右手を差し出すと、ややあってドレイクさんも手を伸ばしてきて、ガッチリ握手。


 あ、もしかして握手の習慣って無いのかな?


 でも、握手を終えた後のドレイクさんは憑き物が落ちたような晴れやかな顔だったな。




 何だかんだで結構いい時間になった。

 

 お昼時だ。


 お客さんもいる事だし、お鍋にしよう。


「いいですね!私お鍋大好きです。

 旦那様、ガンダーボアのお肉がまだありましたよ」


「そうか、じゃあ牡丹鍋だな」


 各種薬草とキノコを食べやすい大きさに切って、水の入った土鍋にどんどん入れていく。


 味付けは塩のみだけどキノコと猪肉の旨味で充分美味しい物が出来るんだよな。


 煮立ってきたら灰汁を取り除いて、最後に香りづけの柑橘系果物の皮を削って散らせば完成。


 イメージは柚子塩鍋だ。


 匂いに釣られて庭で待機してた皆がやって来た。


 お前たちの分はまた後でな。

 

 ドレイクさんが怖がるからもうちょっとあっち行ってて。


 ドレイクさんは皆で囲んで食べるお鍋を知らない様で、初めは困惑していたけど、見様見まねで食べだした。


 ちなみに、ドレイクさんにはスプーンとフォークを渡した。俺とメディは箸。メディは俺と一緒が良いって練習したんだよな。


 うん、美味しい。


 ガンダーボア、また取ってきて欲しいな。


 ドレイクさんも目の色を変えて凄い勢いで食べていた。


 喜んでくれたようで良かった。

誤字脱字等ございましたら、ご一報下さい。

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