ヒロイン登場?
「はああああぁぁぁ」
思わず感嘆の声が出た。
朝風呂、最高過ぎる。
いや、朝風呂に限らず暖かい風呂を堪能できる事が幸せ過ぎた。
これまでの一週間近くはずっと冷たい水浴びだったからな。
体が丈夫でなかったら風邪をひいていたかもしれない。
この至福の時間を作ってくれたのはペット?の犬のハルとウメだ。
彼女たちが魔法で作った小さな火の玉を試しに水を張った浴槽へと入れてもらったところ、良い感じのお湯が出来たのだ。
思えば視力を失ってからというもの、こういった些細な幸せも忘れてしまっていたなぁ。
感慨深い。
そして豊かな暮らしが出来るようになった事に感謝。
あと本があれば最高なんだけど。
風呂から上がると洗面所でイタチ三兄弟の長男のリクが待ち構えていて、そよ風を起こして身体を乾燥させてくれる。
お礼を言って素っ裸のまま自室へ。
どうせ一人だからな。
箪笥から薄手の着物を取り出して羽織る。
いろいろ試してみたけど着れるようになったのは甚兵衛とこれくらい。他にも余所行き用と思しき華美な着物や時代劇に出てきそうな袴もあったが、当然着方が分からなかった。
まあこの着物と甚兵衛が着やすくて動きやすいし満足している。
その足で朝食を適当に済ませ、今日の動物たちが持って来てくれた食べ物を回収。
今日は魚があったので近くに居た白い山猫のハクに冷凍してもらう。
ありがとう。
今日はちょっと多いな……食べるか?
ははは、シロには内緒な。
バッチリ見られていた。
半分こな。
喧嘩するなよ?
ドライフルーツ、焼き魚、あぶったキノコのお弁当を用意して風呂敷に包み、お出かけへ。
お供は山猫のハクとシロだ。
ハル、ウメの犬姉妹はあまりにも気持ちよさそうに縁側で日光浴していたからそっとしておいた。
犬の特性かはたまた彼女らの元々の性格なのかは分からないけれど、ハルとウメは声を掛けなければ基本的にぼーっとしている事が多い。特に縁側で。
気持ちは分かるけれども。
でもたまに泥だらけになって帰って来たりするから、ずっと何もしてない訳ではないようだ。
イタチ三兄弟の次男と三男のウミとソラはもうどこかに行ってしまっていなかった。
あの二匹はがさつなんだよなぁ。
リクが「すんません……」みたいな表情で項垂れてた。
だからハルたちと留守番を任せておいた。
お兄ちゃんは大変だな。
そういうわけでハクとシロの二頭とお出かけ。
猫が一番飄々としているイメージだけど、この二頭が特別なのかそれとも俺の認識が間違っていたのか、どの動物よりもしっかりしている。
と言うのも、何をするにも大体付いて来てくれるし森へ行くときは二頭でフォーメーションの様なものを組んで常に周囲を警戒してくれるのだ。
頼もしい。
今日出かけたのは何もただお散歩をしに来たわけではない――。
……いや、認めよう。
今日は遊びだ。
あの熊が根城にしていた洞窟の探検をする。
洞窟探検なんて男子の死ぬまでに一度はやってみたい事ランキング一位だろ?
……少なくとも俺が小学生の頃はそうだったはず。
兎に角、今日は洞窟探検をする。
倒木処理も終わって暇だったんです……。
熊の洞窟までは十キロぐらい距離があるけれど、ひょっこり顔を出す森の動物たちと偶に遊びながら走っていけば一時間と掛からず到着した。
今にも俺たちを飲み込まんとするように大口を開けた洞穴は内部で入り組んでるのだろう、外からでははっきりと様子を窺えない。
透視の力を使えば丸裸になってしまうのだろうけどそんな無粋な真似はしないぞ。
いやぁ、しかしあの巨体の熊が潜んでいただけあって流石に大きいな。
でもよく見ると入り口の淵は爪痕が残っていたり瓦礫が所々に散乱していたりする。
なんというか、無理やり入り口を広げたような――。
まあ兎に角入ってみるか。
真っ暗……だけどこの目のおかげでよく見える。
ハクとシロも問題ないようだな。
そういえば猫って夜目が利くんだった。
内部は奥へ行くほど尻すぼみに狭くなっていっている。
そのためか熊が生活していたのは入り口付近のようで、洞窟に入ると目に飛び込んできたのはいろんな動物たちの骨だった。よく目にする動物たちの物は勿論、今まで一度見見たことのない巨大な猪の様な動物の骨も散見できた。
熊の巣、というより動物の墓場だ。
真新しい死骸が無い所を見ると、あの時は相当腹を空かせていたんだろうな。
骨の山を掻き分けながらどんどん進む。
暗闇でも真昼間の様に見えるからあんまり洞窟探検感が無いなぁ。
しかもすぐに行き止まりに遭ってしまった。
蓋をするように、洞窟の幅ぴったりの巨岩が行く手を遮っていたのだ。
あいつが暴れて崩落したのだろうか?
奥はまだまだ続いてそうな感じだけど、無理に動かして生き埋めにでもなったら目も当てられない。
ここで終わりかな……。
……
思ったより早く洞窟探検が終わってしまった。
まだ太陽も昇りきっていないのに。
洞窟から出たすぐの岩場に腰を下ろして少し早めの昼食を摂ることに。
ハクとシロの分もあるぞ。
メニューはキノコと薬草のサラダドライフルーツ添えと魚。魚は凍らせたまま持って来ていて、火を起こしてその場で焼く。
家から焼いてきたら冷めて美味しくないんだよな。
塩も無いし、せめて焼き立てを食べたい。
火はハクとシロに起こしてもらった。
ハルとウメ以外の動物、それこそイタチたちでも火は起こせる。火加減の調整が出来るか出来ないかの違いだ。
だから大きめの焚き火になってしまったけどまあ問題ない。
いい感じに焼けた。
うん、美味い!けどそろそろ本格的に調味料が欲しくなってきた。
あと久しぶりに肉が食べたいな。
なんだ、お前たちもう食べてしまったのか?
ダメダメ、これは俺の分だ。
そんなつぶらな瞳で上目遣いされたって……。
結局ほとんど盗られてしまった。
しかも見せつけるようにイチャイチャしやがってこのヤロウ!
俺も混ぜろ!
……
食後、ハクたちとじゃれ合っていると急に二頭が怯え出し俺の後ろに顔を伏せるようにして隠れてしまった。尻尾を下にして横にゆっくりと振りながら低く唸りだす。
なんだなんだ?
こんな状態初めて見た。
そして次の瞬間女性の声が張り上げられた。
「おい人間!そこで何をしておる!」
凛として澄んだ声だ。
返事をする間もなくさらに言葉は続く。
「動くな!
動けば一撃で貴様の首を圧し折ってやる」
声の主は怒り心頭なようでかなり物騒な事を言ってきた。
大人しく従ってじっと動きを止める。
「貴様、何者だ?ここが我の住処と知っておるのか?
『ブリザードガトー』を従えておるようだが、その程度の魔物で我に勝てると思うな」
「俺、最近この近くに引っ越して来た者で重阪仁……ジン・ヘイサカといいます。
今日は、その、探検にきました。
この洞窟はあの熊の住処だと思っていたので……」
「引っ越してきた?この森に?
……そうか、ならばその家、我が貰い受けてやろう」
「いやいや、ダメですよ。
それは出来ません」
「動くなと言ったであろう!
我が貴様の生殺与奪を握っている事を忘れるな。
もう一度言うぞ。
貴様の家を寄越せ。我が住んでやる」
あまりに一方的だ。
第一まだ姿も見ていない相手に、生殺与奪を握られているなんて言われても……。
でもハクたちの様子を見る限り、彼女はそうとう強いのだろう。
だからと言ってあの縁側を譲るわけにはいかない。
俺はゆっくりと声のする方へ身体を向ける。
「貴様!!」
次の瞬間身体が宙に浮いていた。
声の主がものすごい勢いで身当てをしてきたのだ。
仰向けに地面に倒れる。
そして馬乗りにされ、無数の目で睨みつけられた。
女性だ。
女性は女性でも、その姿は人間ではない。
姿形は人のそれであるが、艶やかな長い銀髪が全て蛇だった。
その蛇全てが牙を剥いて俺を威嚇している。
目元は綺麗な装飾施された黒い帯で隠されている。
昔本で読んだことがある。確かゴルゴン?だったか?
「ふん、『ブリザードガトー』を従えるだけの事はある。
これを食らってバラバラに吹き飛ばないとはな。
しかしこれで貴様も終わりだ」
その言葉と同時に、馬乗りになっていた彼女の下半身が溶けだしたかと思えば蛇になっていき、俺を締め上げる。
ちょっと息苦しい感じはあるけれど、痛いほどでもない。
「どうだ?苦しいだろう?
気は変わったか?」
「だから、家はダメだって言ってるだろ?
そんなに家が欲しいのなら作るの手伝って上げようか?」
「なっ貴様!我を侮辱するか!
もう許せん!
ここで死ね!」
そう言ってゴルゴン?らしき蛇の女性は目を覆っていた帯を外した。
「石となるがいい!」
……
「――綺麗だ……」
「へ?」
帯を外した彼女の瞳は、まるで紅玉の様に真紅に輝いていた。今まで見たどんなものよりも綺麗で美しい。それに彼女自身も、顔半分を覆われていて分からなかったが、目鼻立ちの非常に整った美人であった。
だから、思わず口に出してしまう。
「え、え、ど、どうして石に……
そ、それに、わ、私が、き、綺麗って、あ、あの、あのあの、その」
あれ?口調が……。
いつの間にか彼女の下半身は人の物に戻っており、俺の上でまたがったまま顔を真っ赤にしてあうあう言っている。
「きゃっ」
彼女をそっと抱き起こしながら立ち上がると、小さな悲鳴が。
「あ、あの……大丈夫?」
なんかこっちまで照れてしまう。
「え、え、え、は、はい……。
あの……私の目……綺麗ですか……?」
彼女は顔を両手で覆いながらおずおずと聞いてきた。
「え?
その、もう一度見せて貰える?
――うん、綺麗だ。
俺が今まで見てきたもの全ての中で一番綺麗だ」
「い、一番……綺麗……。
そんなこと言われたの初めて……。
嬉しい」
「そ、そうか。
それは良かった」
感情がリンクしているのか、彼女も彼女の髪の蛇たちも赤面しながらくねくねしている。
なんだか可愛いらしかった。
「先ほどは失礼しました。
ジン様のようなお強いお方に家を寄越せだなんて……」
「ははは、気にしなくていいよ。
俺が強いかはよく分からないけど」
「私の眼を見た者は何であれ、石になってしまいます。
過去に私と対峙して眼を見た者で石にならなかったのは、ジン様を含め他に片手で数えられるくらいです」
「そ、そうだったのか……」
まあ俺の目は神様に貰ったものだしな。
「じゃあ、その、本当はもっと見ていたいんだけどまた帯をして貰って良いか?
こいつらがずっとこのままだから……」
ずっと目を伏せたままじっとしているハクとシロに目をやる。
「そんな、もっと見ていたいだなんて……
――分かりました」
「助かるよ。
ところで君は……」
「あ、申し遅れました。
私はこの森を住処とするゴルゴン三姉妹の三女、メドゥーサと言います。
その……もしよろしければメディと読んで頂ければ……嬉しいです……」
「ああ、よろしく、メディ」
「は、はい!!」
「この洞窟はメディの住処だったんだよな?でも熊が住んでたみたいだけど……。
あ、もしかして飼ってたのか?」
「ご冗談を。
飼っていた、だなんてとんでもないです。
ジン様もあの化け物を見たのならお分かりになるでしょう?
元々この洞窟は私の家だったのですが、二十年ほど前に急にやってきて私から奪ったのです。
そこで私は、奥を荒らされないように岩で蓋をしてここからかなり北にある姉の家に居候しておりました。
つい先日より、私と同じように北へ逃れていた他の魔物たちがここへ戻っていくのを見て、化け物が住処を変えたのだろうと思い帰ってきたのです」
「なるほど、そうだったのか……
大変だったな」
「はい……。
逃げるときは命からがらでしたよ……。
あ、ジン様はここから近い所に居を構えたという事ですが、奴が何処へ向かったかご存知ですか?
もし姉たちの住む方角へ行ったのであれば知らせてあげなければなりませんので」
「あー、その心配は無いと思うぞ?」
「という事は森から出ていったのですか?」
「いや、俺が倒した」
「……はい?
聞き間違えでなければ『倒した』と聞こえたのですが。
……まさかそんなわけないですよね?」
「うん、だから、倒したよ。
ここに来た日の晩にやってきて、凄くうるさかったかったからイライラしてて……。
――おっと」
白目を剥いて崩れ落ちそうになるメディの身体をそっと受け止める。
髪の蛇たちも皆同じように白目を剥いててちょっと可笑しかった。
……
メディを伴って家に帰ると凄く慌てた様子でお留守番をしていたハル、ウメ、リク、それに帰って来ていたウミとソラが警戒全開で待ち受けていた。
大丈夫だと落ち着かせるのに苦労したよ。
メディは俺の家で暮らすことになった。
奥は無事だったとは言え、熊に滅茶苦茶にされてしまったあの洞窟にもう住みたくないそうだ。
姉のところにずっとお世話になるわけにもいかないらしい。
それに「一緒に居てもいいですか?」なんて、美人な女性に上目遣いで聞かれてノーと言える男は居ないと思う。
俺が連れ込んだ訳じゃないからな!ホントだからな!
「凄い!立派なお家ですね!
こんなの見たことないです!」
屋敷を見たメディは嬉々として飛び跳ねながら色々見回っていたが、裏の資材を置いている所へ行った後、ぺたんと座り込んでしまった。
腰が抜けてしまったようだ。
「ほ、本当だったんですね……」
あの巨大な白骨を前にそう呟きながら震えていた。
ははは、面白い奴だな。
その後家を案内。
また興味津々に見回っていた。
特にお風呂が興味深いようだ。
一度も入ったことが無いらしい。
人生半分は損してるよ。
一階の一室、俺の隣の部屋をあげた。
メディは頻りに凄い凄いといって喜んでくれる。
俺が建てたわけじゃないけどなんだか嬉しい。
案内が終わったらメディは一旦荷物を取りに洞窟へ帰ってしまった。
あと、姉たちに引越しする事を伝えるために手紙を書くらしい。
どうやって?と疑問に思ったが【眷属召喚】って技で呼び出した蛇に届けてもらうようだ。
夜には大荷物を抱えて帰ってきた。
凝った装飾のドレスや鞄、ブレスレットに宝石、ちょっとした小物や変なオブジェなどいろいろあった。
大半がマジックアイテムと言う物らしい。
なんでも、魔法の込められたアイテムなんだとか。
そのままだな。
これ全部自分で使うものかと思っていたが衣類以外は俺にくれるらしい。
使い方とかわからんし、もらっても仕方なさそうなんだけど……。
んーいろいろあるなあ……。
――!!
これは!!
「メディ!これって!!」
「え?
それは本ですよ。
昔私に挑んできた愚かな人間が落としていったものですね」
「うおおおおおお!!本だあああああ!!」
「ジン様……?」
俺の異常なテンションに若干引き気味のメディを尻目に本を手に取る。
「『魔法術・初級』……良かった、ちゃんと読める!」
心配事があった。
本の虫になりたいと言ったはいいが、異世界の文字が読めなければどうしようもない。
でも原理はよくわからないがちゃんと読むことが出来る。
良かった。
安心すると同時に湧き上がってくる読書欲。
そしてテンション。
「ありがとう!」
思わずメディを抱きしめてしまう程に。
「あ、あのあの、そ、それは魔法を学ぼうとする人が、い、一番初めに手に取る超初心者本、で、ですよ!
あ、あの化け物を退治してしまうジン様には、た、退屈かもしれませんが……」
「そんなの関係ない!
本であるという事が嬉しいんだ」
「そ、それは、良かった、です……。
あの、そ、そろそろ放していただけないと、私の心臓がも、持ちません……」
異世界へやってきて十日。
俺の本当の意味での異世界生活は、今スタートした。
誤字脱字等ございましたら、ご一報下さい。