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でっかい熊を食べました



 焚き火をしたのが不味かったのだろうか……?


 地響きと咆哮と砂煙がどんどん近くなってくる。


 ど、ど、どうしよう!


 何か武器になるような物を……。使えそうなものは……フライパン、包丁、鍋――。


 ああダメだ、あんな馬鹿でかい熊にこんな程度で立ち向かえる訳がない。


 絶望。


 まだ一冊も本を読んでないのに……、まだ異世界生活一日目なのに……。


 なんてあわあわしている内に、屋敷のすぐ傍の大木が音を立てて倒れた。そして熊が木陰からぬうっとその巨体をあらわにする。


 き、来てしまった……。


 でかい!やばい!とにかくでかい!


 武器に使えないかと縁側に並べていたフライパンを手に構える。


 月光を背に悠然と立ち上がる熊の背丈は、昔動物園で見たキリンの二倍くらいの高さがあった。真っ黒な巨体には歴戦を思わせる傷がいくつも付いており、太い血管が赤々と浮き出て光っている。毛は禍禍しく逆立っていて、かなりの興奮状態にあるのが分かる。


 俺の姿をその凶悪な相貌に焼き付けるように睨み付けると、耳を劈くほどの咆哮を上げその大木のような巨腕を振りかぶって虚空を殴り始めた。


 ……


 なんだ?あの巨体なら俺の背丈くらいの塀、簡単に跨ぐか、破壊して入ってきそうなものなのに……。


 ん?おお、今まで気が付いてなかったが、よく見ると屋敷の周りがドーム型の薄い透明な壁で囲まれている。


 どうやらバリアみたいなものが張られていて熊はそれを攻撃している様子だ。


 熊が巨腕を振るう。


 バリアが欠ける。


 しかし、ビデオの巻き戻しを見ているように欠けた傍から修復されていく。


 暫く見ていて分かったが、熊の攻撃力と頻度がこのバリアの修復速度に追い付いていないらしい。


 あれ?こいつ意外と見掛け倒しだったり?


 握りしめていたフライパンを脇においてゆっくりと縁側に腰かける。


 とりあえず家と身に危険はなさそう……でいいのか?


 このまま諦めてくれないかな。


 しかし熊は疲れる様子も見せず、ずっとガリガリやっている。


 そして偶に咆哮する。


 これがまたうるさい。 


 うーん、諦めてはくれなさそうだ。


 それどころかどんどん興奮して、激しく攻撃を繰り返している。 そんなに怒っていたら脳の血管が切れてしまうぞ?


 


 ……




 だんだんイライラしてきた。


 安全だと分かったしもう特にする事もないし食べ物も無いし寝よう。そう思って布団を敷いて寝転んだまでは良いけど、空腹とあのでかい熊がずっと外で騒いでいるから寝付けない。


 腹の虫は我慢できるとしても、あの咆哮が本当にうるさくて仕方ない。


 何をしているのか、あの雷鳴やバーナーみたいな轟音もうるさかったがそれは数回で終ったからまだいい。


 でも咆哮は一分に一回くらいのペースでするもんだから、もううるさくてうるさくて敵わない。


 騒音って健康に一番悪いって知ってる?


 ……


 ――ああくそっ!!


 流石に五回連続で咆哮されて布団から飛び起きた。


 縁側へ。


 俺の姿を見た熊がまた咆哮する。


 その脳に響くような大声でイライラが頂点に達してしまった。


「いい加減、静かにしろー!!!」


 苛立ちに任せて、放りっぱなしになってたフライパンを引っ掴み、熊目掛けて思いっきり投げ付けた。


 プロ野球選手のストレートよろしく回転しながら飛んでいくフライパン。


 ザクッ。


 フライパンは小さな音を立てて熊の眉間を貫通し、星になってしまった。


「グオオオオオォ」


 次の瞬間、断末魔とともに巨体が地響きを立てて崩れ落ちた。


 急に戻ってきた静寂に、ふと冷静になる。


 ぐぎゅるるるるぅぅぅぅ――


 途端にその存在を主張する腹の虫。


 ……熊って、食べられたっけ?




 ……




 いつの間にか空が白んできていた。


 一晩中解体をやっていた。


 それでも、やったこともない動物の解体に加えてこの巨体だからまだ四分の一も終わってない。


 内蔵を全部取り出して毛皮を剥ぐだけでも数時間。


 段取りも何もかも適当に包丁を走らせて身を取っていった。


 凄い量だ。


 冷蔵庫とかないけどどうやって保存すればいいんだ……。


 考えられる保存食とすれば干し肉あたりだろうか?


 ああ、そろそろ限界。


 全然終わってないけどもう我慢できない。


 考えるのは後にして兎に角食べよう。


 部位とか詳しくないけど一番おいしそうな部分を適当に一口大に切って拾ってきた細めの棒に五つぐらいずつ刺していく。その熊肉串を四本作った。


 くすぶっていた焚き火に木の皮を投入して息を吹きかけ、もう一度火を起こさせる。


 火が強くなってきたところで串を火に向かって斜めに刺して、両面をしっかりと焼いていく。


 じれったい気持ちを何とか抑えてじっくり待つ。


 寄生虫とか怖いからな。


 肉汁がポタリと落ちる度に、ジュウと油が燃える小気味よい音が鳴り、食欲を刺激する。


 ――こんなもんで良いだろう。


 熱さにかまわず一口。


 味も何も付いてない、素材そのままの味。


 クセのある野性的な味だ……でも――。


「ウマイ!!」


 視力を失ってから二十年、一度も食事を美味いと感じたことは無かった。視覚情報が無い食べ物を美味しいと感じることができなかったのだ。


 だから、久しぶりの視覚有りでの食事。空腹も加わって、人生で一番美味い食事だと言えるほどの美味さだ。


 思わず涙が出てきた。


 これからは、食事も楽しめるんだなぁ。


 ……


 四本じゃ足りなかった。


 あっという間に食べてしまった。


 もう何本か追加で作ろうと思いって解体中の熊を放置してある塀の外に出る。


「――うわ!?」


 肉に夢中で気付かなかったが、血の匂いを嗅ぎつけたのか森の動物がいっぱい集まって来ていた。


 ちょっと離れたとことから熊の周りを囲むようにして見ていたが、俺の姿を見た途端に隠れてしまって、そして物欲しそうな目で木の陰からこちらを見つめている。


 ……食うか?


 一番近くに隠れていた白い豹のような大きな山猫の前に近付き、手招きする。


 山猫は恐る恐る木陰から姿を現してゆっくりとした歩みで俺の前に。


 他の動物たちは遠くから固唾を呑んで見守っているようだ。


 これは動物たちと仲良くなるチャンスじゃないか?

 

 これで警戒を解いてもらえればモフらせてくれる様になるかもしれない。


 切り取ったばかりの肉塊をさらに一口大に小さく切って、手の平に載せて差し出す。


 良いの?ってつぶらな瞳で訴えて来る。


 カワイイ。


 ああ、食って良いぞ。


 食べた。


 可愛い。


 今の光景を見た他の動物たちも近づいてきて、俺に食べていい?って目で訴えて来る。 


 ははは、勿論良いぞ。


 俺一人じゃあ食べ切れずに腐ってしまうからな。


 凄い勢いで骨になっていく熊の死骸。


 ここの動物たちは知能が高いのか、俺が切り分けて葉っぱの上に置いていた方には手を出そうとしない。


 あ、臓器類も食べても良いぞ。俺には食べる勇気が無いからな。


 あれ、君リス……だよね?お肉食べるの?草食だと思ってたよ。


 まあ、後は君たちでゆっくり食べてくれ。


 でも喧嘩はするなよ?


 俺は肉に群がる動物たちを尻目に追加の熊肉串を五本作って縁側へ戻り焼いて食べた。


 結局これに加えて六本の串と分厚く切った熊ステーキを台所から新しく持ってきたフライパンで焼いて食べた。

 

 満腹。


 ふぅ、幸せだ。



 ……



 満たされた腹を擦りながら縁側で横になる。

 

 こんなにお腹いっぱいになるまで美味しく食事をしたのはいつぶりだろうか、とか考えていたら途端に眠気が襲ってきた。


 そう言えば完徹だったな。


 完徹なんてしたのも初めてだよ。


 布団に……と思ったけど、先に水浴びしないければ。よく見れば汗と熊の血で全身ぐちゃぐちゃに汚れている。


 気だるい身体に鞭打って、何往復もして井戸から汲み上げた水を風呂場の浴槽へと運ぶ。身体は丈夫だからそれほど重労働でもなかったけど。


 うちの風呂に湯を沸かす機能は無くて今のところ排水機能のあるただの大きい木の箱。つまり水浴びだ。


 この世界の人はどうやって温かい風呂に入っているんだろう?


 冷たい。


 でも耐えられない程じゃあない。


 それより、この世界に存在するかわからないけど石鹸が欲しいな。


 ……


 水浴びを終えて縁側に戻ってくると外で動物たちが騒いでいた。

 

 何だ何だ?喧嘩か?


 塀の上から外を覗き込むと、まず綺麗に白骨化してしまった熊が目に飛び込んできた。


 うわぁ、あの量食べてしまったのか……。


 よっぽど腹が減ってたんだなぁ。


 そしてやっぱりここの動物たちはかなり賢いようで、俺が近くに居なくても取って置いた肉には手を付けていなかった。


 動物たちは種類もバラバラにキッチリと整列してこっちを見ている。騒がしかったのは、俺を呼ぶためだったのかい?


 そして各々一声鳴き声を上げた。


 お礼でも言っているのかな?

 

 ははは、愛い奴らだ。今度で良いからモフらせろよ?


 ん?なんだそれ。


 動物たちが俺の目の前まで人間の一抱え程もある巨大な紫色の宝石を転がして持ってきた。


 これ、熊から出てきたのか……。悪食にも程があるだろ。


 くれるのか?


 何に使うかわからんが貰っとくよ、ありがとう。


 とりあえず庭に運んで置いとくか。


 うーん、ものすごく景観に合わないけどまあ仕方ない。結構重いし、畳の上に置いたら痛みそうだもんな。


 俺がその大きい紫の宝石を持ち帰るのを見届けた動物たちはまばらに帰っていってしまった。  





 その後は眠ろうかと思ったが、切り分けた大量の生肉を放っておく訳にもいかずそのまま寝ずの保存食作りに突入。


 大量の肉塊を庭まで運んできて、適度な大きさにスライスして行く。イメージはジャーキーだ。


 ちょっと多すぎかな……なんて思っていたら、まだ帰っていなかった山猫と山犬にイタチたちが塀から頭をのぞかせて、涎を垂らしているのが目に入った。


 まったく、しょうがないなぁ。まあどうせ腐らせる未来しか見えなかったしな。


 いいぞ、入って来いよ。


 それくらいの塀なんて飛び越えられるだろ?


 あぁ、バリアがあるから入れないのか?


 門を開けてやる。


 おずおずと綺麗に一列になって合計七頭入ってきた。


 白い斑点模様のある大型の山猫が二頭。


 灰銀色の毛並みが美しい犬も二頭。


 そして一際鋭そうな爪をもつイタチが三匹。


 庭へ連れて行って自分じゃ処理できない肉を食べてもらう。


 あんだけ食べたのにお前らよく食うよな。


 肉に群がる動物たちを尻目に俺は自分の分の肉を保存食にする作業へと戻る。


 って言ってもやり方が分からないんだよな。


 塩や香辛料無しでただ干すだけじゃあ腐ってしまうだけだよなぁ。


 燻製――にするにしても結局は塩と香辛料が無いから無理だな……そもそも道具もなければやり方も知らないわ。


 参ったな……。昔の人はどうやって保存してたんだ?


 ぐぬぬぬ、文明の利器に頼り切って生活して生きた自分が恨めしい。


 ――なんだ?お前たち、まだ食べ足りないってのか?


 わかったよ。全部食えよ。その代わり絶対モフモフさせてもらうからな!覚悟しとけよ!


 ……


 食後、眠気も忘れて動物たちと戯れる。 


 よしよし、お前ら順番に撫でさせるんだ。


 こら、家に上がるなら足をちゃんと拭いてからだぞ。


 ああ可愛いなお前たち。


 よし、決めた!もうお前たち、うちの子にする!




 明日からの食糧問題を解決せねば……。

誤字脱字等ございましたら、ご一報下さい。

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