異世界転移は突然に
異世界ものに挑戦してみました。
駄文ですがご容赦ください。
俺の身の上話を聞けば、十中八九誰もが口を揃えて「頑張ったね」とか「偉いね」と言う。そして口にはしていなくてもその言葉の前には必ず「不幸なのに」が省略されているのだ。
物心つく前に両親と死別して親戚をたらい回しにされた。高校一年の時に謎の奇病に侵されて両目の視力を失った。それからは親戚にも見放されて施設で暮らし。そして十八歳から働き始めて、今年でもう二十年目になる。
こうやって客観的に見ればそう思われても仕方無いのかもしれない。
だけれど、自分自身では一度も不幸などと思ったことはない。
両親が亡くなっても少しの期間ずつであったが引き取ってくれる親戚は居たし、視力を失ってからも面倒を見てくれる施設があって、さらに就職もできた。
俺は幸運なのだ。
何か一つでもなければ今の俺は存在しない。
だから俺は毎日神様に心の中で感謝しながら生活している。
さあ、今日も一生懸命に働こう。
そうすることが俺を助けてくれた全ての人への感謝の体現であるはずなのだから。
……
「――ここはどこだ?」
俺は今の今まで駅のホームで電車を待っていたはずだ……。
急に朝の通勤ラッシュ時の喧騒や雑踏が聞こえなくなった。
一瞬、聴力まで失ってしまったのかと思ってしまったが、しっかりと自分の声は聞こえたし白杖で地面を突いてみてもはっきりと音が鳴っているのが聞こえる。
思い切って白杖を振り回してみるが何かに掠る気配もない。
うろうろして線路に落ちては大変だとその場に座り込んだ。
一体どうしてしまったというんだ……。
これまで味わったことのない虚無の世界に頭を抱えていると、突如人の気配が表れたのを感じた。俺は視覚を失った代りと言ってはあれだが、人の気配や物音に凄く敏感だ。
「――!?誰かいるんですか?誰ですか?」
『まあそう慌てる出ない。重阪仁よ』
俺の名前を知っている……知り合いか?いや、それはない。なぜなら老人で――声が老いている人のそれだ――、尚且つ推定身長二メートル越えの知り合いは居ないからだ。
「あの、すみません。
俺の事知ってるみたいですが、どちら様ですか?
それにここは何処ですか?」
『お主の質問に答えてやろう。わしはこの世界の創造神じゃ。
そしてここは――そうじゃな、死後の世界とでも言っておこうかのう』
「はい?神様?死後の世界?
ちょっと意味が分からないんですが……」
『よく思い出してみるのじゃ。
お主はさっきまで電車に乗ろうと思っておったのう?』
「――そうです。
俺は、電車に乗ろうと……」
……
「思い……出した――」
今朝俺はいつもの様に会社へ向かうべく相棒片手に家を出た。
そして通勤ラッシュ時の駅へ。
白杖を頼りに一人で電車に乗ることは可能だけど、やっぱり朝の混雑の中手を引いてもらえるとかなり安心できる。そして有り難いことに、結構な確率で老若男女問わず様々な人がこうやって手を引いてくれる。こういった人の手はいつも安心感のある優しい手だ。
今日も改札を通る前くらいから若い女性がそっと手を引いてくれた。大抵は乗り口まで連れて行ってもらえれば、そこでお別れするが、彼女は行先の駅も同じだからと一緒にホームで電車を待つことに。
いつもより人の数が多くて混んでいるなと思っていたら遅れが発生しているらしかった。
日本は良い国だ。どんなに混んでいても、俺の様にハンデを背負っている人は優先的に乗せてくれようとする。
だから手を引いてくれている女性と列の先頭で電車が来るのを待っていた。
警笛を鳴らしながら電車がホームへ入って来る。
そして――
先頭車両が俺の前を通り過ぎようかと言う時、事故が起きた。
混雑の中手を引いてくれた女性が突き飛ばされるような形で線路へ落ちそうになった。
咄嗟に俺は全身の力を使って彼女をホーム側へ引っ張った。
そして――。
――代わりに俺は……。
「思い出した――俺は、死んでしまったんですね……」
『――うむ。そういう事じゃ』
「……そうですか。
まああの状況じゃあ仕方ないですよね。
――ところで、あの女性は無事でしたか?」
『う、うむ無事じゃ。無事じゃぞ』
「なら安心です。安心して逝けます。
思えば俺は――」
『ゴホン!
あー、その、その事なんじゃが』
「――え?」
『いや、その、実はのう……』
「どうしたんですか?歯切れが悪いですけど」
『実はお主の手を引いていた人間、人間じゃなくてわしの眷属だったんじゃよ……』
「――ん?それってどういう――」
『わしら神には沢山の眷属がいてのう。ああ、分かりやすく言えば従者というやつじゃ。
今日は偶々わしの眷属の一人が下界に所用で出かけておった。
その帰りに、お主を見かけてほんの親切心で手助けしたようなんじゃが、お主との会話に夢中になっておる間にああいう事になってしまったんじゃ』
「ええっと、つまりどういうことですか?」
『つまりじゃ。
その、お主が死んだのはこっちの不手際と言うか……。
お主の犬死じゃったというか……。
そもそも神の眷属たる者が電車に当たったぐらいで掠り傷一つ付かんのじゃ。
お主が庇わんかったら幽霊騒ぎかなんかで終わっとったじゃろうな。
――すまんかった』
「な、なるほど……。
大体事情は分かりました。
犬死……かもしれませんが、俺、人生に悔いは無いです。良い人生でした。
最後に神様と話せるなんて自慢できる機会貰えましたし。
あ、その眷属さんにお礼言っといてください。多分ですが彼女が僕を助けてくれたの、今回だけじゃないと思うんです。
いつも違和感があったんですよね。毎度性別も年齢も違うのに、取ってくれる手から感じる安心感は同じだったんです。謎が解けました」
『そうか……お主、良い奴じゃのう』
「ところで神様、俺はこれからどうなるんです?
天国へ行けるんですか?
ここは三途の川って訳ではなさそうですが」
『そうじゃったそうじゃった。
ここからが本題じゃ。
今回お主はわしらのせいで本来死ぬタイミングではない時に死んでしまった。だから他の神々と相談して、生き返らせてやろうという事になったのじゃ』
「ええ!?そんなこと可能なんですか?」
『勿論、可能じゃ。
しかし世界の決まりで元の世界に蘇らせることは出来ぬ。じゃから別の世界で蘇らせることになった。
お主らの世界で言う剣と魔法の世界じゃ』
「異世界というやつですか?子供のころよくそんな小説読んでました。
……懐かしい――って!そんな世界本当にあるんですか?」
『そうじゃ。
世界に人が想像しうるモノの範囲で存在しないものは無いと言っても良い』
「す、すごいですね……」
『それでじゃ、いきなりそんな世界に飛ばされても大変じゃろうから、恩赦としていくつか願い事を聞き入れてやることにした』
「願い、ですか……例えば、どういった?」
『そうじゃな、簡単に思いつく範囲なら向こうの世界で千年遊んで暮らせるだけの金とか、切れないものはない剣とか、女にモテまくる体質とかかのう』
「なるほど、確かに魅力的ですね……ちょっと考えさせてください」
『うむ』
急に第二の人生が始まる事になってしまった。
正直まだ混乱しているがまあ人生と言うのはこう言うものだ。
本当は死んでしまったのに蘇らせてくれるというのだから神様には感謝しかない。
もう俺には残す家族も恋人もないしな。
……
正直、金とか強さとかどうでもいい。女性は……まあ興味が無いと言えば嘘になるけど、別に神様に聞いてもらうようなお願いでもない気がする。
ならあれで決まりだな――
『言い忘れておったのじゃが、蘇生するときに肉体は十五の頃まで戻してやる。
そしてちょうどその頃にお主の眼を蝕む病魔は取り除いてやるから安心せい。見知らぬ世界に目の見えないままのお主を放り込むなんて鬼畜なことはせぬ。
存分に異世界を楽しむがよい』
「本当ですか!?ああ、神様。本当にありがとうございます」
『うむ。では願いを言うがよい』
「――あの……その願いで、目を直してもらおうと思っていたので、願いは叶えられてしまったようなものなんですが」
『まあそう言わず、何か言ってみよ他愛のない事でもよいのじゃぞ。
――そうじゃ、趣味なぞはないのかのう?』
趣味か……――ある。いや、あったというべきか。
遡る事二十余年。
親戚の家を点々としてきた俺の遊び場はもっぱら図書館だった。
兎に角本が大好きだった。死んだ両親も大のビブリオマニアだったらしい。
血は争えないという事だ。
……
ああそうだ、久しぶりに本が読みたいな。
今生に未練があるとすれば、それは沢山本を読めなかったという事だろう。
よし決まりだ。
あ、でも一応聞いておかないと。
「神様、お尋ねします。その異世界に本はありますか?」
『本?本ならもちろんあるぞ。
お主が行く世界は魔法が発展しているおかげで科学が発展しておらん。お主の世界より数百年ほど劣った文明社会じゃ。
それでも本はしっかりとあるぞ』
「――良かった……。
分かりました。
では願い事を言います」
『うむ』
「神様、俺は異世界で本の虫になりたい。
だから目をください。
最高の目を。
何時間本を読んでも疲れない目を。
明りのない中でも本が読める目を!」
『最高の目か……なるほど。
――これをこうして……よしこれで良いかのう。
他にはないか?そうじゃ、本を沢山読むのならそれらを買う金が必要じゃろう?』
「あー……いえ、それは結構です。
――あぶく銭は良い事ありませんからね……。
必要なお金はなるべく自分で働いて稼ぎますよ」
『あぁそうか、両親の……。
そ、そうじゃ、あの世界で働くという事は身体が強くないとダメじゃろう。
――ポチポチっと、こんなもんかのう。ちと強すぎるか?――まあ大丈夫じゃろう。
どうせわしの管轄じゃなくなるし。
他にはないのか?』
「えっと、そんなに聞いて貰っていいのですか?」
『何を言っておるのじゃ。
まだ一つしか聞いておらんじゃろう』
「そう言われれば確かにそうですけど。
――あ」
『何じゃ?なんぞ思いついたか?』
「え、ええ。
思いついたんですが、でも少し厚かましいかなって」
『遠慮せずともよいぞ。
言ってみよ』
「わかりました。
では――家が欲しいです。
まだ物心つく前に一度母方の祖母の家に行ったことがあるのですが、その家が立派な日本家屋で、あの縁側からの美しい景観が忘れられなくて。
いつかあの陽だまりの縁側で読書ができたらなと夢見ていたんです。
だから、小さくてもいいので縁側の素敵な日本家屋のお家が欲しいです」
『なんじゃ、家か。
国が欲しいとか言われるかと思ったぞ。
よいぞ。
勿論叶えてやる。
場所はどういう所が良いとか、希望はあるかの?』
「うーんそうですね、出来るだけ静かな場所でお願いします」
『静かな場所、静かな場所……ここじゃな。
まあちとヤバ目の魔物もおるが、あの身体性能と眼なら例え竜族クラスが相手でも返り討ちに出来るじゃろう。
合わせて家も硬くしておくかのう――こんなもんか。魔法障壁もプラスして……古代竜のブレス三回耐え調整でくらいで十分じゃろう』
「……なんか物騒な事言いませんでしたか?」
『――気のせいじゃ。
さて、もうよいかの?――よいか。
うむ、では送ろうぞ。
向こうでも苦しい事、辛い事、様々にあると思うがめげずに頑張るのじゃぞ。
機会があればまた会う事もあろう』
「はい!いろいろありがとうございました。
俺は本当に幸せですね。
それではお願いします!」
『うむ。
さらばじゃ』
神様の一言とともに、俺の意識はすうっと途絶えていった。
……
「――うっ」
軽い頭痛を伴いながら目が覚めた。
ゆっくりと起き上がる。
陽の光が目を刺した。
うう、眩しい。
目が開けられない。
そう、目が。
……目が――目が!見える!
次第に光に慣れ、瞼を開けられる範囲が大きくなっていく。
ああ思い出した。
世界は――こんなにも明るかったんだ――。
誤字脱字等ございましたら、ご一報下さい。