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その十八 マヤのセイバの芳香伝説

マヤの神話と伝説



マヤのセイバの芳香伝説



(セイバという木は、パンヤノキ、別名カポックノキという樹木で25メートル以上の大木になる樹木です。実から、パンヤという繊維が採れ、クッションや枕の詰め物として使われます。)

 ユカタン半島には、マヤの地域のセイバを香りで満たす美しい花があります。

その花にはその起源を伝える伝説がありますが、その伝説はその花自体の芳香よりもずっと美しいのです。

 昔、ユカタン半島の或るところに、性質・性格が全く反対という二人の娘がいました。

 娘の一人はシュタバイと言いました。

本当に綺麗な娘でしたが、村の人からは「シュケバン」と呼ばれていました。

シュケバンというのは、売春婦という意味です。

 情熱的な若い娘で、旅人を誘い、旅人なら誰にでも愛を与える娘という噂を立てられておりましたが、自分について人がどのように話しているのかに無関心な娘でした。

常に、他人に好意を示し、どんなことがあろうとも陽気に明るく振舞う娘でした。

 その娘の家とごく近いところに、ウツコレルという名の若いもう一人の娘が住んでおりました。

いわゆる善良で慎ましやかな娘でした。

その娘は貞淑で真っ直ぐで正直な娘という評判の娘でした。その地域の全ての人から、いかなる過ち、罪も犯さず、

またそのようなことを考えることすらしない娘というふうに思われていた娘でした。

 その二人の若い娘は見かけの美しさにおいて大変似かよっていた娘でした。

 でも、性格は正反対でした。

 シュケバンは病人、身寄りの無い人の世話をするためには、どんなに遠くても厭わず、出かけていく娘でした。

 必要とあらばいつでも、自分の大切な衣服を脱いで、それらの困った人々にかけてあげるような娘でした。

娘が行っていることを何も知らない人からは、色きちがいと罵られ、侮蔑の言葉を投げかけられても、静かに慎ましやかに耐え忍ぶ娘でありました。

 一方、ウツコレルは心の冷たい、高慢な娘でした。

貧しい人に対しては嫌悪感を持つような冷たい心を持った娘でした。

 ウツコレルの肌は緑がかっていて毒蛇を感じさせるような肌をしていました。

そして、いつも貞淑な様子を見せていましたが、時として利己的な心を垣間見せることがありました。

 或る日、シュケバンが家を出るところを見た村の人はおりませんでした。

しかし、村人はシュケバンはどこかよそのところで体を売り、恥ずべき情熱を満足させているのだと思っておりました。

 シュケバンの姿が見えなくなって数日が過ぎ去りました。

或る日の午後になって、マヤのその地域の人々は上品な甘い花の香りがするのに気付きました。

その香りはとても繊細で甘美な香りでありましたので、人々はその香りの跡を辿って行きました。

その香りはシュケバンの家から出ていました。

死んでいるシュケバンを人々は発見しました。

部屋の中で、冷たくなったシュケバンの体からうっとりとするような芳香が発散されていたのです。

しかし、もっと驚いたことに、シュケバンの傍にはその地域のいろんな動物が付き添っていたことでした。

鹿もおりましたし、色さまざまな鳥がシュケバンの体を覆い隠しておりました。

ウツコレルがシュケバンの家にやって来て、毒づくように叫びました。

「シュケバンのような堕落した女からこのような甘美な芳香が発散されるなんて私は信じないわ」

シュケバンから発散されるのは腐敗だけであり、この良い匂いが悪い精神と関連しないのは、この家に悪魔がいるからだと言った。

また更に、

「こんな悪い、色きちがいの女からこんな良い匂いが出るのなら、私が死んだら、私の体からはもっともっと良い匂いが出るはずよ」

と付け加えた。

シュケバンの埋葬にはほんの一握りの村人が立ち合っただけでした。特別な訳は無く、ただ単なる憐れみから埋葬しただけという話でした。

しかし、翌日になって驚いたことには、シュケバンの墓はこのマヤの地域では見たことのない、芳香を発する美しい花で覆われていました。香りの良い花がまるで滝のように墓を覆い尽していたのです。

そして、この香りはずっと長いこと、この地域を良い香りで満たしていたのです。

時は過ぎ、ウツコレルが死にました。

ウツコレルの葬儀には、高潔さと清廉さ、純潔さと処女性を常に尊敬していた村の人全てが参列しました。

多くの人々が心の底から悲しんで泣きました。

自分が死んだら、シュケバンよりもずっと良い香りを体から発散させると言ったウツコレルの言葉を思い出した村人も多くおりました。

けれど、事態はそうはなりませんでした。

驚いたことには、ウツコレルの体はすぐ腐りだして、吐き気を催す臭いを発散し始めたのです。

村人は鼻に沁み込んだ腐臭にうんざりしながら家路に着いたということです。

今現在、地域の老人たちはマヤの言葉で昔話を語り継いでいます。

売春婦と罵られた、若く美しいシュケバンのお墓に咲いた花こそ、あのシュタベントゥンであり、野草ではありますが、慎ましく美しく、今も咲いております。

その花の果汁と香りはシュケバンの愛に満ちた人生のように薫り高く人々を陶然とさせております。

一方、ウツコレルの墓から発芽した花はツァカムと言い、棘だらけで触れることも出来ず、且つ吐き気を催させるような悪臭を放つサボテンとなりました。

それはあたかも、品位があるとみなされた女の性格と見せかけの貞節のようであります。

伝説に依れば、シュタバイ(シュケバンの本名)はマヤの道を行く旅人にまとわりつく美しい、ものすごく美しい女であり、森のセイバの樹の下で旅人に甘い愛の言葉を囁き、誘惑し、魔法をかけて、最後には殺してしまうという女にされています。

シュタバイに恋した、無警戒な旅人の体は翌日、引っかき傷だらけで、掻ぎ爪のような細く鋭い爪で胸を切り開かれた状態で発見されるということです。


- 完 -


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