Episode8 神話の神々
「まさにパラダイスじゃったのう。家に帰ったらワインは用意してもらいたいものじゃ。」
「ストナの見た目だと売ってもらえないだろうから、ほら、もうちょっと大人の姿になればいいんじゃないか?もっとこうボインボインした感じの。」
「固着した概念を変える事は容易くないのじゃ。言わばタクトが望んだ姿がコレでもあるのじゃぞ。」
「きもーい。ストナちゃん。この男、殺しちゃおー。」
「そうじゃな。バラバラに切り刻んでくれようかの。この世に生を受けたことを後悔するがよい。フフッ。」
「え、おい!何だよ冗談だってば。よせ!」
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夢を見ていた。
視界が血で赤く染まっているのに、痛みを感じない。
体が動かない。
「何なのかしらこの男。そういえば先程から浮遊してましたわね。半人半霊かしら?起きなさい。アハハッ、切り刻み過ぎてしまったかしら♪」
首を切り落とされた後、更に刻まれバラバラになる自分の体を見ている事しかできなかった。
遠のく意識の中、鶯色の髪を束ねたグラマラスな少女が黒いワンピースを纏い、動かぬタクトの瞳に映っていた。
「まだ寝てるの?起きなさい。」
「が、ご。ゴボッ。ガぁ……。ハァ……、はぁあ……。」
「自分で繋ぐ事も出来ないの?仕方ないわね♪」
鶯色の髪の美少女がタクトの体を並べていく。
「い……。お前……、何者だ。半人半霊か?何のつもりか知らな……いが、地獄送りになる……ぞ。」
「アハハハハハッ!私は死神よ。地獄が何だって言うの?どうせここの人たちは爆発火災で死ぬ定め。私が先に葬ったって一緒じゃない?最も、あなたがここの人間を全員救えるというのならやってみればいかがかしら?」
「ああ、やってやるさ…。」
「では5分だけ待って差し上げましょう♪」
そう言って鶯の髪の死神は消え去った。
階下で高笑いと同時に爆発音が相次ぐ。
誰一人避難している様子はない。
「最悪だ……。待ってくれる気なんて更々ないじゃないか。ストナさえいれば……。」
あの鶯色の髪の死神が、以前ストナが言っていたジャッジメントを無視して地獄送りへする死神なのか。
見た目に反して酷い事をするやつだ。
見た目?見た目……。
人生最大のピンチにあんな見た目で死神の姿を連想してしまったのか、タクトは自分を否定した。
ロビーに倒れている人たちを外へ運ぶ。
全員運び出したところで体の披露感が強くなったのを感じた。
能力を使いすぎた様だ。
「まだだ、まだ終わらんよ。他の階層にも人が居るはずだ。持ってくれよ僕の体……っ!」
「アハハハハッ!無駄無駄無駄ー!無駄よ。なぜ運命に抗うのかしら。」
「ストナ!起きてくれ!」
突如左手の甲に痛みが、それと共に口中に痛烈な苦味が奔った。
中指の付け根辺りから手首付近にかけて赤い傷が縦に伸びる。
更にその傷から薬指に向けて血管の様に短い傷が伸びた。
「5分経過しましたわね。終わりにしましょう。」
「くそっ!くそくそくそ!ここまでか!」
左手の痛みを堪えながら天を仰いだ。
どこからともなくさざめきが聞こえる。
宙空に曇天が広がり、大雨が降り出した。
「へえ。それがあなたの能力って訳ね。間に合うかしらね~♪」
「なんだ?これが僕の二つ目の能力か?だめだ……、もう力が残っていない。ストナ!ストナ!何とかしてくれよ!」
「無~駄♪私は眠りを操る神。人間如きじゃ自力で起きる事は出来ないわよ♪」
眠りを操る。
道理でユメカやストナ、他の人間も起きない訳だ。
「あんじゃ?冷たいのう。はて、何故我は外におるのじゃ?」
「ストナ!死神が出た!半人半霊じゃない!死神だ!」
「なっ、なぜ目を覚ましたの!?あなた何者?」
己の能力で眠っていたはずの者が目覚め、喫驚する鶯色の髪の死神。
「むにゃ、ああ、酒に酔って眠っていただけじゃ。お主の半人前の術にはかからぬぞよ。ヒュプノスの化身よ。」
「やっぱり知ってるやつか!何とか説得してくれよ!」
「あなた、その香りもしかして……。どうされましたの?そのお姿。お久しゅうございます、タナトスお姉さま♪」
「如何にも、我がタナトスの化身じゃ。久しいのヒュプノスの化身よ。」
「タナトスって、ギリシャ神話の……?」
「フフッ、よく知っておるのう。そのとーりじゃ。」
鶯色の髪の死神は、自らをヒュプノスと名乗り、ストナと会話を交わしていくと冷静になった様子だった。
そして、ストナはタナトスの化身。
ギリシャ神話に登場する、死を司る正真正銘の死神だ。
「タクトよ。お主の二つ目の能力は水を操るものなのかの。」
「いや、正直わからない。偶然かもしれない。」
「いいえ、あなたの力は触れずして物を動かす力、水を操る力の二つですわよ♪左手の能力傷を見ればわかります♪」
「能力が目覚める時は本能に基づく事が多くての。ヒュプノスの化身の粗暴を食い止めようとしたのじゃな。どれどれ。」
ストナの周囲から黒い霧が立ち込め、以前見た事がある大鎌が現れた。
大鎌を振りかざすと、降り続く雨が更に激しく、一粒一粒の雨水に意識が宿ったかのように建物全体に隈なく降り注いだ。
その後、据わった目でストナはヒュプノスの化身を見つめ、視線を落とした。
「フフッ、本来なら生命の浮き沈みには干渉しないところじゃがの。ヒュプノスの化身が絡んでおるのであれば見逃す訳にもいくまい。」
「やるじゃん!ストナやるじゃん!」
「お姉さま……。また私にお仕置きをするのですか……?」
お仕置きという言葉に一瞬耳が傾いたが、逆境を打開できた事の喜びが勝った。
雨に濡れあられもない姿になっていたユメカは無事だった。
タクトが転落死した時と同様に、ストナの能力でホテルは修復、宿泊客の記憶も改ざんされ、昨晩は何事もなかったかの様に朝を迎えた。
これまでの経緯をユメカに説明した。
急に眠気に襲われ、眠りに落ちてしまった事以外覚えていなかったが、目の前にいる鶯色の髪の少女が死神だと言う事実に終始驚きを隠せていなかった。
「さて、ヒュプノスの化身よ。どうしてくれようかのう。お主らはどう思うかの?」
「別に、事なきを得たんだから開放して上げてもいいんじゃないか?僕は酷い殺され方をしたけどな。」
「無闇に命を奪ったりしない約束をしてくれれば私もそれでいいと思うけど。何も覚えてないし。てかこれ解いてあげたら?ちょっと可哀想かも。」
手足をロープの様な物で拘束され、体のラインが浮き出る様に強調されていた。
「フフッ、そうじゃのう。ではこうするとしようかの。」
ストナが振りかざした大鎌が空中で大きく躍動し、霧を放つ。
霧が晴れた頃にはストナも鶯色の少女もピンクのネコミミパーカーを羽織って立っていた。
「これは?どういうことですの?お姉さま……。」
「フフッ、ヒュプノスの化身よ。お主はこれまで粗相をしすぎた。当分の間、死神の力は封印させてもらう。人間として暮らすが良い。ま、我も食事のために人間で居るつもりじゃがの。ほほっ。」
「と、言うことは、ユメカの家に住むのかな。ヒュプノスちゃん、似合ってるそのパーカー!」
「まあ別に一人増えたところで何の問題もないからねー。そんな悪い子にも見えないし。で、その姿はストナちゃんと同じ原理なの?」
「そうですわね。あなたが眠っている間にそこの半人半霊が最初に投影した姿ですことよ♪でもとっても気に入っています♪」
冷ややかな視線がタクトに向けられていたが、それを察知したのか、タクトはユメカと目を合わせることはできなかった。
「ヒュプノスちゃんって言いにくいよね。ストナちゃんみたいに名前はないの?」
「フフッ、ヒュプノスの化身は我と違って、人間と共存した事がないからのう。この世界での名前はないのじゃ。」
「ボインちゃんとかでいいんじゃないか?わかりやすいし。」
「ばっかじゃないの?人間として暮らすんでしょ?もっとかわいい名前にしないとね。うーん。眠りの神様ならネムリちゃんでいいんじゃない?」
鶯色の髪の死神は、大きな瞳をぱちくりをさせ微笑む。
「あら、かわいらしいですわね♪それでは、ネムリとして生きていきます♪」
「単純すぎませんか……。」
「ボインちゃんよりは全然マシ。」
こうして、同居人がまた増えた。
ユメカの非現実的な事に対するメンタルの強さは時として心強い物を感じる。
南国の島のバカンスも捨てたもんじゃなかった。
Episode9へ続く