Episode7 眠り姫
南の島ツアーも終盤に差し掛かっていた。
ジャングルトレッキング、鍾乳洞探索、シュノーケリング。
ツアーと言っても島全体の敷地面積が狭いお陰で全て自由に回れたし、運動神経がいいと思われていたユメカがまさかのカナヅチだった。
水平線に映る太陽が刻一刻と海に吸い込まれて行く。
その光景を三人で眺めながら、タクトはやはり日常と非日常の葛藤を感じざるを得なかった。
「明日でバカンスも終わりだねー。」
「そうじゃのう、満喫したわい。」
「ユメカが泳げないってのは意外だったな。あんな浅瀬で溺れるとは…… 。」
「能力で助けてくれればよかったでしょー!お尻触りたかっただけじゃないの!」
「咄嗟のことだったからな。いざって時は体が先に動くもんだ。」
今日の夕飯はホテルの向かいの小料理屋で振る舞われるそうだ。
先に風呂に入って汗を流す事にした。
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貸し切り状態の大浴場、大窓からのロケーションもまた、とびきりだ。
視界一面に散在している多くの島々。
あれは何諸島なのか。
と、耽っていると壁一枚隔てて声がする。
「ちょっとー。やめてよー。ストナちゃん。」
「フフッ、よいではないかよいではないか。減るもんではないじゃろう。」
「そんな風にされたら減っちゃうー。」
妄想に駆られる。
「ぐ、ぐぐ、いかんいかん。」
やり取りはまだ続いた。
「だめだってばー!。」
「フフッ、ツルツルじゃのうー。」
「きゃー!!」「おわっ!!」
二人の悲鳴が聞こえた。
助けなければ。
壁を駆け抜け飛び越える。
「おーい!大丈夫か?」
湯気で視界は遮られていたが、目が慣れるにつれ二人の姿がうっすらと見えてくる。
そこには他の客がいないことをいい事に石鹸で遊ぶストナの姿があった。
「お、タクトよ。どうしたのじゃ?お主も遊ぶかえ?」
「タークートー……、何してるのー?」
「減るとか減らないとかツルツルとか、いや悲鳴が聞こえたから。だ、大丈夫何も見えてないから!」
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夕飯を食べに小料理屋へ向かう。
咀嚼出来るか出来ないかという程に顔中が痛む。
しかし南の島最後の夕食、是が非でも味わっておきたい。
「グルクンの唐揚げだってストナちゃん!これ絶対美味しいよ!」
「待つのじゃ、このタコライスも捨てがたい、マーボーニガウリもじゃ。ヘチマチャンプルーというのも頼もうとするかの。」
「やっぱりメニューも独特だよな。」
「ワインはないのかの?」
「一応ここではお酒はやめておこうぜ。見た目ほら、子供じゃん?」
「ぐぬぬぬぬぬ、……仕方あるまい。」
「チキンローストレタスも頼んじゃおー!」
どれたけ食べたのだろう。
メニューの大半を注文したせいか、店主も目を丸くしていた。
無論、タクトも食べていたのだが、それにしてもこの量は膨大とも言える。
「麻婆ニガウリ、随分苦かったな。苦味に抵抗があるせいかな。」
「そうかの、マーボーとつくものは何でも美味であったぞ。」
「これだけ満喫したら、帰ってから普通の料理作りたくなくなるねー。」
部屋に戻るなり強烈な眠気に襲われた。
明日の出発も早いしシャワーを浴びて横になろうか。
ユメカはいつものように早寝だ。
ロマンチックの欠片も感じさせない。
ストナは待っていましたと言わんばかりにワインの栓を開けていた。
「タクトよ。飲まんのか?」
「ああ、明日のチェックアウトも早いし帰りも長旅だからな。早めに寝るよ。」
「最終日だと言うのに連れないのう。」
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早く寝すぎたからなのか、食事を摂りすぎたからなのか、喉の渇きで目が覚めた。
まだニガウリの苦味が残っている。
ワインの空瓶が四本、五本は並んでいた。
その横でストナはイスから手足をはみ出すようにして眠っており、ユメカもベッドで静かに寝息を立てている。
よく磨かれた透明なグラスに水を注ぐ。
冷え込んだ水分が体中に染み渡り体中が張り詰めた。
「……ればいい。」
「ん?なんだ?ストナ?ユメカ?寝言か?」
「みんな……だから……。」
いや違う、廊下の外だ。
誰かが会話をしているのか?こんな夜中に。
ドアを開けて顔だけを出し左右を確認するが、特に誰の姿も見えない。
ドアを閉めようとした時、廊下の異臭に気がついた。
微かにだが、焼けた臭いがする。
それを辿って廊下を歩いて行くと、角部屋のドアの隙間から煙。
明らかに何かが燃えている事は容易に理解出来た。
ドアを激しくノックし、開けようと試みるが、鍵がかかっていて開かない。
中には宿泊客が居るに違いない。
タクトは猛ダッシュで自室に戻りユメカとストナを揺り起こそうとした。
何故だろう、どんなに揺らしても声をかけても目覚める気配はない。
体を起こしても大声で叫んでも、二人とも意図的に眠らされたかの様にピクリともしない。
窓を開け階下に飛び出す。
ユメカやストナが居ないと何も出来ないが、フロントに行けば何か方法が生まれると思いロビーへ向かった。
愕然とする光景を目の当たりにした。
1階フロアにいる人間全てが、床に倒れていた。
よく見ると眠っている様子だ。
苦味が残っていたのはニガウリのせいじゃなかった。
苦味は何かが起こる予兆だったのだ。
この世の事象ではない、何かが。
まずは火を消さなければならない。
先程のフロアへ戻り消化器を手に能力を使う。
触れずして物を動かす力。
解錠音と同時に中へ突入したものの、部屋中のどこにも人は見当たらなかった。
不幸中の幸いか、燃えていたのは部屋の片隅のくずかごだけであった。
火の不始末であろうか。
その時、また声がした。
「……じゃない。」
咄嗟に振り返ったが、やはり何の気配も感じない。
次いで隣の部屋から小さな爆発音がした。
その隣室も、さらにそのまた隣室も、徐々に増え行く爆発音と共にガラスが割れ、火の手が上がっていた。
角部屋の窓を飛び出し自室へ戻る。
何が起こっているかの想像はついた。
この異常事態、能力を持った者が近くに居る。
ユメカもストナも目覚めない。
眠る二人を窓から連れ出し、外のベンチへ避難させた。
今度は風呂場から爆発音、謎の火の手が迫っているのは明白だった。
訳もわからぬまま外へ退避しようとした瞬間、視界が急に回転した。
眼前に映ったのは、首のない全身血に塗れたタクトの体だった。
Episode8へ続く