Episode6 白
「フフッ、先程のメンタイギョーザカレー、実に美味じゃったの。」
「フェリーの中であんな食べ物が出てくるとはな、正直驚いたよ。」
「明太子と餃子が別々だったら良かったのかもねー。」
「そういう問題か?」
甲板に出ると心地の良い潮風が吹いてくる。
視界一面に広がるオーシャンブルー、黄褐色の砂浜。
この得も言われぬ美しさ。
南海の孤島に美少女たちと三人。
中秋の絶妙な時期ということもあり、観光客も僅かである。
島民は1,000人弱だがリゾート地なので景観はかなり整っており、タクトたちが宿泊する施設は、まるで白壁の古城とでも言おうリゾートホテルだった。
「この景色、これまで見てきた風景の何よりも勝るな。感服だ……。」
「そうじゃのう。人間の目線で見るとこういうのも風情があるものじゃの。」
「うちのマンションから見る景色とは違うよねーやっぱり。海がすっごい綺麗ー。で、タクトは何で逆さまなの?」
「景色がいいからな、色々と。」
「フフッ、まーたのされてしまうぞい。」
何かが何かを殴打する音が波の音にかき消される。
「今……、のされました……。」
部屋に戻りテーブルに並ぶフルーツを手に取り口に運ぶ。
その時だった。
あの口中に迸る苦味。
耐えることが出来ずにバルコニーに着地するタクト。
何が起きたのかと奇異そうな顔をしながらストナは黙々とフルーツを食べている。
「っぐ。久々に来たぞ。」
「あん?あんじゃ?」
「何が来たの?」
「苦いんだ……。」
犬の様に舌を出し、ひーひー言いながら水を取りに行く。
「嘘でしょ?それ、本気で言ってるの?」
「あんじゃって?」
「ばっかじゃないの。それノニっていう木の実。健康食品とかでよくあるでしょー?絞ったり濾したりしてジュースに混ぜないとね。そのままじゃあ苦いに決まってるでしょう。」
「何でそんなのがここにあるんだよ……。」
「南国では普通にあるよー。無知は罪なりだねー。ふふっ。」
敷地内の散策だけでかなりの時間が過ぎた。
いつもの家ならとうに日が暮れている時間だが、南国は違う。
「すごいねー。見てあの街の景色。夕日に照らされてエーゲ海の街並みみたい。」
「エーゲ海?」
「ギリシャから見える海じゃ。あの辺りはよく為事しておったからの。」
「お二人とも、セレブですね……。」
格の違いを改めて身に染み込ませながらディナーに期待を膨らませる。
今夜のディナーはビュッフェ形式だ。
「いいか、ストナ。こういうところのビュッフェっていうのはバイキングとは違うんだ。食べ放題じゃないからな。」
「フフッ、きちんと説明書きを読んで弁えておるわい。」
「ストナちゃん!黒糖ベーコンのキッシュだって!おいしそうだよ!たくさん食べたほうがいいよ!」
「ほほーう!どれ!ガザミノミソシルもいい香りがするのう。ナンゴクソースノチキンソテー!シマドーフノマーボードーフ!」
絢爛豪華な料理が並ぶテーブルを見るなり、興奮冷めやらぬ状態のユメカとストナ。
「お、念願の麻婆豆腐じゃないか。良かったなストナ。っておい!装いすぎ!ユメカも!女の子って食べ物となるとこうなるのかな。おいこら!つまみ食いとかダメだって!」
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久方ぶりに食事が楽しかった。
ユメカがあんなに嬉しそうにしているのも、死神のストナとこんな仲になれたのも、転機がきっかけだと思うと正直複雑だ。
でも、そんな光景を眺めているだけでも僕は何だか幸せな気持ちになった。
「部屋がやっぱり落ち着くね~。それにしても食べた~。タクトもちゃんと食べた~?」
「ああ、ユメカが余分に盛り付けてくれたからな。存分に食べれたよ、ありがとう。」
「せっかくのバカンスだからね。」
「おーい、お主ら!このブドウジュースも美味じゃぞ!」
「ちょ、ストナ!それワインだ!酒だぞ!この世界では未成年はダメなんだ!」
「良いんじゃないの~?ストナちゃん3,400才でしょ?ふぁ~ぁ。」
「タクトも飲んでみい。どうせ死んでおるのじゃ。」
ユメカは満腹の余韻の中で眠り、僕はストナと浴びるほどワインを飲んだ。
「うぅぅ、僕はもう限界だ……。外の風を浴びてくる……。」
「ほっほー。好きにするがよい。まだ冷蔵庫にワインはあるからの。」
やっとの思いでベランダから身を乗り出しフワフワと屋上に向かって歩く。
屋根の瓦に足を挟み横たわる。
冷えた瓦の心地良さとは反対に、込み上げるひどい頭痛と吐き気を抑えながら星空を眺めていた。
いつまでこんな日が続くのだろうか、僕はいつか天国か地獄へ行く事になるのだろう。
そうなればユメカやストナと会うことは出来なくなる。
可能であれば今の生活で構わない、ずっと続けばいいとすら思っていた。
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身に覚えのある衝撃で目が覚めた。
月の位置はそこまで変化していない。
だが先程と周囲の景色が異なる。
どうやら屋根から落下したらしい。
しかしタクトは転落によって命を落とす事はない。
「ははっ、相変わらず微妙な能力。部屋に戻るか。」
ユメカは大胆にも太ももを覗かせスヤスヤ寝息を立てていた。
「見ないふり見ないふり、ああでもちょっとだけならいいよな。」
「おお戻ったかのタクトよ。まだまだワインはあるからの。」
「本気で言ってるのかよ。僕はもう飲めないぞ。」
「我の横に座ってみるのじゃ。」
「何だよ。飲めないって言ってるだろ。」
「どうじゃ。ここからだと眺めがいいじゃろう?フフッ。」
「……ッ!ストナさん!飲みましょう!お注ぎします!ユメカさんもワインも白!」
Episode7へ続く