Episode5 700年前
南の島四泊五日の旅。
都心から数時間西へ向かい、そこから更に南下して船で移動する。
航空設備の整っていない島なので船の移動は余儀なくされるのだ。
「何気に新幹線って初めて乗るんだよな僕。」
「そなんだ。私も久しぶりだなー。」
「ユメカよ。このケーキははべてもいいのかの。」
「いいよー。長旅だからねー。どんどん食べてね。」
「もう食べてるじゃないか。そういや最近、苦味を感じないな。」
「それはそれで何事もなく過ごせてるって事だから良いんじゃないの?」
徐に上に翳したスマホが音を立てる。
人間状態のストナの衣服は透過せず、薄手のピンクのネコミミパーカーを羽織ったストナ、僕とユメカの三人の画像が記録された。
「フフッ、まーだ日焼けしておるのう。」
「何でだ?最近人助けに努めてるんだけどな。」
「下心が見え見えだから人助けをしてもポイントにならないんじゃないのー?」
「今日はピンク。あ、いやいや、そうなのかなあ。」
座席に逆さまになるように浮かぶタクトの顔面を思い切り蹴り落とすユメカ。
悶絶寸前で藻掻くタクトの叫び声は他の乗客には聞こえない。
「あ、あの、ストナに聞きたかったことがあるんだ。」
次々とケーキを頬張るストナの顔はクリーム塗れだ。
「あんじゃ?」
「僕みたいな半人半霊が他にもいるって言ってたけれど、全然遭遇しないぜ?」
「ふむ。一般的に事故死と言われる人間がジャッジメントの対象になる事が多くての、数は少数だと思われる。例外も些かあるがの。」
「じゃあ僕じゃなくて、ユメカが転落してたらユメカがジャッジを受けてたってことか。」
「そのとーりじゃ。どのみちあの場所で寿命が尽きる転落事故じゃからの。」
深いため息の様な、息を吐くタクト。
「僕ってかなり運が悪くないか?それがなければ今でも元気に大学生やってたかもしれないのに。」
「フフッ、そんな事を言われてもじゃの。済んだことは気にするでない。お陰でひとつ屋根の下で美少女二人に囲まれて暮らせておるではないか。」
「そ、それはそうだけど……。」
「転機が起こる事は類稀なのじゃ。以前あったのは確かそうじゃな……、600~700年前くらいかの。皆、孤独なままジャッジを受けているのじゃぞ。」
「そうなのか…。」
老衰等のいわゆる寿命を全うした場合は、その時点で天国と地獄に篩い分けられる。
自殺も同様だが、大体のケースが地獄へ直接送られる。
天災や天変地異等での被災死の場合は死神が総動員で為事へ向かう事となるのだ。
「10年程前、彼の国の地震はすごかったぞ。10万人程の死傷者が出ての、その数に近い死神がおったのじゃ。以前話をしたと思うが、いい死神ばかりではないのでなあ。事故死や被災死でもジャッジメントを受けさせる前に地獄へ送ってしまう輩もおるのじゃ。」
「そんな突貫工事みたいな事すんのかよ。」
「安心せい。我の様に天使に近い存在の死神もおるからの。お主、タクトは転機によってユメカとも疎通できるし恵まれておるのじゃぞ。」
複雑な面持ちで聞いていたはずのタクトだが、顔はにやけていた。
「天使ねえ。天使もパンツ履くんだな。」
ユメカが無言で足を振り下ろし、鈍痛に鈍痛が重なる。
「フフッ、ジャッジメントを受ける事になったからと言ってもじゃの、大体の者はお主らの様に進捗具合を知る術に気づかずに終了してしまうのじゃ。故に一般的なジャッジメントの期間は長くても七日間程かの。最初の数日は途方に暮れて過ごす。その後の数日で思い切り廉直に走るか邪に走るか。」
「そうなのか…。700年ぶりに転機が起こったって言ってたよな。誰が起こしたんだ?イレギュラーとか言うけど、ただのミスじゃないか。」
「そうじゃの。700年前の転機も我じゃ。炎がすごくての、影武者が命を落とすはずだったのじゃが本人の命を奪ってしまったわい。はははっ。」
「笑い事なのかよ……。影武者って。歴史上の人物かもしれないじゃないか。ストナってひょっとしてドジっ子キャラなのか?」
「戯けがー!誰にでも間違いはあるじゃろうて。我の神名を聞いたら驚くじゃろうな。フフッ。」
「ストナって大昔から為事してるんだろ?お前一体いくつなんだ?」
「そうじゃな。1,500年前からこの為事をしておる。それでええと、この世界で言う紀元前1,400年頃に生まれたからの。齢3,400というところかのう。」
後部座席から幼い子供の声がしてきた
「お母さん、後ろの女の人、ずーっと一人でしゃべってるよ。恐いー。」
「しーっ。いいのよ、そっとしておきなさい。」
━━━━━
「そろそろ着くよ~。タクト、荷物下ろしてね~。」
「お、おう、体中が痛い……。この戦闘を何とか乗り切ったぞ。」
「パンツ覗く事しか楽しみないの?かわいそうな人。あ、人じゃないか~。半人半霊さんっ。」
「むにゃ。もう着くのかの。アイスクリームが食べたいのう。」
「いいよー。食べよっかー。」
この時、南の島で起こる出来事を誰も予想することはできていなかった。
Episode6へ続く