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Episode44 世界線を超えて

「アヌビス、また今夜もどこへ行くんだろう。」


ユメカがタナトスの元に現れてからというもの、毎夜の如く外出していた。

行き先はユメカが古代へやって来た時に出現した蒼い渦である。


首輪を緩め、獣人の状態で数キロ先の渦まで駆ける。


アヌビスは賢者の石の欠片の増幅能力を直接脳に受け、生まれてから今までの記憶を取り戻し、地下神殿や地下遺跡、一度足を踏み入れると地形が変わり、二度と出る事が出来ないと言われる地下迷宮内の構造を全て把握し、あらゆる知識を得ていた。

中でも一番熱心に励んだのは、遥か太古の文明で使われていた五次元移動の手法である。


ユメカがテーベの街にやって来た時、ユメカから漂う異世界の香りを察知し、ここまでの経路を匂いで辿り、蒼い渦を発見したのだ。


賢者の石の欠片にアヌビスの得た知識を封じ込め、幾日も幾日も、蒼い渦を通って過去へ戻った。

何れ訪れるであろうこの星の崩壊ブレイクダウンを防ぐため、古代の知識を巻島に伝えるために。


何度も言葉を投げかけたが、人間の巻島には伝わることはなかった。


ようやく蒼石の欠片をを渡せた所で、アヌビスは自分が古代へ帰還出来ない事に気づく。


それでも自分の指名を果たせたアヌビスは、でんでんとして首輪を付けたまま蒼い渦に乗り、どこかの時代のどこかの場所へ転送されて行ったのである。


━━━━━


翌朝、ユメカは足元に落ちている一枚のパピルスを発見した。

それにはこう書いてあった。

【異世界からやって来たであろう。フルム。私もでんでんという名の下。別の世界で生まれた。アポロンにもらった青りんごで。私は獣人となった。子供の頃から私の口の中にあった。蒼石の欠片は私に沢山の知識をもたらせた。私は元の世界へ帰る。蒼石の欠片をシュンジに渡すために。地下研究施設の賢者の石は強大過ぎる。タナトスの居ない間に。壊せ。そしてその欠片を。蒼い渦へ放り込むのだ。】


「そんな……。そんな事有るのー!?でんでんって、あのでんでん!?ストナちゃん、私頭がおかしくなりそうー!今日帰らないといけないのに何も出来てないよー!」


そこへ寝ぼけ眼のタナトスがやって来た。


「あんじゃ?頭がおかしくなったって?フフッ、朝から元気がよいのう。すまんなあ、毎日の様に賢者の石を回復させるために能力を使わせてしまって。」

「い、いえ、おはようございますタナトス様。」

「アヌビスの姿が見えんが、やつはどこへ行ったのじゃろうなあ、フフッ。ま、別にいっかのう。」


研究施設で毎日の日課である、賢者の石の回復を行った。

今の研究施設は蜃気楼の酒場ラディーズの奥に小さく構えられていた。

エリクサーが完成した今、大規模な研究設備を整える必要はなくなっていたのである。


「フルムよ、もしやと思うたのじゃが、お主が持つその能力は魔法というやつかの?」

「魔法?そう言った者も居ます。でも、エリクサーの様に死者を蘇生できる程、完璧なものではありません……。」


アポロンがアヌビスを探し終えて戻ってくる。


「ねえ妹ちゃん、エリクサーの残りは僅かだよ。これじゃあ救えて疫病感染者は100人、死者だと1~2人って所かな?あとどれくらい精製出来るの?」

「そうじゃな、フルム次第かのう。」

「そっか。ちょっとボクは席を外すね。しばらくこっちには顔出せないかも。」


アポロンが立ち去った後、ユメカはタナトスの目の前まで足を運んだ。


「私の能力で賢者の石の能力を回復出来るのはあと一回が限界です。タナトス様、折り入ってお願いがございます。」

「ん?なんじゃ?」


ユメカは深く頭を下げ、消え入る様な声で答えた。


「エリクサーを……、その、最後のエリクサーを私に頂けませんか。」

「ふむ。お主の能力のお陰で多くの生命を救う事ができ、疫病も収束しておる。この文明ももう滅ぶ心配はないじゃろう。エリクサーを譲るのは勿論構わんよ。お主の物でもあるのじゃからな。差し支えがなければ理由を教えてくれんかの。」

「どうしても……、どうしても救わねばならない命があるのです。ごめんなさい。申し訳ありません……。」


タナトスは賢者の石が置いてある銅製の皿の前に移動した。

頭上に右手を掲げると大鎌が現れた。


「この石の欠片も必要じゃな?」


ユメカは度肝を抜かれた。


「なんで?なんで分かったの?……ですか。」

「フフッ、我一人では何一つ神らしい事はしておらぬ、医学や化学を学び現在はこうして人間と共存しておるが、フルムやアヌビス、アポロンの力がなければ到底成し得なかった事じゃ。じゃが腐っても神は神じゃ。お主の心の内を読む事くらい容易い。」

「じゃ、じゃあ、最初から……。」

「フフッ、分かっておったよ。アヌビスもフルムも、この世界の者ではない事くらい。」


大鎌を振り下ろし、拳大の賢者の石は皿の上で金属音と共に砕け散った。


「これが、最後のエリクサーじゃ。欠片も持って行くがよい。ちと砕き過ぎてしもうたかのう。フフッ。」


ユメカは試験管に封入された淡く水色の広がる液体と、布に包まれた賢者の石の欠片を数個受け取った。


「ありが、とう……、ございま」


言い終えるか否か、強い揺れと共に研究施設は崩れ落ち始めた。


「む、いかん。ティターン族がここを嗅ぎつけたようじゃの。フルムよ、早くここから外へ行け!お主がやって来た場所の近くに出るはずじゃ。」

「タナトス様も一緒に!」

「いや、今回ばかりは我一人では到底叶わぬ相手じゃ。オケアノスとテイアーもやって来たか。どこまでも貪欲な神じゃのう。私は蜃気楼しんきろうにやつらを呼び寄せ、共に異空間へ立とうかのう。」

「だめです!一緒に、一緒に外へ!」


タナトスは首を横に振った。


「いや、我が外に出た所で負けることは必至。ならばティターン族の主戦もろとも異空間へ葬り、この地を守ろう。やつらがここへやって来た時に、賢者の石もエリクサーもなくなっていたらどんな顔をするじゃろうなあ。フフッ。さ、フルムよ。行け!」


涙が溢れ、視界が歪む。

だが行かなければならない。

進まなければ。

ユメカとタナトスの目の前に巨大な石柱が倒れてきた。


「ありがとう、ありがとう!ストナちゃん!」

「ストナ?ちゃん?それがお主らの世界での私の名前か。悪くないのう。お主の世界の私によろしく伝えてくれ。」


ユメカは扉を開け、外へ飛び出した。

振り返るとテーベの街の空は複数の神により襲撃を受けていた。

アポロンが不在のため、タナトス一人では押さえきれる量ではないのは明白だった。


時間が迫っていた。

数十メートル先に見える蒼い渦は消えかけ、朧気に光っていた。

ヴェールを脱ぎ去り一心不乱に駆け抜ける。

転んだ。

布から蒼石の欠片が散らばるが、拾い集めている猶予はない。

一つの欠片を手に取り、渦の中へ放り投げた。


そして蒼い渦の中にユメカも吸い込まれた。


━━━━━


西暦1,990年9月


「僕のパチンコの方が威力は上だぜ!」

「スリングショットって言うんだよ。」

「みんな構えろー!行くぞー!SMAAAASH!」


一人の少年がリンゴに打ち込んだ石は蒼く輝く石の欠片だった。

少年はその石の欠片を掴むと一気に集中力が増し、見事リンゴに命中した。

命中したリンゴは地面に落ち、一匹の子犬が噛じりついた。


Episode45へ続く

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