Episode35 ラストエリクサー
トニの何気ない一言は最適解であった。
「そうか!その手があったねえ。パズズどうだい?あの鏡、産めそう?」
『合点承知。』
そう言った途端、パズズは顔を上に向け、口を大きく開いたまま固まってしまった。
「およ、動かなくなってしまったぞい。」
「エサの時間だからね。周りの鶏たちも見てご覧よ。」
庭園に散らばる鶏たちは全て顔を上に向け静止していた。
その数はざっと1,000羽。
『全ての鶏にエサをやらんとパズズは動かないからな。ほら、ストナも手伝え。』
「なんじゃと、全部にエサをやるのか。それに先程、こやつも一緒に実を食べていたではないか。」
「あれはただのティータイムだよ。ちゃんとエサはあげなきゃ。パズズはここの鶏のヌシだからねえ。」
トニが巨大なバケツに山盛りの白い綿の様な物を入れて運んできた。
「おおっ!これは、ポップコーン!人間の世界の食べ物がなぜここに。お主らこれを食べても平気なのか?」
「ポップコーン?何それ。これはあそこの畑に毎日生えてくるヴァンっていう植物の実だよ。ボク達が食べる様な物じゃないよ。」
そう言われ、ヴァンの実を摘んで観察する。
どこからどう見ても、ユメカの家で食べたことのあるポップコーンその物である。
「この感触、質感、これはポップコーンと言うのじゃよ。トウモロコシという植物の種を火で炒った物じゃ。」
ポイッと口に放り込む。
口中に広がる何とも言えぬ後味の悪い甘ったるさと、鼻から抜けるツーンとした辛さが込み上げた。
「ウゴッ、なんじゃコレは。マズスギじゃ……。ぺっぺっ!」
「だから言ったじゃない。見た目で判断しちゃあいけないよ♪さ、鶏たちの口にこれを10粒ずつ放り込んでいくよ♪」
「お主ら、まさか手作業でやるつもりなのかの?」
「えっ?他にどうやるのさ。」
『私の空間移動能力はここで使いたくはない。こんな事に体力を消耗したくないからな。いざという時に困るのはお前達だぞ。』
「ここに見えておるのが全ての鶏なのじゃな?まあ見ておれ。」
周囲を見渡し、鶏たちの場所を把握する。
そしてどこからともなく大鎌を取り出し、バケツのある方向へ放り投げると高速回転が始まった。
風力エネルギーに乗ったヴァンの実が規則正しく整列したかと思うと、鶏たちの口の中へ吸い込まれていった。
「へぇえ。これは凄いや。ストナちゃんは相変わらず器用だねえ。」
『実おいし。』
「……およ?パズズの様子が……!?」
体高30センチ程のパズズは大きく膨らみ、奇声を発した。
『アーーーーーーーーーーーーーオ!』
ゴロンと転がる金色の卵。
雲に聳える山々の間から差し込む太陽の光が、金色の卵に反射して目を開けているのが困難である。
縦にジグザグの亀裂が入り、左右に真っ二つに割れた。
「あっりがとうパズズ!これこれ♪この鏡に意識を集中して覗き込んでみてよ。」
「ふむふむ。どーれどれ。」
丸い鏡の枠が中心に集まる様にグルグル回転する。
それを見つめていると、次第にストナの意識は鏡の中に吸収されていった。
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鏡の中には三人の人物が映し出されていた。
一人の女性はビーズのドレスを身に纏い、艶やかな黒髪、顔に掛かるヴェールからは目だけが覗いている。
もう一人は真っ黒な犬の面を付けているが、手足も犬そのもの。
以前話に出てきた、アヌビスという獣人であろう。
そして、幾何学模様で彩られたドレス姿の長身の女性、この者こそがストナであった。
「のう、フルムよ。私が精製した薬の効能はどうじゃ?」
「はい、タナトス様。非常に優れた治癒力にございます。疫病感染者どころか死んで間もない者までもが次々と息を吹き返しています。」
「フフッ、ではこれを皆に投与し、疫病が死滅するまで耐え過ごそう。薬の量は必ず守るのじゃぞ。与えすぎると中々死ねなくなるからの。アヌビス、そこにある賢者の石を取ってもらえぬか。」
「……。」
アヌビスは無言のまま手を伸ばす。
銅製の皿の上に乗せられた歪な楕円形のその石は、無造作に作業台の上に置かれていた。
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「このシーンではないのう。」
「もっと集中してみて。」
「うーむ、思い出せん。エリクサーを精製して、古代エジプトの危機を救った所までは覚えておるのじゃが。」
「ちょっと待ってよストナちゃん。今エリクサーって言った?最後のエリクサーがなくなる時、ボクも少しだけその場に居た気がするよ。」
庭園の草の上に仰向けに寝転がり、思索に耽る。
「あっ、少し思い出した。うろ覚えなんだけど、フルムっていう女の子は賢者の石の能力を回復する事が出来たんだ。でも最後はそれが出来なくなって、エリクサーの精製の幕は閉じたんじゃなかった?」
「あー、何となく思い出したぞ。じゃあ続きはその辺りからじゃな。」
再び地面に転がる鏡を覗き込む。
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「フルムよ、もしやと思うたのじゃが、お主が持つその能力は魔法というやつかの?」
「魔法?そう言った者もいます。でも、エリクサーの様に死者を蘇生できる程、完璧なものではありません……。」
どこか悲しげな目で視線を落とすフルム。
「ねえ妹ちゃん、エリクサーの残りは僅かだよ。これじゃあ救えて疫病感染者は100人、死者だと1~2人って所かな?あとどれくらい精製出来るの?」
「そうじゃな、フルム次第かのう。」
「そっか。ちょっとボクは席を外すね。しばらくこっちには顔出せないかも。」
アポロンが立ち去った後、フルムはタナトスの目の前まで足を運んだ。
「私の能力で賢者の石の能力を回復出来るのはあと一回が限界です。タナトス様、折り入ってお願いがございます。」
「ん?なんじゃ?旅人であるフルムには大変世話になったからの、私に出来る事なら何でもしようぞ。」
フルムは跪き、声を震わせてこう答えた。
「エリクサーを……、その、最後のエリクサーを私に頂けませんか。そして、賢者の石は破壊して下さい。」
並々ならぬ決心の末の発言だったのだろう。
タナトスはそれを察知し、静かに答えた。
「ふむ。お主の能力のお陰で多くの生命を救う事ができ、疫病も収束しておる。ここの文明ももう滅ぶ心配はないじゃろう。我の為事もこれまでかのう。」
「……理由を聞かないんですか?」
「私は全てを救う事の出来る神ではないのじゃ。奪うこともまた然りじゃ。フルムよ、お主とはまたいつか巡り会える気がするのう。」
タナトスは、賢者の石が置いてある銅製の皿の前に移動した。
頭上に右手を掲げると大鎌が現れた。
それを勢い良く振り下ろすと、拳大の賢者の石は皿の上で金属音と共に砕け散った。
「これが、最後のエリクサーじゃ。」
「ありが、とう……、ございます。」
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鏡はそれ以降何も映す事はなかった。
「フルムちゃん、何であんな事言ったんだろう。泣いてたみたいだったけど。ストナちゃんってエンパシーで感情を読み取る事が出来るよね?あれってどういう事だったの?」
「はて、かなりシリアスなシーンじゃったが、何じゃったろう。フルムという者もあれから会ってはおらぬし。」
『賢者の石は結局、砕いて終わりだったのか?』
『まだある。』
「あるのはわかったよ、パズズ。どこにあるのかって話なんだよ。」
『小さくなっても能力は同じ。』
「パズズよ、それが誠なら心当たりはある。が、模造品はやはり必要になってくるのじゃ。」
「うーん、ストナちゃん、もう一回封印の地に行こう。」
Episode36へ続く




