Episode24 科学と化学
モスクワ・サンクトペテルブルク鉄道
その全長は約650キロメートルで、東京都から青森県程の距離だ。
「ユメカさんの腕時計ってとってもオシャレですわね♪」
「これ?お父さんに入学祝いで貰った物なんだけどね。」
「文字盤のローマ数字おかしくないか?普通Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳだろ?ⅣがIIIIになってる。」
「ははーん。タクトおめえ、腕時計はデジタル派だな?」
「な、何ですか、みんなでそんな目で見て……。」
「フフッ、腕時計のⅣがIIIIと刻印されるのは普通じゃよ、フ・ツ・ウ。」
「ど、どうフツウなんだよ。」
「ローマ神話のジュピターという名は知っておるかの。ラテン語では『I』と『J』、『U』と『V』の区別がないのじゃ。ジュピターの略称である『JU』がローマ数字の『Ⅳ』と重複してしまうのを避けるためにIIIIが用いられたのが始まりとされておるのじゃ。」
得意げな顔で片方の眉を上げるストナ。
ユメカの視線は腕時計を見つめていた。
「へーそうなんだ。それは私も知らなかったな。色んな腕時計を持ってるけれど、IIIIが当たり前の様に使われてたから見た目とかバランスの問題かと思ってた。」
「さすが神話が絡むとストナは強いな。」
「ほんなことよりも、皆でこれでも食べぬか。」
広大な景色が続く車窓には、わたあめをちぎって散りばめた様な小さな雲が点々と空に浮かんでいる。
座席に備わっているツマミを捻ると聞きなれない言葉のラジオが流れてきた。
「赤茶色の屋根がステキですわね~♪」
「統一感があっていいよねー。ただの旅行だったらいいのにねー。」
「フフッ、今のところただの旅行じゃがの。」
「そうだストナ。時間を遡る能力の事で質問があるんだ。」
「あんじゃ?」
ストナの持つ紙袋からピロシキをひとつ取り出し、頬張りながら口を開く。
「ずばり聞くけど、僕が転落した日まで遡って、その、色々なかったことには出来ないのか?」
「そうだな!それなら俺もタクトに殺されなくて済むじゃん。ただ、なあ……。」
「殺したわけじゃないですよ。事故ですし……。」
「クククッ、辞書。ククッ、やめんか笑かすではない。」
「お姉さま、不謹慎ですわよ。」
「ふむ。時間を遡るためには、そうじゃな。例えるならDVDを逆再生するように、一つ一つ回想していく必要があるのじゃ。そして物凄く体力を消耗する。RPGで言うところのMPみたいなものじゃな。一年間を遡るのは今の我では不可能じゃ。せいぜい一週間がいいところじゃのう。」
流れる雲をぼんやりと見つめながら肩を落とす男たち。
「しょぼくれるではない。それにあの時タクトが死ななければユメカが死ぬ事になっておったのじゃぞ。一人でジャッジメントを受けるという事がどんなに厳しい状況か、以前話をしたじゃろう?」
「そ、そうだな。そうだけど……。」
「ユメカの死を阻止するとして、ジャッジメントに現れた過去の我と現在の我が遭遇する事は必至。するとどうなると思う?」
「どうなるんだ?」
「対消滅か。」
「うむ。巻島ならわかってくれるじゃろうな。」
「ああ、現在の小さい嬢ちゃんと過去の小さい嬢ちゃんが遭遇した時、お互いが粒子と反粒子で打ち消し合う事になる。言わばプラスとマイナスがぶつかってゼロになるってイメージだ。それが対消滅だ。」
「すると……、どうなるの?」「どうなるんですの????」
突如始まった巻島の真剣な話に耳を傾けずにはいられなかった。
ユメカもネムリも食い入る様に話に齧りついた。
「時間を進めたり巻き戻すってことはだな、光速を遥かに超えるっつう訳だ。それほどのエネルギーを持って対消滅が起こると真空状態になる。太陽系は愚か、銀河系が吹っ飛ぶ事になるな。」
「えええ……。そんな……。」
「そういうことじゃ。先程言った、色々な事情で禁忌とされているというのはそれも含まれておるのじゃ。」
科学者と化学に長けた死神がそう言うのだ、説得力は半端ではない。
「っま、過去があるから今がある訳だろ?こうしてみんな集まってるのも何かの縁なんだろう。」
「そうですわね♪お姉さまに遭遇していなければ私は今頃無差別殺人死神でしたし♪」
「そうだねー。タクトも巻島さんもまだ生き返れないって決まったわけじゃないし。今向かってる先にヒントがあるかもしれないしねー。」
「そうだな。前向きに考える様にするよ。わかりやすく説明してくれてありがとう。ストナ、巻島さん。」
サンクトペテルブルク駅に到着する頃には日も暮れ、暖色のライトが街の至る所を照らしていた。
駅を出るとスタローバヤと呼ばれる、大衆食堂があちこちに点在していた。
「およよよよよ!スタローバヤ!スタローバヤ!あれじゃ!あれがスタローバヤ!スタローバヤしようではないか!」
「あれだけ食べたのに。ほんとストナの胃袋って一体どうなってるんだ?」
「フフッ、出発前に空港でも言ったじゃろう。我の胃袋は宇宙じゃ。」
「お姉さまったら♪」「やれやれだな。」
そんなやり取りをする一行を遮るように、腕を組み眉間に皺を寄せた表情のユメカが立ちはだかった。
Episode25へ続く




