Episode22 でんでん
少年はドが付くほどの田舎で育った。
辺りには田園風景、山々に囲まれる大自然だ。
学校の帰り道には決まって遊ぶ場所があった。
田んぼでタガメやカエルを採って遊んだり、すぐ裏にある雑木林でカブトムシを採ったり、少年の放課後は充実していた。
秘密基地を作ったりもしていた。
数少ない友達を呼んで、家から持ち寄ったお菓子を食べたり、どこからか持ってきたエアガンで飛んでいる虫や木になる実を狙ったり。
日が暮れようとしていた。
遊び疲れてお腹も減り、帰りの自転車を漕ぐペダルの力も弱々しいほどに。
どこからともなく犬の鳴き声がする。
吠えているというより、困っている様な鳴き声。
少年はそう感じた。
鳴き声のする方へ行くと、子犬が大型の耕運機のタイヤと車体の隙間に挟まっていた。
「何してるんだお前はもう。髪の毛が挟まってハゲちゃってるじゃないか。カタツムリみたいな形のハゲだな。痛っ!いててて…、俺も手を切っちゃったよ。怪我仲間だなー。いってー!」
長月の残暑が残る夕暮れの、少年と子犬の出会いだった。
子犬はでんでんと名付けられた。
少年とでんでんはいつも一緒にいた。
どうにもこうにも躾が出来ない犬で、お座りやお手と言った犬ならではの行動は一切覚えなかった。
更に面白い事に、でんでんは歯の噛み合わせも悪いようで、食事の際は絶対に見られないよう隠れて食べる癖があった。
こっそり覗いた時にはカチカチ音を立てて食べていた。
秘密基地の番犬として、周囲の友達にも可愛がられ、家族からも愛されすくすくと育った。
でんでんが家にやってきて一年を迎えた頃、少年は思い立ったかのように話しかけた。
「お前の誕生日っていつなんだ?9月にうちに来たから9月にしようか。ちょうど真ん中の15日でいいか?」
さらに数年が過ぎた。
少年は交友関係の変化で、秘密基地やでんでんと遊ぶ回数も減っていった。
家に帰ってきた時、家族はとても暗い雰囲気で少年を迎えた。
でんでんは横たわり、困ったような鳴き声で少年を見た。
「おい!でんでん!どうしたんだよ!」
「今日のお昼くらいからずっと横になって動かないのよ。ご飯も食べないしお水も飲まないし。明日まで様子を見て、動物病院に連れて行った方がいいかもしれないわね。」
少年の母親がそう告げる。
翌朝、甲斐なくでんでんは動かなくなってしまった。
少年は溢れ出そうになる涙を堪え、自宅の庭の木の下にでんでんを埋葬した。
それからというもの、少年は毎晩のようにでんでんの夢を見た。
困ったような声で、かつて遊んでいた秘密基地で鳴いていた。
秘密基地……。
しばらく行ってないその場所に、少年は学校帰りに訪れた。
そこには一匹の犬がいた。
たくましい足と長い舌を出し、こちらをじっと見つめていた。
「でんでん?」
困ったような鳴き声で返事をしてきた。
あの頭の毛が抜けたカタツムリの痕、間違いない、でんでんだ。
飼っていた時や夢に出てきた時は、黒々とした毛並みで大きく気高いイメージだったが、目の前にいるでんでんは白毛が混じり、年老いた印象だった。
「でんでん、どうしたんだ。お前、死んじゃったんじゃないのか?生き返ったのか?すっかりおじいちゃんじゃないか。」
あり得ない話だ。
死んだはずの、数年しか生きていない犬が蘇り、老犬として自分の目の前に現れた。
それでも無垢な少年は、でんでんが生き返ったと喜んだ。
家族にも話をしたが、少年が元気になったという事が嬉しかったのか、彼に話を合わせてニコニコするだけだった。
友達にも声をかけ、放課後秘密基地に呼んだ。
やはりでんでんはいた。
秘密基地で一緒に遊んでいた友達はもちろん、初めてここに来る友達も大きな雑種犬を見て喜んだ。
しかし、でんでんは秘密基地から離れようとはしなかった。
一緒に家に帰ろうと、家族に会わせてあげようと、リードまで持って来たのに動かなかった。
明くる日曜日、少年は家の暑さに耐えきれず、ゲーム機を放り出し秘密基地に涼みに行った。
もちろんでんでんに会うのが目的だ。
「よっ、でんでん、待ってたか?」
相変わらず困ったような鳴き声で応えるでんでん。
少年はその鳴き声に違和感を覚えた。
「お前、何か口に入れてるのか?」
でんでんの口からコツンと地面に落ちたのは蒼く光った石だった。
「何これ、きれいな石。でんでん、もしかしてこれずっと口に入れてたのか?カチカチしたり隠れて食べてたのはこれがあったからなのか?」
頷かんとばかりに、でんでんは座った。
初めてと言っていい程の、犬らしいお座りだ。
その石を持っているとどうにも不思議な、頭が冴え渡る様な、何かに特化したような感覚に陥る。
それからでんでんと会う事はなくなった。
秘密基地でも、夢の中でも。
最後に見たでんでんの姿は、じっと座り少年を見据え、ワンと一言吠える場面だった。
やがて少年は科学者となり、タイムマシンを完成させる一歩手前まで飛躍したのである。
「それが、その石なんですか?」
「おうよ。綺麗だろ?」
「おや?フフッ、サファイアとは違うのかの?」
「どうみてもサファイアだよねー。」
「あら♪触ってみてもいいですか?」
「いいぜ、ほら。」
その石に触れた途端、ネムリの様子が変わった。
「こ、これは……、脳細胞がトップギアになるような……。」
「だ、大丈夫か?ネムリちゃん。」
蒼石がタクトの手に渡るや否や、同じような現象が起こる。
「なななななんだこれ。キシリトール!」
「ばかなこと言ってないで貸してみて。」
「ほう……、どれどれ。我にもよこすのじゃ。」
ユメカも同様に不思議な体験をしたようだ。
ストナだけは違った。
「ほん?なんじゃ?何も起こらん。ただの宝石のようじゃがの。さてはお主ら、本物の宝石を見たのが初めて。とかじゃなかろうな。フフッ。」
「違うよストナちゃん。うまく説明ができないけれど、普段忘れていた事が全部思い出せるとかそういう……。」
ユメカまでもがたじろいでしまう程の出来事だ。
「な?キシリトールって感じだろ?」
「キシリトールではないですけれど、脳細胞がトップギアですわ♪」
「とりあえずすごいだろ?だから俺はタイムマシンでこの石の出処を探ろうと思ってるんだ。地球の物じゃないかもしれねえからな。」
「研究対象としてこの石を提供して、多くの科学者と協力したらいいのではないですの?」
「いーや、それはしたくないんだ。何の物質で出来たか知れやしねえ物を、第三者に渡したら、おもちゃにされるだけで何十年も経っちまうからな。」
「漢のロマンですね。巻島さん。」
「おう、わかってるなタクト。生き返って来たでんでんの事も気になるしな。」
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「もうすぐモスクワ到着だよ。みんな荷物忘れないでよー。」
「しかしストナ、どうやってこれ手に入れて来たんだ?」
「ん?ああ、お主らが自ら申請してきたのではないか。一週間前に。」
「????」「なに????」
「フフッ。まあ後で種明かしをするとしようかの。」
十数時間のフライトの疲れも薄れ、新天地ロシアでの活動に胸を膨らませる一方、ストナの不敵な笑いが一同を困惑させていた。
Episode23へ続く




