Episode15 五右衛門
昭和中期
「今年も大行列ですね。」
「ああ、今年の初詣は奮発しようと思ってるんだ。もう少し辛抱してくれ。」
「はい、ちょうど安定期に入ったのでこのくらいの運動なら大丈夫ですよ。」
この年代の初詣は、神様にお参りする際は静粛に執り行う事が流儀とされていた。
そんな中、喋々喃々と語り合う仲睦まじい夫婦は安産祈願に訪れていた。
境内での参拝の最中、夫は聖徳太子が描かれた千円札を複数枚賽銭箱へ投げ入れた。
(元気な子が生まれますように)
「さあ始まりますよ。」
「ああ、五右衛門様から二つだけもらって帰ろうか。」
「さあさあ!お客人!静粛に!静粛に!災いを祓い福を呼ぶ!散餅銭の儀!始まり始まり~!」
石川五右衛門やその子分に扮装した男が数名、社殿の屋根から大声を上げた。
一瞬周囲がざわついたが、すぐに静まり返った。
撒かれる餅にはビニール袋等の包装は成されていない。
餅は拳大、それ以上の大きさの物もあった。
外側は硬めのもち米で覆われており、境内の地面に落ちても包丁で外側を削ぎ、煮込んだり焼いたりして食べるという事ができた。
それ故に現在の餅撒きの様に安全ではなく、上空を注視していなければ大怪我につながる事もあったのだ。
落ちた餅を拾う時間があり、再び餅を撒くまでの小休止とでも言おう時間に小銭がばら撒かれる。
多少の歓声は溢れるものの、昨今の初詣とは大きな違いである。
夫は二つの餅を抱え、妻がいる鳥居へ向かって歩み出した。
妻の持つ金襴織の鞄から使い古された風呂敷を取り出し、餅を包み背負い込む。
帰りの石段は実に長い。
思い思いの願い事を終えた人々が帰路に就く。
一人の幼い子供がいた。
一際大きな餅を抱えて。
その日一番の特大サイズの餅を手に入れた子供は喜んだ。
「見ておくれよお父ちゃん!こんな大きいの拾えたよ!」
「良かったな!重たいだろう和男。俺が持ってあげよう。」
「いいよ大丈夫!これくらい僕だって持てるよ!」
「そうかあ?……危ない!」
父は我が子を支えようとした。
が、突然の出来事に支えきれず父は石段に倒れ込んでしまった。
石段を下る前の人にぶつかる。
その前の人も転倒した。
その前の人も転倒した。
その前の人も。
その前の人も。
将棋倒しの末、石段脇の石垣から数メートル下へ転落した者もいた。
石段の中層にはあの夫婦がいた。
悲鳴に気づき振り返った時にはもう遅かった。
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「ああ、何だこの惨状は。何が起きたんだ。」
「トミ子、大丈夫か。……トミ子!トミ子!」
妻はすでに息をしていなかった。
自分や周囲の人間の下敷きになった妻は既に意識を失っていた。
現場は大混乱状態。
石段に倒れ込む人をも踏みつけ、我先へと駆け下りる者までいる始末。
「や、やめろ!やめてくれ!ここに妊婦の妻がいるんだ!やめて……やめ……。」
鈍い音が聞こえた。
夫もまたその混乱の最中、暴徒と化してしまった人たちに幾度となく踏みつけられたのだ。
次に目が覚めた時、夫は社殿の上にいた。
「何だ。どうしたんだ。俺は。」
「オ前ハ、死ンダ。ジャッジメントヲ遂行スル。」
スペクターの脳から夫へと意識が放出される。
夫の脳内、潜在意識の中に流れ込む無数の言葉。
何語か分からない、理解できる言葉もある。
「そうか、そういうことか。そうなのか。」
「我ハ、死ニ神、ナリ。」
「天国などどうでもいい。もういい。まだだ。今じゃない、もっともっと、もっとだ。」
なぜか微笑を浮かべる夫。
目は完全に見開き、狂気に満ちたその表情は異様な雰囲気を放っていた。
憎しみのあまり髪の毛を掻き毟り、自分の顔までも引っ掻いていた。
血に塗れたその形相は、かの有名な大盗賊石川五右衛門と酷似していた。
「カッカッカ!ここまで皮肉な事もあるものか!カッカッカ!」
「我ハ、死ニ神、ナリ。」
「もうわかったわかった。お前はもういい。自分でどうにかするから良い。何十年かかろうとこの復讐は果たさせてもらう。幸いにも井戸水も供え物もたんまりとある。」
夫は社殿の屋根上に深く腰を下ろし、深く息を吸い、深く目を瞑った。
Episode16へ続く




