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定時制の夜に  作者: 猫缶
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暴力と正義

定時制高校2年生の12月の初め。


戻ってきた期末テストの結果は僕の貯金残高よりも酷い数字だった。


それでもなんとか平均点の半分以上を取った僕は満面の笑みで


友達に50点以下の答案用紙を見せていた。


勿論、友達とは谷口である。


僕と彼との間では学校生活の中で殆ど争いは起こらなかった。


体育の50メートル走も成績も彼女の有無も。


そう言った当たり前の青春と言うものに少なからず温度差が有ったのは間違いない。


それは僕と彼との間ではなく、僕たちと世間との間に生じた温度差。


どこかで僕たちは諦めていた。


定時制。ここにいることが――


それ自体が全て負けていることを意味していたから。


自分たちの居場所やこれから行き着く場所。


不安や恐怖ではなく絶望を見ていた。


毎日笑って過ごせればそれで良かった筈だったのに、


中学生の頃には感じなかった漠然とした不安が、


「現実」を口にし始める同級生を見ることで、


僕たちには重く圧し掛かっていた。


そうした現実が本来行われるはずだった青春に対して


誰といても先が見えなかった僕たちは逃げているようだった。


ただ、僕達はテストの時期になるとテストの合計点で競い合っていた。


テストの合計点を計算しあい、負けた方が晩御飯をご馳走するのが決まりだった。


何故そうなったのかと言えば、テストと言う馬鹿馬鹿しいシステムを


少しでも馬鹿にする為にテストの合計点で競い合った。


なんでテストが馬鹿馬鹿しかったのか。それは教授の一言だった。


「なんで学校でテストをするか知ってるか?


数字でしか人を計れない連中が世の中には沢山いるからだよ」


教授はそんな事を言っていた。


テストの勝負はどっちが点数を多く取ったかではない。


僕たちが自慢出来る事といえば喧嘩で折れた右の前歯の事や遅刻と欠席の回数。


それに学校の成績がいかに悪いかと言うこと。


つまりは合計点で低い方が勝つ勝負。ただし追試になったら失格。


あの時、勝ったのは谷口だった。


僅差の勝負で数学では僕が大勝利を納めた。


が、世界史、化学、家庭科の三教科で山口が一桁の点数を叩き出した。


本来なら追試になる筈が呆れ返った教師が


追試は無しにしてしまった為に殆どルール違反で僕が負けた。


けど、晩御飯をご馳走すると言っても毎回ファーストフード。


谷口も僕にとびきり美味しくて豪華な物をご馳走してもらおうなんて思っていない。


彼だって解かっている筈だ。


僕の経済力を無視しようものならその場で彼を撲殺して逃げ出すだけだから。

 


ファーストフードで適当に注文し終えて、トレイにハンバーガーを乗せて席に着く。


そのファーストフードは2階建てで比較的学校が近辺にあり、


バイト帰りや学校帰りの生徒も多く利用する。


僕たちはトレイを持って2階の窓際に座って外の大通りを眺めていた。


時刻は午後7時を回っていた。


店内には僕たち以外に1人で座ってポテトをつまみながら読書している男性。


高校生カップル。それに大学生ぐらいの女の子。


僕達はただ話しながらハンバーガーを貪って、


外の大通りを見ながら冬休みの予定の話をしていた。


でも、すっかり寒くなった12月に僕は酷く感傷的でテストを終えた段階で無気力だった。


それは谷口も一緒だった。面白い事が有ればいいなぁと言う具合で、


自分たちから何かをする気にはなれないでいた。


食べ終わった後、タバコを吸い、携帯を弄ったりしながら閉店まで時間を潰す事にした。


どうせ家に帰ってもやる事が無いのは一緒だったし、一人も嫌だったから。


時刻は8時を回って店内に残っていたのは、読書をし続ける男と大学生ぐらいの女の子。


女の子はレポートらしき物を仕上げており、参考書と睨めっこをしていた。


僕と谷口はタバコを吹かしながら窓の外の大通りに目をやって、


行き過ぎる人々に勝手に名前をつけて遊び始め、彼らの人生まで決める遊びに興じていた。


例えばくたびれたスーツを着てるサラリーマンは「これから家に帰って自殺」とか、


男連れの女は「二股を掛けていて三ヵ月後に男に刺される」とか


そんな幼稚以下の遊びだった。


「ねぇ、遊ばない?」


その声が聞こえたのはそんな遊びを始めて数分後だった。


店内を見渡すと大学生ぐらいの女の子の横にストリート系の男が座ってナンパをしていた。


彼女からシャーペンとレポートを取り上げ、


すばやく彼女の鞄に詰めて手を引っ張って外に連れ出そうとしていた。


僕と谷口は良くある風景と認識して我関せずを決め込んだ。


普段ならあんな奴、2秒でぶっ飛ばすがなんせ僕たちはテストを終えて無気力だった。


何よりも女の子が可愛くなかったと言うのが大きく、どうしても助ける気にはなれなかった。


だからまた僕たちは窓の外に目を移した時、「やめなよ」と声がした。


さっきまで読書をしていた男がストリート系の男と


大学生ぐらいの女の子の間に割って入っていた。


あぁ、なんて正義感のある男なのだろう?


それとも馬鹿なのだろうか?


「んだよ。失せろ、眼鏡」


当時の僕の環境ではこの手の会話はよくある会話でさしも珍しくは無かった。


読書をしてた男とストリート男の会話を聞きながら僕は谷口に尋ねた。


「チンピラ代表の谷口、どうですか? 読書男の台詞は?」


「最悪だな、5点。お前の答案用紙より低い点数だよ」


そう言われたが、お前に言われたくないと思った。


「その理由は?」


「確かに正論だけど相手にしてみれば解かってやってんだから『ばか』って言われたも同然。


俺だったら無言で止めに入った奴を砂にして埋めるけどな。


それで女の方もビビるだろ? そう言った意味じゃ、ストリート系の兄ちゃんは紳士だな」


ムカついたら殴っても良いと言う考えが大多数を占める不良業界で


紳士も糞も無い気がするが、彼に言わせれば紳士らしい。


しかし、読書の男は怯まずストリート系の男の腕を掴み、女の子の腕を引き剥がした。


「触んな」


「やめろよ」


案の定、すぐさまストリート系の男が手を出し、読書の男の方の眼鏡が床に転がった。


そのまま、蹴り上げられ「うっ」と言う呻き声が有線に混じって聞こえる。


ここは二階なので店員はいない。滅多に店員が二階に来ることは無いのだ。


しきりに女の子が僕たちの方を見てくる。


だから、しょうがないと思って僕は腰を上げた。


その時、谷口が僕に飲み掛けのコーヒーを渡した。


追加注文したての熱いコーヒー。ニヤニヤしながら僕に差し出し、


目には「解かってるだろ?」という意味が含まれていた。


言っておくが僕は平和主義なんて糞食らえだ。そんな事はありえない。


絶えず争いがおき、弱い者が淘汰されていくのが自然だ。人間は生態系に入る。


地球と言う星が生きていると言うのなら、


その上で暮らす人間が生態系に入るかは入らないかなんて考えるのすら馬鹿らしい。


それに興奮してる男に「やめなよ」と言うのは、


読書の男の台詞以下の点数を叩き出してしまう。


喧嘩をしてる最中に割って入る方法はさらに喧嘩を吹っかけて


暴力で解決するのが一番手っ取り早い。


紙コップに入った熱いコーヒーを持ち、僕は男に近寄る。


僕の接近に気づいたストリート系の男が「なんだよ?」と言った瞬間に


コーヒーを顔面に掛けてやった。


人は必ず顔を守る。そしてそれを手で押さえ、視界を遮ってしまう。


さらには熱いコーヒーだ。


そうそう痛みと熱さは引かない。別にコーヒーじゃなくても良い。


火の付いたタバコだってこのやり方は効果的だ。


ただ、僕の煙草はまだ半分ほど残っていた。


人生と同じで、途中で投げ出すわけには行かない。


声を上げて顔を手で押さえたら、後は空いた腹に蹴りを入れてやるだけ。


さらに転がった処で腹にも数発蹴りをぶち込む。


最後は髪の毛を掴んで、階段まで引っ張って行き転がす。それで終わり。


席に戻った僕に谷口が言う。


「さすがチンピラ!有無を言わさずの攻撃はさすがだね、


まさに鬼だよ。非道、外道、畜生だね」


散々言われた。挙句に「あそこまでは俺にも出来無いよ」と。


さっき「俺だったら無言で止めに入った奴を砂にして埋めるけどな」と言っていた癖にだ。


谷口にグダグダ言われていると女の子と読書をしていた男がやって来て、


お礼を言ってくれた。


「大した事じゃないよ」


そう言ってサラッとかわす僕。


ニヤニヤしながら谷口が「今度はお前が誘えば?」と言った。


「そしたら今度はお前が止めに入るんだろ?」と冗談で返してやった。


そんな12月のある日。


まだまだ僕たちは自分の両手でなにが出来るのは知らなかった。


多くを求めすぎていたことに気付くのはずっと先だった。


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