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盤上恋遊戯  作者: 晶
1/1

全ての始まり

 いまどき蔵の整理って……

 溜息をつきながら桃園絵里ももぞのえりは箱のふたを開けては中身を確認、横にどけるという作業を繰り返していた。

 運動は苦手で、体力の自信もない。なのに、蔵の整理という仕事を押し付けられ、絵里は疲れ果てていた。

 でもこれで終わりかな……っと。

 床に残っている、染みが付いた木箱。

 厚みはそんなになく、持ち上げてみると少し重い。

 試しに揺すってみると、何かがぶつかり合う音。

 絵里は今までの様に、木箱を下に置きふたを取ってみた。

「何、これ?」

 中には、碁盤の様に線がひかれた古臭い石板が入っていた。木箱と同じく、染みなのか所々汚れている。

 残された箱を覗いてみると、同じように石で出来ていると思われる灰色で大きな、人生ゲームで使うような駒が転がっていた。

 ……何だろう。すごろく?でも石板には何も書いてないし、第一、サイコロになるものが無い。じゃあオセロとか碁みたいな? いや、駒が四つしかないのに無理だ。

 色々想像してみるが、これといったものが浮かばない。

 体力もないのに、これ以上頭を使ってどうするか。

 絵里は考えるのをやめ、片付けようとふたを手に取った。

「いたっ……!」

 チクリとした痛み。

 ふたのどこかがささくれていたのだろう。絵里の指に血がにじんだ。

「もう、最悪……」

 血はみるみる玉になり、絵里が舐め取る前にぽたりと石板の上に落ちた。

 その瞬間、石板が光り輝きだした。

「え? 何!?」

 光はだんだん強くなり、絵里は目を開けていられずに閉じる。

 それでも瞼を貫くように輝く石板。

 やがてその光は収まった。

 絵里はゆっくりと目を開けてみる。

「えっ……!」

 その目は驚きに見開かれた。

 染みが付き古ぼけていた石板。

 その石板は、今や新品の様になっていたのだ。

 つやつやとし、絵里の顔が映るのではないかと思うほど滑らかな面。

 駒も、赤、青、緑、黒と色が付いている。

「どうして……?」

 不思議な現象に、絵里は頭をひねる。

 私の見間違いだった? いや、石板は確かに汚れてた。駒も……

 その時、蔵の外から烏の鳴き声が聞こえてきた。

 えっ? もう夕方!?

 絵里は慌ててふたを閉め、木箱を仕舞い込もうとした。

 しかし、何か気にかかる。

 何か心に引っかかるというか、心を引っ張られるような感覚に襲われ、絵里は石板の入った木箱を手に、蔵を出て行った。


 その夜、絵里は夢を見た。

 夢の中の絵里の周りには、美しい獣たちが控えていた。

 絵里の前には黒い甲羅を持つ亀。その甲羅には灰色をした蛇が巻き付いている。

 右側には青い龍。動くたびに鱗が光を反射し、青のグラデーションを作っている。

 左には白い虎。首に玉飾りを付けた虎は、凛と背を伸ばして座っている。

 そして後ろに赤い鳥。炎に包まれているような真っ赤な羽を広げ、絵里を見下ろしている。

 夢の中の絵里がすっと手を伸ばした。

 すると四頭の獣たちがそれに従うように前進する。

 また手を動かすと、獣たちは止まる。

 止まった先、そこに黒い霧のようなものが立ち込め始めた。

 その霧は何かの形を作っていき、やがて黒い影になり……

 かっと絵里は目を開いた。

 カーテンの隙間から零れる光。微かに聞こえる鳥のさえずり。

「夢……?」

 絵里は目をこすりながら枕もとの時計を見た。

「……あーっ!遅刻っ!!」

 針は、いつもの時間より十五分ほど進んでいる。

 夢の事など頭から放り出し、絵里は慌てて通学の準備を始めた。

「よしっ! 後は間に合う事を祈るのみっ!!」

 勢いよくドアを閉め、絵里はバタバタと転げそうになりながら階段を下りて行った。

 閉められた部屋。

 いつの間にか、石板と駒が絵里の机の上に置かれていた。

 石板の上の一マスに黒い靄が立ち込める。すると、四つの駒がそれぞれの色に光を放ち始めた。そしてふわりと浮き上がり、音もなく盤上に乗る。

 それは、絵里が夢に見た配置ととてもよく似ていた。


「絵里が遅刻寸前なんて珍しいね」

 息を切らせて教室に駆け込んだ絵里を見て、隣の席で友人の桜が目を見張った。

「そ、そうなのよ……ちょっと夢見が……」

 机の横に鞄を掛けながら絵里は息を整える。

「夢ってあんた……子供みたい」

「だってなんだか不思議な夢だったんだもん」

 クスクス笑う桜を横目で睨みながら、口を尖らせる。

 そう、本当に美しかった。美しいのだけれど、どこか緊張感も感じさせる夢だった。

 私に全てが任されているような……でも、もう一度見たい。あの獣達を。もう一度逢いたい……

「え?」

 思わず声に出してしまう。

『逢いたい』?『見たい』なら分かるけど、虎とかいたし『逢いたい』なんて……

「絵里、絵里ってば」

 桜がシャーペンで絵里の机をつつく。

 その音とひそっとした声で我に返ると、教壇の上にいる担任と目が合った。

「桃園。何回目で気づいてくれるかと思ったよ」

 片眉を跳ね上げ、担任は口元を引きつらせている。どうやらずっと呼ばれていたらしい。

 絵里は慌てて「はいっ!」と返事をした。

 周りのクラスメイトからクスクスという笑いが起こる。それに頬を赤らめながら肩をすくめる。

「罰として……って言いたいところだが、お前、図書委員だったよな。ちょっと資料を取ってきて欲しいんだ」

「はぁ……分かりました」

 担任から渡されたメモを手に図書室へ向かう。

 と言っても、資料があるのは図書室のさらに奥、貴重な資料が収められている資料室である。

 常に薄暗く人気のないこの場所は、昔から七不思議のひとつに数えられたりしてした。

 うう……朝だけど嫌だなぁ。

 司書に声をかけ、教師のメモを見せる。それを見た司書は、資料室の扉の鍵を開けてくれた。

「帰るときにまた声をかけてね」

 そしてそれだけ言うと、また椅子に戻ってパソコンをいじり始める。

「はぁ……」

 開かれた扉を前に、絵里の口から自然と溜息がこぼれる。

 いつもより暗く感じる。流れてくる空気も、かび臭いのはいつもの事だが、今はどこか冷たさが加わっているようだ。

 それでも資料は取ってこなければならない。

 絵里はすぅっと息を吸うと、きゅっと唇を結び中に足を踏み入れた。

 その時である。

 明らかに肌が感じた。資料室内の変化を。

 一気に明度が落ち、悪寒が走る。

 すると、開けられていた扉がひとりでに閉まった。

「えっ!?」

 慌てて開けようとするも、扉はびくとも動かない。

 だって、鍵、開いてるよね!?

 絵里はパニックになり、叩いたり引いたりしてみるがびくともしない。

「すみませんっ! 先生! 開けてくださいっ!」

 司書に助けを求めてみるが、聞こえないのか誰も来る気配がない。

「うそ……」

 閉じ込められた? 誰に? どうして?

 鍵は司書しか持っていない。

 貴重な資料があるので、日焼けを防ぐためにここには窓はない。

「誰か……っ!!」

 その時、室内の空気が動いた。

 背後、資料室の真ん中あたりに突如として人の気配。

 絵里は扉を叩く手を止め、恐る恐る首を背後にめぐらす。

 さっきまで何もなかったのに……

 ゆっくり動く視界。その端に黒い霧のようなものが入った。恐怖に襲われるが、首は絵里の意思に反し動き続ける。

 黒い霧が視界の中心に入る。

 それは絵里が見つめる前で、だんだんと形をとっていった。

 人……?

 最初に手が出来た。

 しかしその手の指は異常に長い。いや、指かと思われたのは、長く伸ばされた爪である。骨ばった指と同じぐらいに伸ばされた爪。その先端は鋭く尖っている。

 そして肩ができ、首ができ、肋骨が浮き出た腹部、皮と骨だけのような細い足。

 最後に、頭部が形作られる。

「ひっ……!?」

 思わず絵里は息を呑んだ。

 頭部は、人間の形をしていなかった。

 耳まで大きく裂けた口からは、黄ばんだ鋭い歯が覗き、目は猫のよう。髪の代わりにごわごわとした灰色の毛が生え、狼のような耳をピンと立てている。

 まさに異形。

 絵里はあまりの恐怖に喉が強張り、悲鳴さえ出せなかった。

 ただ目を見開いて異形を見つめるしかない。

 しかし頭の中では、思考が嵐のように吹き荒れていた。

 何?あれは何なの? 演劇部の衣装? でもさっきまで確かに私しかいなかった。

 異形と目が合う。

 すると、猫のような目がにんまりと歪んだ。

 ゆっくりとした動作で異形が足を出す。

 絵里は扉に背を預けたまま、ずるずると座り込むしかできない。

 目の前に異形が立つ。

 生臭い獣臭が絵里の鼻をつき、荒々しい息遣いが耳に入り込む。

 異形がゆっくりと片手を上げた。

 やられるっ!

 とっさに絵里は横に飛び込む。

 先ほどまで絵里がいた場所に、鋭い爪あとが刻まれた。

 な、何で?どうして私が殺されそうにならないといけないの!?

 恐怖で絵里の腰は抜け、床に寝そべる形で異形を見上げるしかできない。

 誰か……

 異形が絵里のほうに向き直り、再び手を振り上げる。

「誰か……助けてーっ!!」

 目をぎゅっと閉じ、絵里は声に出して叫んでいた。

 その時である。

 扉が荒々しく蹴破られたかと思うと、ゴォッという音とともに熱風が舞い込んできた。

 思わず両手で顔を庇う絵里。

 その耳に、異形の甲高い悲鳴が飛び込む。

「指示通り助けに来てやったぜ、マスター」

 そして男子の声。

 絵里はゆっくりと腕を下した。

 そこには、絵里を庇うようにして異形の前に立つ男子がいた。

 紅い紙をしたその男子は、異形を睨みつけたまま絵里に話しかけてくる。

「マスター、次の指示をくれよ。あいつをどうしたい?」

 マスター? え? 誰?

 第三者の登場に、絵里は再びパニックになる。

 それを悟ったのか、紅い髪の男子はくるりと振り返りしゃがみ込んだ。そして絵里の手を取ると、西洋の騎士のように手の甲に口付けた。

「俺様はマスターの指示がないとあいつを倒せないんだ。じゃあ、どうすればいいか分かるよな?」

 手を取ったまま、男子は上目遣いで絵里を見つめる。男子の耳に付けられている金のピアスがきらりと光る。

「う……あ、あれを倒して……下さい」

 恐怖ではない胸の高鳴りを感じながら、絵里は男子にそう言った。すると男子は一つ頷くと、口元に笑みを浮かべ腰を上げる。

「さぁ~て、久し振りに燃えますか」

 男子の両手が赤く輝く。いや、輝いているのではなく燃えていた。炎を両手にまとい、男子は振り返りざま異形に殴りかかる。

 異形も負けじと長い爪を振り回すが、男子はひらりとそれをかわし殴りつけていく。

 異形の肌が焦げる不快な臭いが立ち込め始めるが、それも気にせず、男子は楽しそうに笑みを浮かべたまま戦い続けている。

 その攻防が数分続いた。が、

「あ~お前、なんかつまんないわ。終わりにしようぜ」

 そう言って、男子が右手を前に出し何かを掴むように拳を握った。すると、両手にまとっていた炎がつるぎの形をとり男子の右手に収まる。

「あれ? こんなヤツだったっけ? ま、いいや。じゃ、俺様の剣でイッちゃいな!!」

 飛び掛かる異形。その胸に、少しの躊躇いもなく剣を突き刺した。

「ギィィィィァァァァッ!!」

 耳をつんざく甲高い悲鳴。

 しかしそれも一瞬のことで、異形の体は塵になり飛散した。

 後に残るは不快な匂いと、息ひとつ乱していない男子。

「あ、ありがとう……ございます」

 絵里は鼻を押さえながらなんとか立ち上がった。

 何が何だか分からないが、助かったということだけは理解できる。

「えと……名前を……」

「あ~くっせぇ!!」

「へ?」

 紅い髪の男子はいきなりそう言うと、絵里を無視して壊された扉から顔を出し深呼吸を始めた。

「密室で物を燃やせばそうなります。そんな事も分らないのですか?」

 違う男子の声がしたかと思うと、室内に風が吹き込んできた。

 その風は、満ちていた不快な臭いを全て取り去っていく。

「密室じゃないぜ。扉は開いてただろ?」

「『開いていた』ではなく、『壊されていた』ですがね」

 そう言いながら、紅い髪の男子を押しのけるようにして入ってきた人物。

 その男子は、真っ白な髪を腰のあたりまで伸ばしていた。そして掛けている眼鏡を指で押し上げると、絵里に目を向ける。

「大丈夫でしたか? 我がマスター」

「は、はぁ……」

 一体この人たちは何だろう。紅い髪に白い長髪とか、全校集会でも見たことがない。

「朱雀に白虎。マスターが困ってますよ~」

 のんびりとした声が続いて入ってきた。

 彼は普通の黒髪で、人懐っこそうな笑顔を浮かべている。

 黒髪の男子は絵里の前まで歩み寄ると、おもむろに手を伸ばし絵里の頬をすっと撫でた。

「ひゃっ!?」

「ああ、驚かせてしましましたか~。いえ、黒くなっていたもので」

 撫でた指には、先ほどの異形の塵だろうか黒い粒子が付いている。

「あ、ありがとうございます」

「いえいえ。さて、こんな薄暗い所で話すのもなんですから、外に出ませんか?」

 にっこり微笑まれ、絵里は疑問を口にするよりも頷いていた。


 資料室の外には、意外にももう一人男子がいた。

 こちらは青い髪でおかっぱである。しかし絵里を見てもペコリと頭を下げるだけで、何も言わない。

 そして不思議な事に、絵里たちが資料室の外に出るや、蹴破られていた扉は一瞬で元の形に戻っていた。

「!?」

 驚きで声が出ず、ただ眼を見開くばかりの絵里に白髪の男子が口を開く。

「今更何を驚いているのですか? それぐらいで驚かれていてはマスターとして……」

「はいはい、今回のマスターは女性で、しかもまだ幼いですから。ではマスター、説明いたしましょうかね~」

「はぁ……なんか色々言いたい事もあって混乱してますけど……」

 質問より、まずは相手の話を聴く方が先だと思い、絵里は大人しく説明を聴く体勢をとる。

 最初に、黒髪男子がすっと前に一歩進み出た。

「ではまず自己紹介から。私は玄武と申します。え~と、中国では北を守護する神獣として……」

「そこはいらない説明だ。説明は要点を押さえて簡潔に。私は白虎だ」

 玄武を押しのけ、白髪眼鏡男子が口を開く。本当に簡潔で、それだけ言うとすっと下がる。

「俺は朱雀! 覚えてくれよな、マスター。なんなら体で覚えさせてやっても……痛っ!!」

 絵里の手を取ろうと朱雀が伸ばした手に、青髪男子が手刀を放つ。

 痛がる朱雀をよそに、青髪男子は淡々と口を開いた。

「青龍。よろしく」

「この……青ガッパ~!!」

 朱雀の拳に炎が宿る。それを見ても青龍は無表情のまま、すっと右手を伸ばした。

 その右手にどこから現れたのか、水がまとわりついていく。やがてその水は槍の穂先に似た形状をとっていき……

「この馬鹿者どもっ!」

 戦闘を始めようと構える二人の頭に、それぞれ分厚い辞典が落ちる。

「いってぇ~!!」

「……痛い」

 顔をしかめる二人をよそに、白虎が話の軌道を戻すように絵里の前に進み出た。

「私たちは貴女の血によって目覚めました。ですからマスター、ご指示を」

「え? 指示って言ったって……何をどうすれば……」

 絵里は困惑のあまり、視線を誰に向ければいいのか分からずおろおろしてしまう。

「白虎、その説明は簡潔すぎてかえって分からなくなってますよ」

 玄武が苦笑する。

 絵里から見ると、この玄武だけがまともに会話が出来そうである。

「えと、玄武さん? 何がどうなっているのか教えて下さい」

「はい、マスター。私たちは駒なのです」

 柔らかな笑みを浮かべ、玄武は説明を始めた。


「私たちは貴女の血によって目覚めました。覚えていますか?あの、石で出来た遊戯盤。私たちはあの駒なのです……」

 どうやら、あの石板は陣取り合戦的な遊びが出来る遊戯盤なのだそうだ。しかし普通の遊戯盤とは大きく違い、使用者――マスターと呼ぶらしい――の血によってゲームが始まる。しかも遊戯盤上ではなく、現実で陣取り合戦が始まるというのだ。

 そして彼ら四人がマスターの扱える駒だという。

「え~と、昔映画であった、ボードゲームの内容が現実にって事よね? で、対戦相手って……」

「敵は先ほどのような妖です。敵もまた、マスターの血によって目覚めてしまいましたからね」

 絵里は異形の姿を思い出し、思わず両腕で自身を抱きしめる。

「ねぇ、もし、もし負けちゃったらどうなるの?」

「負けるとですね、私たちは壊れ、日本が異形に占領されちゃいますねぇ~」

 玄武は笑顔のままで、しかも危機感を感じさせることもなくおっとりと言う。

「だからマスターの指示が重要になってくるのだ」

 白虎が苦虫を噛み潰したような表情で口を開く。どうやら絵里に対して不安要素があるらしい。

「何で私が……」

「マスターの血で目が覚めたんだから仕方ねーじゃん。それに、敵を全部倒さねーと俺たち、休めねーし」

 まだ痛むのか、頭をさすりながら朱雀が唇を尖らせる。

「でも私……っ!」

 自分の意志で血を付けたんじゃないのに。

「目覚めさせてしまったんだから、諦めて」

 青龍が無表情のままポツリと呟く。

「……これは夢よ。今朝の夢の続きなんだわ。目が覚めたら多分授業中で……」

 絵里は強く目を閉じ、再びカッと見開いてみた。しかし場所は変わらず、目の前には四人の男子がいる。

「……マスター。今が現実だっての」

 溜息を吐き出し、朱雀が絵里の手を取りぎゅっと握る。筋張って男らしい手。

「心配すんな。俺たちがマスターの事、守ってやるってんだから」

「そう。指示だけ出してくれればいい」

「マスターの戦略に期待している」

「貴女をお守りいたしますからねぇ~」

 四人はそれぞれそう言うと、絵里の前にざっと膝をつき、頭を下げた。その光景はまるで、王女とそれを守る騎士のよう。

『我がマスター、私たちは貴女を命がけでお守りいたします』

「そ、そんな事言われても……」

 絵里の頭は再びパニックになる。

 先ほどしてくれた説明もちゃんと理解しきれていないのに……

「わ、私には荷が重すぎます~っ!!」

 かしずく四人に背を向けると、絵里は猛ダッシュで図書室から走り出て行った。


 な、何なの!?「マスター」?「遊戯盤」? は? 何それ?

 頭の中で「?」が乱舞する。

「ど、どうしたの? 絵里?」

 息を切らせて戻ってきた絵里を見て、桜は困惑した表情を見せた。

 確かにそうだ。資料も取ってきておらず、なのに肩で息をしているのだから。

「べ、別になんでもない……」

 そう言いながら絵里は自分の席に着き……そこで教室内の違和感に気づいた。

 先ほどよりも教室内が狭くなっているように感じたのだ。

「絵里?」

 座るでもなく教室内を見まわす絵里に、桜は眉を寄せる。

「桜……何かさっきより教室、変じゃない?」

「変?」

 絵里と同じようにぐるりと教室内を見渡した桜は、「ああ」と手を打った。

「そうそう、絵里が資料室に行ってる間に、机が増えたんだよ」

 そう言われてみれば、机が増えている。教室が狭くなったと感じたのはそのせいであった。

 誰も座っていない、綺麗な机が四つ……四つ?

「何でいきなり四つも増えたの?」

 言い知れぬ不安が、絵里の胸中を満たしていく。

「何か転校生が来るって。でも一気に四人とか珍しいよね~」

「……いつから来るの?」

「本当は朝からだったらしいんだけど、何か急用で遅れるって」

 不安が、嫌な予感へとシフトしていく。

「桃園~! お前、資料はどうした!? ……ってまぁ今はそれよりも……」

 担任が教室に入ってきた。そして後ろを振り返り、何かを話している。

「遅れてきた転校生だ。お前ら、自己紹介してくれ」

 そう促され教室内に入ってきたのは……

「ちゃーっす! 鳳翔おおとりしょうで~っす! 好きなものは可愛い女の子!」

「………蒼磨龍一そうまりゅういち。……よろしく」

西園寺虎鉄さいおんじこてつだ。馬鹿は嫌いだ」

黒鐘北斗くろがねほくとです~。好きなものは温かいお茶と~団子と~え~と……」

 絵里の目は、絵に描いたように点になっていた。

「あ、マスター。これからはいつも近くでお守りいたしますからね~」

 そんな絵里に気づいた玄武――北斗がにっこりと微笑む。

「守る? 絵里、知り合い?」

 桜の視線……いや、クラス中の視線が絵里に向けられた。

「な、何で夢じゃないの~!?」

 教室中に、絵里の悲鳴が響き渡った。


 かくして遊戯は始まった。

 全てはマスターの為に。

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