鳥VS移住者
ある鳥達が、温暖な南の孤島に住んでいた。その島には哺乳類は住んでおらず、大型の爬虫類も生息していない。つまり、その鳥たちを脅かす外敵は存在しなかった。
そのうえ、島は彼らの食料となる植物が豊富で、食べ物に困ることは一切なかった。繁殖能力はというと、年に一つだけ卵を生む程度であり、増えすぎる心配も、またなかった。
この南の孤島は、その鳥達の楽園だった。そう、別の生物がこの島に侵入してくるまでは。
ある日、二足歩行をする哺乳類、いわゆる人間が島に上陸してきた。鳥たちは、その哺乳類に興味を持ち、物怖じせずに近づいた。生存競争にさらされていないため、警戒心というものを持ちあわせていなかった。
人間に一番近づいていた鳥が捕まり、人間達が島へ入るときに使った、大きな船の中へ連れていかれ、そのまま船のコックの元へと届けられた。
鳥は乱暴にまな板のうえに置かれると、まず首を落とされた。脊髄反射で足の筋肉が一瞬で伸縮した。頭がなくなった鳥の体は船の外へ出され、足をロープで繋ぎ、宙ぶらりんにぶら下げられた。地面には大きな、黒いシミができた。その時、ようやく鳥たちは、自分たちに外敵ができたことを理解した。
食料の備蓄を気にしていたコックは、船員に十匹ほど鳥を捕まえてくるように指示した。この哺乳類が外敵であると理解した鳥たちは、この人間から懸命に逃げた。だが、彼らは今まで、何かから逃げる事がなかったため、空を飛ぶための羽は退化し、地面を駆ける足は細くなっていた。あっさりと船員達に捕まった。
一つ、鳥たちにとって幸運な事があった。それは、人間達が鳥達の肉を好まなかった事である。競争もなく、堕落して生きてきた鳥たちの肉は脂肪だらけになっており、油くさくて、とてもではないが美味しいものとは言えなかった。自らの味の悪さに、鳥たちはひとまず助けられた。
しかし、災難は続いた。今度は船に紛れ込んでいたネズミが彼らを襲ったのだ。大人の鳥たちはネズミに脅かされることはなかったが、この小さい外敵はヒナとたまごを執拗に狙った。
彼らは卵を産み、ヒナを育てるための巣を地上に作っていたため、あっと言う間に卵とヒナは食い荒らされた。だが、全てが食い荒らされたわけではない。仲間が人間に連れ去られる所を見た一匹の鳥が、人間たちに警戒し、巣を木の上に置いていたのだ。
それを見た仲間の鳥たちも、それをこぞって真似した。稀に木の上にまで登ってきてヒナと卵を狙うネズミもいたが、そういったネズミはくちばしでつつき殺した。彼らは、自らを守るということを学んだ。
彼らがネズミ達との闘争に慣れてきた頃、人間が新しい敵を島に持ち込んできた。犬とブタである。ブタは鈍重であるが、ひたすらに貪欲で腐肉だろうがウジだろうがなんでも食べた。当然、彼らの食料をどこまでも食べた。島に生えていた植物はブタ達にとってもごちそうであり、彼らは飢えを知ることになった。
犬は彼らにとって最大の敵と言っても差し支えない存在だった。俊敏な動きに、統率されたチームワーク。そのうえ鳥たちをひと噛みで殺せる顎と牙を持っていた。
犬に狩られ、犬からなんとか逃げ出したとしても、傷ついて弱っているところを飢えたブタに食われる。もしくはネズミたちにたかられて死んでしまう。そのような事がひたすら続いた。
五年ほど経つと、彼らは人間たちが島に上陸した時の、十分の一ほどに数を減らしていた。
彼ら自体の生体も大きく変わっていた。
まず、食糧事情が悪いため、食性が変わり、雑食となった。卵を守るために使われていたくちばしは、ネズミを食い殺すためのくちばしとなり、ひと突きでネズミを殺す鋭さを得た。
次に、犬たちから逃げ回っていたうちに、素早く逃げるための足ができた。また、犬のチームワークを学習し、効率的に逃げるため、協力する事を覚えた。
人間たちが家を作る所を見て、巣を強固にする事も覚えた。卵とヒナを入れるだけだった丸い巣が、彼らを十匹ほど収納できる大きな巣となった。
残念ながら、繁殖能力は変わらなかった。しかし、その分、個々を大事にする意思が生まれた。
巣が大きくなり、共同生活をするようになった影響か、彼らはグループで活動するようになった。ネズミを狩る時も、犬から逃げる時も集団の方が効率が良いと気づいたのも原因の一つだった。
ある日、あるグループに所属する鳥の一匹が犬に傷つけられたものの、命からがら逃げ出すことに成功した。しかし、瀕死の鳥をブタが噛み殺さんと近づいてきた。グループの仲間達はそれを発見すると、すぐさまブタに襲いかかった。日頃ネズミばかりを突いていたくちばしで懸命にブタを殺さんと果敢に戦い、五分ほどの激闘の後、ブタを殺すことに成功した。グループのうち、一匹の鳥がブタの死体をついばみ、その肉を食べてみた。美味だった。
その情報は、あっという間に彼らの間で共有される事となった。ブタを狩るためのノウハウもすぐに身についた。狩りのお手本は犬たちが何度も見せてくれていた。
だが、その狩りも長く続かなかった。彼らがブタを狩っている事に気づいた人間たちがブタの見張りをするようになったのだ。人間たちは思い思いの武器を持ち、防具を装備し、鳥たちを見かけたらすぐさま殺そうしてきた。ためしに一つのグループが人間に歯向かってみたが、直ぐ様返り討ちにあった。鉄の防具の前ではクチバシは役に立たなかったのだ。なんとか逃げた一匹を除いて、そのグループは人間によってバラバラに切り刻まれ、ブタのエサにされてしまった。
鳥達は人間たちの強さを再認識した。そして、今までそうしてきたように、その強さを学び取ろうとした。幸い、今までも巣を作っていたため、多少の細工ならする事ができた。彼らはまず防具を作った。そこら中に落ちている手頃な大きさの木の枝をツルで縛り、自らの体にかけた。鳥たちは、これで人間に勝てると、意気揚々とブタを狩りに行った。
結果から言えば、またもや一匹を残して皆殺しにされた。人間たちが使う武器は鉄であり、彼らの防具は所詮木材であった。彼らの防具は簡単に貫かれ、中の肉を裂いた。
二十匹ほどの味方を失ったことにより、鳥達は人間に勝つ事を一旦諦めることにした。ブタを食べない代わりに、凄まじい繁殖能力を持つネズミ狩りに精を出した。この頃になると、犬に襲われることも少なくなっていた。犬が、彼らの持つクチバシを恐れ始めたからだ。
それから数年経った。鳥たちの体は数年前よりも大きく、より筋肉質になっていた。そして、体を守るために、皮膚が硬質化し始めていた。
犬たちとの縄張り争いによる生存競争、それにネズミという良質なタンパク質に恵まれた結果だった。
犬は最早天敵ではなかった。卵やヒナは、巣の改良により最早食べられることはありえない。
巣で子供たちを守る手間が減った分、彼らは犬との縄張り争いに精を出し、その結果、犬達の活動範囲を着実に減らしていた。
だが、彼らの生息範囲、活動範囲が増えたというわけではなかった。人間たちが増え、彼らの生息範囲を狭めているのが原因だった。
また、数年経った。犬の牙は最早彼らの皮膚に通らなくなっていた。犬は人間に飼われているものだけとなり、野生化した犬は、彼らによって駆逐された。
彼らが急速に活動範囲を広げ、犬を駆逐したのにはひとつの理由があった。それは、食事量の増加である。日増しに増量していく筋肉と、日増しに固くなってゆく皮膚に連動し、彼らの食事量も増えていったため、今までの活動範囲では食料を賄いきれなくなっていた。彼らはまた豚たちを襲う事を決心した。
森の中に五匹ほどブタが放されているのを、鳥達は見つけた。その近くでは鉄の槍と鉄製の防具を装備した人間が目を光らせている。まず、一匹の鳥が人間の前に飛び出した。喉から大きな威嚇音を出し、人間の注意を惹きつける。人間が槍を構えながら、じりじりと鳥との距離を詰める。
緊迫した空気が流れていた。いくら鳥たちの皮膚が硬質化しているとはいえ、鉄の槍で突かれたら簡単に貫かれるだろう。人間が後一歩踏み出せば、囮の鳥に槍が届く位置まで近づいていた。
人間が槍を、勢い良くまっすぐ前に突いた。囮の鳥は羽を何枚か散らしたが、すんでの所で避けることに成功した。だが、バランスを崩してしまっている。人間がまた槍を突こうとした時、樹上から別の鳥が、人間の目玉を狙って落ちてきた。
目玉に大きな穴が空き、中からドロッとした液体が流れ落ちた。人間は大きくひるんだ。そして、ひるんだ敵を放っておく鳥たちではなかった。この日、このグループはブタ五匹分の肉を手に入れることに成功した。
一つ人間達にとって不幸な事がある。それは、鳥達にとって人間の肉が美味だったことである。