好きに生きる 作:ジョシュア
好きに生きる、とは何なのだろう。
二十四時間後に世界が滅ぶ……、そう言われたときに「好きに生きる」と人は言った。
その好きとはなんだ、と問う。
ありのままに過ごすというのも存外に難しいものだ。
理由は簡単だ。すべての箍を僕たちは外したことがない。
法を、規則を、日常を、僕らは外れたことがない。
世界が滅びる。そんな現実味のないリアリティーが、僕らを飲み込もうとしている。
いや、実際のところ、実感がないのだ。世界の崩壊が間近に迫っていると言われたりしても、それは道を歩いていて車が迫ってくるようなものではない。
目の前にない凶器は恐くないのだ。
自分の中にある狂気も、恐くないのだ。
だからわからなかった。法や規則から解放されたと言った妻のことも、わかりやしなかった。
僕は世間的に見て、いい人だという自覚がある。率先して悪事を働こうとは思わないし、かと言って法に則って誰かを貶めようだとか、思ったこともない。
父はいつか言っていた。「犯罪という行為は、効率的ではないから誰もしない」と。
それは正しいのだと思うけど、じゃあ犯罪が効率的だと思えばするのだろうか。社会的な批判とか、そんなものが明日にはなくなるとすれば、するのだろうか。
いいや、しないんだと思う。少なくとも僕は、急にそういうことはできない。
「そうだ」
僕はタンスを開けた。中にあったのはギターだった。
高校進学のときにハマって、飽きたもの。このギターは父のお下がりだったから捨てることができなかった。
久しぶりに構えたギターは、こんなに重かったっけと思わせた。
試しに弾いてみる。音が変だ。しばらく使ってないから、弦が緩い。
もう一度、弾く。弦を締めて、もう一度。その繰り返しを続ける。
ようやく納得した頃、僕は物足りなくなっていた。本棚の中から、楽譜を取り出す。
「こんな曲、好きだったなあ」
昔、聞いていたJ-POP。高校のときに流行っていた曲だ。そして僕が、弾きたいと思った曲。
あのときはどれくらい弾けてたんだろう、そう思って、試しに弾いてみる。全然覚えていない。
原曲を聞いて、どうにかして思い出す。指が追いつかない。コードもいくらか忘れてしまっている。
ため息をつく。そしてゆっくり、弾いていく。一音一音しっかり。
……どうせ世界が終わってしまうなら、若くて元気だったあの頃がいい。
エネルギーがあって、活力があって、無邪気に笑っていた。
いつだってそうだ。このギターのように。チューニングして、弾き方を覚えて、一曲が出来るころに終わってしまう。
僕は不器用だから。いつだって、遅いんだ。効率的に、生きてけやしなかった。
遅いテンポで一曲終える。ふう、と一息。コーヒーでも淹れるか、と思い立ち上がる。
慣れないことをするのは疲れる。
もう二度とはしまい、そう思ってギターを睨みつける。
まったく、残り少ない時間を、ろくにできもしないことに費やすなんて、どうかしている。
世界崩壊まで、まだ時間はあった。