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スペシャルアンソロジー「明日、世界が滅亡します」  作者: 世界崩壊アンソロジー企画
9/22

好きに生きる 作:ジョシュア

 好きに生きる、とは何なのだろう。

 二十四時間後に世界が滅ぶ……、そう言われたときに「好きに生きる」と人は言った。

 その好きとはなんだ、と問う。

 ありのままに過ごすというのも存外に難しいものだ。

 理由は簡単だ。すべてのたがを僕たちは外したことがない。

 法を、規則を、日常を、僕らは外れたことがない。

 世界が滅びる。そんな現実味のないリアリティーが、僕らを飲み込もうとしている。

 いや、実際のところ、実感がないのだ。世界の崩壊が間近に迫っていると言われたりしても、それは道を歩いていて車が迫ってくるようなものではない。

 目の前にない凶器は恐くないのだ。

 自分の中にある狂気も、恐くないのだ。

 だからわからなかった。法や規則から解放されたと言った妻のことも、わかりやしなかった。

 僕は世間的に見て、いい人だという自覚がある。率先して悪事を働こうとは思わないし、かと言って法に則って誰かを貶めようだとか、思ったこともない。

 父はいつか言っていた。「犯罪という行為は、効率的ではないから誰もしない」と。

 それは正しいのだと思うけど、じゃあ犯罪が効率的だと思えばするのだろうか。社会的な批判とか、そんなものが明日にはなくなるとすれば、するのだろうか。

 いいや、しないんだと思う。少なくとも僕は、急にそういうことはできない。


「そうだ」


 僕はタンスを開けた。中にあったのはギターだった。

 高校進学のときにハマって、飽きたもの。このギターは父のお下がりだったから捨てることができなかった。

 久しぶりに構えたギターは、こんなに重かったっけと思わせた。

 試しに弾いてみる。音が変だ。しばらく使ってないから、弦が緩い。

 もう一度、弾く。弦を締めて、もう一度。その繰り返しを続ける。

 ようやく納得した頃、僕は物足りなくなっていた。本棚の中から、楽譜を取り出す。


「こんな曲、好きだったなあ」


 昔、聞いていたJ-POP。高校のときに流行っていた曲だ。そして僕が、弾きたいと思った曲。

 あのときはどれくらい弾けてたんだろう、そう思って、試しに弾いてみる。全然覚えていない。

 原曲を聞いて、どうにかして思い出す。指が追いつかない。コードもいくらか忘れてしまっている。

 ため息をつく。そしてゆっくり、弾いていく。一音一音しっかり。


 ……どうせ世界が終わってしまうなら、若くて元気だったあの頃がいい。

 エネルギーがあって、活力があって、無邪気に笑っていた。

 いつだってそうだ。このギターのように。チューニングして、弾き方を覚えて、一曲が出来るころに終わってしまう。

 僕は不器用だから。いつだって、遅いんだ。効率的に、生きてけやしなかった。


 遅いテンポで一曲終える。ふう、と一息。コーヒーでも淹れるか、と思い立ち上がる。

 慣れないことをするのは疲れる。

 もう二度とはしまい、そう思ってギターを睨みつける。

 まったく、残り少ない時間を、ろくにできもしないことに費やすなんて、どうかしている。


 世界崩壊まで、まだ時間はあった。

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