それでも俺は届けに行く 作:玉藻稲荷&土鍋ご飯
アナウンサーという仕事は、生放送だ。本番一分前に突然に原稿が変わるという事もよくある。
だが、この前代未聞の内容を読めというのか。顔を上げれば、ブースにいるはずのディレクターがカメラの横で真剣な顔をしてこちらを見詰めている。タイムキーパーが無情にも秒数をカウントし、私を促す。五、四、三、二、一……
『――こ、ここで、臨時ニュースをお伝えします』
『約二四時間後の明日朝八時ごろ、……地球はコアの崩壊と共に滅亡します』
『もう一度……繰り返します。明日朝八時ごろ、地球はコアの崩壊と共に滅亡します』
アナウンサー生活二十年。こんなに慌てた事は無かった。俺は自分で読み上げておきながら、未だに内容を飲み込めずにいる。
「お疲れさん」
ディレクターが声をかけてくるが、その憔悴した顔は一時間前にガハガハ笑っていたのが嘘の様だ。
「さっきの原稿……」
「あぁ……ガチだわあれは。間違えねぇ」
そう言って彼は、いつもの習慣で胸ポケットから煙草を出そうとした。しかし、禁煙中で煙草を持っていないのを思い出したのか、その手を頼りなく空中で遊ばせながら呟いた。
「どうしたもんかな。今日の事も考えられねぇわ」
その後の番組でも、局は当たり障りの無い出来事を集めたNEWSを流し、後はアニメやらヒーリング系の番組に差し替えた。俺はいつも通りに午前中で終わった仕事の後、さっさと家路についた。
電車の中も、妙に静かだった。誰もが飲み込めていないのだろう。毎日が当たり前に続き、ぼやきながらも明日はいい事があるだろうかと、寝て起きて、出ていく日々が繰り返されると思っていただろうから。と、メールが。
[ねえ、本当に明日で無くなっちゃうの?]
別れた妻からの久しぶりのメールに、肯定の返事を送ろうとして、俺は内容を変えた。
「久しぶり」
「ああ」
こんな日でも、いやこんな日だからか、有名テーマパーク近くのショッピング街は賑わっていた。そこの近くにあるホテルのカフェで、元妻と合流する。
「正直……来るとは思って無かった」
俺の言葉に、元妻は寂しげに笑いながらボソリと返す。
「最後だからね……」
半信半疑……いや、もう信じている顔だ。明日で世界が終わるというのを。運ばれて来た珈琲も湯気が消えてきた。カフェ内を忙しく動きまわるウェイター。こんな日でも通常通りに働いているスタッフは、凄いなと正直に思う。
「ねぇ……あなたは今……誰か連れ合いはいるの?」
「こんな寂しい男に付き合うやつはいないさ」
俺が肩をすくめるのを見てはにかむ様に笑う元妻。その笑い方が好きで、俺は傍にいて欲しかったんだよな。仕事が余りにも忙しくて、結婚した後にもすれ違いばかりで……。とそこへ突然の地震が。今日は小規模の地震が何度か発生していたが、今回のこれは一段と大きい。割れるカップ、飛び散る液体。叫び声が上がる中、俺は必死に元妻の方へ身体を投げ出すと、しっかりと抱き締める。
揺れは一分近く続き、床に固定されている以外の椅子や机は酷い有様だ。店員が必死に声かけをしながら、お客を見て回っている。俺は自分の手の中で震えている元妻に声をかける。
「すまなかった。もっとお前を見ていられていたら、ずっと一緒だったかもしれない」
その言葉に、またはにかむ様に笑った妻は、しっかりと俺の手を取る。
「じゃあ今からやり直しましょう。もう今日しか無いんだから」
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眠る彼女にキスをして、俺はホテルを出た。まだ暗い世界の中、俺は俺に出来る事をしにいく。
『おはようございます。七時のNEWSです』
いつもの様に、出来るだけいつもの様に、事実を伝える為に俺は声を出していく。そして、まもなく八時。スタジオ内も重苦しい気配に包まれる中、俺は大きく息を吐き出すとカメラに目線をしっかりと合わせ、これを聞いている人達に届く様に、思いを込めて声を紡ぐ。
『皆様、昨日の放送から約二十四時間が経過しました。世界が終わろうと、最期の瞬間まで、私達がここに生きていたという事を忘れないで下さい。私は、少なくとも私は幸せでありました』