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スペシャルアンソロジー「明日、世界が滅亡します」  作者: 世界崩壊アンソロジー企画
6/22

その返事は終わりの音と共に 作:零零機工斗

『もし世界の終わりが明日なら、今日何をする?』


 話のネタとして使われそうなこの話題に対し、僕らは平常時、何て答えるのだろう。大真面目に生きているうちにやりたいこと全部やりきると高々と宣言したり、認めることができなくてそれまでに止めたり逃げる手段を探すなどとわめいたり、大切な人達と最後の時を過ごすと悟った様な表情で呟いたり。


 僕はそのどれにも当てはまることはなかった。


 ただただ、わからなかったのだ。


 終わりが来るとして、何か特別なことをしなくてはならないのだろうか?

 だとしたら、僕は何をすればいい?

 わからなかった。


 何がしたい?

 それも、わからなかった。



 終わりを許せるのか?

 ――その問いへの答えだけは今日、はっきりわかった。


 何故なら、これらの問いが全て、現実的なものになったからだ。



『明日、地球は崩壊する』



 ある朝、突然報道された臨時ニュースだった。


 焦りの表情を見せるアナウンサーの横で、学者として紹介された眼鏡をかけたの青年は淡々と告げたのだ。

 明日の午前八時には地球のコアが崩壊する、と。


 つまりは世界終焉の予測(、、)だ。


 過去に何度かあった、大昔にされた世界終焉の予言(、、)などとは訳が違い、科学的研究に基づいて出された結論だそうだ。

 否定のしようがない。


 しかしまあ、受け入れ難いことでもあるわけで。


 僕はただ、終わりを認めたくなかった。

 でも、だからといって、何か変えられると訳ではないと、理解もしていた。



 ならば、今日はどうしようか。


 この問いは、僕達に残された一日の間、このまま僕を呪い続けることになりそうだった。



「ねえ、これって……」


 母がテレビから恐る恐る目を離し、リビングに声をかけた。

 しかし、僕は既に席を離れて、部屋の扉に手をかけていた。


「ちょっと!? どこ行くのよ!」

「……わからない」


 僕はそっと後ろで扉を閉めて、膝が抜けたかの様に崩れ落ちた。


 そこからは、よく覚えていない。

 僕はただ床を這ってベッドに登り、突っ伏して、特に意味も無く自分を終わりそうな世界から目を逸らし続けた。


 どうしようと悩もうとすらせずに、僕は微睡まどろみに身を委ね、現実から逃げた。



 ***



 重いまぶたを、少しだけ開ける。

 ぼんやりと、薄くオレンジ色に染まった天井が目に映った。

 しばらく天井を見つめて、違和感に気付いた。


 ――僕の部屋の天井は白い筈なのに。


 跳ね起きた僕は窓を見た。


 窓に映った空は、薄いオレンジに染まっている。

 まばらに散った雲と相まって、なんとも複雑で、やはり寂しげな夕暮れ空だった。


『今日、何をしようか』


 呪い染みた問いが、頭に響いた。

 どこかで聞いたことがある様な声だった。


 いや、それどころか、聴き慣れた声――。


 脳裏に一人の人物を思い浮かべた僕は布団を退け、勢いよく部屋から転がり出た。

 今朝と変わらず台所にいた母が驚き、すぐに表情を怒りに変えた。


「ねえ、終わりまで後もう数時間しか無いのよ!? 少しは自分の――」


 続きを聞かない様に僕は耳を塞ぎ、玄関へ駆けて扉をこじ開けた。

 母は走って家を飛び出す僕を、止めることはできなかった。



 ――ごめん。



 聞こえないとわかっていても、そう呟かずにはいられなかった。

 思えば、母が僕を叩き起こさなかったのはとても不思議だ。




 ***



 別に待ち合わせていたわけではない。

 なのに、外に出ると大抵出くわしてしまうのだ。


 いつもいつも、僕より一足先を行くアイツに。

 僕の先を行って、待っててくれているかの様に。


「やあ、君か、待ってたよ」

「……こんな日でも、相変わらずなんだな」


 僕らはいつもの様な軽口を叩いた。

 それなのに、今日はその後に少し長い間が空いた。

 相変わらずだなんてとんでもない、らしくない空気だ。


 まるで、言いたいことがたくさんあるのに、喉元で詰まってしまってるかの様な。



 詰まったものを吐き出す、息を吐く音が、二つ。



「ニュース、見た?」


 お互い深呼吸した後、先に口を開いたのは、彼女だった。


「……ああ、見たよ」

「まさか、昔暇潰しで聞いたあの質問に、本気で答えを見つけなきゃならない時が来るとはねえ」


 状況の割に、彼女は随分落ち着いてる様だった。

 その様子に、僕は苛立ってしまう。


 何故苛立つのかは、よくわからなかった。


「終わりは、いつか来るものだろ」

「そりゃそうだが、それが来るとわかった後に受け入れられる人なんて、どれくらいいるんだろうね」


 じゃあ、君は受け入れたのだろうか。


 悟った様な表情と、少し寂しそうな表情が重なって見えたから、僕にはわからない。


 今日追いつかないと、もう時間が無いんだ。

 明日が来れば僕はもう、彼女には――。



 僕は、一歩だけ踏み出した。


「……それで、答えはもう見つけたのか」

「うん、一つだけは(、、、、、)割とすぐ見つかったよ。だからここで君を待ってたんだ」


 やっぱり、と思うと同時に、何故僕を? という疑問も浮かんだ。


「不思議そうな顔してるね。でも、私にとってはこれが答えなのさ」


 やっぱり彼女の答えがどんなものかはわからなかった。

 だけど、僕はまず、僕の答えを見つけなきゃならない。


「ねえ、散歩でもする?」

「……する」


 お互いに、行く当ても無いくせに。

 僕らは、何気なく歩幅を合わせて彷徨さまよった。



 僕が立ち止まったのは、住宅街を出て、町の違和感に気付いてからだった。


 誰も、いない。


 見える窓の中身は全て、カーテンか、人のいない空っぽな空間だった。

 活気が無いどころか、もはやゴーストタウンだ。

 夕焼け空が寂しさを強調する様だった。


 ほんの数人ほど、人がいたが、どれも死んだ魚の目をしてぼーっと歩いていた。



 人の気配がほとんどしない、死んだ町に、僕らはいた。

 この町に活気が戻ることはもう無いのだろう。



 彼女は立ち止まった僕に気付いて足を止め、振り返った。


「ああ、確かさっきまでいたんだけどな、人。皆帰っちゃったのかな」

「……あんなニュース見たら、仕事したって意味無いことくらいわかるだろ。多分学校にだって誰も行ってないぞ」

「やっぱり最後とわかったら、残された時間を家族と過ごしたいと思ったのかな」

「お前はそうは思わなかったのか?」

「その台詞そっくりそのまま返すよ。君、走って出てきたじゃん」


 うぐ、と声が出てしまう。

 それに関しては、何も言い返せない。


 あの時走り出すまでは、ずっと部屋に引き籠っていたのだから。


「何をそんなに急いでたの?」

「……外に出れば、お前がいるかと思って」


 それを聞いた彼女は、プッと吹き出し、笑い始めた。

 ……何がおかしいんだろう。


「別にいいだろ……話せるの、お前くらいしかいないんだから」

「そうだねえ、そうだよねえ、プクク」


 笑われるのも何だかしゃくだった僕は、早歩きで立ち止まった彼女を追い越した。


「ごめんごめん、やっぱりからかい甲斐があるな君は」

「謝ってないじゃんそれ……」


 気付けばまた並んで、僕らは歩いていた。


 歩く僕らの間に、沈黙がしばらく続いた。

 見ている方向は同じだけど、その視線が交差することはない。

 ただ景色が流れていくのを横目で見つつ、前を歩くだけだった。


 ふと、沈黙が嫌になった僕はまた少しだけ、勇気を出した。


「なあ、やっぱり世界って、明日終わると思う?」


 彼女は少し驚いた様に僕を見て、そして空を仰いで答えた。


「んー、最近ちょっと地震が多いこと以外では特に何も起こってないから、信じ難いけど……」


 そうなんじゃない?


 その言葉をすぐ隣で聞くのは、かなり辛かった。


「そう、か……」

「君はどう思う?」


 質問を返され、僕は黙ってしまう。

 うつむく僕を横目に、彼女は言った。


「君、今焦ってるでしょ」

「い、いや、明日世界が終わるってのに、焦らない奴がどこに」

「認めたくないくせに」


 それを言われてしまっては、言葉が出なかった。


「認めなよ、とは言わないけどさ。本当にそうだった時のために、やりたいことはやっといた方がいいんじゃないかな」

「やりたいこと……」

「数年前の予言とかいう信憑性の無いものと違って今回は結構本気っぽいから、もしもの時のために、とでも思えばいいのさ」



 違う。



 本当はわかってる。これはきっと、本当に起こることだと。


 ただ、わかっているからこそ、他のことが何もわからなくなってくるんだ。

 その圧倒的な事実の前だと、絶望で何も見えなくなってしまう。


 何をするべき?


 何がしたい?


 どこへ?


 誰と?


 思考が掻き回され、視界がぼやけてくる。


 ふと気づくと、頬が濡れていた。

 視界が何かで溢れていて、何も見えない。


「ええっ、ちょっ、泣くの!?」

「だって……もう、明日で何もかも終わるって思うと……」


 もう歩きたくなくて、僕は足を止めた。

 彼女の顔はよく見えないけど、僕の目を見ていることだけはわかった。


 溜息と共に、彼女は言葉を吐いた。


「なんだ、もうわかってるんじゃん」


 僕は嗚咽おえつと共に、なんとか返しの言葉を吐き出した。


「違う、何もわからないよ」


 目元を腕で拭うと、目の前の少女は、目を細めて微笑んでいた。


「ほんとはさ、私も嫌だよ、世界が終わるなんて。私まだまだやり残したことあるのに」

「僕は、何をやり残したのかも、わからない」


 答えを見つけなきゃならないのに、僕は、見つけたくなかったから。

 僕はこの教えられた未来を理解はできても、納得することはどうしてもできなかった。


 それ故に、進むことができない。


「事実だけ理解して、すぐにどう行動すればいいかまでわかったら人生苦労しないって」

「でもすぐ見つけなきゃ、もう明日の朝までしかないんだ! もう僕は半日を逃避で無駄にして――」

「違う違う、明日の朝まであるの。焦ったら見えるものも見えなくなるよ?」


 ゆっくり考えればいい。


 嗚咽が次第に落ち着き、深呼吸になってゆく。

 小刻みに震えていた肩は止まり、目から湧き出す水も止まった。


「で、今日は何する?」


 遠い昔によく聞いた台詞を、僕の肩に手を置いた彼女は久しぶりに放った。




 ああ、きっと何をしても、君となら――。




 ***




「ただいま」



 恐る恐る扉を開け、玄関へと足を踏み入れると、母が腕を組んで待っていた。


「どこ行ってたの」

「……散歩してた」

「散歩だぁ? もう夜の十時なんだけど」

「ごめん」


 一言謝ると、母は、はぁ?とでも言う様な顔をしてみせた。

 何故かは、やっぱりわからない。


「何に対して謝ってるの? 夜遅くまで外にいたこと? もう小さい子供じゃないんだから門限とか無いよウチは」

「い、いや、そうじゃなくて……明日、世界が終わるのに、半日寝てたこととか、勝手に家出て行ったこと、とか」


 段々と罪の意識が強くなってしまい、僕は母の目が見れず、俯き始めた。


「まーた落ち込んでる! 別に世界が終ろうとアタシは特別やり残したことなんて無いから、アンタがやりたいことをやれればそれでいいのよ」

「やり残したこと無いなんて、そんな訳……」

「そんな訳あるのさ。それで、今日は何した? あの子に会ったんだろ?」

「……うん」


 それを聞いた母は長い溜息を吐き、背を向けて家の奥へと歩き始めた。


「ほら、晩飯できてるよ」


 最後の晩御飯は、随分な御馳走だった。




「さあ教えなさい、どんなデートをしたの?」

「ブッ」



 それからは、母に家を出てからの出来事全てを吐かされ、夜中の十二時まで尋問が続いた。




 ***



 朝が来た。

 毎朝鳴るスマホのアラームだが、今回で最後なので、すぐには止めずにしばらく鳴らせた。

 スマホの画面を見ると、午前七時と表示されていた。


 世界最後の夜なので寝るつもりはなかったが、いつの間にか机の上で寝てしまっていた。

 幸い、最期の前には起きれたからよしとするが。


 昨日あれだけ寝たのに、寝落ちしてしまう僕の眠気に対する弱さを恨みつつ、立ち上がって部屋を出る。

 母は昨日夜更かしした分、きっとまだ寝ているのだろう。


 僕は一歩一歩、踏み締める様に玄関へ向かった。



 昨日の約束を、鮮明に覚えていた。


『寝坊するんじゃないぞ、二人で見届けるんだからな』


 今日は寝ないってば、と言ったが見事に寝てしまった辺りそれを読まれていたのかもしれない。

 玄関で靴紐を結び終え、僕は扉を開けた。


「おはよう!」

「……おはよう」


 にっこり笑った彼女が家の前にいた。


「やっぱり寝たな?」

「仰る通りでございます……」


 茶化されつつ、僕は彼女の方へ歩いた。

 彼女もくるっと回り、僕と肩を並べて歩き始めた。


 今日は行く当てがあった。

 少し、急ぎ足になってしまう。



 数分ほど歩いて辿り着いたのは、町から少し離れた丘の上だった。



「やっぱり見晴らしがいいなあここ、見つけて良かった」

「昨日見つけた時は暗かったから、わかり辛いもんね」


 昨日、家に帰るまでやっていたことは、場所探しだった。


 世界の終わりを、見届ける場所。



【見届けること】が、最後にやろうと思い立ったことの一つだった。

 この行動に、特に意味はない。


 でも、地球が確定した終わりを迎える直前に、意味がある行動なんて無い訳で。

 なら、例え意味の無いことだろうと、やりたいと思い立ったことはやっておこうと決めた訳で。



 もしも全てが終わるとするなら、やりたいと思うことなんて、物凄く限られているのではないだろうか。



「なあ」

「んー?」


 僕の場合、最後にもう一つ、やろうと思ったことは――



「――貴方が、好きです」



「ああ、知ってるよ」



 僕の、人生二度目で、最後の告白だった。

 一度目と全く同じ返事だけれど、前回と違って、僕は無性に嬉しかった。



「――、――――」



 いや、訂正。




 予想外にも、二度目は成功したよ、母さん。

 僕の最後で、地球ですら最後かもしれない、告白。

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