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スペシャルアンソロジー「明日、世界が滅亡します」  作者: 世界崩壊アンソロジー企画
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生きるために、死ぬために。 作:モンショー

 二万七千八百五十八人。

 ある一年、日本で自殺した人の数である。

 これを多いか少ないかと感じるかは人それぞれだと思うが、俺は圧倒的に少ないと思う。

 なぜなら、その二万七千八百五十八人の中には、自殺を図って不幸にも生き延びてしまった者は含まれていないからだ。

 昨今、自殺には様々な手段が開発されてきた。

首吊り自殺、練炭自殺、飛び降り自殺、入水自殺、硫化水素自殺、焼身自殺、服毒自殺、低体温自殺、感電自殺。これらは挙げただけでも非常に狭い範囲のものだが、ネット上を探したりすれば自殺の手段などごまんと出てくるだろう。

 だが、自殺をしようとして失敗に終わった人たち――いわば「自殺未遂者」のその後については知らない場合が多いと思う。


「生きるために、死にたかったね」


 オレンジ色の太陽が昇ると同時に、世界が揺れる。

 少女は黒い髪を振り乱した。その瞳に、先ほどのような涙はもう見受けられなかった。


「死ぬために生きたかったな」


 ――俺たちに待ち構えているのは紛れもない『死』。これは覆ることのない、一つの真実の物語――。




『こ、ここで、臨時ニュースをお伝えします』


六畳に敷き詰められた畳の上で、今まさに俺は布団を片付けていた。

適当にいつものようにニュース番組を見ながら、適当にいつものようにスマホでニュースを見て、適当にいつものように生きる。俺の隣にいた小太りの男――誠也は、突如入ってきたその臨時ニュースとやらに歯ブラシを動かしながら「なんだなんだ?」とテレビの前に小走りで向かった。

 俺はぼーっとして働かない頭を左右に振っていた――その瞬間だった。


『テレビの前の皆さま、落ち着いてお聞きください――。約二十四時間後の明日午前八時ごろ、……地球はコアの崩壊とともに滅亡します』


 そのテレビの前のアナウンサーは声を震わせていた。


「……は?」


 俺の隣で歯を磨いていた誠也は、ぽとりと歯磨き粉のついたそれを地面に落とした。


『もう一度……繰り返します。明日朝八時ごろ、地球はコアの崩壊とともに滅亡します』


 白く、小さく泡立った歯磨き粉は薄く、広く畳に広がっていった――。


○○○


 学校というのは得てして退屈なものだ。全寮制の学校ならばそれは尚更。決まった時間に食堂に飯を食いに行き、決まった時間に登校し、決まった時間に寮に帰る。通常の学生のように学校帰りに外にアイスを食べに行ったりすることなどは禁止されている。

 そもそも、俺たちは特殊な監視下でしか学校外には出られなかったりする。

 まぁ、学校の外で死なれても迷惑なだけだろうと、皆それについては案外素直に了承していたりする。

 食堂に寝ぼけ眼をこすりながら出ていくと、そこにはいつものような静かな空間はなく、和気藹々(わきあいあい)と話す本当の(、、、)学生のような空間が広がっていた。


「おはよ真悟しんご。ここ、空いてるよ」


 寝起きにはキツいまさに眠たくなるような声を発した少女は、彼女の横に開いている席。黒のロングストレート。整った輪郭とすらと伸びた鼻。モデルのように完成された体躯をもつ彼女からは朝シャンをしてきたのだろうか、ほのかに女の子特有のシャンプーの香りが鼻孔をついた。


「ありがとう、ちい。珍しい……っつーか初めてじゃねぇか? こんなにここが盛り上がってんの」

「え、真悟今朝のニュース見てなかったの? 世界崩壊ニュース」

「何だよそんな名前ついてたのかよ」


 俺は目の前に置かれていた焼き鮭に手をつけた。塩加減が絶妙なその鮭を口に入れると、ほのかな甘みと塩辛さが舌を踊っていた。


「信じてない? あのニュース」


 ちいはにこやかに笑いながら、食べ終わったようで箸をおいた。

 俺は焼き鮭の皮の部分をぺりぺりと剥がしながら、辺りを見回す。


「……いや、俺は信じてるぜ。っつーか分かるんだよな、感覚で(、、、)


 俺のその言葉にちいは「おお、また一票入ったね」と両手で小さくガッツポーズを作った。


「ここにいる人はみんなそう答えたんだよ。やっぱ、一般人からかけ離れてるよ、私たち」

「……そりゃそうだ。普通の奴はここにはいないんだから」


 鮭の骨を口から取り出してさらに移すと同時に、ちいは「先に学校行ってるね。私、当番だし」と手を振って席を立った。

 一般人からかけ離れている。それはあながち間違いではないだろう。

 ここにいるものは皆、曰くつきなのだ。

 自殺未遂者支援学校――通称『S(suIcidal)S(support)S(school)』という国家機関を知ったのは二年前のことだ。

 近年、日本では三万人をも超える自殺者が出ている。それに警鐘をならすべく、自殺未遂を行ったものをこの機関に入れて、改心させるというのがこの教育機関の主な役割である。

 一般には知られていないこの機関だが、実は全国にはいくつもこの『SSS』が存在する。自殺未遂をする可能性がなくなった者は、ここから出ていく。

 その後の自殺率は調査により二十一パーセントなのだという。

 死にたい者にとっては甚だ迷惑極まりない教育機関でもある。


「……学校行くか」


 かくいう俺も、二年前に自殺を図り失敗しここに連れてこられたわけなのだが――。


○○○


 世界は変わらずにまわっている。

 今朝の報道が嘘のようだった。学校では何も変わらずに教師が黒板に小さく汚い字で文字を連ねていく。

 教師は「今朝の報道だが、あまり気にすることのないように。壮大なテレビのドッキリかなにかだろう」と全く真に受けていない。


 まあ、当然だ。


 何事もなかったかのようにただそこにある一日が過ぎていくだけの世界。

 食堂のおばちゃんも、用務員さんも、『SSS』を巡回し異常がないかをチェックする国家特務機関の調査員も。全てが何も変わらない。

 何の変哲もないクラスの教室には、十数名の学生。これはみんな自殺未遂を図った者だし、今朝の報道をみんながみんな信じたうえで今までと何ら変わらない生活を送っていることに俺は違和感すら感じることはなかった。

 ――と。

 ころころと、一つの紙屑が俺の机に転がってきた。飛んできた方向を見ると、まるで「何もしてませんよ」とわざとらしくアピールしているちいの姿があった。

 壇上の教師が若干こちらに気付いた風な素振りを見せていたが、俺は筆箱の中でその紙屑を開いた。


『放課後、屋上で待つ  ちい』


 そう小さく丸い字で書かれた文字を見ていると、教師は問題の回答者として俺を指名したのだった――。


○○○


 一日がこんなにも早いものだとはだれが思っただろうか。

 普通に授業を受けて、普通に昼食を取り、普通に午後の授業に睡眠をとる。

 これだけのことがまさかこんなに早く終わってしまうとは――一日がこんなに早く終わってしまうとは。

 SSS校舎の屋上では西に沈みゆく太陽が俺の目を突き刺している。

 俺を呼び出したちいはまだ来ていない。

 放課後に来いと行ったのはあいつだったのにな……。

 テレビでは、今朝のアナウンサーの宣言がいかに本当かという信憑性が高まるものばかりを報道していた。

 それまでに無関心を貫いていた世間の人々も、明確に「世界が崩壊する」と聞いて対応は様々だった。

 現にSSSの職員は俺たちを置いて家に帰ってしまった。夕ご飯などは各自に揃えろ、といった具合に。

 といってもコンビニなどは平常営業で教員の許可を得ずに外出した者もいた。

 だが、そんな彼らはここに戻ってきてはいない。

 人目がはばからないような場所で自殺を行った……としても何ら違和感はない。


「……待った?」


 西日をじかに受けて屋上に座り込んでいた俺を呼び止めたのは、ちいだった。


「たいして待ってねぇな」


 そう、階下につながる階段の前で俺は外の空気を小さく吸った。


「今日さ、私、寮に帰りたくないんだ。付き合ってよ」

「……ああ」

「寮母さんもニュース見てさすがに家に帰ったみたいだしね。今日は巡視されないよ」

「自殺の手伝いでもすればいいのか?」


 俺のその言葉に、ちいは「違うよ」と苦笑を浮かべた。

 俺が『SSS』という牢獄にぶち込まれてから二年。

 だが、ちいの場合はもう十年もここにいる。彼女の年齢は俺と変わらない十七であることから、七歳のころから自殺未遂を行っているということだ。

 ちいは手に持っていた毛布を広げた。


「隣、貰うよ」


 そう小さく呟いた彼女は黒い髪をヘアゴムで括り上げて、俺の隣に座った。

 少しの挙動とともに毛布が俺とちいの膝にかかっていった。


「これで夜も寒くないね」

「……夜、ずっとここにいるのか?」

「うん、そのつもり。地球最後の日に、私はこの夜を満喫しておきたいから」


 ちいはポケットからスマホを取り出した。

 バラードを流しつつ、ちいは「初めて真悟と会ったときはね」と俺が入ってきた当初の話をした。

 空が段々と暗くなっていく中で、太陽は西の水平線に完全に没し、紅の月が姿を現した。


「……紅の月って、不吉の象徴なんだって」


 暗くなり、世界が星と夜景に包まれた。


「私ね、SSS(ここ)に来たの、十年前なんだ」


 毛布にくるまれた一人の少女はどこか遠い目でずっと手に巻いていたリストバンドを外す。


「……これ……」

「うん。ちょっと前まで、リストカットしてたりしてた」


 飄々(ひょうひょう)と言うちいは、続けた。


「七歳のころね。お父さんがよくお母さんにDVしてたんだ。私のお母さんは、お父さんにとって愛人だったの」

「……ああ」

「私、結構疎まれてたの。私さえいなければ、お母さんも、お父さんもみんなみんな幸せになるんじゃないかって。近所の人にそれがバレちゃって。本来は児童相談所に行くはずなんだけど、ここに入れられたんだ」

「どうして俺にそんな話をしてるんだ? 今まで言ってなかっただろ」

「どうしてかな……。二年前に真悟が来た時から、いつか話そうと思ってたことなんだよ」


 ちいは表情を変えずに「真悟はほかの人とは違うから」と呟いた。


「……真悟は何でここに入ってきたの?」と素朴な疑問を投げかけられた。


「そうだな。お前は俺をほかの人とは違うと言ってはいるが……ほかの人よりは幾分軽いし、そんなに考えてもない。普通に友達もいて、恋人も、家族も、先生も。社会的な圧力にも、学生的な圧力に対しても、何もかもが普通だった。だからこそ死にたかったんだ」

「……へぇ」

「生きてるのに、生きてる気が一切しなかったんだよ。だったら、死のうって……そう思った。ただそれだけだ」

「私とは真反対だね」


 ちいは呟いた。


「私は、私の存在が認められたかった。だから死にたかった。私は存在していいんだよって、誰かに肯定してほしかっただけかもしれない」


 日が落ち、紅の月が夜空に上がった。その真っ赤な月を見つつ、ちいは「生きるために死にたかったのかな、私」と小さく伸びをした。

 二人で夜通し話していくうちに、月は没し、新たに太陽が出てきた。

 二人で地球最後の日の出を拝みながら笑いあっていた、その時だった。


「千早っていうんだ」

「……ん?」

秋山千早あきやまちはや。それが私の名前。一回呼んでみてよ」


 毛布から出て、屋上の柵によりかかった彼女はにこりと笑みを浮かべた。


「千早」

「もっとおっきく」

「ちはや!」

「もっと、もっと――! もーっと、大きな声で!」


 俺はちいの後を追うように毛布から這い出して、朝の冷たい空気を最大限に吸った。

 近所迷惑。そんなものなんて、俺は知らない。


「ちーはーやーーーーーーーーーーーーーッ!!」


 俺のその言葉に、彼女は今までで一番の笑みを浮かべて「なーにー!」と太陽に向かって叫んだ。


「何じゃねぇだろ……っははは……!」

「真悟は、死ぬために生きたかったんでしょ?」

「……?」

「人間は遅かれ早かれ死んじゃうんだ」


 ――死ぬために生きる。生きるために死ぬ。

 

 俺と千早は全く反対の生き方、死に方をしていた。

 

 二万七千八百五十八人。

 ある一年、日本で自殺した人の数である。

 これを多いか少ないかと感じるかは人それぞれだと思うが、俺は圧倒的に少ないと思う。

 なぜなら、その二万七千八百五十八人の中には、自殺を図ったが不幸にも生き延びてしまった者は含まれていないからだ。

 昨今、自殺には様々な手段が開発されてきた。

首吊り自殺、練炭自殺、飛び降り自殺、入水自殺、硫化水素自殺、焼身自殺、服毒自殺、低体温自殺、感電自殺。これらは上げただけでも非常に狭い範囲のものだが、ネット上を探したりすれば自殺の手段などごまんと出てくるだろう。

 だが、自殺をしようとして失敗に終わった輩――いわば「自殺未遂者」のその後については知らない場合が多いと思う。


「生きるために、死にたかったね」


 オレンジ色の太陽が昇ると同時に、世界が揺れる。

 少女は黒い髪を振り乱した。その瞳に、先ほどのような涙はもう見受けられなかった。


「死ぬために生きたかったな」


 二人の生死が交錯した――。

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