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スペシャルアンソロジー「明日、世界が滅亡します」  作者: 世界崩壊アンソロジー企画
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【命題:街中を限りなくグレーに近いアウトで徘徊してたら、捕まる? 捕まらない?】 作:つまようじ

 明日世界が滅ぶ!

 大混乱の最中(さなか)、この警察すらも職務放棄した世界にて、ある一人の男が立ち上がる……!



「え、これもしかして上半身裸股間葉っぱ網タイツとかで徘徊してても捕まらないやつじゃね?」




【命題:街中を限りなくグレーに近いアウトで徘徊してたら、捕まる? 捕まらない?】






「え、これ捕まらない感じじゃねこれやるっきゃなくねこれ人生を賭してでもやるしかなくね?」


「落ち着けマサフミイイイイイイッ!!」


 親友がおもむろに立ち上がり、流れるような動作でズボンを下ろした。

 世界が滅ぶよりも先に報道規制の光に掻き消されそうになるソイツを、強引に引き戻そうと俺は半ば脊椎反射でズボンの腰に手をかけた。


「龍翔閃ッ!!」


 タイツの最後の一上げの如く垂直運動。友の股間は悲鳴を上げた。

 

「冷静になるんだマサフミ。それは一種の気の迷いだ、ヤケクソなんかで今まで培ってきた自分を爆竹するんじゃない」


「お前こそ冷静になれよケイゴ、考えてもみろ……俺達がたとえこの先八十年生きたとして、この答えに辿り付く術があっただろうか。いや、この発想が降りてくることがあっただろうか。世界が滅ぶ――これは、こんな状況にでもならなければ成し得なかった事なんだ」


 ……コイツはなんて綺麗な目をしているのだろう。内股で股間を押さえ、生まれたての小鹿スタイルで立ち上がる奴は、初めてプロ野球を見に行った少年のように純粋でそして――瑞々しかった。

 俺はもう、十年コイツの友達をやってきている。



「……もう止めても無駄なんだな、マサフミ」


「ああ」


「そうか……分かった、こうなったら最後の最後だ。親友のよしみで最期までつきやってやる。だが、これだけは言わせてくれ。やるからには中途半端は許さない。徹底的にやれ、いいな」


「なんでお前にそんなこと言われなきゃなんねぇんだよ。――魅せてやるよ、この俺の、全力を」



 そう不敵に微笑んだマサフミは、結局ズボンを全部下した。









「さて、我々に残された時間は極めて少ない。急いで準備に取り掛かるぞ、ケイゴ」


「だがどうする……日本という誰もが認める変態国家は、皆が皆目が肥えている。パンティーを頭から被り白鳥を股間から生やして網タイツを穿いた程度じゃ恐らく何のリアクションも得られんぞ」


 変態ネタは出し尽くしている。

 俺は自分で言ってしみじみ思った。この国早く滅べばいいのに。


「だがケイゴ、ネタは出払っていると言ったが、組合せ次第ではどうにかなるかもしれんぞ」

「どういうことだ」


「こういうことだ、『全裸』か『全裸なのになぜかハイソックスだけは穿いている』――ケイゴには、どちらが変態に見える……?」


「……ッ!!」


「さァ、早く家中をひっくり返せ! この身にセンス最低を宿らせるのだ!!」



「……これなんかどうだ」

「ミレニアムメガネ……だと? なぜこんな古代遺産が……!」


 ※ミレニアムメガネ――【2000】、という数字の真ん中二つを眼鏡として見立てたメガネのこと。このハゲカツラに似た馬鹿馬鹿しさが一九九九年から二〇〇〇年になった直後の人々の浮かれ用を体現しており、正に過ぎ去った時の遺物として名を馳せる。類義語、死語。


「こんなんも出てきた」

「日食メガネか……懐かしいな、確か小学校の授業で使った記憶が……てかケイゴ、何でお前こんなの持ってんだ?」


「返却せずにこっそり持って帰って、机の中にしまったのを忘れたまま卒業した」

「そうか、後で返しに行こうな」

「うん」


「で、その檻みたいな塊は?」

「鳩時計ってあるだろ? アレみたいにこの檻の部分が扉みたいになってて、ここをパカっと開ければレンズが出てくる」


「ああ、それもメガネだったんだな。なんか封印された魔眼を封じてるみたいでカッコいいな」


「だろ? で、これが《自粛》様のマスク(めがね)

「認めたくないものだな、自分自身の若さ故の過ちというものを……」


「せやな。で、これが《自粛》様のマスク(めがね)

「やっておしまいよ!」


「アラサッサ。これが《自粛》仮面様の仮面めがね

「夢を見るのはベッドの中だけにしたまえ、《自粛》!」


「で、これが蝶《自粛》なマスク」

「《自・粛》っ、もっと愛を《自粛》♥」


「で、これが《自粛》と《自粛》と《自粛》のモノクル」

「いや、流石に三重掛けは無理やろ」


 モノクル三重掛けどころか、既にマサフミの顔は定員オーバーである。


「……あー、だめだ、全然引っかからない」

「いやだから、無理すんなって」

「もう明日で世界終わるしな。のりでくっつけるわ」


 とりあえずマサフミの額に直接くっつけてみる。

 すると額に三つ目の目があるみたいになって、なんかちょっとカッコよかった。


「……」


「で、これが某大泥棒愛用の赤外線スコープ」


「……」


「で、これがシチューの人の老眼鏡」


「……なぁケイゴ」


「あ、鶏肉の番人のメガネもあるぞ」


「……ちょ、ちょっと落ち着――」


「で、これが《自粛》大佐のグラサン」


「いやだからアアアアアッ!! 目がァ! 目がああアアアアアアアアアアッ!!」


「おいおいおい、いくら《自粛》大好きだからってシャウトし過ぎだろ。で、これが《自粛》様のメガ――」


「ちょっ、違アゥッ! たっ、たのむケイゴ! どうか、どうかもうメガネだけはっ……!!」


 幾重にも積み重なるメガネ(ジェンガ)を頭に、絶妙なバランスを保ったまましがみついてくるマサフミ。俺は困惑した。



「……え、まさか、魅せてくれるんだろ?」


 まさか止めてくれなんて期待外れな事言うんじゃないだろうな…? と暗にほのめかす俺にマサフミは一瞬たじろいだが、それでもマサフミは折れなかった。


「言ったけど、言ったけれども……! 俺という無個性(頭部以外全裸)が! とても個性の象徴と言うべき物達の軍勢に耐え切れる気が……!!」


「大丈夫だマサフミ、お前はまだ、お前自身の力に気づいていないだけだ――」


 ――というか、まだ一段ボールあるから。

 そう続けて言った時の、マサフミの絶望顔(良い表情)は生涯忘れる事はないだろう。


「異議あり、異議ありイイイイッ!! 我、ここに不服申し立てる!! これでは路上を歩けんではないか! 最早何も見えないぞ……!!」


「……安心しろ、俺達、友達だろ?」


 一瞬、マサフミが安堵したような表情をした。

 俺はそれに応えるように微笑んだ。


「俺がお前の『目』になってやる」


「ケイゴ……」



 マサフミがあまりに「お前と友達で良かった」と言いたげな顔をするので、俺は力強く頷いて、持てる全ての技術を注ぎ込みメガネで顔面を三百六十度覆い尽くした。








 こうしてここに、ある一人の戦士が生まれた。

 その頭には、何十種類ものメガネが〈かける〉という表現を飛び越えて、乗せられ、被せられ、貼り付けられ、括り付けられていた。仁王立ちの足には妹の白ハイソックスに父親の高そうな革靴。股間にはブリーフと器用にくり抜かれ紐を通された缶コーヒーの空き缶が装備され、その立ち姿は、正に英雄のようだったと言う。








「マサフミ、もう少し右。もう少し……そう、いいぞ、その調子だ」


 俺は最早前が見えないマサフミの目になっていた。


「えへへ、なんか懐かしいな」

「何がだよ」


「中学ん時の修学旅行さ、清水寺の近くの地主神社行ったじゃん? ほら、目を瞑ったまま数メートル向こうから歩いてきて、無事にしめ縄してある石まで辿り付けると恋が叶うってやつ」


「ああ……そうだな、すごく、懐かしいな……」


 マサフミはとても嬉しそうだ。

 俺は胸が痛んだ。マサフミは、一体何処に辿り付こうとしているのだろう。


「なぁ、どうだ? みんな、俺を見てるか? 補導されそうな予兆はあるか……?」


「……いや、皆一瞥はくれるが一様に目を合わそうとしない……」



 ギリ。

 マサフミの口から、歯を噛みしめる音がした。



「なんでだよ!! なんでっ、なんでここまでして俺を無視出来るんだよ! みんな、みんなもっと俺を見ろよ……! おかしいだろこんなの……! 」


 あたかもキョンシーのように両手を突き出し、いつでもどこかに掴まれるポーズで歩き続けること一時間。

 ついにマサフミは膝を折った。ギリギリのバランスでかかっていたメガネ達が、ガラガラ音を立てながら崩れていく。


「なんで……なんで……」

「マサフミ……」



「君達」



 突然、声をかけられる。

 失意をまとって振り返り、そして俺達は息を呑む。そこには深い紺の服に帽子、その中心には金色の旭日章(きょくじつしょう)、上着の腰回りをベルトでキリリと締め上げた格好――警察が居た。


 ついに捕まる――! というかちゃんとオマワリサン世界の終わりにも仕事してたウェボワアァアッ!! と思ったその時、その声をかけてきた警察のおじさんは身震いするほど優しい表情をした。


「明日世界が終わると、自暴自棄になる気持ちは分かる。けれどな、あんまりハメを外し過ぎると、親御さんが悲しむぞ?」


 すると警官は思いもよらぬ行動に出る。

 自分の制服を脱いで、ほぼ全裸のマサフミにかけてあげるというイケメンをやらかしたのだ。


 これにマサフミの変態根性に火が付いた。

 何を思いついてしまったのか、マサフミは数十種類もの偉人の象徴に呑まれるどころか凌駕するほどに真摯な目で警官に詰め寄って行く。俺はここに親友の成長を見た。


「じゃあオマワリサンは、俺が変態は変態でもどうしようもなく人道から離れたクズ野郎みたいなことをすれば逮捕するってことですね……?」


「な……マサフミ、お前、何を考えて……!?」


 そう言うとマサフミは、頂いた上着をマントの様に被りながら、たまたま通りかかった幼女に一直線に進んでいく。

 俺は身を震わせた。


 間違いない、マサフミは、露出狂の定番パフォーマンス、ザ・オープン(いらっしゃいませ)を仕掛ける気だ。


「おい!? バカお前、それだけはやったら絶対許さねぇ……万が一でもやってみろ、友人の縁切るぞ!!?」 


「お前は言ったな、中途半端は許さないと……友情か使命。俺は、例え友を敵に回したとしても、己の成すべきものを取る……!」



「見せてあげよう、輝く世界を」



 マサフミは力を集めている。



「やめろ……お前ッ、死ぬ気か……!」

「フッ……明日には黒歴史も何もかも全て消えるのだ、何を恐れる事がある、否! 今、我を阻むもの無し! いざッ!!」



そして今、マサフミの股間は開かれる……!



「――あのね、おねえちゃんがいってたの。こういうひとには、ぎゃくにどうどうとしているほうがいいんだって」




 幼女はおもむろにシャイニングスターに手を伸ばすと、予想以上に強い力でマサフミのbossを握り込んだ。



「ょぅじょアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

「マサフミィィイイイイイイイイッ!!」




 変態的な格好で街を徘徊すれば捕まるのか。

 その答えは、俺達のような男子高校生がいくら奮闘しようとも世間様は誰一人として目を合わせようとはせず、しまいには幼女にまで舐められるという残酷なものだった。



 物語は俺達の心が折れて終わった。

 そのように思われた。




「……ちょっとアンタら……一体何やってんの……」



 家に帰ると姉ちゃんが青褪めながらスマホの画面を押し付けてきた。


「ねぇ、これ間違いなくアンタらだよね……?」


 俺らは画面を覗き込む。



『ちょwwww なんか路上に超越者が居るんだけどクソワロタwwwwwwww』



「……俺らだな」

「……間違いなく俺らだな」


 そこには、あられもないスレッドタイトルと共に俺らの写真が貼り付けてあった。

 

 そうだ、この日本とはそういう国だった。

 表では自分と外界との関係の一切を断絶するフィールドを張っているくせに、匿名の情報世界となれば見るも鮮やかに手のひらを返しこれみよがしに肴にする。


 俺達はただただ愕然とする。

 恐るるべきところはそこではなかったのだ。

 問題はここからだ――スレッドをスクロールしていると、妙な話の流れを見つけた。



『文部科学省からのアンケート。シェルターに於いて我が国最高の技術を誇るチームが、ビックバンの衝撃にも耐え得るカプセルを制作した。そのサイズは大体《高さ30×幅60×奥行40㎝》と小さめなことを考慮して、日本を象徴するに相応しいものを入れて遺したいと考えている』



 大体そんな内容で、提案受付が大体今から三十分前ほどに終わっており、そこから選ばれた上位百選による投票――尺八や友禅染のような日本工芸、最高の技術で作られた宝石やガラス細工、かたや麹菌や乾物乾麺、かたや電子機器といった面子の中に――何故か俺らの画像があった。


 運営の悪ふざけ。

 これ以上にぴったりな言葉を俺は知らない。


 俺は震える手を無理矢理動かし2chのスレッドを開く。


『boss一位にして文部科学省泣かそうぜwwwwwwwww』


「……これ、ヤバいやつじゃね」

「……ああ、とてもヤバいやつだな」



 票がどんどん膨れ上がる。

 それに反応したネット民がどんどん面白がって加勢していく。


 日本と言う国民性の象徴。

 もっともらしい言葉を添えて、しかしそれを象徴と言ってしまっていいのかとツッコミしか沸かない公式コメントからは、ヤケクソというよりも最後の最期まで真面目に仕事をし通そうとした心意気をその国民性とやらに全力で職務妨害された文部科学省のお偉いさん方の冷徹なマジギレが滲み出ていて、……ちょっと怖かった。


 そうして流されるがままに、「時代遅れの【2000年サングラス】を始めとした個性の塊みたいなメガネを身に付け、半裸に股間に空き缶、白ハイソックスで仁王立ちになり佇みしかし誰にも見向きもされない」というクソみたいな写真が、他上位三位の日本工芸と共に同封された。











 果てしない時を得て、それは知的生命体の居る星にて発見される。

 それを開いた彼らは、精密な工芸細工の中心に据えられた彼らの写真を見て思わず息を漏らした。


「なんて神々しい御姿なのだ……」

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