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スペシャルアンソロジー「明日、世界が滅亡します」  作者: 世界崩壊アンソロジー企画
21/22

世界の終わりを君と見たかった。 作:楠木千歳

 そのニュースが世界中を駆け巡った時……僕は。








 布団の中で悠々と惰眠を貪っていた。



















### 世界の 終わりを 君と 見たかった 。###




















 ケータイの目覚ましは鳴らさない。もちろん、ジリジリ五月蝿い丸っこい時計も鳴らない。

 僕の目覚ましは彼女の声だけでいい。


「ねえ、起きて! あなた、起きてったら!!」




 ただ、僕の望んでいる目覚ましは、こんなに切羽詰った声じゃない。もっと日常の中にごく普通に存在するような、僕がもうちょっと寝ていたいだとか駄々を捏ねても「しょうがない人ね」で済ませてくれる優しい声のことで。だからこそ、僕はその異常事態を察知した。

 


「何があったの」


 起こされる前から本当は布団の中で覚醒していた僕は、ただならぬ彼女の雰囲気を察してわざとゆっくり起き上がる。眠いからじゃない。断じて。


 目を開いて一番最初に映った景色が例え彼女の泣きはらした散々な顔だったとしても……そう。驚くなんて。



「どうしたんだよッ?!」




 あるに決まっている。




 だって彼女は僕の愛する人だ。彼女が泣くということはつまり僕が何かをしたということ。あるいは何かをするということ。はたまた……とにかく、何か関係のある事だ。


 そうして僕はやっとかのニュースを取り乱す彼女から聞き出した。




 世界が滅亡する。


 あとたった、一日で。



 











 空だけ見ていればなんの変哲もないよく晴れた春の一コマだった。ただ下界は……下界と呼ぶに相応しきその世界は、混沌という混沌を極めていた。


 なんで今回ばかりはテレビさんもラジオさんも通常運転してないんだ? なんちゃら文明の世界終末予告の時は散々ネタにして色んな企画を面白おかしくやってた癖に。

 

 どうせ悪足掻きしたって助かりっこないなら、嘘だと信じ込んじゃうくらいにふつーに生活しようよ、ね?

 みんなあの時のおふざけモードはどうしちゃったの?



 そうぼやいていたら、淡々とそんなことを言えるあなたの頭のほうがどうかしてるのよ、と彼女に罵られた。



 だって待つ以外に何があるんだろう。

 


 罵られてもまだ仕事を続けようとする僕に早く支度して! と金切り声が飛んだ。




 彼女の父は世界中に顔が効くような資産家だ。その娘がどうしてこんなアホちんな僕を選んで同棲しているのかは皆目検討がつかないけれど、今はそれはどうでもいい懸案事項らしい。僕にとっては結構大事な事なのだけれど、今この瞬間から逃げることに必死な彼女には不必要な事なのだ。

 

 もう一度言う。

 彼女の父は資産家だ。

 

 だから彼女が荷物をまとめろと言った時に、ぼんやりとその想像はついた。

 多分あれだろ? よくあるあれ。


 宇宙に逃げよう、みたいな、そういう類の。



 そう言ったら当たりだった。当たりだったからこそ、彼女の僕に対する当たりも強くなった。





「分かってるならなんでさっさとしてくれないの?! 早く行かないと今日の五時には出ちゃうのよ?! 極秘な上に人数制限があるの、一般の人は乗れない貴重な宇宙船で」

「じゃあ僕は乗れないよなあ。だって一般人だもの」

「馬鹿なこと言わないで! あなたは私の」

「馬鹿なこと言わないでよ」



 そのセリフ、そっくりそのままお返ししてあげる。

 


「金持ちが偉い世の中ではその娘も偉いんだ? そして君と一つ屋根の下で暮らしてる僕も偉いと? そういうこと?」

「……ち、違う、そんなこと」

「君が言ったのはそういう事だよ」


 自分たちさえ生きていれば、みたいな、そんなセリフ。

 君の口からだけは聞きたくなかったのに。


 そう言ったらわっと彼女は泣き出した。







 しばらく土砂崩れが起きそうな大雨を流し続けた彼女は、抱き寄せて背中をさすってやると次第に落ち着きを取り戻したようだった。

 彼女にはパパの元へ先に行くように告げて、僕は後から追いかけると約束した。



 気が向いたらだけど。

 

 それは言わなかった。

















 歩くのは疲れる。だから、自転車を使った。


 混沌を極め大騒ぎだったはずの【下界】には人っ子一人いなかった。

 もしかしたら政府はこのことを予め知っていて、一般人用の大きな宇宙船とかを実は秘密裏に用意してて、それを目掛けてみんな一目散に逃げたのかもしれない。


 それとももしかしたら、もうみーんな身投げとかしちゃって、人類と呼ばれる生物は誰も生き残っていなかったりするのかな。

 有り得る。全員は言い過ぎだけど、何人かはいるだろう。




 物書きの空想力はこんなところで無駄に働く。



 要らないよなあ、人類を救う妄想ならいくらでも出来るのに、実際に人類を救ってくれるのは妄想じゃなくて金と科学だ。

 夢だけでもし生きていけるとして、その舞台装置が壊れてしまったら。

 僕らはどうしたらいいんだろう。




 僕は黙って自転車を転がした。

 

 風が心地良い。空は平凡な春模様。

 ちょっとかすみがかった、薄ぼんやりした水色の空。

 飛行機雲は、ない。

 




 自転車を漕いで漕いで漕いで、着いたのは僕が住んでいたマンションから軽く十五キロは離れた丘陵地だった。


 僕が彼女と過ごした公園は、あの頃から時を止めたままの姿でひっそりとそこにいた。












「僕は不死身なんだ」

「ふうん」

「……そこ、『何言ってんの?』か『馬鹿なの?』って返すとこなんだけど」




 こうやってベンチに座りながら、君と話をした。


 あれは何年前だ?


 たぶん、そんなには経ってない。三年かそこらだろう。


 今も鮮明に思い出せる。僕が右で、君が左。ほら、ちょうどこんな風にベンチの上へ新緑の屋根が出来る頃だった。見上げたまま僕は話をしていたんだ。



「だってそんな答えを返したらそれこそあなたの思うつぼじゃない。そんなのつまらないわ」


 あの頃の君はそう、【普通】であることを極度に嫌っていた。

 

 刺激がないと人は生きていけないものなの。普通なんてつまらないじゃない。

 それが彼女の口癖だった。

 

 だから僕には今日の彼女がちょっと意外だった。今日の彼女はいわゆる【普通】の反応をしていたからだ。

 僕としては好都合だ。

 君とお別れする儀式をしなくても良くなった。手間がひとつ省けたからさ。





 木々が呼吸をする。僕もつられて深呼吸する。あの日を思い出す。



「僕が死ぬ時はね、その本が読まれなくなった時」


 君は黙って聞いていた。



「僕の思考の分身であるそれが、読み手を失った時さ」


「案外、平凡なことを言うのね」

「僕は君みたいに偏屈じゃないからね」


 僕は平凡に見せかけて平凡を嫌う君のことが好きだった。


 君は変人に見せかけて意外とベタな言葉をつづる僕のことが好きだった。











 世界が終わるなら、最後の一日に何をしたいか。

 彼女に聞かれたことがある。



 なんて答えたっけ。


「普通の一日が送りたいかな。普通に朝起きて、普通にご飯を食べて、普通に仕事をして、普通に眠りにつきたい。それで、寝ている間に何が起きたのかわからないまま終わりたいかな」


 わがままを一つ言うとしたら、できれば最後に夕焼けだけこの公園で見たい。

 君と一緒に。


 聞いた君はやっぱりこう言った。


「本当に平凡なことを言うのね」

「それが僕だからね」

「……でも、終わりをあなたと見られるなら」



 悪くないわね。




 その日、僕は君と一つになった。








 良かったよ、君が命の終わりを手放したがる僕のような【変人】じゃなくて。




 良かったよ、君が地球の最後に僕と同じ景色を見る選択を忘れていてくれて。




 そりゃ僕個人としては君と一緒に最後の夕日を見たかったのはやまやまだけど、君に宿っている、かも知れない、もう一つの命のことを思ったらさ。

 そんなことは言えないよ。


 夕日が町を血の色に染め上げていった。


 血の色って表現は嫌いだ。

 平凡が好きじゃない君は喜ぶかも知れないけど、何度もこの手で人を殺めなければいけなかった僕は本当の色を知っているから。

 嫌いだ。



 誰かが昔チョコレート色に染まるって表現をしていた。

 そっちの方が好きだ。

 チョコレートは君の好きなものだから。





 僕は太陽が地球とさよならする瞬間を見届けた。


 いつも通りの、あっけないさよならだった。

 もう二度と会うこともないのに。別れを惜しむこともせずに。


 良いんだろう。それが彼らなんだろう。


 ちょっと僕らに似ていた。







 

 彼女はもう出発してくれただろうか。


 僕のことを諦めてくれただろうか。




 僕は自転車に乗ってまたすっかりがらんどうになった街を帰っていった。

 





 布団にくるまる。

 目をつぶる。


 もう使いようもないケータイ電話の電源なら切ってある。明日僕を起こしてくれる人はどこにもいない。

 


 長い夜が始まる。でもすぐに寝てしまうんだ、寝つきは悪い方じゃない。



 死ぬ時は何も分からないまま死にたい。

 それが昔から僕の切なる願いだった。

 




 死にたくても死ねない。

 それが僕の体質だったから。






 バレる前に自分から姿を消すしかなかった。バレた相手には死んでもらうしか無かった。僕はそうやって生きてきた。死ねないから。もう何百年と前からこの姿形は変わっていない。五年くらいのスパンで僕は各地を転々とした。その度に死にたかった。


 長い人生の中で初めて愛した彼女にも、本当のことは結局言えなかった。

 そろそろ潮時だった。うってつけだ、実行される世界崩壊の予告は。



 眠気が僕を襲う。


 僕と暮らすことで彼女の人生が平凡に染まったなら、悪くもなかったって事だ。お陰で大切な君は死に急ぐこともせず生きながらえてくれるのだから。

 


 

 



 神様。

 

 願わくば彼女が宇宙の片隅で僕の子供を産んでくれますように。


 願わくば彼女と僕の子供にはどうか、僕の特異いでんしが受け継がれませんように。




 君の荷物にこっそり僕の本を忍ばせておいた。初めて君に読ませた一冊だ。退屈に長かった人生の中で慰み程度に物書きなんてものを始めてみたけど、それがきっかけで君に会えたならきっと幸運だったんだ。なんでもやってみるものだね。


  


 「不死身」が君に知られる前に、こうしてバラバラになれるなら。僕は。



 これ以上無いくらいの、幸せ者だ。



 僕は微睡まどろむ。

 覚めない夢へ旅に出る。


 


 世界の終わりを君と見る。叶わなかったその、夢の中へ。

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