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 カインホークの予想より遙かに早く、ヴァインは帰ってきた。到着直後はさすがに息が切れていたが、すぐに回復し、今は涼しい顔をしている。


「やっぱり冒険者ってのはタフなんだなー。俺も鍛えないと」


「そうですか? まあ、体力は自然に付いていきますよ」


 足下を注視しながらそう答えるヴァインに、勝者の余裕のようなものを感じ、カインホークはとりあえず腹筋でも割ろうと決意する。


「ガデス、腹筋割れてる系男子ってどうよ?」


「は? なんで俺に聞くし……まあ、珍しくないだろ。俺でも割れてるし」


「え、そうなの? 後で見せて!」


 ガデスの言葉にソニアが食いついた。その様子を見て、やはり女子受けに必要だ、などとカインホークは再度決意を固める。

 フェリル達が聞き出した情報どおり、街道沿いを探すと、森の奥に進む複数の足跡が見つかった。木々の間を複雑に抜けながら続いている。


「……そういえばさっきは言わなかったけど」


 探索を義兄妹に任せてその様子を見ていたフェリルが口を開いた。言葉にするのを躊躇うように、小声で続ける。


「たとえば、さっきの2人以外も森を捜索してたら--バンさん達が遭遇した可能性ってあるよね」


 フェリルの言葉に、しかし動揺する者はいなかった。黙ったまま否定しないのは、全員が考えていたことだからだろう。


「--捕まえて、奴隷にするっつってたから……無傷じゃないかも知れないが、殺される可能性は高くない」


 気休めだが、とガデスが言う。目線は足跡から外していない。 

 カインホークは地図を取り出し、足跡の軌跡を目で辿ってみた。迂回を繰り返しながらも確実に南下している。

 それらしき集落は地図に描かれていないが、ターコイズレイクで扱われている地図ならば、細かく描かれているかもしれない。


「……これで、場所が「本当は嘘でした」とかないよな……」


「いや、一応ちゃんと南に向かってる」


 陰鬱そうな顔をして呟くフェリルに、地図上に指で足跡を辿ってみせる。


「ウチの国の地図だと、小っさい集落とかまでは載ってないんだよな……たしか街道のここから細い道が枝分かれしてたんで……だいたいこの辺りに集落があるんじゃないかと」


 現在地から南南西の一角にあたりをつけて指さす。フェリルは頷くと、ヴァインとガ

デスにその話を伝えた。


「なるほど--まっすぐ行ってみるか」


「しかし予想ですから、外れる可能性もありますが」


「いや、そう時間は掛けねぇよ」


 そう言うなりガデスは氷の狼を喚びだし、その背に跨った。カインホークが予想した方角に向かって走り出す。

 全員が無言でそれを見送るなか、カインホークは口を開いた。


「詠唱無しで氷の精霊を召喚するとは、相変わらずやるな」


 見習わなければ、と重くなった雰囲気を取り繕うように、明るめの声で言う。

 実際、魔法に精通することはカインホークの目標の一つだ。ゆくゆくは母のような熟練の精霊使いになりたいと思っている。


「カインは、魔道士で在りたいんですか?」


「そりゃ、ダークエルフたるもの魔法は嗜まないと」


 竜人族には不向きなのに、と言いたげなヴァインに、カインホークは力説する。


「竜人族だから竜化できるし、ダークエルフでもあるから魔法も使える。折角ハーフなんだから活かさないと、勿体ないっしょ?」


 そう言い、カインホークは光源を作る魔法を詠唱してみせた。コインほどの大きさの光玉が手の上に生まれ、小さく弧を描いて消える。


「どうかね、ん?」


 胸を張るカインホークに、ヴァインはわずかに笑みを浮かべて頷いた。若干呆れ気味だったようだが、気は紛れたようなので問題ない。


「確かに、カインの言うとおりですね」


「うむ、そうだろう」


 耳と背筋をピンと伸ばし、重々しく相槌を打っていると、ガデスが戻ってきた。


「凄いな、ちゃんとそれっぽいのあったぞ!」


「え、マジで?」


 カインホークは思わず聞き返した。地図上の地形を参考に立てた予想が、見事に合っていたらしい。




「……みんな青緑の髪。ターコイズレイクの人みたい」


 木の陰から集落の様子を伺っていたソニアが呟く。

 カインホークの予想通りの場所に、集落は存在していた。

 木材を主にして建てられた家々は、依頼主の夫婦のものとどこか似ている。リザードマン風の家なのだろう。だが、今集落を歩く者は皆竜人族のようだ。軍を警戒しているのだろう、いずれも武装している。


「予想以上に人数がいますね……」


「まあ、現状に不満を持った武装集団、みたいだからなぁ。実数はともかく、残党って表現するだろ、軍は。きっと、最初の襲撃の時に全滅させる気だっただろうし」


 恐らく事前に襲撃を知っていたから、兵隊を集落に駐在させていたのだろう。そうカインホークが説明すると、フェリルが首を傾げた。


「リザードマンの自治に、干渉することにならないの?」


「いやー、身内の不始末だから、逆に止めとかないと。リザードマンとの関係が悪化するとマズイし」


 良きパートナーだから、とカインホークは解説しながら、昔招待された晩餐会で、ターコイズレイクの女王が各集落の長と歓談していたのを思い出す。

 勝手な振る舞いで関係に水を差すような輩を、彼女は許しはしないだろう。


「んじゃ、容赦なくやっていいんだな。--っつっても捕まった人の安全を確保しないといかんが」


「どこかにひとまとめにされてるといいんだけど。やっぱり見張りが立ってたりするのかしら、そこだけ」


「十分ありえますね。先ずは警備の厳しいところを探しましょう」


 言うなりヴァインは静かに立ち上がった。人目に付かぬよう警戒し、木々を渡る。ヴァインの誘導に従って、カインホーク達も移動する。




 集落の外れでヴァインは立ち止まり、手でカインホーク達の動きを制した。声を立てぬようジェスチャーで伝えてから、集落の方を指さす。のぞき込んだソニアが、息を飲むのが聞こえた。

 最初に視界に入ったのは、同じ外観の2棟の建物だ。恐らく倉庫なのだろう、柱に支えられる形で床が高く作られている。

 並んで建つ建物の間には竜人族の男女が立っており、その手には抜き身の大剣が携えられている。森の方を警戒するための見張りのようだが、幸いにも談笑に夢中のようで、こちらを見ようとしない。

 そして、建物の傍らにもう1組。

 大柄な男が金属性の大槌を杖代わりにして寄りかかり、にやにやと笑みを浮かべて仲間に話しかけている。声は聞き取れないが、正面に立つ男の渋面を見るに、ロクな話ではないのだろう。

 渋面の男は弓を携え、左手で弦を弄んでいる。話が終わらないかとイライラしているのかもしれない。時折隣にいる者の方を気にしながら、何度も長い髪をかき揚げる。

 隣にいる者は俯いたまま、ただそこに立っている。腰には片刃斧を2本ぶら下げているが、持ち主の左腕は力なく下げられている。燃えるような赤髪に半ば隠れて表情はよく見えないが、端に血が付いたままの口は固く結ばれ、赤黒く腫れた頬が強張っているのがわかる。

 知らぬ内に力が入っていた手を開き、カインホークは意識してゆっくりと息を吐いた。頭に上った血を下げるよう、深呼吸する。

 嫌な予想が当たってしまったようだ。だが逆に、ゲイルがあそこで従っているのならば、バンは人質として生きている可能性がある。

 近くで聞こえた布擦れの音に視線を戻すと、ガデスが無言でフードを被るところだった。怒りに満ちた目が黄緑色に変化している。心なしか張り詰めた空気が、肌をピリピリと刺激しているような感覚を覚える。

 ガデスが殺気すら籠もったような視線を見張り達に送る、前に。

 フェリルがその肩をそっと掴んだ。睨みつけるガデスに、首を振る。


「気持ちは分かる。でも冷静に、人質の安全にも気を配らないと。……ゲイルを敵もろとも感電させるつもりは無いだろ?」


 宥めるように穏やかな口調で、軽く肩を叩く。ガデスはじっとフェリルを見ていたが、ため息を吐いて目を閉じた。


「……わかったよ、ひとまず落ち着く……今すぐ消し炭にしてやりたいが」


 不穏な言葉とは裏腹に、青に戻った目から怒りの色は消えている。ガデスは嫌なものでも落とすかのように袖を払い、木に背を預けた。

 空気が戻ったのを肌で感じながら、カインホークは改めて集落の様子を覗き見た。建物の警備をしているのは4人とゲイルだけのようだ。しかし、ここに来るまでに見かけた者達を合わせると、敵の数は30人を越える。


「でも、どうすっかね。他の敵はバラバラにうろついてたけどさ。ヘタするとこっちに気付いて、集まってきちゃう可能性あるよ、コレ」


 敵の武装の殆どは剣や槍で、弓を持った者が少なかったのは幸いだが、連戦をする気にはなれない。

 だがヴァインはそうでも無いようだった。承知だとばかりに頷く。


「そうは言ってもやむを得ません。極力戦える者を妨害する方向で行くのはどうですか?」


「妨害って、どうするの?」


 ソニアの言葉に応えるように、ガデスがいつの間にか手の平に乗せていた、濃いピンク色の花蕾をみせた。催眠効果のある花粉を散らせる魔法で、眠らせる気のようだ。 


「建物越しなら、さすがに影響は少ないだろ。問題は耐性だが、長時間寝かせるってつもりじゃなきゃ問題ない--たぶん。まあ、駄目ならそれこそ、片っ端から雷電ぶつければ良いんじゃね」


 気軽い口調が、かえって信頼感を高めている気がする。

 ガデスが木から背を離したのを見て、カインホークは腰に下げていた2本の片刃の短剣を抜いた。レッドデザートのドワーフがうった逸品で、柄にあしらわれた、葡萄の木を模した装飾が気に入っている。


「大剣持ち2人は置いておいて、先に大男と弓持ちを潰そう。ゲイルは誰が抑えようか?」


「あ、俺がやるよ。リザードマン語で呼びかけられるし」


 抜いた短剣を握ったまま、カインホークは手を挙げた。本の内容は全部覚えたので、支障無く意志を伝えられるはずだ。


「んじゃ、OKだな。先ずは建物周辺の安全確保。で、次に建物の中を確認しつつ、おかわりの処理、と」


 全員が武器を手にしたのを確認したガデスが、手順を指折り確認する。頷いたヴァインに頷き返し、若草色に代わった目を敵の方に向ける。

 口と鼻を塞ぐようジェスチャーされ、カインホークは腕で顔半分を覆った。


「よーし、いい子で寝てろ、っと」


 ガデスの声を合図に、建物の周りを無数の花弁が舞い始めた。突然の花吹雪に呆気にとられていた女が、糸が切れたように倒れる。その隣に立っていた男は、女を起こそうとしたのか、手を伸ばし、やはりそのまま倒れた。

 大柄な男は、一瞬体を傾がせたものの、持ち直した。自身の顔を叩きながら、長髪の男を蹴って起こす。

 ガデスが舌打ちをしたのと同時に、ヴァインが飛び出した。カインホークもそれに続く。

 長髪の男が、膝を付いていたゲイルの左腕を乱暴に掴んで立ち上がらせた。苦痛の呻きを気にも留めず、ヴァインに向かって突き飛ばす。


『戦え!』


 長髪の男がリザードマン語で叫んだ。ゲイルが躊躇する様子を見て、叱咤する。


『どうした、トカゲどもの命はないぞ!』


 奥歯を噛みしめ、ゲイルが斧を右手で構えた。足を止めて長剣を構えたヴァインを見据える。


「……ごめん、戦わ、ないと」


 たどたどしく竜語で言うと、一気に間合いに踏み込んだ。予想外の動きの鋭さに驚きつつも、ヴァインは斧を剣で止め、背後に回り込むように受け流す。

 ヴァインの動きを追って振り返ろうとするゲイルに、カインホークは突っ込んだ。


『俺が相手だ、覚悟!』


 リザードマン語で叫びながら振るった短剣は、ゲイルに気が付かれ、受け止められた。間合いを一旦離しながら視線をヴァインに遣ると、大男に切りかかっている。その隣で、矢をつがえようとした長髪男が、顔面を鞭で打たれるのを見て、少しばかり溜飲が下がった。


『カイン……本気で、戦ってほしい』


 名前を呼ばれ、意識を目前のゲイルに引き戻す。顔が青ざめているのは、怪我のせいもあるのだろう。額には脂汗が浮いている。

 カインホークは両手の短剣を縦に1回転させ、握りなおした。軽い口調で答える。


『希望されりゃ、本気出さないとイカンよな』


 軽く地面を蹴り、間合いを詰めなおす。振り下ろされた斧をかわし、心の中で謝罪しつつ、脇腹に蹴りを入れる。よろめいたゲイルは、しかし地面を踏みしめて、すぐに体勢を立て直した。慌てて仰け反ったカインホークの鼻先を、斧が掠める。


「くっそ、丈夫だなー……」


 蹴った足の方が痛いんじゃないか、などと、砂袋を蹴ったかのような重い感触に思わず呟く。竜人族が筋肉の固まりだというのはわかっているが、自分の蹴りが通用しないとは思わなかった。

 迫るゲイルの斧を受け流しながら、カインホークは周囲を見回す。大剣持ちの男女を縛り上げていたソニアとフェリルが、仕事を終えて立ち上がっているところだった。

 ソニアがこちらを向いたのを見て、カインホークは斜めに大きく1歩踏み出した。その動きを追ったゲイルは、ソニアに背を向けるような位置に動く。


『ふっふっふ、捕まえらっれるっかなー』


 挑発しながら、カインホークは跳び退く。

 ゲイルが間合いを詰めようと踏みだし、棍に足をもつらせて転倒した。その背後で、「上手く投げただろう」と言わんばかりにソニアがVサインをしている。

 カインホークは手早く倒れたゲイルの背中に乗り、謝りながら両腕を背中に回した。ソニアにVサインを返してから、立ち上がろうともがくゲイルに、リザードマン語で話しかける。


『骨折れてるんだろ? 暴れるなって!』


『腕なんてどうでもいい! 戦わないと……!』


 必死にゲイルを抑えながら、カインホークはヴァインを見た。ここの敵を制圧して人質の安全が確保できれば、ゲイルが戦う必要はなくなる。

 縛られた長髪男がガデスに踏まれて転がっている横で、ヴァインは大男の鎚を避けるところだった。大男の顔に焦りが見えるのは、攻撃が当たらないからなのだろう。ヴァインは鎚を巧みにかわしながら、長剣を振るって大男の傷を増やし、追いつめている。

 幸い、まだ援軍は来ていないようだ。


「クソッタレが、当たりやがれぇッ!」


 大男の鎚が地面を穿った。衝撃による振動がカインホークの方まで伝わる。

 半身を下げて避けたヴァインは、左腕を翻した。手には投擲用の小さな短剣が握られている。刃は、吸い込まれるように大男の腕に刺さった。苦悶の叫びを上げて、大男は鎚をヴァインに投げつける。


「くそがッ、くそがぁッ!」


 鎚のせいで、ヴァインの反応が遅れた。

 大男が短剣を引き抜きながら、建物の入り口に付けられた階段を駆け上がる。


『駄目だ、中にみんなが!』


「うぉわっ?!」


 カインホークを押し退けてゲイルが立ち上がるのと、大男が扉を蹴破るのは同時だった。ヴァインが止めようと短剣を取り出す。


「切り裂け!」


「シルフ、頼む!」


 ガデスの声と、カインホークの声が重なった。

 魔道士達の声に答えた風は、2棟の建物の壁と屋根ごと、大男を巻き上げた。

 無傷で残された床の上で、やはりこちらも無傷のリザードマン達が、呆然と身を寄せあったまま固まっている。


「……あれ?」


 大男を吹き飛ばすつもりが、思わぬところに作用したらしい。ゲイルに突き飛ばされて地面に転がったまま、カインホークは首を傾げる。


「なんだ、今の……」


 ガデスが呻くように呟くのが聞こえた。見れば長髪男を足蹴にしたまま、半眼で大男の軌道を追っている。集落の中まで飛ばされていったようだ。


「魔法同士が作用したとか……」


「いや。切り裂けっつったのに、無傷でぶっ飛んだんだが……」


 あっけにとられているゲイルを癒しながら、そう言うフェリルの言葉に、ガデスは納得いかない様子で首を捻っている。


「って、それよりバンさんは?!」


 ソニアの言葉は汎用語だったが、意味は分かったのだろう。その声で正気に戻ったゲイルが、大男が入らなかった方の建物に駆け寄った。


『父さん!』


 床によじ登ろうとするゲイルの手を、リザードマンの集団から歩み出た者が掴んだ。安堵の笑みを浮かべたゲイルを引き上げ、力強く抱きしめる。


「よかった、ご無事でしたか」


「ああ、貴方達が助けに来てくださったんですね……! なんとお礼を言えばいいのか……」


 負傷はしていたが、バンは至って元気そうだった。しっかりとした声でヴァインに答

え、床から降りる。傷を癒したフェリルに礼を言いながら、バンは辺りを見回した。


「しかし、野盗の数は結構多かったと思うのですが、皆倒したのですか?」


「いえ、まだ--」


「そう、無駄だ! そんな少人数で、鱗無き者が我らに勝てグがッ!」


 長髪男の言葉は、重い打撃音とともに悲鳴に変わった。見ればガデスの爪先が、男の脇腹に突き刺さっている。明らかに引いているリザードマン達の視線を気にも止めず、ガデスは蹴った足を悶える男に乗せなおした。


「でも妙だな……奥まった場所とはいえ、気付かない訳ないと思うんだが、援軍が来ねぇぞ?」


「うーん。さっき飛んでった人が落ちたとことか、パニックになってそうなのにね」


 ソニアが首を傾げる。カインホークは頷きつつ、長髪男からガデスの足をそっと退かせた。さりげなく、背後に庇ってやる。

 周囲を見回すがほかの敵はおらず、来るような気配もない。


「まあ、なんにしても丁度良いよ。今のうちに、一旦安全な所に--」


 あたかもフェリルがそう言うのを待っていたかのようなタイミングで、轟音が響きわたった。

 一気に騒然とするリザードマン達を宥めながらも、自身も不安を拭えない様子でバンがこちらを見る。ヴァインが頷き、長剣を手に走り出した。


「ガデス様は護衛を!」


「あいよ、任せた」


 手をひらひらと振って見送るガデスを横目に、カインホークはヴァインの後を追う。その隣に、ゲイルが並んだ。


『あれ、お父上はイイん?』


『フェリル達がいるから。……俺も、役に立ちたい』


 真っ直ぐヴァインの背中を見据えたまま、ゲイルが答える。カインホークは笑みを浮かべて頷き、視線をヴァインの方に戻した。不意に立ち止まった背中に、ゲイルが声を掛ける。


「ヴァイン! え、っと、何が?」


 ゲイルが来ていると思わなかったのだろう、僅かに驚きの表情を浮かべたヴァインは、しかしすぐに気を取り直して、それまで見ていたものを指し示した。

 集落の中心部では、戦いが繰り広げられていた。至るところで竜人族やリザードマンが武器を打ち合わせている。

 リザードマンの魔道士2人が同時に杖を振るうと、虚空から現れた無数の石が、けたたましい音を立てて落ちる。先ほどの轟音の正体はこれのようだ。


「別の戦いが起きていたせいで、援軍に来れなかったようですね。……新手は、軍の一団では?」


 ヴァインの言うとおり、集落に居座っていた者達と戦っている者は皆、防具に揃いの紋章が刻まれている。


「うん、ターコイズレイク軍だ。場所聞いて来たんだろうな」


 戦いは、軍の方に有利に進んでいるように見える。人数差もあるだろうが、魔道士や神官がいるのが大きいようだ。


「集落の被害……」


「一応配慮はしていそうです。--とはいえ、すでに2件壊れていますから、少なくはないかと」


 複雑そうに呟くゲイルに、ヴァインが答える。

 確かに、目に見える範囲では、ひどく損壊した家屋は無さそうだ。カインホークは辺りを見回し、被害状況を確認する。

 不意に、視界の端で何かが光った。

 それが鏃だと気付く頃には、矢はすでに放たれていた。せめて急所は外そうと身を捩りかけ、ヴァインに勢いよく押さえつけられて倒れ込む。

 矢羽が風を切る音は、背後で上がった金属音にかき消された。倒れたまま反射的に振り返ると、どこに潜んでいたのか、男が振り下ろした剣をゲイルが左手に握った斧で受け止めたところだった。ゲイルはそのまま剣を跳ね上げ、右手の斧を相手の腰に叩き込む。

 苦痛の呻きを上げて倒れた男の喉元に、いつの間にか立ち上がっていたヴァインが長剣を突きつけた。

 矢を撃ってきた女はどうなったのか、カインホークが視線を戻すと、自身が矢に射られて倒れ伏している。


「カイン、無事? 怪我とか--」


「お、おう、二人が守ってくれたお陰で無傷。--いやー、びっくりしたな」


 心配そうなゲイルに手を借り、カインホークは立ち上がった。服に付いた土埃を払いながら、笑顔を作る。


「庇ってもらうとか、お姫様みたいで恥ずかしいわー」


「そうですか。何の心配もなさそうで何よりです」


 頬に手を当てて言ってみせると、ヴァインに心底呆れたような口調で答えられた。目も冷ややかだが、安堵の裏返しに違いないとカインホークは納得する。


「大丈夫ですかー!」


 遠くから、声を掛けながら兵士の一人が駆け寄ってきた。手に弓を握っているところを見るに、女を射ったのは、この年若そうな青年のようだ。カインホークはその顔に見覚えがあった。


「やあ、受付にいた人でしょ? ありがとうございました」


「ああ、覚えてくれてましたか! 無事に野盗軍団を制圧できましたよ!」


 青年は満面の笑みを浮かべた。確かに戦いに決着が付いたようで、あちこちで賊を縛り上げる兵士の姿が見える。


「皆さんが残党を捕まえた上に、集落の位置を竜巻の合図で教えてくれたお陰です」


「竜巻? ……ああ、カインの魔法ですか」

 偶然、森の外から目撃できたらしい。大男を巻き上げた風が、思わぬ効果を発していたようだ。

 ふと、ゲイルが青年の後方に目を遣った。視線を追うと、目前の青年よりも立派な体躯の男が歩いてくる所だった。


「あ、うちの部隊長殿ですね。隊長ー!」


 青年が手を振る。男はゆっくりとした歩調で歩いていたが、唐突に動きを止め、すぐに駆け寄ってきた。


「あれ、隊長そんな急に慌ててどうし、いたた!」


「失礼しました! おま、気が付かんかったのか!」


 男が力づくで、青年の頭を下げさせる。


「こちらの方は隣国のカインホーク殿下であらせられるぞ!」


 言われてカインホークは思い出した。部隊長の男は、王宮に訪問した際に見かけたことがある。


「ええっ?! そ、それは大変なご無礼を!」


「イ、イヤイヤイヤ! 他人のそら似ですよー。ボクただのしがないダークエルフですってー」


 ダークエルフと竜人族のハーフなど、そうそういるものでもないが、とりあえず誤魔化すことにした。他国の王族がこの件に関わったというのは、お互いのためにならないはずだ。


「タダの冒険者ですから、友人を助けに来ただけですし」


 言いながら、身分証を見せる。疑わしそうな目で見る青年のわき腹を突きながら、部隊長はしぶしぶといった体で頷いた。


「そう、ですか--。いや、失礼いたしました。あまりにも似ておられたもので」


 言いながらも、丁寧な対応は変わらない。そういうことにしておく、といったところだろう。


「えーと……あ、そうだ。集落の外れに、人質が集められていたので保護しときました。今、仲間が側に付いてますよ」


「む、それはありがとうございました。我らは押し入ってきた形ですから、早速ここの長に顔を通しに行って参ります」


 部隊長はそう告げると完璧な敬礼をし、涙目でわき腹を押さえている青年を引きずるように連れて、集落の外れへと消えていく。

 その様を見送り、カインホークはため息を吐いた。


「滅多に表には出なかったんだけどなー……まさか気付く人がいるとは……」


「お忍びならば、遠方のほうが良さそうですね」


「んんー……まあ、それでもこの国しか来たことないから、たぶん大丈夫」


 小声でヴァインと話す。それを見ていたゲイルが、首を傾げて聞いてきた。


「隣の、でんか?」


「え、あー、いや。さっきの人は、勘違い--」


『シルバーフィールドの、カインホーク=プラテナ=シルバーフィールド第三王子?』


 正確に指摘され、カインホークは思わず黙った。極力兄2人の影に隠れて来たはずだが、思いのほか悪目立ちしていたのだろうか。


「ゲイルは、知っているんですか?」


 雰囲気で会話の内容を察したのであろうヴァインの問いに、ゲイルは頷いた。


「父さんが、昔宴で」


「ああ、あの晩餐会かー……」


 昔招待された時に、リザードマン達とも話した記憶がある。当時は鱗の色でしか彼らを見分けられなかったが、言われてみれば、その中にはやや濃い緑灰色の鱗のリザードマンもいた。


「んーと--確か、釣りのやり方を教わったような……」


 記憶を引っ張り出して言ってみると、ゲイルが頷いた。


「気さくな、良い人だったって」


「いやー……そんなことは、ないんだけどな」


 笑顔で言うゲイルに、カインホークは苦笑して答えた。持ち上げられると、返って申し訳ない気持ちになる。

 自分はまだ、評価を貰うべき者ではないのだから。

 




(9に続く) 

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