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 穏やかな風に揺られ、水面がきらきらと輝いている。国名の元である碧色の湖が一望できる公園は、休憩スポットとして人気があり、芝生に寝転がるものや弁当を食べるもの、談笑するものなど、皆思い思いのことをしてくつろいでいる。

 一仕事を終えたフェリル達も、芝生に腰を下ろして弁当を広げた。野盗を捕らえた謝金は全て飲み物に変わったが、そもそも少額なので問題ない。


「これが全て自家製って、凄いな……」


 葦で編まれた箱を見下ろし、カインホークが感嘆の声を上げる。中には鱒の薫製や川エビの素揚げ、マリネ、オムレツ、ミートローフ、チーズなどが彩りよく詰められ、クルミ入りのパンが添えられている。


「ありものを詰めただけ、なんて言ってたが--いやー、豪華だな」


 葡萄酒のオレンジジュース割りを片手に、ガデスがエビに手を伸ばす。その隣でしれっとヴァインが麦酒を空けているが、珍しいことではないのでフェリルは何も言わない。二人とも大人なので、加減はわかっているはずだ。


「普通にお酒飲むのね、お昼から」


「真似はしないほうがいいと思うよ、ソニア」


 鹿肉をかじる愛犬を撫でながら、どこか羨ましそうに言うので、止めておいた。


「−−そういえば、カイン。リザードマン語覚えたの?」


「んう? ……っと、まあそれなりに」


 頬張っていった魚を飲み込んでから、カインホークは頷いた。先程、露店の店主とリザードマン語で話していたのだ。彼の前には、気を良くした店主がサービスでくれた小魚の唐揚げが小山を作っている。


「本は一通り覚えたから、後は実践かなー」


「え、もう?」


 確かに昨夜、寝る前に本を読んでいたが、まさか読破しただけで覚えるとは。思わず半信半疑で聞き返すと、ソニアが頷いた。 


「結構記憶力が凄いのよ、カイン」


「まぁ、そこそこになー」


 ゼダン王の自慢は、あながち親の贔屓目だけではなかったらしい。

 フェリルがいささか失礼な感心の仕方をしていると、視界の端で何かが揺れるのが見えた。気になって振り向くと、湖を見る女性の髪に結ばれた青いリボンが、風に揺れている。

 既視感を覚え、フェリルは首を傾げた。ごく最近、似たような何かを見た気がする。

 フェリルの視線が気になったのだろう、カインホークが振り返った。フェリルが見ていたものを認め、少し考え込んでから口を開く。


「……そういえば。あの麻紐は、彼らが結んだのかな?」


「麻紐? ああ、ガデスとフェリルが回収したやつね」


 その言葉を聞いて、ガデスがコップとパンを置いた。考え込むような表情で、首を傾げる。


「あれ、何のためだったんだろうな。孤立してる民家を襲うための目印なら、それ以外−−ましてや冒険者を襲う必要無くないか……?」  


 言われてみれば、確かにそうだ。フェリルは若き兵士の言葉を思い出す。


「--もう一団体、違う野盗団の残党がいるって言ってたね。兵隊は、まだ見つけられてないようだったけど」


「そう、だな……。早く帰った方が良いかもしれません」


 ヴァインの言葉に、皆無言で頷いた。




 ターコイズレイクからリザードマン夫妻の家までは、徒歩でこそ3時間の道のりだが、竜の翼ならば30分も掛からない。フェリル達はヴァインとカインホークの背に乗り、夫妻の家の横に降り立った。

 家は一見、何の変化もない。門が開き、よく手入れされた畑が見える。

 だが、誰もいない。

 辺りは静かで、木の葉が風に揺れてさざめく音が聞こえるだけだ。

 セージが、耳を立てて家の扉を注視している。狩りをするかのように、音を立てずに扉に近付く。


「--中にいるみたい。でも普通じゃないっぽい」


 ソニアの言葉を受けて、ヴァインが静かに剣を抜いた。ガデスと共に黒犬に続くと、家の扉から死角になるところに待機する。

 フェリルは焦燥感を抑えて、門の陰に身を潜めた。

 もし、血の臭いでもしたならば、セージの反応は違うはずだ。まだ、この場に関しては間に合う。

 唐突に、家の扉が乱暴に開かれた。布で口を覆った女が家から数歩歩き、立ち止まる。


「早く来い! ぐずぐずするな!」


 男の声で竜語が聞こえた。それとともに、女と同様に顔の半分を隠した男と、引きずるように連れられたナグ夫人が出てくる。

 女が振り返り、びくりと身を震わせた。身を潜めてたヴァイン達に気付いたのだろう。

 だが、もう襲い。

 セージが、黒犬姿のまま男に飛びかかった。不意を突かれて動揺する男の手が、突き飛ばすようにナグを離す。倒れそうになった夫人を、駆け込んだガデスが抱き止めた。

 女は剣を抜こうとしたが、不意に肩を押さえた。押さえた指の間から、深々と刺さった短剣の柄が覗く。

 後ずさった女の背中を、ソニアの棍が打ち据えた。よろめく女の脚を棍で払い、転倒させる。

 ようやくセージを振り払った男が剣を抜いた。切りかかったヴァインの剣を受け止める。

 フェリルは飛び上がり、男の背後から大鎌を振り下ろした。刃は、剣を引いたヴァインに反撃しようとした男の肩に吸い込まれる。男が呻き、膝を付いた。

 不意に、陰が差した。上を見上げたフェリルは、男から離れる。

 白銀の竜に姿を変えたカインホークが、敵をまとめて踏みつけた。




 ナグに目立った怪我はないようだが、酷く動揺していた。震えながら、しきりにリザードマン語で何かを呟いている。


「--カイン、ソニア。夫人をお願いできますか? 家の中にお連れして、落ち着かせてあげて下さい」


 縛り上げて座らせた男女から目を離さずに、ヴァインが言う。ソニアは頷き、ナグの肩を抱いて家に入った。カインホークは何か言いたげだったが、結局何も言わずにソニアの後を追った。

 扉が閉まるのを確認してから、ヴァインは2人を引きずり、塀の外に連れだした。家から少し離れたところで、放るように手を離す。

 ヴァインは後に付いてきたフェリルとガデスを一瞥し、しかし気にした様子なく短剣を取り出した。


「ふん……拷問でもする気か?」


 男の言葉に、ヴァインは淡々と答える。


「ええ。手っとり早く、指の爪を削ぎます。無事な指が多いうちに、何が目的でどこから来たのかを話すのがいいかと」


 嘲るように、男は喉奥で笑った。短剣を見据え、口の端をつり上げる。


「その程度で、口を割ると思うのか? 誇り高き竜人族が。同族に見くびられるとは、愉快だな」


「耐えられても問題ありません。続けて、他の部分を削ぐだけです」


 そう言い、男の傍らにしゃがみ込もうとしたヴァインを、ガデスが手で制した。


「まあ、待てよヴァイン。それじゃ時間掛かるだろ」


 魚の捌き方に口を出すかのような気軽な口調で言い、ガデスは男に歩み寄る。

 見下したように笑う男を一瞬見るが、そのまま横を抜け、女の側に立った。俯いたままだった女が、びくりと身を震わせる。だが顔を上げると、気丈にガデスを睨みつけた。


「ま、待て。彼女は何も--!」


「知らないわけないだろー。それに、力づくで吐かせようって訳じゃないし」


 初めて動揺した男を鼻で笑ったガデスは、フードを被り、女を立たせた。

 女の元に這い寄ろうとする男を、フェリルはヴァインと共に抑える。


「私ならたやすく吐くと思ったのか。侮るなよ……!」


「いや? 力任せってのも面倒だし」


 刺すように睨む女に平然と答え、ガデスは小剣でその戒めを斬った。突然のことで呆然とした女は、しかしすぐに正気に戻って逃げ出す。

 2歩目を歩めずに、その足が止まった。


「な、なんだこれは?!」


「……精神にもクる攻撃の方が、効果的だろ」


 音を立てて、女の体が水晶に包まれていく。その様を、琥珀色に変わった目で冷ややかに眺め、ガデスが笑みを浮かべた。

 蒼白になった男に振り返り、優しい声色で告げる。


「あっと言う間に、水晶の棺に眠るお姫様の出来上がりだ。ただ、おとぎ話と違ってな……放っておくと窒息死するんだ。顔が歪んで色が赤黒くなってきたら、いよいよ限界だろうな」


 男は抵抗するのも忘れて、水晶漬けになった仲間を呆然と見ている。


「死に逝く仲間を見たいってんなら、このまま--」


 言いかけたガデスの背後で、水晶が弾けた。女の姿が青緑色の竜に変わる。

 男の顔に安堵の色がよぎった。

 長い首をもたげ、女が咆哮した。鋸を思わせる咢がガデスを襲う。


「……残念、惜しかったんだけどなぁ」


 笑みを浮かべて見上げるガデスに食らいつく前に、女の動きが止まった。その体は、先程よりも厚く水晶に覆われている。


「そう易々と逃がすわけないだろ? その棺を砕いても、さらに手厚く埋葬されるだけさ」


 強度を確かめるようにその表面を軽く叩き、ガデスが男に向き直った。


「それで、どうする? このまま観察してるか?」


「話す! ……話すから、彼女を解放してやってくれ……」


 懇願する男を見下ろし、ガデスは微笑み頷いた。


「そう。……何を? 内容を確認しないとなぁ」


 男が睨みつける。歯軋りをして、口を開いた。


「……我らはリザードマンどもを捕らえに来た。--気高き竜人族に、隣人などいらぬ。鱗無きものは、我らに下り、付き従うのが相応だ」


「ふーん。で、アジトは?」


「ここから街道を横断し、さらに南に行った、小さな集落だ。そこに捕らえたリザードマンを集めている……奴隷にするために。--これで全部だ、早く彼女を解放しろ!」


 真偽を確かめるためか、ガデスはじっと男の顔を見ている。やがて頷くと、指を鳴らした。それを合図に、水晶が砕ける。

 解放された女は人の姿に変わり倒れ伏した。激しくせき込み、気を失う。ガデスは手早くその手足を縛った。

 フェリルが手を離してやると、男は必死な様子で女ににじり寄った。呼吸を確かめてから、それを見下ろすガデスを殺意を込めたような目で睨む。


「卑劣な外道め……!」


「あん? 他人を奴隷扱いしようとした人間が被害者ヅラって、笑わせんなよ」


 寝言は寝て言え、とガデスは冷笑で答える。フェリルは男の動きを警戒しながら、口を開いた。


「これで彼らに用は無くなったけど……どうする?」


 男が女を庇うように振り向いた。憤りに燃える目を、フェリルは何の感情も無く見返す。


「置いとくのも面倒だな。とっとと連れてくか」


 ガデスは腕組みをし、顎で合図をする。

 ヴァインが頷き、竜の姿になった。両手で男女を掴み、一気に飛び上がる。去り際に男が恨み言を叫んでいたようだが、力強い羽ばたきにかき消され、届かない。

 巻き起こった風が木々を激しく揺らし、やがて嘘のように静かになった。全力で飛んでいったようなので、そう掛からずにターコイズレイクまで行って帰ってくるだろう。

 フェリルは風で乱れた髪や服を直し、翼に付いた葉を払った。肺の空気を入れ換えるように、息を吐く。

 背後で、長く大きなため息が聞こえた。振り返ると、ガデスがぐったりと傍らにあった木に抱きつくところだった。


「疲れた……ソニア達に見せちゃだめだよな、あれ……」


 幹に頬を付けたまま、呻くように呟く。


「まあ、流血はさせなかったじゃないか」


「爪剥ぐのとエグさは変わんねぇけどな。--ああ、木は落ち着くわぁ」


 それほど疲弊するのならば、ヴァインに任せて見てればよかったのでは。フェリルはそう言いかけ、すぐに考え直した。それが出来ないから、手出しをしたのだろう。


「いやー、昨日のキラキラ冒険者とはやっぱり違うな」


「きらきら? ああ、昨日の3人」


 住む世界が違う、などと話をしていたことを思い出し、フェリルは首を傾げた。自分達とは真逆だと思っていたが、もしや妹は少し羨ましいのだろうか。


「うーん……まあ、「そのままの君が良いんだ」って言ってくれる男性も、世の中にいないことは無いと思うよ?」


 フェリルの言葉に、ガデスは顔を上げて、訝しげに眉根を寄せた。


「あれ? 「こんなんじゃ彼氏できないっ」とかいう意味かと思ったんだけど、違うの?」


「いや、微塵もそんな気無いが。面倒だし」


 ありえない、などと木に抱きついたまま、ガデスは否定する。


「そう? ほら、学者のエリック殿とか」


「あれは、ただの友達だって」


 そう言うわりには仲が良かった気がするのだが。そうフェリルが指摘すると、ガデスは大きく首を振った。


「ないない。そもそも俺だと性べ--いや、うん。間違いなく守備範囲外だし」


 何かを言いかけて、ガデスは言い直した。何にしてもフェリルの思い違いだったようだ。


「--って、のんびり話してる場合じゃないよな。ヴァインが戻ってきたら、早速アジト探さないと」


 ガデスはそう言うと木から体を離し、家に戻る。




 扉を開けると、ちょうどカインホークが外に出ようとしているところだった。ドアノブに手を伸ばした状態で、目を丸くしている。


「うわ--っと、びっくりしたー。ちょうど様子見に行こうかと」


「ああ、ごめん。聞きたいこと聞けたんで、ヴァインが兵隊に引き渡しに行ってるよ」


 苦笑しながらそう言うと、カインホークは真面目な顔でフェリルをじっと見た。かろうじて聞き取れるほどの小声で話す。


「--どうやって、とは聞かないけどさ。俺には気を使わなくていいぞ? 野郎だし、仲間だし」


「……大丈夫、そんなに酷いことはしてないよ。でもまぁ、わかったよ」


 フェリルの言葉を聞いて、カインホークは納得したといった様子で頷いた。横に避けて、フェリル達を招き入れる。


「あ、お帰りなさい--あれ、ヴァインは?」


「さっきの野盗を超特急で連行中。到着と同時に飛行酔いで吐くかもな」


 乗り心地の配慮無しだから、とガデスがソニアに説明する。

 台所から出てきたナグがそれを聞いて、ほっとしたように軽く息を吐いた。お茶を用意する手は、まだ僅かに震えている。


「危ないところを助けていただいて、本当にありがとうございます。先ほどは怖くて、動揺してしまって……」


「いえいえ、こちらもツメが甘くて申し訳ない。仲間が戻ってきたら、元からぶっ潰しに行ってきます」


 ガデスは夫人を力付けるように、胸を叩く。夫人は微笑んで頷いたが、その表情は浮かない。


「あとは、あの人達が帰ってきてくれると、安心できるのですが……」


「狩りに行ってるんですよね。いつも戻ってくる時間はどのくらいです?」


 フェリルの質問に、夫人は柱に掛けられた時計を見上げた。夫人の趣味なのだろうか、文字盤にガラスのビーズが華やかに装飾されている。綺麗ではあるが、素朴な雰囲気の家のなかではどこか浮いている。


「……あと、1時間もすれば、戻ってくるはずです」


「うーん、まだ結構あるのね、時間」


 ソニアが考え込む。ナグの安全のことを考えているのだろう。先程襲われたばかりで、一人にするのは気が進まない。


「あ、ですが私なら大丈夫ですから。じきに2人も帰ってくるでしょうし」


「そうは言っても……うん、やっぱりセージにお留守番してもらうのがいいかも」


 ソニアの言葉に、任せてほしいと言わんばかりに黒犬が一鳴きする。夫人はその様を見て微笑ましそうに笑った。


「まあ、この子が守ってくれるんですか? よろしくね」


 ナグに撫でられ、セージは気持ちよさそうに目を細める。フェリルはそれを見ながら、ふと昨夜の様子を、ナグが知らないことに気が付いた。


「あー、ナグさん。その子、いざとなったら変身して、巨大化しますから」


「まあ、凄い子なんですねー」


 嘘は言っていない、とフェリルは心の中で頷く。詳しく説明するならば、ヘルハウンドという魔物なのだが、言えばかえって怯えさせてしまうだろう。


「よし、じゃあヴァインが帰ってきたらすぐに出るか」


 ガデスの言葉に、仲間達が頷いた。




(8に続く)

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