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リザードマン夫婦の家からターコイズレイクの首都までは、街道を通ると、普通の早さならばおよそ3時間かかる。野盗達が素直に歩いてくれるとも限らないため、ガデス達は朝早めに出掛けることにした。
「どうぞ、気を付けていってらっしゃい」
ナグ夫人は手作りの弁当を拵えて見送ってくれた。その隣に、バンとゲイルも並ぶ。2人は今日も狩りに出掛けるという。
ゲイルが何事かを父に尋ねた。かみ砕くようにゆっくりと答えるバンに頷き、ガデス達に向き直る。
「--いって、らっしゃい。また、後で」
たどたどしく竜語で言って微笑み、手を振った。隣で夫婦が満足そうに大きく頷いている。
その様子を微笑ましく感じながら、ガデス達はリザードマン夫婦の家を出発した。
「--ブルーパレス、オブシディアンケーブ、イエローバレー……どこも他人を受け入れねぇ、クソみてぇな馴れ合いばかりだ。まともな稼ぎ口なんかなかったよ」
道すがら、野盗達は素直に歩きながら身の上話を始めた。
人族の者も竜人族の者もみな社会から弾かれ、生きていくために野盗を始めたのだという。
「まっとうな「竜人族様」がそんなに偉いのかよ、え?」
青髪の竜人族の男がヴァインに絡む。目の色がヴァインと異なり金色なのは、別の種との混血なのだろう。
「生憎と私もそちら側なので、文句を言われましても。排他主義がくだらない、という意見には同意しますが」
「は? あんた純血だろ。なんで……そうか、殻付きか」
同情するように言う男を、ヴァインは冷ややかに一瞥して鼻を鳴らした。興味を失ったかのように余所を向く。
その様を見ていたガデスの袖を、何かが引っ張った。振り向くとカインホークが掴んでいる。
「ん? どした」
問いかけたガデスを引き寄せ、カインホークは小声で耳打ちした。
「--ヴァインって「殻付き」だったのか?」
「ああ。そうだって、親父と話してたが」
竜人族にはごく稀に、卵で生まれる者がいる。通常は人の姿で生まれ、成長すると竜に変われるようになるのだが、「殻付き」と呼ばれる彼らは竜の姿で誕生し、成長とともに人の姿に変化していく。
ガデスが肯定すると、カインホークは表情を曇らせた。
「んじゃ、八鱗連合はあまり来たくなかったかな……。俺らが行けば良かったか」
「いや、シルバーフィールドは嫌ってないはずだぞ。内陸の奥の方は嫌いだろうが」
成長過程の容姿や、産卵は命を落とす確率が非常に高いことなどから、「殻付き」は忌み子として迫害されることも多いという。
カインホークはそれを心配しているようだが、シルバーフィールドにおいてヴァインが奇異の目で見られたことはないはずだ。人の姿になってしまえば、「殻付き」と気付かれることがないからだ。
そう否定してもなお、カインホークが気にしているようなので、ガデスは袖を振り払ってヴァインを引っ張ってきた。素直に連れてこられたヴァインの腕に掴まったまま、直球で聞いてみる。
「ヴァインってさ、ターコイズレイクとかシルバーフィールドって嫌い?」
「は? いえ、レッドデザードとグリーンプレーン辺りまでなら、特に嫌っていませんが」
唐突な質問にヴァインは気にしたふうもなく、ガデスが言った国よりも内陸に位置する2国を挙げた。ちょうど冒険者協会が機能している境界だ。
「だってさ、カイン」
「お、おう。そっか、良かった……っていうか本人連れてきちゃうか……」
「積極的だなー……」などと呟くカインホークを無視して、ガデスは手を離した。解放されたヴァインは、再び野盗達の隣に付く。
それまでフェリルに話しかけていた野盗達が、戻ってきたヴァインにも話しかけ始めた。
野盗達が2人に対して友好的になったように見える。同じような境遇にあった仲間だと認定したのかもしれない。
その様子を眺めていると、前を歩いていたソニアが歩を緩めてガデスの隣に並んだ。その足下には、先程まで先駆けさせていた黒犬が付いている。
「やっぱり今日は、街道にはいないみたい。兵士の人」
「そっか。途中で引き渡せれば楽だったんだけどな」
昨日に会った野盗狩りをしていた兵士らは、今日はいなくなっていた。野盗達を兵隊に引き渡すためには、ターコイズレイクの城下町にある詰め所まで行かねばならない。
「まあ、遅れることなく、素直に歩いてくれるだけマシか」
「ね。じゃないと、連れてくの大変よねー。2人と1匹で担いでく感じ?」
「セージで追い立てりゃいいんじゃね?」
「いやいや」
カインホークが、会話に混じってきた。
「魔法で飛ばせるっしょ」
自信ありげに、そう提案する。
確かに、ガデスが全力を出せば、まとめて連行することも不可能ではない。だが、一括りにするか、漁網でくるむかした野盗達をぶら下げて飛ぶのは、疲れる上に凄く目立つ。そう言うと、カインホークは首を横に振った。
「俺と一緒に手分けして、風の精霊に頼めばOKだろ」
「え、カインも魔法? 竜化できるのに? わざわざ?」
訝しげなガデスの言葉に、当然だとばかりに頷く。
「まあ竜化でもいいけど、たまには魔法も使わないと腕が錆びるしな」
そもそも錆びる腕があるのだろうか。
ガデスの目には、確かにカインホークに懐いている風の精霊が見える。だが懐かれ方は変に馴れ馴れしく、ガデスやエリックのそれとは違う。
疑惑の眼差しのまま、カインホークからソニアに視線を移すと、困ったような笑みで余所を向いている。
「--ちなみにカイン、魔法得意なのか?」
「ふっふっふ、そこらの竜人族とは違うのだよ……。確かに思いも寄らない効果になることは多いが、死ぬほどの惨事にはならない!」
物騒な単語に反応したのだろう、前方の野盗達がぎょっとした様子で振り返る。問題ないことを手振りを交えて伝えてから、ガデスはカインホークに向き直った。
「……それって、失敗してるって言わないか?」
「そうかぁ? ちゃんと目指した結果にはなるよ。な?」
同意を求められ、ソニアが困り顔のまま振り返った。なんと言おうか考えているのだろうか、視線が泳いでいる。
「えっと、うん。結果は一緒……かな」
ソニアが最後に小さい声で「……一応」と付け加えたのが聞こえたが、ガデスより耳が良いはずのカインホークは気付かなかったようで、満足気に頷いている。
「……まあ、いっか。こっちに被害は出ないみたいだし」
例えばもし、ソニアに被害が出たことがあるならば、カインホークは魔法を使おうとしないだろう。「死なない程度の惨事」というのに見舞われるのは、敵か、あるいはカインホーク自身に違いない。
「ふっふっふ、期待すると良い。竜人族にも魔道士がいることを見せつけてあげようじゃないか」
「あー、うん。しとくしとく」
怖いもの見たさという意味を密かに込めつつ、ガデスは頷いておいた。
その後も問題なく街道を進むことができたため、ターコイズレイクには予定通りに到着した。門番に事情を話すと、城前の詰め所まで連行するよう言われたので、そのまま町に入る。
湖に浮かぶ城が観光名所として有名なこともあり、町は様々な種族で溢れている。城まで続く大通りには露店が建ち並び、リザードマンや竜人族の店主が客の呼び込みをする声が賑やかだ。
「こんなの始めてみたぞ、おい……」
野盗の1人が感動したかのように声を震わせ呟いた。
「うん? こことかシルバーフィールドとか来たこと無かったの?」
「そう珍しくないのに」というフェリルに、野盗達は頷く。
「俺らが知る町ってのは「竜人族様」が大手を振るって、その他の奴は隅で息を殺している、そんなもんだった……」
「あー、そりゃ難儀だったな。--行くぞ」
食い入るように大通りを見つめている野盗の肩を叩き、ガデスは歩くよう促した。
波が引くように人々が開けた道を進むと、すぐに城に続く大橋と、その隣に建つ詰め所が見えてきた。
詰め所の受付には、年若そうな兵士が落ち着かない様子で座っていた。ガデス達に気が付き、椅子を蹴倒しながら立ち上がる。
「うわっ、とと、あ、はい。すいません、何用でしょうか?」
「野盗の一団を連行してきました。引き取ってもらえますか?」
ヴァインの説明を聞いて、兵士の顔が明るくなった。
「おお、捕まえましたか! ありがとうございます、それでどこに--」
「ええ、こちらに」
青緑の目を輝かせていた兵士は、ガデス達の後ろに立つ野盗達を見て困惑したような表情を浮かべた。
落胆しているように見えなくもない。
「えっと……昨日探してた人と違います? もしかして」
「え、あ、いえ、はい。捕まえて下さってありがたいです。--ええと--」
若い兵士は視線を明後日の方向に遣り、何事かを迷うそぶりを見せた。やがて、覚悟が決まったらしく、ガデス達に向き直る。
「--実は……我らが追っている野盗は、我が国出身の竜人族だけで構成されたグループでして。集落を襲うような凶悪な集団なので、総力を上げて捜索しているんです」
なんて野郎だ、などと野盗達が呟くのが聞こえた。「人のことを言えるのか」と思いつつ、ガデスは口を開く。
「わかった。見つけたら、とっ捕まえて連れてくるよ」
「ありがとうございます!っとと……何分凶悪な相手なので、ご無理はなさらずに、お願いします」
再び椅子を蹴倒しながら勢い良く頭を下げた兵士に野盗達を託し、ガデス達は詰め所を後にした。
(7に続く)