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 灯りが少なく月も無いからだろう、夜天は星でひしめき合っている。

 ソニアは空を見上げて感嘆の声を上げかけ、慌てて口を押さえた。密かに見張りをするというのに、大きな声を出しては気付かれてしまう。

 辺りが暗いためぼんやりとだが、ガデスがあっと言う間に屋根に上がるのが見えた。フードを被って銀髪が目立たないようにしているようだ。

 闇に目を凝らしてゆっくり歩き始めると、カインホークが手を引いて塀まで誘導してくれた。


「……夜でも見えるようになる眼鏡とか、誰か作らないかな……」


 塀に手を突いたフェリルが小さく呟くのが聞こえた。

 この場で見えないのは彼とソニアだけだ。夜目が利く人が少し羨ましいが、今嘆いても仕方がない。

 ソニアは座り込むと、手招きで犬を呼び寄せた。黒く艶やかな毛皮を撫でてやりながら、命令する。


「セージ、いい? 周囲を見回ってきてね」


 愛犬は頷くと、音も立てずに跳躍し塀を乗り越える。何か怪しいものを見かけたら、合図を送ってくれるだろう。

 未だ姿を見せたことがない不審者は、毎回日付が変わるぐらいの時間に来るという。ソニアの役目は、それまで待機していることだけだ。

 欠伸をかみ殺しながら辺りを見回すと、ヴァインは目を閉じ、腕組みをして塀に寄りかかっている。

 立ったまま寝ているように見えたので眺めていると、気付かれたようでソニアの方を振り向いた。愛想笑いで適当にごまかし、ソニアは視線を別の方向に遣る。

 カインホークはゲイルと本を挟んで何かをしている。単語を指さしあうことで会話をしているようだ。たまに声を忍ばせ笑い合うのが、実に微笑ましい。


「……ふふ、目の保養……ふぁ」


 少しでも気分を上げて誤魔化そうとしたが、瞼が重たくなってきた。

 大分目が慣れてきたとはいえ、辺りが暗すぎて眠くなるのだ。昼間の歩行による疲労も、良い具合に眠気を助長している。


「……寝ちゃっても大丈夫だよ?」


 両頬を引っ張って耐えているのを見かねたのだろう、そう言うフェリルに首を振って、ソニアは立ち上がった。

 一人だけ甘えるわけにはいかない。


「……とはいっても、昨日遅かったのよね……」


 立ったままでも寝てしまいたい衝動に、体を動かして耐える。

 遠くから、遠吠えが聞こえた。ソニアは耳をすまして、次の反応を待つ。あれは、愛犬が何かを見つけた合図だ。

 再び、遠吠えがソニアの耳に届いた。先程よりも近くなっている。


「今のは……」


「うん。こっちに追い込んでるみたい」


 側に立てかけていた棍を手にして、じっと待つ。

 眠気はとうに消えている。


「ん、声が近づいてきたな」


 一番耳が良いであろうカインホークがそう呟くと、塀によじ登った。ソニア達も外で待ちかまえようと、門から出る。

 屋根を見ると、ガデスが身を乗り出して森を注視している。

 ほどなく、ソニアにも声が聞こえてきた。


「--ぃゃあああぁぁ!」

「ぎゃぁあああ、来るなぁぁ!」

「ひいいいいい!」


 複数の人の悲鳴だ。声の様子から察するに、必死で逃げてきているようだ。木々の奥に、激しく揺れる灯りが見える。

 灯りはぐんぐんと近付き、やがて持ち主の姿が見える距離になった。

 半泣き顔で先頭を走っているのは、若草色の長髪を持ったエルフの娘だ。その背中を守るように、金髪の人族の青年と、赤銅色の髪と髭のドワーフが続いている。見た目から察するに冒険者のようだ。

 そして少し距離を開け、人族や竜人族の男達が走っている。粗野な風貌と身なりからして野盗ではないだろうか。

 金髪の青年が、呆然と眺めているソニア達に気が付いた。


「逃げてくれ、危険な魔物に追われている!」


 青年がそう叫ぶと同時に、森の奥から見上げるほどの体躯の犬が姿を現した。

 灯りに照らし出された毛並みは闇の如く黒く、双眼と口から覗く牙には青い炎が揺らめいている。

 ゆったりとした歩みが、返って威圧感を増している。


「うがッ--ひ、ひいぃ」


 後方の男達の一人が、根に躓いて倒れた。腰が抜けたのか立ち上がれず、後ずさる。

 周りの男達が遠巻きにまごついているなか、金髪の青年がエルフの制止を振り切り、倒れた男の前に立ちはだかった。


「ダメ、ダメよ逃げないと!」


「駄目だ、見捨てるわけにはいかない!」


 槍と盾を構え、仁王立ちする。その隣に、不敵に笑ってドワーフの男が並んだ。


「ほんに仕方ないのう、お前さんは」


「バーグ……すまない、ありがとう!」


 エルフの娘は振り返り、ソニア達に向かって叫んだ。


「お願い、手を貸して! 彼が--アベルが死んじゃう!」


「え、あ、えっと、あの」


 慌てているソニアに、野盗らしき男達も懇願する。


「頼む、助けてやってくれ!」


「この通りだ!」 


 魔犬が立ち止まった。青年とドワーフの男を一瞥する。


「お願い、早く!」


「す--」


 目に涙を溜めるエルフの娘の背後、仁王立ちする青年達と対峙していた魔犬が、ソニアに視線を移して、困惑したように首を傾げた。


「すみません。その子、ウチの子です……」




「なんなのよ、もう! びっくりしたじゃない!」


「本当にすみませんでした……」


 肩を落とし頭を下げるソニアの隣で、元の黒犬姿に戻ったセージが伏せて耳を倒し、鼻を鳴らしている。


「すみません、野盗を追い立てるつもりだったんですが……」


「私たちまで追い立てられるってどういうことよ!」


「ま、まあまあミーナ」


 ソニアを庇うように立っているヴァインに詰め寄るエルフの娘を、金髪の青年が宥める。


「何事もなかったんだからいいじゃないか」


「でも! --あなたが死んじゃったら……私、どうしようかと……!」


 目を潤ませる娘を、青年は抱き寄せた。優しく涙を拭ってやる。


「大丈夫。僕は君を置いて死んだりしないよ」


「アベル……」


 じっと見つめ合う2人に、申し訳なさと違った理由で居たたまれない。

 ソニアが彼らの仲間のドワーフを盗み見ると、彼は我関せずといった風に髭を撫でている。恐らく日常茶飯事なのだろう。

 反応に困っているソニアの背後で、「住んでいる世界が違う」とフェリルとガデスが小声で話しているのが聞こえた。


「……えー、それで。そちらの集団はどうしましょうか」


 心なしか煌めいて見える2人を視界外にやるかのように、ヴァインが向きを変えてドワーフに訪ねる。指を指しているのは、大人しく捕縛された男達だ。

 やはり野盗で間違いなかった彼らは、魔犬姿のセージに恐れをなしたのか、全員素直に降伏した。今は周囲にある中でも一番立派な木に括りつけてある。


「ターコイズレイクの兵隊が彼らを捜していたそうなので、連れて行かれれば謝金が貰えるかと」


「ほう、そうなのか。と、ゆうても儂等はシルバーフィールドに行くしなぁ」


 聞けばここから西にあるグリーンプレーンの大草原から帰ってくるところだったらしい。遊牧している竜人族の集落に、荷物を届けてきたのだそうだ。

 街道側で夜を明かそうと野営していたところを野盗に囲まれ、それをセージが見つけたらしい。

 全員が同じ方向に逃げたことで、図らずもまとめて追い立てる形になってしまった


「うむ。やはり、そっちで連れてってくれんか。儂等は夜が開けたらシルバーフィールドに戻るでの」


「了解しました。ご迷惑をお掛けしてすみません」


「いや、ウチのお人好しではないが、何事もなかったんで気にせんといてくれ--そこのお嬢ちゃんもな」


「はい、ごめんなさい……」


 ドワーフは励ますようにソニアの背を叩き、快活に笑い声を上げた。伏せたままの黒犬を力強く撫でてから、未だ見つめ合う仲間に振り向く。


「ほれ、いつまでいちゃついてるんじゃ! そろそろ戻ろうじゃないか」


「い、いちゃついてなんかいません!」


「す、すまない。つい」


 ドワーフの声で二人がようやく離れるのを見て、カインホークが何かをゲイルに耳打ちしている。リザードマン語に混じって汎用語で「リア充」などと聞こえたのは、恐らく気のせいだろう。


「ええと、じゃあ僕らはこれで失礼するよ。--君たちに幸運があらんことを」


「はい、ご迷惑をお掛けしました。--ご武運を」


 野盗を頼む、と言って青年は歩き出す。その背に、先程転倒した男が声を掛けた。


「俺! あんたに助けられた命大事にする、改心するよ!」


 青年は振り返り、答えるように手を振り微笑んだ。

 男達は皆晴れ晴れした笑顔で頷き、青年達が森の奥に消えるまで見送っていた。


「……で、だ。これで解決か?」


「うーん、まあ、そうかな? 一応」


 釈然としない様子のガデスにフェリルが答えた。「暴れ足りないなら」とフェリルが手を出すと、ガデスは素直にぺちぺちと音をさせて叩きはじめる。


「ううう、みんなごめんなさい」


 穴があったら埋まりたい。そんな気分のソニアを見上げ、愛犬が慰めるように鼻を押しつけてくれた。


「いやー、誰も怪我させずに勝ったんだから、逆に大成功だって」


 カインホークがそう言い、自らリザードマン語に訳すと、ゲイルも頷いた。そこにガデスとフェリルも同意する。聞こえていた音の拍子が変わったので振り返ると、何故か手遊びに変わっている。


「カインの言うとおりです。お陰で夜通し気を張らずに済みました」


 ヴァインの言葉にソニアが曖昧に返事をすると、カインホークがソニアの頭をぽんぽんと軽く叩いた。励ましてくれているのだ。

 ソニアはしゃがみ込むと、愛犬の額と自身の額を付けた。


「--よし! 次は失敗しないよう頑張ろう」


 ソニアの決意に、黒犬は元気よく鳴いて答えた。

 



(6に続く)

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