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 今度は漁に出かけた親子を見送った後、ヴァイン達は手分けをして家の周りを調べ始めた。カインホークと一緒になったヴァインは、塀の側になにか痕跡が残されていないか、地面を見る。


「……人の足跡らしきものはありますね」


「あれ、魔物じゃないの? というか俺にはよく分からないなー……」


 ヴァインが指さしたところに、カインホークが顔を近付けて目を凝らしている。その背中に「慣れれば分かる」とアドバイスをしてから、ヴァインは木の幹に目を移した。

 ここまでの道中、木々は川に沿ってまばらに生えているだけだったが、リザードマン夫婦の家の側からターコイズレイクの側に掛けては森が広がっている。鹿や野ウサギなどが生息しており、周辺で生活するリザードマン達の狩り場となっている。


「特に気になる所は--」


 無い、と言いかけたヴァインの視界の端で何かが揺れた。見上げると、枝に絡まった麻紐が揺れている。周辺を見回すと、林の奥に同様の枝をもう1本見つけた。視線を降ろせば枝の位置に沿って足跡が付いている。

 足跡についてはガデスが既に見つけ、ソニアとフェリルを伴って辿って行っている。だが、麻紐には今初めて気が付いた。


「どした?」


「目印らしきものがありますね。もっともバンさん達が付けたものかもしれませんが」


 狩り場までの目印、という可能性がないこともない。現に他にめぼしい足跡は見つけられていない。


「オークやオーガなどは勿論ですが、ゴブリンでも足跡を見ると分かるんですけどね」


「ほほう……歩いて寄ってきた魔物の可能性はないってことか」


 飛んでいるならわからないが、と言うカインホークに頷く。


「話を聞く限り羽音はなかったようですが……浮遊する魔物は--」


 言いながら、ヴァインは魔物に関する記憶を探る。


「ゴーストか、狂った精霊--? 音を立てずに浮遊するというと、ほとんどいませんね」


「だよなー、どっちもあんまり会わないだろうし。とすると、やっぱり魔物より野盗とかの人ってほうがしっくり来るか」


 人と言われ、ヴァインはふとルザルファスのことを思い出した。彼ならば痕跡を残さないどころか、気取られることなく枕元に立つことも容易だろう。


「ん? なんか気が付いたか?」


「いえ、ふと知り合いを思い出しまして。もっとも彼なら気配を消しきって、物音一つ立てませんが」


「へぇー……東方のニンジャか!」


 なぜか嬉しそうにカインホークが断言する。確かに東方の投擲武器と小太刀を使っていたが、忍者とはまた違うはずだ。とはいえ暗殺者崩れらしいとも説明できないので、ヴァインは曖昧に頷いておいた。


「……それはともかく、今回の相手が足跡を残さず歩けるほどの者とも思えません。実際物音や気配を隠せていませんし。カインの言うとおり、野盗かも知れませんね」


 夜になる前に、ナグに心当たりがあるか聞く必要があるだろう。そう考えていると、足跡を辿っていたガデス達が戻ってきた。


「ただいまー、なんか新しく見つかったか?」


「家の周辺にあるのは人間の足跡だけでした。あとは、丁度今フェリルがいる頭上に木の枝に、麻紐の目印らしきものが」


 ヴァインの言葉に、3人が上を見る。


「狩り場までの目印かもしれませんが」


「ふーん--」


 何か引っかかることがあったのだろう、上を見ていたガデスが、木の幹を踏み台にして枝に飛び上がった。重さで枝がしなったが、折れることはなさそうだ。

 無理そうだと思って登らなかったが、しなり具合から見るにヴァインの体重でも耐えるかも知れない。

 ガデスはその身軽さに感心するソニアとカインホークに得意げな笑みを向けてから、麻紐を調べる。


「--うん、やっぱり新しいな。最近付けられたっぽい」


「新調した、とかは?」


「んー……枝に跡も何にも残ってないんだよなー」


 ガデスは枝を飛び移り、もう1本の麻紐も調べてから降りてくる。


「どっちも同じような感じだな。俺らが辿った足跡に沿って、ずっと続いてるっぽい」


 足跡は森を抜け、街道に到ったという。石畳で舗装された道では足跡を見つけられず、ひとまず戻ってきたらしい。


「辺りをしっかり見回せば何か見つかったかも知れないけど……ターコイズレイクの兵士に会っちゃってね」


「野盗狩り中だ、ってあちこち調べてたんだけど、ピリピリしてたから一緒になって探し回りづらくって……。あ、でも心配してくれたのよ、すごく」


 林から街道に出てきた理由を告げると、最近野盗団が出たことを教えてくれたのだという。

 襲われたのは上流にあるリザードマンの集落で、ターコイズレイクの兵隊が退けたものの、残党が近辺に潜んでいる可能性があるらしい。


「たまたま立ち寄ってて、ソコに野盗の集団が? 兵士が駐在してたって珍しいなー」


 両者は良好ながら基本的には付かず離れずの仲で、いくつか点在するリザードマンの集落はいずれも独立・自治状態なのだと、カインホークは説明する。


「--まあ、ホントに偶然重なったんだろうけど。んでも、これで野盗って可能性が高くなったな」


「そうだね。後は夜に待ち伏せかな」


 もう他に調べることはなさそうだ。

 ひとまず引き上げようとすると、親子が漁から帰ってきた。魚籠を重そうに船から引き上げる様を見るに、大漁だったようだ。

 魚籠は息子に任せて、自身は投げ網を担いだバンがにこやかに声を掛けてくる。


「ああ、お疲れさまです。何か分かりましたか?」


「ええ、どうも野盗の類ではないかと」


 いかにも納得したというように頷くバンの後ろで、ゲイルはソニアの足下に座る犬を見ている。

 一瞬こちらを窺ったときに目が合ったが、すぐに視線を逸らされた。物陰から様子を窺う巨大な子犬のようだ。


「--ああ、そういえば。聞きたいことがあったんです」


 どこかで見たことがあるような既視感は置いておき、ヴァインは枝に結ばれた麻紐について聞いてみる。バンは麻紐を見上げ、首を捻った。


「これは……なんですかね? 少なくとも私や家族が付けたものではありません」


「なるほど。--どうする、取っちまおうか?」


「そうだね。一応外しておこう」


 残していても良いことは無さそうだ。

 ガデスが再び軽やかに木に登って麻紐を外し始め、フェリルがそれに続く。

 ゲイルが何事か呟いたのが聞こえた。興味深そうにガデスの背中を見ている。


「ふんふん、「すごい」だってさ」


 真新しい本を手にしたカインホークが耳打ちしてきた。見れば本には「すぐわかる! よくわかる!! リザードマン語入門」などとタイトルが書かれている。


「……その本は?」


「実は言葉の壁を予想して、出かける前に買っといた。これ覚えれば息子さんのほうともコミュニケーション取れるぞー」


 偉いだろうと言わんばかりに、カインホークは胸を張ってページをめくる。

 カインホークが満面の笑みで話しかけると、ゲイルはぎょっとしたように目を丸くしてバンの背後に下がった。そのやり取りに、父親は苦笑している。

 ヴァインの見間違いでなければ、カインホークが選んだ単語の意味は「貴方と付き合いたい」だったような気がする。


「恥ずかしがり屋さんなのねー」


「今のはカインの選択ミスが招いた結果ではないかと思いますが--あ、あれか」


 過去に見た、よく似たものがなんだったのか、ヴァインは思い出した。隠れ里で最初に顔を合わせたとき、義妹は行儀良く座っている氷狼の背後に隠れて、ちらちらとこちらの様子を窺っていたのだった。

 今では見る影もないが。


「うむー……「付き合いたい」より「好きです」だったか」


「ええぇ、そんなこと言っちゃったの?!」


「……正気で言ってるんですか?」


 なぜかソニアが目を輝かせている。

 根本的な間違いを指摘するのが億劫になり、ヴァインは川岸に視線をやった。森は対岸にも広がり、緩やかに流れる水面に、木々が緑の影を落としている。

 思えばあちらは調べていなかった。

 ヴァインは家から離れると竜化して羽ばたき、対岸に降り立つ。辺りを見回してから戻った。


「--対岸には足跡もなにも無かったです」


「ん、そっか。--うーん」


 本を手に、カインホークは歯切れの悪い返事を返す。


「なにか?」


「ん……いや、竜化を見るの、初めてみたいよ、息子さん」


 そう言われて、視線を向けずに窺うと、ゲイルが興味深そうにじっとこちらを見ている。


「……周りに同族がいなければ、あり得ると思いますが」


「そうかな……いや、そういうことも、当然あるのか」


 「気付かなかったな」と、カインホークが小さく呟くのが聞こえた。




 食卓が賑やかになったと喜び、ナグは夕食で様々な料理を振る舞ってくれた。

 鹿肉のグリルや焼き野菜のサラダなど、シンプルな味付けながら非常に美味だった。聞けば食材の殆どは、自給したものだという。


「日々こうして漁や狩り、農業をして生計を立てているんです」


 昨年漬けたという果実酒を片手に、バンがそう説明する。

 頼みがあるのだと持ちかけられたヴァインは隣に座り、相槌を打ちながら杯を傾けた。程良い酸味と甘みが喉を潤し、柑橘の爽やかな香りが鼻を抜ける。

 バンの視線を追うと、黒い犬を撫でるゲイルと、本を片手に話しかけるカインホーク、それを見ているフェリルがいる。

 言語が理解できないので細かいやり取りは分からないが、大分打ち解けているように見える。


「--しかし人との交流が少なくて、閉鎖された環境なんです。……上の子が奔放に育ってしまった反動もあって、あの子は過保護にしすぎたかもしれません」


「上の子……?」


「家を飛び出して、冒険者になりました。暫く帰ってきてません」


 実子の長兄は、外の世界に憧れて出ていったのだという。手紙だけはたまに届くそうだ。


「今朝まではそのままで良いと思っておりましたが……同じ年頃の竜人族であるあなたと比べて、これでいいものかと」


 よく話を聞けば、ゲイルはフェリルやカインホークと同い年らしい。見た目は確かに同じくらいだが、頼りない様子からしてアルテミスよりも年下だろうと思っていたヴァインは、内心驚いた。

 狩りや漁は一人前らしいが、親が不安になるのも無理はない。


「そこで、ここに居られる間、皆さんに混ぜていただけませんか? ……親からこう頼むのも、お恥ずかしい話ですが」


「なるほど--」


 ヴァインは僅かに考え込み、ガデスを呼んだ。ナグから料理のレシピを聞いていた彼女は、手にしていた手帳を隣にいたソニアに預けて、ヴァインの所に来る。


「おう、どしたん?」


 やはり見る影もない、などという感想は置いておき、バンの頼みを伝える。

 ガデスは調子良く頷き、カインホークの方に駆け寄った。引ったくった本を見ながら、手振りを交えて何かをゲイルに話しかける。

 頷いたゲイルの肩を叩いたガデスは、本をカインホークに返して戻ってきた。


「推定野盗狩り、一緒に手伝ってくれるって。息子さんお借りしますねー」


「おお。お世話になります」


 予想通り、ガデスはあっさりと協力を取り付けてきた。

 ゲイルのことは彼女とカインホークに任せていれば、おそらく大丈夫だろう。


「今夜からですよね」


「ええ。--辺りも暗くなりましたし、そろそろ出ましょうか?」


「んだな。見張り始めよう」




(5に続く)

 

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