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久しぶりの城内は、やはり記憶よりも狭く感じられる。先程の兵士とは別の兵士に案内され、フェリル達は城内を歩いていた。
難しい顔をしている義妹に気付き、小声で話しかける。
「--えーと。ガデス、怒ってる?」
「怒ってませんー、拗ねてるだけですー」
可愛げのある挨拶を頑張った結果、すこぶる困惑されて案外傷付いたらしい。確かに痛ましく似合ってなかったし、無理に取り繕う意味は無かったと思うのだが、今は正直に言ったら蹴られそうだ。
「くそう、女装してくれば良かったってか?」
「いえ。今のままの方が自然なので、向いていないことはしなくて良いかと」
フォローをするつもりならば、ヴァインは確実に言葉の選択を間違っていると思うのだが、ガデスは特に何も言わなかった。謁見の間に続く扉が見えたので、追求しなかっただけかもしれない。
案内の兵士に促され、フェリルたちは僅かに緊張しながら中に入った。跪こうと腰を折り、王座に座る者に手で制された。
「待て、友の子供を跪かせるわけにいかん。そんなことより顔を見せてくれ」
「は、はい」
会釈をするだけに止め、背筋を伸ばす。王は立ち上がり、3人の目前に立った。10年余りの年月が経っているはずだが、昔と変わっていない。それどころか益々覇気が増している気さえする。
シルバーフィールド国王、ゼダン=プラテナ=シルバーフィールドは、フェリル達の養父の古くからの友人で、国内一の武勇を誇ることから、絶大的な支持を受けている。竜人族は強いことに価値を見いだすからだ。当然、剛胆で気さくな人柄に惹かれている者も多いはずだが。
「--ふむ、ジズが驚くわけだ。すっかり立派になったじゃないか」
フェリルは誰のことかと首を捻りかけ、門に立っていた兵士を思い出す。彼は「王に知らせる」と言って先に行ったのだった。
「ザックスから返ってきた手紙にお前達の事が書いてあってな。その自慢ぶりに親バカが極まったかと思ってしまっていたが--なるほど自慢したくなるのも分かる」
にやりと笑うゼダン王の言葉に気恥ずかしくなり、フェリル達は曖昧な笑みを浮かべて取り繕っておいた。養父が友人にどれだけ力を込めて自分たちを自慢したか、何となく想像が付いてしまう。
「うむ。これならば、心置きなく"あれ"を託せるな」
ゼダン王はそう言うと頷き、王座に座りなおした。手を組み、あごを乗せる。
「あれ……とは?」
「うむ。昔一緒に遊んでいた末息子を覚えているだろう?」
ゼダン王には3人の子息がいる。フェリル達が滞在していた時、すでに第一・第二王子は成人していたが、フェリルと同年代の第三王子はまだ子供で、よく一緒に遊んでいた記憶がある。
「陸の防衛は長兄、海の防衛は次男、その統括に私、と現在我が国の基盤は安定している。この機会に、社会勉強として、あれに旅をさせようと思っていてな。冒険者であるお前達に付いていかせるのが丁度良いと思ったのだ」
「え、王子様を、ですか? それは、ちょっと--」
突拍子もない話だ。
王族の生活とはあまりにも環境が違う。苦労も多く、決して物見遊山にはならないとガデスが説明をするが、王は頷くだけだ。もしや一人毛色の違う末息子を厄介払いをしたいのだろうかと思い、フェリルは王の様子を見てみたが、そんな意図は見えない。
「しかし、何故冒険者なのですか? 私たちが護衛に尽力しても、危険を回避しきれると言えませんが……」
「--何故、か?」
ヴァインの言葉に、ゼダン王は目を細めた。
「豊富な経験を積んでもらい、我らには見れないものを見てほしい。我が国の唯一無二の人材と育ってほしい。そして何より--本人の提案でな。どうせならば客人として他国を訪れるより、人々との関わりが深い冒険者の方が、よりその国のことが、それこそ裏まで見える筈だと言う。--昔から頭が良かったからな。きっと沢山のものを学ぶに違いない」
ゼダン王はそう言うと表情を崩した。
フェリルは自慢げに笑みを浮かべるその様を見て、先程の懸念がありえないことだったことを思い出した。遅くにできた子としてゼダン王は勿論、親子ほどの年の差である第一・二王子も第三王子の事を溺愛していたはずだ。昔の様子を思い出し、むしろよくその提案を了承する気になったものだと思いなおす。
「危険なことも苦労することも分かっている……だが、あれも竜人族。それも王族だ。正直、断腸の思いではあるが、是非鍛えてやってくれ!」
ゼダン王は再び立ち上がり、フェリル達の手を力強く握る。その勢いに、フェリル達はただ頷くしかなかった。
謁見の間まで案内してくれた兵士に連れられ、フェリル達は中庭にやってきた。
「おおお、懐っかしいな! よくここで遊んでたよな」
「そうだねー。たまに外まで抜け出して怒られたりもしたけど」
案内をしてくれた兵士に礼を言い、辺りを見回す。気候が年間を通じて温暖なため、常に花で溢れていたことを覚えている。今も城付きの庭師が丹誠込めて育てたのであろう色とりどりの花が、穏やかな風にそよいでいる。
中庭には遊歩道が敷かれ、途中にはテラスが設けてある。今は一組の若い男女がお茶を楽しんでいるようだ。その足下では、黒い毛並みの犬が寝そべっている。
青年のほうがこちらに気付き、背を向けて座っていた女性の腕をつついた。女性は振り返ってこちらの姿を見つけると立ち上がり、駆け寄ってきた。その勢いのまま、ガデスに抱き付く。
「ガデス、久しぶりー! 元気だった? なんか美少年になってない?」
「よう。久しぶり! そっちも元気そうだな」
「やあ、ソニア。変わりないようでなにより」
「え、フェリルの背が高くなってる?! 昔は同じくらいだったのに!」
喜びから驚きに、ころころと表情がよく変わる。久しぶりに会う幼なじみは、昔と全然変わっていないようだ。ソニアは昔この中庭でよく遊んだ幼なじみだ。黒い髪に若草色の目を持つ彼女は、現王妃の養女として王宮で暮らしている。
「わー、ヴァインもすっかり大人になってる! もしかして身長、ザックスおじ様に並んだ?」
「いえ、残念ながら未だ及びません」
ヴァインの返事に、彼女は何故か感嘆の声を上げた。
そこに犬と共にゆっくりと歩いてきた青年が追いつき、気さくな笑顔を浮かべる。
「いやー、久しぶり。元気だった? ヴァインもフェリルも--ガデス、も?」
「もう、なんでそこで疑問詞つけちゃうの。ガデスに失礼でしょ」
窘められた青年が素直に謝り、ソニアは満足そうに頷く。ヴァインが軽く会釈をして、青年に答えた。
「お久しぶりです、カインホーク様。そちらもご健勝でなによりです」
青年が硬直した。信じられないものを見たというような顔をして、フェリルの袖を引っ張り耳打ちする。
「ちょ、どうしちゃったのアレ?! "かいんほーくさま"とか初めて呼ばれたぞ」
「あれ、一緒に遊んだときは違いました?」
「全然普通でフランクだったよ、「一緒に遊ぼうぜー」とか言い合ってたし! というかフェリルも普通に話してただろ! 違和感がすごいんだけど」
驚きすぎて鳥肌が立った、といわれて差し出された腕を見ると、確かに言うとおり浅黒い肌に鳥肌が立っていた。
「びっくりよねー。昔は一緒に野兎追いかけ回してたのに、今はなんか執事っぽいもの」
眼鏡が似合いそう、という謎の評価を受け、ヴァインが首を傾げる。
「いやビックリしたってかその前にとりあえず、様付けと敬語はやめてほしいなー……。あと昔通り「カイン」でいいよ長いから」
「なんだ、せっかく「カイン様」って呼んでやろうと思ったのに」
「やめて、ほんとに。というか君ら変わりすぎだよ……」
心底嫌そうな表情に合わせ、長く尖った耳の先端が僅かに下がる。第三王子カインホーク=プラテナ=シルバーフィールドは3兄弟の中で唯一人、ダークエルフと竜人族の混血だ。色は薄めだが黒い肌に長い耳、銀髪と一般的なダークエルフの容姿だが、やや垂れ気味の青灰色の目には、瞳孔が縦に長いという竜人族の特徴が出ている。
「まあ、本人がそう言うなら昔通りに話すよ」
「私はこのまま押し通すので、慣れていただければいいかと」
「押し通……まぁいいか。で、頼み事を聞いてくれたってことでいいんだよな?」
フェリル達が頷くと、カインホークはいそいそと懐から冒険者協会が発行する身分証明書を取り出した。隣を見れば、ソニアも同じものを持っている。
「ふっふっふ、早々に作ってみた」
「旅行前みたいに楽しみで、つい早く準備しちゃった」
すぐにでも行ける、とカインホークが嬉しそうに胸を張る。身分証明書の名前の部分を見ると「カインホーク=シルフォン」と書かれている。
「さすがに本名そのままは他国でマズいから、相性のいい精霊をもじったんだ」
「精霊?」
竜人族は精霊に恐れられ避けられるという理由で、魔道士に向いていない、という話を聞いたことがあるが、カインホークは違うようだ。ガデスが、首を若干傾げていたのは気になるが。
「まあ、とはいえ今日はゆっくり城で休んでもらって、明日にでも出掛けたいなー、と」
早速で申し訳ない、というカインホークに、フェリルは問題無いことを告げる。数日間、移動だけで何もしていなかったため、逆に早いほうが、体が鈍らなくて良い。そう言うと、感謝の言葉を言われた。
「いやぁ、俺のワガママに付き合ってくれて、本当にありがとうなー。依頼の手付け金じゃないけども、今夜は盛大にもてなすから」
カインホークの出立祝いも兼ねて、大宴会を開くという。主賓席の真ん中に座ってほしい、というカインホークに、果たして明日冒険者協会に行けるだけの元気が残るのか、フェリルは一抹の不安を覚えた。
(3に続く)