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 差し込んできた日差しの眩しさに刺激され、ゲイルは寝返りを打って顔を背けてから目を開けた。夜明け前まで、眠れずに寝返りを繰り返していたのを覚えているが、いつの間にかに寝ていたようだ。

 変な時間に寝たからか、あるいは寝すぎたのか、首から肩にかけて筋肉が強ばっており、頭がすっきりしない。

 日差しの様子から見て、もう昼前だろうか。


『狩り……は、今日は休むんだっけ−−って!』


 重要なことを思い出し、ゲイルは飛び起きた。身支度もそこそこに部屋を飛び出し、階段を駆け降りる。

 リビングでは、両親がテーブルに向かい合って座っていた。卓上には2人のコップと、盆に伏せられた1個のコップ、脇にまとめられた5個のコップが置いてある。

 だが、両親のほかには誰の姿もない。


『カイン達は?!』


『ついさっき出発したぞ』


『待ってはいらしたんだけど、起こしちゃ悪いからって……』


 ナグの言葉に、ゲイルは肩を落として階段に座り込んだ。もう会うこともないかもしれないのだから、せめてちゃんと別れを言っておきたかった。何故起こしてくれなかったと言いかけて、ぐっとこらえる。せっかく気遣ってくれたのを無碍にはできない。


『夕べ、随分遅くまで起きていたんだな?』


『……寝れなかったから』


 慰めるように肩に手を置いたバンが、コップを差し出す。水で煎じられた冷たい茶を僅かに含み、ゲイルはうなだれた。その背中を励ますように、バンがさする。


『お前が珍しく寝坊するから、少し予定が狂ってしまったぞ』


『ごめん、なさい……』


 震える声で謝るゲイルの頭に、バンは手を置いた。そのまま優しく頭を撫でる。


『謝る相手が違うぞ、ゲイル。--まあ、今ならまだ途中で追いつけるだろうが』


『相手が、違う……?』


 涙目で見上げるゲイルに、バンはいたずらっぽい笑みを浮かべた。そしてナグの方を振り返る。

 ナグは、荷物で膨れた背負い袋を手に戻ってきたところだった。


『実は彼らに追加で依頼をした。--息子の修行を手伝ってほしい、とな』


『家出と旅に出るのは違うでしょう、もう。ちゃんと「よろしくお願いします」って言うのよ』


 ナグから渡された荷物を抱え、バンに促されるまま立ち上がる。


『えっと、え? 修行って……』


『「可愛い子には旅をさせろ」という言葉がある。一緒に行って、修行してきなさい』


 昨日言ってただろう、とバンがゲイルの背中を押し、玄関に向かわせた。ナグが背負い袋を背負わせ、服を整える。


『着替えとか、寝ている間に必要そうな物を詰めておいたから。後で確認して、足りないものがあったら買い足しなさい。お財布落とさないようにね』


 ややボサボサになっていたゲイルの髪を手で整え、ナグは軽く背中を叩いた。


『--これでよし。気をつけてね』


『うむ。頑張ってきなさい。たまには手紙を寄越すんだぞ』


 促されるままに玄関の外に出たゲイルを、両親は笑顔で見送る。ゲイルは呆然としていたが、ナグに促され我に返った。


『ほら、なにぼーっとしてるの。付いて行きたかったんでしょう?』


『え、あ、えっと。修行に--?』 


 問いに、両親は頷いた。昨日のカインホークとの会話を聞いていたのだろう。ゲイルが一度は頷き、躊躇して断ったことも。

 ゲイルは背筋を伸ばし、息を吸った。優しく見つめてくる両親に、笑顔で答える。


『うん。じゃあ--行ってきます!』


『『行ってらっしゃい!』』


 両親の声に背を押され、ゲイルは足早に歩きだした。

 皆は少し前に出たということなので、急いで歩けば道中で合流できるかもしれない。

 あるいは、空を飛べれば。

 ゲイルは、ヴァインが竜になって羽ばたいた姿を思い出した。同じ竜人族なのだから、真似できるかもしれない。


『--よし』


 足を止めたゲイルは、背負い袋を下ろして目を瞑った。自身の体が膨れ上がって、兄から貰った置物の竜の姿に変わる様を思い描く。

 急激に背中を引っ張り上げられるような浮遊感に、ゲイルは慌てて目を開いた。


『う、わ……!』


 視界が随分と高くなった。体を見下ろすと、赤い鱗に覆われた腕と鋭い爪が見える。首を巡らせると、岩石のような背びれと長い尾、そしてコウモリのような翼が確認できた。意識して力を入れると、思い通りに動く。

 ゲイルは背負い袋を掴み上げ、力一杯翼を動かした。激しい風が巻き起こり、体が浮き上がる。翼を動かす角度を変えると、前に進み始めた。

 程なくして、川沿いを歩く集団が見えた。こちらに気が付いて最初に空を見上げたのは、カインホークだろう。


『見つけ--』


 声を上げかけた、と同時に体勢が崩れた。集中が切れて、羽ばたき方がおかしくなったようだ。立て直す間もなく落下する。


『わ、わ--!』


 目を瞑り、身を縮めて衝撃に備える。風にあおられ、ゲイルは地面を転がった。落下速度がゆるまったために痛みはないが、回転したせいで目が回る。


「だ、大丈夫?」


 聞こえてきた声に目を開けると、心配そうに見下ろすソニアが見えた。その後ろには、驚いた顔のヴァイン達が立っている。


「う、うん。怪我も、大丈夫」


 たどたどしく竜語で答え、ゲイルは身を起こした。カインホークかガデスが風を起こして、着地を助けてくれたのだろう。竜化は落ちたはずみで解けたようだ。

 抱えていた背負い袋とその中に仕舞った財布の無事を確認し、胸をなで下ろす。その目前に、手が差し出された。


「悪い悪い。熟睡してたから、起こしちゃ悪いと思って先出てきちゃったよ。--立てるかー?」


 さほど悪びれた様子なく、カインホークが手を差し出している。


「ごめん、寝坊しちゃって−−よいしょっ」


 カインホークの手を掴み、ゲイルは立ち上がった。背負い袋を背負いなおし、服の土埃を払う。


「えっと、修行の依頼でお世話になる、ので。よろしくお願いします」


 母親の言いつけどおりに挨拶し、頭を下げる。その足下に、黒犬が寄り添った。顔を上げると、皆頷いている。受け入れられたのだろう。


「よし--それじゃ、出発すっか」


 ガデスの合図で、歩き出す。隣にいたフェリルが首を傾げ、ゲイルの腰元を指した。


「そういえばゲイル、武器は?」


「え? --あ」


 ばたばたと出てきたのですっかり忘れていた。しかしそのまま言うのも躊躇われ、思わず取り繕う。


「えっと--枝払い用の斧だったから、新しいのに、しようかと」


「なるほど--慌ててて、忘れたのかなと」


「!」


 図星をつかれ、目を逸らす。フェリルはゲイルの顔をのぞき込み、吹き出した。


「はははっ、まあ何にせよ、新調するのは正解かな。シルバーフィールドなら、色々流通してるし」


「何、武器買うの? それならレッドデザートのが良いのあるよ」


「確かに、鉱物の産地ですしね」


 前を歩いていたカインホークとヴァインが会話に加わる。 


「どうせなら打ってもらえば良いんじゃね?」


「え、なになに。次レッドデザート行くの?」


「そだねー、俺もあんまり行ったことないし、行こ行こ」


 ガデスとソニアも加わり、どんどん話が進んでいく。


「え、と、でも、他に行くとことか」


「決まってなかったし。ってわけでレッドデザートな」


「オッケー」


 あっと言う間に次の目的地が決まってしまい、呆然とするゲイルの肩を、カインホークが叩いた。


「こういう身軽さが、冒険者の醍醐味だよな」


「そう? --かな」


 ゲイルは首を傾げかけ、結局納得した。カインホークが楽しそうだったから、だけではない。自分でも見知らぬ土地に胸が躍っていたからだ。


 足を止めて仰ぎ見た空は、ゲイルにはいつもよりずっと広く見えた。




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