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引き潮
六月十一日法皇、延暦寺に於いて
一千名の僧侶に薬師経を誦さし賜われた。
また百座仁王講を岩清水以下十社にて修しせしめた。
国の安寧を祈る心の如何ばかりか。
二十一日は柏原・圓宗寺・成菩提院・安樂壽院・
清閑寺の陵に遣わし乱の終息を願われた。
秋七月八日、愈々近江地方に進軍し、
一帯は戒厳令状態に陥った。
九日金峰山・多武峰の僧兵達は、源の頼政の遺臣と戦った。
「お~~~~うおぅお~~。」
叫び声と共に銅鑼太鼓が鳴り響いた。
なんと平和の待ち遠しい事よ。
平家は十六日、薩摩守忠度を派遣した。
忠度は、兵を率いて丹波に向った。
二十一日には左近衛之中将平資盛、肥後守平貞能を、
一千余騎率いて向わせた。
近江は争乱の大きな坩堝と成った。
二十二日源義仲は延暦寺の総持院に立ち寄った。
権之中納言平智盛、左近衛中将重衝二千騎の将兵を
率いた。ところが、義仲軍の重圧に平家の公達率いる軍団は、
義仲京の都に迫ると聞いて
皆々海辺の引き潮の如く引き上げて来たという。




