タクミの事情
駅前のバーガーショップで待ち合わせ。
『隼』のパイロット、黒縁メガネを掛けた久我拓臣は、4人用のテーブル席を一人で占有して待っていた。
拓臣は内心、困ったことになったなと思いつつ、事前に決めた方針を、再度検証する。
重要な事はただひとつ、どこまで話すか―――。
「タク、待った?」
呼びかける一之瀬夏海の横で、ツカサはペコリとお辞儀をした。そして夏海を追い越し拓臣の対面を奪うと、空いている隣の席に手提げバックを置いて占領する。
「つーちゃん」
「ん? 空いてるっすよ、座らないっすか?」
しれっとした口調でツカサは対面の空席、拓臣の隣を夏海に進める。
「空いてるって・・・・タク、詰めて」
「はいはい」
対面に座るツカサはニヤニヤ笑い、拓臣はあまり気にせず、夏海は隣の様子をちらちらと見ている。
夏海にとって胃の痛い会合になりそうだった。
「えーと、彼がタクこと久我拓臣さん。で、彼女が昨日メールで教えた大鳥つかさちゃん。わたしはつーちゃんって呼んでる」
ふたりの共通の知り合いである夏海は、あたりさわりのない紹介をする。
「初めましてっす・・・眼鏡は伊達っすか?」
「そうだけど、よく分かるね」
「昨日とだいぶ印象が違うっす。今日は、ぽややんって感じで、緩んで見えるから不思議っす」
「ぽややんか、いいね平和って感じで、うれしくなる」
「んー引っかかる言い方っすね?」
「あはは、これは心が壊れない為の安全装置みたいなものかな、こういう生活してるとね、何処かで一線を引かないと心がやばくなる」
自己暗示による日常と非日常の切り替えスイッチ。
戦争と平和を渡り歩く拓臣にとって、なくてはならないものだった。
「かけてないとそんなに変わるかな?」
拓臣は悪戯っぽい笑みを浮かべ、内心をごまかす。
「個人的にはワイルドの方が好みっすね、いまにも食べられそうでゾクゾクするっす」
「わたしはかけてる方がいいな、ふにゃっとしてて」
「ふにゃっすか?」
「そう、ふにゃっと・・・・ネタにしない」
夏海はネタ帳に走り書きするツカサを、こついてやめさせる。
「ごめんタク、こういう子なの。ちょっとヘンなだけで、悪意はないから」
「気を使わなくてもいいっすよ。ウザがられるのは慣れてるっす」
「つーちゃんはウザくないよ、たまにメンドくさくなるだけで」
「・・・・フォローしてないっす」
「そうかな? これぐらい普通だろ?」
拓臣は平然と答えた。
身近で知っている人物はもっと酷く、それと比べたら大抵の事が普通になる。
「で、話は変わるけど、その流れでなんで僕の処に来るかな? ナツミさんなら、まっすぐお嬢の処に向かうって思ってたけど?」
拓臣はラスト一本のフライドポテトを口に放り込む。
「うーん、そのつもりだったんだけど・・・・」
夏海はなんとも歯切れ悪く、拓臣から視線を逸らす。
「はいはいはーい、あたしが頼んだっす。大事な事っすから、先に済ましたいっすよ」
「大事なこと?」
「はいっす・・・・ナツ、なに警戒してるっすか?」
「あははは、気のせいよ、きっと」
そう取り繕う夏海は、いつでも動けるように臨戦態勢を整え、ツカサの不意打ちに備えた。
ツカサは軽く息を吸い込み、姿勢を正す。
「ふたりとも先日は危ない処を助けていただき、ありがとうございました。
そして拓臣さん、ナツを助けてくれてありがとう」
ふざけた口調を改め、しっかりとした声で、ふたりに感謝を告げる。
そして拓臣の瞳を見つめて、彼個人への礼を続けた。
おどけた軽々しさもない口調。
そして先日のお礼として、セットメニューのフライドポテトを差し出した。
「ささやかですが、お受け取りください」
「えーと」
「お礼です。言いそびれると言えなくなる、とても大切な事なのです」
拓臣の反論を封じるツカサに、対面の拓臣は隣の夏海に助けを求め、夏海は消極的に肯定し―――。
「こういう子なの、へんな子だけど、悪い子じゃない、とてもへんな子だけど」
―――こういう子なんだよって拓臣に告げた。
「聞こえてるっすよ、ナツ。人様のものに手をだしたりしないっす」
ふたりの間でしか分からない会話で、蚊帳の外に置かれた拓臣はもらったばかりのポテトを口に運んだ。
「ではでは、拓臣さん写真一枚いいっすか?」
「ん?」
はいともいいえとも言わせない内に、ツカサは携帯を構え―――。
「じゃ、撮るっすよー。ナツ、もうちょっと寄るっす」
カシャリと一枚。
手早くコピって添付ファイル化、そしてメールを送信。
タイトル名は『粗品』文面にはピースマークの絵文字が一文字。
添付ファイルは、撮影したばかりのツーショット写真。
「つーちゃん」
「お礼っすよ。ちゃんと紹介してくれたっすから♪」
ピースサインを振り、自己主張するツカサに向けて、親指を立てて夏海はその健闘を讃えた。
拓臣は、そんなノリについて行けず、話題を変える。
「ふたりとも、これから向かうの?」
「そのつもりだったけど、来客ありって連絡あったからマスターからのメール待ちかな」
「じゃあ、軽くお話しようか、大鳥さんもそれでいい?」
「ツカサ、君とか大鳥さんじゃなく、ちゃんとツカサって呼んでほしいっすよ。その名字嫌いっすから」
ツカサは軽い口調で提案する。
軽い口調に反し、拓臣は断固とした拒絶を感じ―――。
「わかった、じゃあつかささん、でいい?」
―――何も言わず提案を呑んだ。
「おっけーすよ。それともうひとつ・・ふたりの出逢いを教えてほしいっす。出来るだけ詳しく、詳細にお願いするっすよー」
「つーちゃんっ」
「ネタにつまってダメダメなんすっ、拓臣さんっ馬鹿な子を助けると思って、ここはひとつ―――」
ゴンっと結構いい音がした。
「こういう子なの。タクもわかったでしょ、この子たまにおかしくなるから、たたいて止めてあげて」
何事もなく座った夏海のつっこみに、ツカサは頭を抱えてテーブルに沈んだ。
「えーと・・ネタになるかどうか分からないけど、話していいのかな?」
「・・・・・よろしくお願いするっす」
愛が痛い・・・ツカサのつぶやきを、自業自得と夏海は無視した。
「荒廃世界」
「?」
ハテナ顔で小首をかしげるツカサの様子に、拓臣は隣に座る夏海に視線で問いかける。
「ごめん、忘れてた」
根本的な説明をすべて飛ばした夏海は、てへっと笑ってごまかすが、ふたりの視線は冷たい。
拓臣は最初の最初から説明することにした。
「荒廃世界。つかささんが見たあっち側を、僕たちプレイヤーはそう呼んでる」
「プレイヤー?・・・・。ゲームみたいっすね」
「まぁ、その辺はおいおい分かるよ。プレイヤーっていうのは、荒廃世界で意識を保てる人の総称として使ってる。大半の人は意識を無くしたまま、食われて終わる」
拓臣は軽くひとくち、コーヒーを飲む。
「向こうの世界はね、カップ麺より簡単に人が死ぬんだ」
「達観してるっすね」
ツカサはネタ帳に書き込む手を止めて、続きを促す。
「3年だよ。3年間そういう生活していれば、いやでもそうなる。そして君がこれから会う人はね、5年間そういう生活をしてる。僕以上に・・・壊れてるよ」
ここまではいいかな、そう問いかける拓臣に―――。
「ツ・カ・サ、君はイヤっすよ」
―――ツカサは答えず、訂正だけを求めた。
「ごめん、気をつける。ナツミさん、お嬢のことは?」
拓臣は謝罪し、夏海に確認する。
「ちょっと待って、あ、これ見て」
夏海の差し出した携帯。
その画面上には、十代後半から二十代ぐらいの大人びた女性が、操縦席風の場所に座っている姿が映っていた。
「彼女がハルナ。私たちが所属するチーム・ヴォータンの現リーダー姫野陽菜さん。いろいろ問題も抱えてるけど、基本いい人だよ」
夏海は珍しく、言葉を濁す。
「あんなことさえなければ、あそこまで酷くならなかったと思う・・あ、いや忘れて、失言だった」
「言えないことっすか?」
「ごめん、もう過ぎたことだし、言っても愚痴にしかならないから・・・」
言っても仕方ないこと、意味ないこと、すでに終わったこと、拓臣は過ぎ去った過去を言葉にしなかった。
「あ、そうだ、つかささん、僕からもお願いがあるんだけど、いいかな?」
「いいっすよ。」
「もし、誰かに荒廃世界のことを聞かれたら、虚構の話だと答えてほしい。ゲームでも小説でもアニメでもいい。たいていの人はそれで納得するからね」
現実の中に虚構が溢れている現代だからこそ、常識の枷が真実を隠蔽する。
結局の処、人は自分の信じたいものしか信じず、信じた事が、その人の事実になる。
「言っても信じないよ、異変を感じる人は、何かおかしいって考えてる。つかささんみたいにね。
そして、気づいている人はいずれ真実にたどり着く。これはそういう問題なんだ」
実体験に基づく経験則。
拓臣の口調は落ち着いていて淀みなく、そういうものだと信じている。
「第一証明する手段がない。向こうの物証は持ち帰れない、プレイヤー以外は向こうの記憶もないんだ。証拠を出せっていわれても、こっちが困るよ」
何度も繰り返された台詞。拓臣の説明に嘘はない。
「深いっすね・・・参考になるっすよ」
「ん?」
つぶやきの意味が分からず拓臣は問いかけるが、ツカサは黙々とペンを動かし、ネタ帳にペンを走らせる。
「ひとつ聞いていいっすか?」
走らせていたペンを止めてツカサは顔を上げる。
「それでも戦い続ける・・・・拓臣さん、どうして自分だけがとか、考えないんですか?」
「つーちゃんっ」
いいよと拓臣は、手で夏海を制した。
「ねえ、つかささん。正義の味方になりたかった、って言ったら笑うかい?」
偶然助けた人が、友達の友達だった。いまのふたりの関係を無くさずに済んだ。
それだけで―――。
「僕はね、正義の味方になりたいんだ。あの人みたいな正義の味方に―――」
それだけで拓臣は、自分の行動が無駄ではなかったと確信をもってそう言える。
あの日、憧れた背中はいまはなくとも、この思いは揺るがない。
「少し誤解してました。拓臣さん、あなたは馬鹿でいい人です」
「つーちゃんっ」
今度こそ夏海は、本気でツカサを黙らせる。
「ナツ、ガンバるっすよ」
ツカサは頭を抱えつつ、友達の恋の行方を応援した。
「ここまでは、いいかな?」
「続けておっけーすよ。ドントこいっす」
「残念、メールだ。つーちゃん行こう。タクは?」
「僕も行くよ。ちょっとマスターに用があるし」
トレーを手に3人は立ち上がった。
とりあえずひと段落。続きは少し遅れます。