ナツの事情
『詳細希望っ教えてほしいっす♪』
液晶に映る絵文字入り乱れたツカサのメールを、一之瀬夏海はそのまま閉じた。
「言えないことってあるんだよ、つーちゃん」
昨日、1年以上も秘密にしていた隠し事が、一番知られたくない友達にあんな形で露見した。嘘や誤魔化しで言い逃れるには、彼女のメールは確信で満ちている。
「・・・会いたくないな・・今は―――」
昨夜は気持ちの整理がつかず、夏海はメールひとつ送れずにいた。
それはいまも変わらない―――。
メールの返事を打とうとして、今も打てずにいる。
「誰に会いたくないっすか〜」
「のぎゃゃゃゃゃーーーーっ」
唐突に、なんの前触れもなく、夏海の視界いっぱいにツカサは生えた。
「えへへ、サボり魔発見っす。ダメっすよー敵前逃亡は銃殺っすー」
「つつつつ、つーちゃん、どうしてここに・・・・」
バクバクいう心臓を、夏海は手で押さえつける。
「自主早退っす、女の子は便利っすねー」
ツカサは下腹部に手を添えて、すまし顔で獲物を逃がさない。
「という訳で、詳細希望っネタ提供よろろーっす」
シャーペンを手にメモ帳を開き、ツカサは臨戦態勢を整えた。
「えーとネ、ナンノコトカナ」
下手な嘘、誤魔化しとわかる口調で夏海は視線を逸らす。
「言えないことっすか・・・・」
ツカサはそんな友達の気配を察して、メモ帳を閉じる。
「ごめん・・・もうちょっとだけ待って」
しゅんとなったツカサに、夏海は思わず声をかけ――。
「・・・・わかったっす。まーそれはそれとして・・・タクって誰すっか?」
―――再び開かれるメモ帳に夏海は戦慄する。
「昨日、一緒にいたの男の人っすよねー?
タクって呼び捨てっ事は・・・、きゃー酷いっす、彼氏できたなら、ちゃんと紹介するっすよー♪」
ツカサは空気を読まなかった。
読めないのではなく、読まなかったのだ。
「そっちなのっ」
「当然っ、恋バナ嫌いな女の子はいないっす、さーきりきり白状するっすよー」
「ちかい、ちかいって、 えーとね、タクとはそう言う関係じゃなくて、その信頼してるというか、その・・」
「ほーつまり、まだ落としてないと、それはそれで・・で、事故チューとかしたっすか?」
「つーちゃん」
「イベントフラグは折らずに回収っ、嬉し恥ずかし体験談をたくさんプリーズ、ネタにするっす」
「つーちゃん、怒るよ」
「あーはははは、誰がなにを言おうが、この勢いは止まらないっす、さー・・・」
「ネタと恋バナどっちとる?」
直後、ツカサは硬直する。
「え、あ・・・」
「言い直すね、ネタと恋バナどっちが聞きたい?」
暗に選ばれなかった選択肢はもう話さないと、夏海はツカサに突きつける。
「花占いでも、サイコロでもいいけど、決まったら連絡してね、じゃ」
「ネタください、ナツミさまっ」
ツカサは背中を向けて歩き出した夏海に、思わずしがみつく。
「はい、これ」
夏海の携帯端末。
その画面には、大型装甲バイクに跨る夏海の映像が映っていた。
「向こうは圏外だけど、写メはとれるから」
「正直、半信半疑だったっすよー」
ツカサはちょっとだけ泣いた。
良くも悪くも破れたスカートが現実だと伝えていたが、常識的に考えてありえない現実は、1枚の写真として其処にあり―――。
「ナツが、ちゃんと教えてくれたっす・・・ありがとっすよ・・・・」
―――なにより友達、夏海が打ち明けてくれた事が嬉しかったからだ。
「つーちゃん・・・・」
何処までも現実的な非現実の世界。
そっち側の世界を信じない者にとって、其処に写された被写体は、限りなく精巧なCGでしかない。
「バーカ、それはゲームのイベントで撮った写真だよ。気づかなきゃダメだって」
「嘘ッすね、いまどきこんだけの予算をかけてイベント開けるゲーム会社ないっすから、やるとしても宣伝まったくしないって、ありえないっすよ」
夏海のやさしい嘘を蹴散らして、ツカサは他の写メを見ていた。
見たこともない大型戦車。ビルを見上げるような角度で撮られた大型車両の写真。
縦横に駐機された戦闘車両が何処までも並ぶ格納庫。
何処までも続く蒼空。
枯れ果てた荒野。
コクピットに座る黒髪の女性。そして―――。
「お、タクさん発見っすよー・・・ナツ、このアングルだと隠し撮りっすね。盗撮は犯罪っす」
「こらっ、つーちゃん・・・もう返しなさいっ」
「いまさら遅いっこのまま全部見るっすよー」
夏海の手をかわし、ツカサは端末を死守する。
画面にはシャツとズボン、いたってシンプルな服装で腕を組んだ十代の少年が、青と白のツートンカラーの愛機に背中を預けていた。
ツカサは男子よりも、その機体に注目する。
間違いなくその機体は、初めての異世界で窮地に陥ったツカサを助けた機体だった。
彼よりふたまわりは大きい頭部の無い人型戦機。
操縦席は頭部のない胸部から上にあり、球形状のキャノピーの中にある。
華奢な外骨格は全身を装甲に覆われ、胸元には『隼』の漢字一文字。
両肩部には逆三角形の盾付きワイヤーアンカー。
そして脚部、鋭角的な三角形の爪先の後ろには、足首から踵にかけて、球形のボールが接続されている。
装甲バイクと同じく、高機動戦に特化された機体には、他に武装らしき物もなく、手持ちの大口径重機関砲が、足下に置かれている。
「隼っていうんだ。タクの愛機」
嬉しさで少し弾んだ声で、夏海は教える。
「昨日助けてくれた人っすね〜♪
王道の王道、人型兵器乗りっす〜♪
カラーリングもバッチリ、あと刀があれば完璧っす」
「・・・ないと思うよ、見たことないし・・・・」
「ロマンがわからん人っすね。ガッカリっす・・・・」
「・・・・・・」
夏海の無言の抗議。
振り下ろした鞄の直撃に、声もなくツカサは頭を抱えてしゃがみ込む。
「ナツ・・・頭はやめるっす・・ネタが飛んだっすよ」
「ごめん、つーちゃんってたまに殴りたくなるの。たまにだよ、たまに、つい」
夏海は、自分のお気に入りを貶された怒りをきっちり晴らし、奪われたままだった自分の端末を取り返した。
「タクは戦ってる時がすごいんだ。ドキドキするくらいかっこいいから」
「ほーほー其処に惚れたんすねー」
夏海の一撃を避けたツカサは、人の悪い笑みを浮かべ友人を弄る。
「隠さなくてもいいっすよーわっかりやすいっすねー」
「いいでしょ、誰を好きになったって、あたしの勝手だもん」
むくれた夏海は端末でショートメールを作る。
内容は『連れてくね』の一言。送信ボタンは押さない。
いや夏海はまだ押せない。
「ねえ、騙されてくれないつーちゃんに、もう一度だけ聞いていい?」
「なんでも聞くっすよー」
「振りでもいいから騙されて、お願い―――」
夏海の本気の言葉に―――
「―――聞けないッすね。ナツは友達で、ちゃんと向きあってくれる大切なひとっすよ。
だから絶対騙されてあげないっす」
―――ツカサも本気で答えた。
「つーちゃん・・・・本音は?」
「独り占めはいけないっす」
ツカサはどっかズレている。
「―――わかった。もう止めない。もっと知りたいんでしょ。教えてあげる」
夏海は送信ボタンを押した。