友達の隠し事
彼女の緊張を断ち切るように、ツカサの視界に火線が走った。
単発でなく連発、繋がる銃声が後から響く。
しかし、灰色トカゲにはほとんど当たらず、至近弾が地面を抉り土埃を巻き上げ、大蜥蜴を怯ませる。
「テールスラップっ」
まっすぐ飛び込んできた大型バイクに怯み、首を縮めたトカゲの目前で急ブレーキ。
回転の止まった前輪を支点に、半円を描いて後輪が舞う。遠心力をそのまま破壊力に換えて、浮き上がった後輪がトカゲの横っ面を張り飛ばした。
ただのバイクではあり得ない重量と、それを支える車体強度があるからこそ出来る荒技で、騎乗した女子はオオトカゲを張り飛ばし、ツカサの側に横付けする。
「怪我してない? 立てる?」
ツカサは答えない。
自身が感じる違和感の正体が掴めず、相手に見入っていた。
女はそれに気づかない。
彼女はバイクに騎乗したまま、声だけでツカサの状況を確認する。
けっして顔は向けない。
彼女はまっすぐ前を向き、トドメをさすべく顔半分を覆う遮光バイザーに浮かぶターゲットマーカーを動かし、灰色オオトカゲをロックオンする。
彼女とデータリンクで接続中の重装甲バイクは、最新の数値情報を元に、車体から伸びた細い補助腕付のバトルライフルの照準を調整する。
この間、コンマ何秒。引き金を引き絞る指先。
ファーストヒット!
オオトカゲの首元から背中に掛けて、分厚い皮ごと肉が弾ける。次々と、次々と、次々と連続で響く銃声。
弾ける肉片と皮片が辺りに散らばり、負傷の度合いからすれば異常に少ない出血量で、周囲を赤黒く染めていく。女性は容赦なく追撃する。
腕から全身に広がる大口径弾の強反動を補助腕に流し、腰だめに構えたバトルライフルの銃口を向け続ける。
状況の激変にひとり置き去りにされ、しばらく呆然としていたツカサも、ようやく違和感の正体に辿りつく。
「セーラー服?」
違和感の正体。それは彼女の服装だった。
重装甲バイクを駆る女性ライダーは、ツカサと同じ高校のセーラー服を着た胸の大きな女性だった。
「早く乗って、死にたいのっ!」
振り向く彼女の胸元で、押さえても押さえきれない魔乳が自重で大きく揺れる。
「早く乗って! 逃げるわよっ!」
ツカサはその情景にとても見覚えがあった。
「もしかして・・・・ナツ?」
「え? つーちゃん・・・・」
顔半分を覆うバイザー越しで、顔の判別はつかない。しかし、見間違えようのないその魔乳で、ツカサは親友の夏海だと確信した。
「やっぱりナツっす」
一番会いたくない場所で、一番会いたくない相手との遭遇。
その最悪の組み合わせに、一瞬で狼狽した一之瀬夏海は思わず名前を呼んでしまい―――。
「ちちち、ちがいます。そんなひとじゃありません」
―――バレバレの嘘で誤魔化しにかかった。
「嘘はダメっす! この胸が動かぬ証拠っ怖かったっすよー」
ツカサは夏海の胸に飛び込み、抱きついた。
今頃になって始まった手の震え、それがが収まるまで、しがみつく。
「こらっ、人の胸で遊ぶなって、何度いえば―――」
台詞の途中で、夏海はにやりと笑うツカサに気づいた。
「ナーツー、ひどいっすよー。こんな面白おかしい秘密を隠しもってるなんて、羨ましすぎるっす。どうして、教えてくれなかったっすかー」
「こら、離れなさいっ今こんなことしてる場合じゃ――」
夏海はぎゅーっと抱きつくツカサを、本気で引き剥がしにかかるが―――。
「伏せろ、なつみっ」
危険を知らせる接近警報と同僚の声。
とっさにバイクから転がり落ちる夏海は、そのままツカサを押し倒す。
直後、ふたりの頭上で目標を外した大きな口が、荒々しく閉まった。
そう、ツカサを襲った灰色六眼オオトカゲは一匹だけではない。
此処は灰色オオトカゲの営巣。
熱砂の下に隠れていたオオトカゲが餌を求めて次々に現れる。
ツカサは知るはずもないが、夏海とその同僚は2人で、営巣の殲滅作戦を実行中だった。
状況は悪い方に推移する。
「このっ・・・あ」
夏海は伏せたまま、バトルライフルを敵に向け引き金を引くが、初弾発射の強反動を殺しきれず、跳ね上がった銃口は2発目をあさっての方向に飛ばした。
そして沈黙。
僅か2発で空撃ち音が小さく響く。
夏海のバイザーに【バトルライフルEMPTY】の表示が赤く映る。わざわざ指摘されなくてもわかる弾切れに夏海も思わず舌打ちをつく。
手持ちの弾薬はない。
重装甲バイクの武装コンテナには、予備弾倉を積んでいるが、彼女の装甲バイクを乗り越えオオトカゲはふたりに迫る。
元の世界と違い、こっちのオオトカゲの表皮と筋肉強度はちょっとした装甲車両並にあり、予備の拳銃程度では、至近距離でも弾かれる。
狩り慣れた標的でも、けっして油断できない事を夏海は知っていた。
弾薬のそばに敵がいる。
夏海はその状況を認識し―――。
『伏せてろ、片付ける』
―――支援を求めるより早く、夏海のインカムから男性の声が響く。
そして、光が瞬く。
ほぼ同時にトカゲの複眼にひとつ孔が開き、続けて五つ。無音の狙撃を受けたオオトカゲは激痛にのたうち廻り、焦げ臭い肉の炭化した臭気があたりに漂い、地面に伏せるふたりに、土埃や小石が降りかかった。
ふたりを助けたのは、丘の上に立つ頭のない人形兵器だった。
その機体は白をベースにした青ラインのツートンカラー。そして胸の装甲に『隼』一文字の個人記章が黒く映える。
遠く離れた標的に向け構えた左腕は、装甲を開き回転カートリッジ式の単銃身6連レーザー砲『ブリッツ』を展開していた。
照射時間ゼロコンマ以下の10ミリレーザーの狙撃は、その速度故に目標を外さない。
「待ってろ、すぐいくっ!」
隼は撃ち尽くしたレーザー照射器を腕部に格納。
同時に強制冷却に伴う熱風を、廃熱ダクトから噴きだす。
冷却と再充電終了までおよそ1分。
格納と同時に発進する隼は、踵のタイヤが土埃を吹き上げ、廃熱の陽炎を纏って猛然と駆け下りる。
斜面の段差をものともせず、飛ぶように疾走する。
『こっちはいいっ! そいつを頼む!』
インカム越しの指示が、夏海に飛ぶ。
援護不要。隼はとまらない。
接近中に邪魔な大型重機関砲を放棄。
ミドルレンジを捨て、ショートレンジを踏み越え、クロスレンジへ―――。
そして激突。
速度と自重を肩付けシールドに集めた体当たりに5メートル級の巨体も横転する。
頭を振り乱して暴れる灰色大蜥蜴を無理やり押し倒し、振り乱されるかぎ爪に装甲を削られながらも、隼は頭部を掴み、地面に押しつける。
右大腿部の装甲パネルが開き、バトルナイフをイジェクト。
突きだした柄を右手が掴みとり―――。
――― 一閃 ―――
右手で振り抜いた高周波ナイフ。
その特有の甲高い騒音は人の聴覚の限界を超えて無音に変じ、その軌跡に沿って物質は寸断される。
かぎ爪が手首ごと落ち、力を失った胴体が地面に崩れ落ちた。
隼は立ち上がる。
破損した装甲とゆがんだフレームを自動修復する中、鮮血が赤黒く染める地面に、掴んだままだった大蜥蜴の頭部を捨てる。
『いそげ、閉じこめられるぞ』
『はいっあの、ありがとう』
『気にするな、怪我はないな?』
『うん、大丈夫』
『それならいい、急げよ』
インカム越しに交わされるふたりの会話。
同型のバイザー付きヘルメット内蔵の高性能通信機は、ふたりの声をデジタルデータ化して送りあい、何処までもクリアな音質で精緻に再現する。
いつもの、いつまでも聞いていたい声が、耳元で響く。
その安心感に、夏海の頬は薄く染まった。
そんな夏海の様子に同僚は気づかない。
隼は手早く高周波ナイフを収納すると、放棄した大口径重機関砲を持ち上げる。
機体との接続が回復したのを、隼の乗り手はバイザー表示で確認し、元いた丘に向かった。
先に行くと、手振りだけで置き去りにされ、ハッと我に返った夏海はピンクががった思考を振り払い、状況を確認する。
「立てる? つーちゃ―――」
ツカサの両手は祈るように胸の前、ギュッと閉ざした目蓋。そして誘うようにすぼめた口元。
「わたし・・・・ナツならいいよ」
「正気に帰れっ!」
容赦ない夏海のヘッドバットが炸裂する。
地面と額のサンドイッチコンボに、ツカサは星をみた。あまりの痛みに声も出せず、うずくまったまま動けない。
「立ちなさいっ早くっ!」
「つっこみ・・厳しすぎっす・・・涙が止まらないっすよ・・・・・」
夏海の差し出す手に、つかさはすがりつき立ち上がる。
「はやく乗ってっ」
「あの、ナツ、スカート・・・」
ツカサは破れたブリッツスカートを押さえ、ためらう。ざっくりと引き裂かれ布地は、その役目を終えていた。
露わになったお尻に映える空色のパンツを、なんとか隠そうと努力する。
「つーちゃんっ! 急いで、時間がないのっ、早く乗って! 早くっ!!」
この世界は人に優しくない。
脱出に失敗してとり残されれば、出口を探して酷く困難なサバイバルが待っている。
だからこそ夏海はツカサを急かす。
先行する隼は、途中遭遇するオオトカゲを撃ち払い、あるいは切り捨て、後に続く夏海達の為に進路を確保する。
そんな隼を追って、装甲バイクも急斜面を駆け上がる。両輪駆動の力強い走りは急勾配をものともせず、2人を頂上まで連れて行く。
「先に行けっ」
オオトカゲを蹴り飛ばし、退路を確保した隼は反転、撤退支援を開始する。
集中射撃の標的は不格好なダンスを踊り、撃ち倒された灰色大蜥蜴の屍体が軽く3つ。
斜面を転がり落ちる標的の背後から、さらに2頭トカゲが這い上がる。
隼は後退しつつ、広範囲をなぎ払うように掃射。
瞬く間に減っていく残弾。
何頭殺したのか? 後何頭残っているのか? 忘れてしまうほどの戦果をあげ、装甲バイクが空間の歪みに飛び込むのと同時に隼も撤退。
もちろん、置き土産代わりに三角錐型時限爆弾を3つ程転がすのも忘れなかった。