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第二章 『激突、動き出す運命の歯車』その3



 目を覚ますと、嘘臭いくらい真っ白な天井が見えた。

 ここが何処か、知っているはずなのに名前が出ない。

 戸惑いながら視線を巡らせると、アッシュ先生が窓際に立っていた。

 いつになく真剣な表情で、彼は物憂げな溜息を吐いた。

 目が合ったのは偶然、彼は慌てたように微笑みを浮かべた。

「良かった、目が覚めたんですね」

「って、学園の医務室かよ」

 ヴェルナが体を起こすと、アッシュ先生は凄い勢いで顔を背けた。

 嫌な、予感がして視線を落とすと汗で濡れたブラジャーと割れた腹筋、濡れて肌に張り付いたショーツ……、

「な、な、何で制服を脱がされてんだ!」

 慌ててシーツを掴んだけれど、見られたに決まってる。

「あ、あたしの制服は?」

「かなり汚れていたので、ライカさんとイエルが代わりの服をアパートに取りに行っている所です。あと、十分は戻ってこないんじゃないでしょうか」

 気まずい、特に下着姿と言う状況がいけない。

「……ヴェルナさん」

「な、何だよ」

 アッシュ先生は窓の外に視線を向けた。

「女学生のスカートの短さは犯罪的だと思いませんか?」

「あんた、そんなことを考えてたのかよ!」

「ヴェルナさんのことも心配してましたよ。けど、まるで見てくれと言わんばかりの短さだと思いませんか?」

「思わねえよ!」

「いや、僕も男なので」

「そんな告白されても身の危険しか感じねえ!」

 あはは、とアッシュ先生は取り繕うように笑った。

 健康な男性なら仕方がないのかも知れないけど、下着姿の相手に言うのはどうだろう。

「起きたばかりで悪いんですが、治療費と制服代の件もあるので報告書を作成しましょう」

 アッシュ先生はクリップボードを取り出し、にっこりと笑った。

「それって、バイトにも適用されんの?」

「無理と言われてもお金は出させますから安心して下さい。お偉いさんに突かれると厄介なので説明しにくい所は改竄しますけど」

「……欠片も安心できねえ」

「じゃあ、狂精霊と遭遇するまでの経緯を話して下さい」

 制服代が自腹になるよりマシか、とヴェルナはありのままを話した。

 時折、アッシュ先生は相槌を打ち、質問を交えながら足りない部分を補足、不都合と思われる部分を改竄して……、

「アッシュ先生、これってマズくね?」

「少し誇張しすぎましたかね」

 ヴェルナが報告書を読みながら言うと、アッシュ先生は気まずそうに頭を掻いた。

「文句を言われたら書き直すと言うことで」

「ますます安心できねえ」

「じゃあ、僕は報告書を提出してくるので」

「ちょ、ちょっと、待ってくれよ!」

 ヴェルナは慌ててアッシュ先生を呼び止めた。

「どうかしたんですか?」

「どうかしたって、あたしを一人にするつもりかよ」

「?」

 アッシュ先生は分かっていないらしく首を傾げる。

「だから、裸同然で置いて行かれたら……」

 あまりの恥ずかしさに言葉を区切り、

「その、怖いじゃん。あたしも、お、おん」

 あたしも女だし、とヴェルナは最後の部分を飲み込んだ。

「すみません。女の子に対して配慮が足りませんでした」

「お、女の子って言うな!」

「ははっ、僕から見れば立派に女の子ですよ」

 何故か、アッシュ先生はヴェルナの寝るベッドに座った。

 パイプベッドが抗議するように軋む。

 ヴェルナは悪いことをしているような気がしてアッシュ先生に背を向けた。

「先生、何か話してくれよ」

「何かと言われても何を?」

「教師になった理由は聞いたから、精霊騎士になった理由とか」

「僕は異端ですから、気が付いたら精霊騎士になっていた感じですね」

「異端?」

「正統な精霊騎士じゃないって意味です」

 思わず問い返すと、アッシュ先生は苦笑混じりに言った。

「ヴェルナさん、精霊騎士になるために何が必要か分かりますか?」

「高潔な精神を養わないといけないって、教わった記憶があるんだけど」

 ライカを見る限り、必ずしも高潔な精神が必要になる訳ではなさそうだが、精霊器に認められなければ精霊騎士になれないのは事実だ。

「ヴェルナさんの言う通り、正統な精霊騎士になるためには精霊器に認められなければなりません。これは嫌いな相手に力を貸したくないと言う精霊器の都合と、人間に精霊器を抑える力がないと言う身も蓋もない理由からです」

「アッシュ先生は精霊器を抑えつけられるくらい強いってこと?」

「特殊な才能があったと言うことなのでしょうけどね。それだけの理由で精霊騎士になったから、道を踏み外してしまったんですが」

 思い掛けない言葉に息が詰まる。

「先生は立派な精霊騎士だろ」

「僕が今までにしてきたことを知ったら軽蔑しますよ、きっと」

 きっと、吐き出された言葉は真実なのだろう。

 けれど、

「あたしは、軽蔑なんてしない」

 ヴェルナの真実は違う。

 彼はヴェルナに手を差し伸べてくれた。

 それだけで十分だ。

「ヴェルナさん、僕は……」

「関係ねえ、アッシュ先生が何をしてたかなんて関係ねえよ! あたしが知ってる! アッシュ先生が最高の精霊騎士だって、あたしが知ってる!」

 気が付けば、アッシュ先生の胸ぐらを掴んでいた。

「全く、貴方はいつも……ははっ、学生に励まされる教師なんて情けないですね」

 アッシュ先生は吹っ切れたように笑い、ヴェルナの髪を優しく撫でた。

 妙に慣れた手付きが腹立たしい。

「で、いつまでこの姿勢でいれば?」

「あ?」

 ヴェルナは間の抜けた声を漏らした。

 この姿勢……アッシュ先生がヴェルナを押し倒しているような体勢だ。

 しかも、

「……胸」

「掴んでますね、バッチリ」

 ヴェルナは陸に打ち上げられた魚のように口をパクパクさせ、思考やら感情やらがグチャグチャに混ざり合い……何故か、涙が出た。

 泣くな、あたし! と言い聞かせても意思に反して涙が止まらなかった。

 その時、

「着替えを持って来たぞ!」

 最悪のタイミングで医務室の扉が開いた。

「「「……あ」」」

 三人で同時に声を上げ、これ以上ないくらい気まずい沈黙が舞い降りる。

 そんな中でイエルだけが無表情を保っていた。

「ひょ、氷槍一矢!」

 アッシュ先生は氷槍を素手で打ち砕く。

「ライカさん、いきりなり魔術を撃ち出すのは非常識ですよ?」

「き、き、貴様がヴェルナを泣かしたからだ! そ、それに貴様が中級魔術くらいでどうにかなる訳なかろう! おま、おまけに私の魔術を素手で、素手で!」

「不幸な事故だったんです」

「言い訳はそれだけか!」

 ライカが髪を逆立たせて飛び掛かると、アッシュ先生は医務室の窓から飛び出した。

 二人が外に飛び出した直後、何だか凄い破壊音が外から響いた。

 爆発、竜巻、雷、石槍、氷の礫、ついでとばかりに炎弾乱舞。

 ライカが狂ったように中級魔術を放つが、アッシュ先生は素手で払い除ける。

「着替えを持って参りました」

 ヴェルナは着替えを受け取り、イエルの無表情っぷりに苦笑した。

「イエルは大物だな」

「アッシュ様が滞在されていた際、屋敷で毎日のように繰り返された光景ですので」

「あんなの繰り返して、よく死なねえな」

 上半身を起こし、ヴェルナは制服のブラウスに腕を通す。

「実力だけならば、アッシュ様は最強の精霊騎士です」

「実力の使い道を間違ってる気がするけどな」

「……アッシュ様ですから」

 少し溜息混じり、もう諦めましたと言わんばかりだ。

「イエルって、アッシュ先生と付き合い長いの?」

「アッシュ様が軍に在籍されていた頃から酒を酌み交わす程度の付き合いを」

「イエルとアッシュ先生ならありそうな感じだな」

 ヴェルナはスカートに足を通す。

「派手にやってるな」

「そろそろ、ライカ様の魔力が尽きる頃ですので心配は無用かと」

 唐突……いや、イエルの言葉通り、轟音が止んだ。

「よく分かるな」

「慣れてますので」

 付き合いが長いのも大変なんだな、とヴェルナはベッドの上で二人を待った。

「戻りました」

 窓からではなく、廊下からアッシュ先生はライカを肩に担いで戻ってきた。

「う、うぬ……ま、魔力切れとは」

「もう少し効率的な魔術の運用方法を勉強すべきでしたね」

「うぬぬ、教師のような口を」

 ライカがぷるぷると体を震わせ、アッシュ先生は口の端を吊り上げて笑った。

「ま、今日は大人しく家に帰って養生して下さい」

「アッシュ様、ライカ様を」

 アッシュ先生はイエルの腕にライカを委ね、いつものような微笑みを浮かべた。

「ライカ様とアパートに戻りますので、ヴェルナ様をお願い致します」

「今度、ヴェルナを泣かせたら叩きのめしてやる」

 イエルと彼女に抱えられたライカの姿は不思議なくらい違和感がなかった。

「では、僕は報告書を提出してくるので玄関で待っていて下さい」



「あら、ヴェルナさん。一年生の頃のように喧嘩でもなさったんですの?」

 やけに甲高い声音で勘に障る台詞を聞かされ、ヴェルナはセシルを半眼で睨んだ。

「バイト中に狂精霊とやり合って、怪我したんだよ」

「まさか、倒したなんて仰りませんわよね」

「倒したよ、その後でぶっ倒れたけど」

 先を越された悔しさからか、セシルの表情が険しくなる。

 無事を喜んでくれても良いんじゃねえの? とヴェルナは彼女を横目に眺めた。

「さぞ、誇らしい気分でしょうね」

「死にそうな目に遭うし、制服はダメになるし、怪我が痛むし、最悪の気分だよ」

 ずるずると壁にもたれながら座り込み、ヴェルナは頭を抱えた。

「で、そっちは何をしてんだよ」

「レドリック先生から特別講義を受けていただけですわ」

「あの先生、熱心だもんな」

 あたしは好きじゃねえけど、とヴェルナは心の中で付け足した。

 見下すような台詞を吐くし、容赦なく暴力を振るうし、好感を持てない相手だ。

「……他にも何か聞きたいことがあるのではなくて?」

「ねえよ」

 早く迎えに来てくれ、とヴェルナはアッシュ先生に祈った。

 祈りが通じた訳でもないだろうが、テンポの早い足音が響く。

「ヴェルナさん、お待たせしました」

「お待たせってほど待ってないけどぉぉぉっ!」

 何を思ったのか、アッシュ先生はヴェルナを一気に抱き上げ……俗にお姫様だっこと呼ばれる抱き方で……たのだ。

「先生、ストップ! これはマジでマズい!」

「この抱き方でもヴェルナさんのアパートまでなら余裕ですよ?」

「下着が見えるんだよ!」

 あまりの風通しの良さにヴェルナは傷の痛みも忘れて手足をばたつかせた。

「ああ、それは確かにマズいですね」

 アッシュ先生は素直にヴェルナを床に降ろした。

「では、おんぶで」

「いやいやいや、肩を貸してくれるだけで良いから!」

 ヴェルナは真面目な顔で提案するアッシュ先生に突っ込む。

「……アッシュ・キルマー先生」

「セシルさん、何か用ですか?」

 アッシュ先生は今の馬鹿な遣り取りなんて記憶にありませんと言わんばかりの態度でセシルに応じた。

「貴方達は教師と学生なのですから、節度を守るべきではなくて?」

「節度なら守ってますよ」

 そうかな? とヴェルナは医務室での一件を思い出しながら首を傾げた。

「あれで節度を守っているつもりですの?」

「そのつもりです」

 アッシュ先生はヴェルナをしっかりと抱き寄せた。

 セシルはあからさまな挑発に肩を震わせたが、彼は微笑みを崩さなかった。

「やっぱり、おんぶにしましょう」

 そんな台詞をアッシュ先生が吐いたのは橋を渡り終えた頃だった。

「先生、下心とかないよな?」

「セシルさんに言った通り、節度は守りますよ」

「……けどさ」

 胸が当たるし、太股も触られるだろ、とヴェルナは喉元まで出掛かっていた言葉を飲み込んだ。

 意識すればするほど恥ずかしくなるし、いつまでもアッシュ先生を跪かせている訳にもいかない。

「重いって言っても降りねえからな」

 頭を掻き、ヴェルナはアッシュ先生に覆い被さった。

 さして力を込めた様子もなくアッシュ先生は立ち上がった。

「あのさ、先生」

「何ですか?」

「さっき、セシルに言ってたことなんだけどさ。節度って言うか、先生ってのはアパートの保証人にならないよな」

「普通はなりませんね」

 アッシュ先生はわずかに顔を上げ、間延びした口調で答えた。

「家賃を立て替えたり、一緒に写真を取ったりもしないよな」

「普通はしませんね。けど、僕はヴェルナさんに期待しているんです」

 歩調を早め、アッシュ先生は笑みを隠すように俯いた。

「……だって、貴方は」

 何が言いたいんだよ、そう思いながらヴェルナの意識は闇に呑まれた。



 親指の爪を噛み、セシルは遠ざかる二人を見つめた。

 嫌な感情が渦巻いているのは悔しさからだ。

 心が折れるような苛烈な鍛錬を積みながら先んじられた悔しさからなのだ。

 セシルは自分に言い聞かせた。

「ここにいたんだ」

「何ですの、レオン?」

 睨み付けてもレオンは怯まなかった。

「ビッグニュースだよ。あのヴェルナ・トゥルーズが狂精霊を滅ぼしたんだ」

「その話なら本人の口から聞きましたわ」

「じゃあ、これは? ヴェルナ・トゥルーズはね、狂精霊から子どもを助けたんだ」

 ガン! と頭を鈍器で殴られたような衝撃がセシルを襲った。

 何を勘違いしたのか、レオンは嬉しそうに目を細め、

「あらましはこうだ。ヴェルナ・トゥルーズは巡回中に偶然、狂精霊に襲われている子どもを見つけた。殺される可能性だってあるのに、ケガしながら子どもを助け、それから狂精霊を滅ぼしたんだ」

 一気に捲し立てるように話した。

「でさ、どうもヴェルナ・トゥルーズは選考会に出られる、っぽい」

「何を言ってますの?」

「狂精霊を滅ぼす実力があるのに選考会に出られないのは変だ、って話だよ」

 仕方がないよね、とレオンは少しもそう思っていないような笑みを浮かべた。

「けどさ、僕達は仕方がないで済ませられないよね。そんな特例を認めちゃったら、何のために辛い鍛錬の明け暮れたのか分からなくなっちゃう。だから、みんなで何とかしようって話したんだ」

「具体的には?」

「選考会の参加者で狂精霊を滅ぼすんだ。狂精霊と出会えるかは運次第だけど、上手くいけばヴェルナ・トゥルーズを参加させなくて済むよ」

 なるほど、とセシルは頷いた。

「レドリック教師や他の方々が許さないのではなくて?」

「あ~、そこなんだけどさ……どうも、アッシュ先生を嫌ってるのはレドリック先生だけじゃないみたいなんだよね。色々な先生に許可を貰いに行ったら、あっさりと認められちゃったくらいだから」

 レオンは肩を竦め、

「ま、それはそれとして……参加する意思があるなら頷いて欲しいな」

 歪んだ口元に不吉な予感を覚えたけれど、セシルは頷いた。

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