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第四章『決着、果たされる約束』その3

「どうして、助けてくれなかったの?」


 その一言で八年前の記憶が噴き出した。

 あの日、街が蹂躙された日……ヴェルナは友達を見捨てた。

 炎に焼かれて狂ったように暴れる友達を、血溜まりで泣き叫ぶ友達も見捨てた。

 近所に住んでいた知り合いも、見ず知らずの他人も見捨てた。

 そして、泣きながら、生の喜びを噛み締めた。

 精霊が何処でヴェルナの記憶を知ったかは分からない。

 セシルの影に取り込まれそうになった時かも知れないし、寄生されていた間かも知れない。

 ただ一つ分かっているのは心が折れたことだけだ。

「ヴェルナ! 何をしているのだ!」

 ライカの声が届くけれど、罪に呪縛された心は燃え上がらない。

「どうして、どうして、どうしてぇ!」

「怖かったんだ」

 声が惨めったらしく震えた。

「どうして!」

「あたしには何の力もなかったんだ!」

 どうして?

 どうして、見捨てた? 

 どうして、お前だけが救われた?

「ヴェルナ!」

「ライカ、あたしは……」

 許してくれ、許して下さい、もう立てないんです。

 跪き、ヴェルナは罪に泣いた。

「卑しい平民が夢など見るからだ」

 レドリック・クロフォード先生の声が不思議なくらい明瞭に響いた。

「……夢?」

 ああ、そうだ。

 夢を見ていたんだ。

 何もかもなくしたガキが誰かを救えるんじゃないかって荒唐無稽な夢を見ていた。

 ダメだったんだ。

 何がダメかは分からないけど、とにかくダメだった。

「夢を見て何が悪い!」

 ライカの声が闘技場に木霊した。

 精霊の声さえも押し退ける力強い声だった。

「ヴェルナ、立つのだ!」

「……あたしは、みんなを見捨てて」

「ヴェルナ、私達は始まりが綺麗じゃなかったから、立ち上がったのではないのか? 二度と後悔しないように強くなろうとしたのではないのか?」

 ライカの口調は優しく、穏やかだった。

「ここで諦めてしまったら何もかも失ってしまうぞ。ヴェルナは、本当にそれで良いのか?」

 ヴェルナは首を横に振った。

 八年前の記憶と痛み、ヴェルナを抱き上げてくれた腕の温もり。

 あの奇跡を無意味に変えるなんて嫌だ。

「だったら、立ち上がれ! 私は……ヴェルナが立ち上がると信じる!」

 ライカは今にも泣きそうな、まるで大好きな御伽噺を否定された子どものような顔をしていた。

 多分、アッシュ先生が間違っていないと言い続けたヴェルナもこんな顔をしていたのだろう。

 ぶわぁっ! と異形の大樹から漆黒の魔力が溢れ、闘技場を覆う巨大な魔力圏を形成する。

 完成された魔力圏の中で術者は神に等しい存在となる。

 つまり、新しいルールを作ることも可能なのだ。

 例えば、魔力圏の外に出られないと言うように。

 八年前、街から出られなくなった理由はそれだ。

 精霊が舞う。

 異形の大樹から産み落とされた精霊は狂い、観客に襲い掛かった。

 闘技場は狂乱の坩堝と化した。

 観客は闘技場から逃げることも出来ず、大樹が精霊を産み落とす様子を見つめるしかない。

「……立たなきゃ」

 ヴェルナは足に力を込めた。

 立ち上がらなかったら、二度と立てなくなる。

 ライカの信頼を裏切ることになる。

 だから、ヴェルナは震える足で立ち上がった。

「立ち上がった所で何ができる」

 レドリック・クロフォードの言葉は正鵠を射ていた。

 けれど、自分の教え子を助けようとしない男の正しさなんて屁と同じ。

 臭いが気になるだけで中身はない。

 そんな男の言葉に一瞬でも惑わされた自分に腹が立つ。

 今、信じるのはライカの言葉だ。

 ここにイエルはいて、あたしの言葉は届くんだ。

「……イエル、あたしの声が聞こえるよな?」

 剣の柄を握りながら、ヴェルナは狂精霊を睨んだ。

 異形の大樹は血走った目でヴェルナを睨み、無数の口から呪いの言葉を吐いた。

 指先が震えている。

 肌が火傷でもしたみたいに痛んだ。

「言ったよな、お前と一緒に戦いたいってさ。こんな時に力を貸して欲しいなんて調子の良いことを言ってるよな。それでも、一緒に戦って欲しいんだ。後悔しないために、みんなを助けるために……荒唐無稽な夢を叶えるための力を!」

 ヴェルナはイエルを鞘から引き抜いた。

 キンッ! と澄んだ音と共にイエルが漆黒の炎と化す。

 魔炎が愛撫するように絡み、ヴェルナは莫大な魔力のもたらす陶酔感に息を漏らした。

 魔炎が収束、物質化する。

 手甲と脚甲が漆黒に染まり、より鋭角的なデザインに生まれ変わった。

 眼球が、鼓膜が、皮膚が、あらゆる感覚が鋭敏化する。

 網膜を焼く光。

 鼓膜を突き刺す雑音。

 それなのに意識は怖いくらいにクリアだ。

 最後に、剣が生まれた。

 空間に生じた亀裂のようなものが幾筋も捻り合わさり、精霊器イエルとなる。

 精霊器イエルは古びた剣だった。

 何処にでもいる若者が何処にでもある剣を握り締めて戦ったのだ。

『……ヴェルナ様』

「ありがとう、イエル」

『いえ、ヴェルナ様の声がなければ私も滅びていたでしょう』

「お互い様、ってヤツだな」

 息を吐き、ヴェルナは剣を構えた。

「一緒に戦おうぜ、イエル」

『イエス、マスター。全力でサポートします』

 狂精霊の枝が震え、闇の礫が闘技場に降り注ぐ。

 闇の礫は地面に叩きつけると汚らしく広がり、白煙を上げた。

 何らかの方法で溶かしているようだが、自分の体で確かめる気にはなれない。

 狂精霊が伸ばした触手をヴェルナはイエルで切断する。

 そこに突撃槍が飛来する。

 いきなり死んだ! とヴェルナは体を硬直させた。

 だが、いつまで経っても衝撃は来なかった。

 ヴェルナを貫く直前、誰かが真横から突撃槍を蹴り上げたのだ。

 くるくると回転しながら、突撃槍はレドリック・クロフォードの元に戻る。

「アッシュ先生!」

「いや、ははは……久しぶりに死ぬかと思いましたよ」

 アッシュ先生は乾いた声で笑い、レドリック・クロフォードを睨んだ。

「貴様、生きていたのか」

「ちょっとばかり肉を抉られましたけどね。まあ、僕を殺そうとするだけなら許して上げようと思っていたんですが……やり過ぎなんだよ、てめぇは!」

 乱暴な口調で叫び、アッシュ先生が魔炎に変わった。

 朧気な輪郭が浮かび上がり、魔炎が爆発的に収縮する。

 炎の中から生まれたのは異形の騎士だ。

 全身を覆うのは甲虫のような外骨格。

 流線型の頭部には赤い二つの点と歯列のような亀裂があるだけだ。


「ギ、ガァァァァァァァァァァァッ!」


 異形の騎士が叫ぶ。

 亀裂の奥にアッシュ先生はいない。

 奈落のような暗闇が広がっているだけだ。

 影が弾け、百を越える精霊器が飛び出した。

 百の精霊器は乱舞する狂精霊を貫き、獲物を求める獣のように虚空を駆ける。

「「アサルト!」」

純白と翠緑の魔力弾が精霊を吹き飛ばした。

 ライカとアリス先輩だ。

 アッシュ先生が復活して、ようやく二人も動けるようになったのだ。

「アッシュ先生、レドリック先生を任せても良いか?」

『死なない程度にぶん殴っておきますよ』

 かはぁっ! と口から蒸気を吐くアッシュ先生は半分くらい人間を辞めている感じだ。

 アッシュ先生の背中を見送り、ヴェルナは改めて異形の大樹に対峙する。

 先生がいる、ライカが、アリス先輩が助けてくれる。

「アサルト、多重起動! 一斉射!」

 瞬時に十を超える『アサルト』が起動、一斉に放たれた真紅の弾丸が狂精霊を引き裂いた。

 何故! と狂精霊が伸ばした触手をヴェルナは切断する。

 何故、と問い掛けられてもヴェルナは答えられない。

 その言葉をヴェルナだって何度口にしたか分からない。

 どうして、父さんと母さんは殺されて、あたしだけが生き残ったんだろう?

 どうして、孤児ってだけで見下されなきゃならないんだろう?

 どうして、貴族と平民ってだけで区別されなきゃならないんだろう?

「あんたらの言ってることは分かるよ! けど、自分が不幸だからって、他のヤツを巻き込むのは間違ってるだろ!」

 この世界は決定的に不公平だ。

 けれど、それを他人を不幸にする理由にしちゃいけないはずだ。

 心を抉られるような痛みを、世界中の全てから見捨てられたような孤独を、他人に押しつけても誰も救われない。

 ヴェルナは狂精霊に向かって加速する。


 どうして、助けてくれなかったの?


 一瞬、ほんの一瞬だけスピードが落ちる。

 その一瞬を狂精霊は見逃さなかった。

 狂精霊から伸びた触手がヴェルナを締め上げる。


 痛いよ、ヴェルナちゃん。


 きっと、それは友人が最期に残した言葉なのだろう。

 手から力が抜けそうになる。

 奮い立たせた心が罪悪感で挫けそうになる。

「許されないなんて、あたしが一番よく分かってる! それでも、手を差し伸べられるくらい強くなるって、あたし自身に誓ったんだ!」

 魔炎が真紅に染まる。

 それはヴェルナが火属性の魔術を習得した証だった。

 ヴェルナは触手を焼き払い、狂精霊に向かって加速した。

 速く、速く、弾丸のように速く……音が消え、一瞬が何倍にも引き延ばされる。

「……ごめん」

 ヴェルナは真正面から異形の大樹を貫いた。

 そして、光が狂精霊を包んだ。



 ……ォォォォォォォッ!

 怨嗟か、歓喜か、異形の大樹は長く低い叫び声を残して、光となって散華した。

 完全に滅びたのか、別の精霊に生まれ変わるのか、ヴェルナには確かめようがない。

 闘技場の隅を見れば、レドリック・クロフォードが壁に縫いつけられていた。

 雄叫びを上げるアッシュ先生は世界の終末にでも現れそうなバケモノっぷりだ。

 ライカとアリス先輩もケガらしいケガはなかったようだ。

「お~い、生きてるか?」

「生きて、ますわ」

 セシルは顔面蒼白、今にも気絶してしまいそうな有様だ。

「そりゃ、良かった」

 ヴェルナが剣を手放した途端、魔炎に変わる。

 ある一点で渦を巻き、イエルはエプロンドレス姿で地面に降り立つ。

「無事なら、もう一勝負だな」

「もう一勝負って、正気ですの?」

 セシルは上半身を起こした。

 満身創痍なのはヴェルナだって同じだけど、

「こっちが本命だろ。禍根だか、遺恨だかを残さないようにしねえとな」

「全く、エレガントじゃありませんわ」

「やらねえなら、あたしの不戦勝になるけど?」

「やらないとは言ってませんわ!」

 セシルは震える足で立ち上がり、拳を構えた。

 ヴェルナが口笛を吹きたくなるほど隙のない構えだ。

 両腕の手甲を外し、ヴェルナも構える。

「こんな時に話すのは無粋だと思うんだけどさ」

「何処の蛮族の教えですの、それは?」

「回り道した、って思うんだよな。あたしはアッシュ先生の正しさを証明したい、あたしをお前に認めさせたい。その程度のレベルで戦わなきゃならなかったのに」

「それは私も一緒ですわ。私は尊敬する師の元で強くなる貴方が羨ましかった。先生は間違っていないと子どものように言い張る貴方の姿が眩し過ぎた。それでも、私は自分の正しさを貫くために貴方を認める訳にはいかなかった」

 セシルは溜息を吐いた。

「やはり、こんな時に自分語りは無粋ですわね」

「言葉を費やすよりも拳で語り合うべきだろ、今のあたし達は」

 ヴェルナとセシルは互いに微笑み、握手の代わりに拳を繰り出した。

 ごきっと拳が互いの頬を殴打する。

 口一杯に広がる鉄臭さにヴェルナは獰猛な笑みを浮かべた。

 互いに笑みを浮かべながら距離を取り、


「「行くぞ/行きますわよ!」」


 沸き立つ歓声の中で激突した。



 殴られすぎて頭の芯が痺れている。

 口の中が鉄臭くて堪らない。

 けれど、最高の気分だ。

 セシルは強い。

 その強い女と互角に戦えることが堪らなく嬉しかった。

 ヴェルナが殴ればセシルが殴り返し、セシルが殴ればヴェルナが殴り返す。

 もう互いに消耗し尽くしていて、足を止めての殴り合いだ。

 ヴェルナの拳が空を切り、すかさずセシルが掌底を脇腹に叩き込む。

 普段なら問題にならない軽さだが、今はハンマーで殴られたような重さだ。

 意識が遠のく。

 地面が迫る。

「負けるかよ!」

 ヴェルナの頭突きが炸裂し、もつれ合うように倒れた。

 降りしきる歓声がぬるま湯のように満身創痍の体に染み渡る。

 喉に絡み付くような血の味も、熱とも痛みともつかない感覚も心地良かった。

 ああ、ここで眠っても構わないよな。

 あたし、ガンバったもんな。

 セシルだって満足そうな顔で目を細めてるしさ。

「ヴェルナ、立て!」

 あたしは限界なんだよ。

 セシル、狂精霊、セシルの三連戦なんだぞ。

 ハードな戦いを終えたばかりなのに……クソッ、泣きそうな顔をしてるんじゃねえよ。

 歯を食い縛り、ヴェルナは体を起こした。

 それだけで汗が滲み出る。

 力を抜けと言う誘惑に全面的に同意。

「……立って、ヴェルナちゃん!」

 声援は一つじゃなかった。

「立つんだよ、ヴェルナちゃん!」

「立って頂かなければ締まらないか、と」

 獣のように四肢を張り、

「信じていますよ、ヴェルナさん」

「立ってやるよ、畜生ッ!」

 もう振り絞る力なんて残ってねえぞ、とヴェルナは一気に体を引き起こした。

「どうだ、立ったぞ!」

 高々と拳を振り上げ、ヴェルナは気絶した。

 ごんっ! と後頭部を打ち据えた。

 笑い転げるセシルの姿を見たような気もするけど……これでハッピーエンドだ。



 胡散臭いくらい真っ白な医務室の天井を見上げ、

「……ハッピーエンドじゃないじゃん」

「約束を果たしていませんからね」

「あ、アッシュ先生! また、下着姿だよ!」

 ヴェルナは下着姿の自分に突っ込み、毛布を胸元に寄せる。

 あたしの気持ちに気付いてるよな、とヴェルナはアッシュ先生を横目に乱れてもいない呼吸を整える。

「あ、アッシュ先生。その、試合前に伝えたいって言ったことなんだけど」

 ぐっとヴェルナは言葉に詰まる。

「……あ、あた、あたしはアッシュ先生のことが好きです!」

「僕もヴェルナさんのことを好きですよ」

「嘘を吐くな、この野郎!」

「ええっ?」

 ヴェルナはアッシュ先生を殴った。

 殴られると思っていなかったらしく、アッシュ先生はもんどり打って倒れる。

「あの、ヴェルナさん?」

「あたしみたいな女を好きって言ってくれる男がいる訳ないだろ! あれか? 二股狙いか! 好きなヤツがいるっぽいことを言ってたから二股を狙ってやがるんだろ!」

「まあ、好きな人はいますよ」

「この外道!」

 アッシュ先生は考え込むように目を伏せる。

「だから、告白するとか言ってたじゃん!」

「……やっぱり」

 アッシュ先生は呆れたように肩を竦めた。

「僕が軽蔑されたくないと思った人はヴェルナさんです」

「は? いや、初めて会ったのが二年前「八年前です」」

 目を見開くと、アッシュ先生は笑みを浮かべた。

「あんなに小さかったのに、追い抜かれちゃいましたね」

「どうして、どうして、何も言ってくれなかったんだよ!」

 枕を掴み、アッシュ先生を叩く。

 叩いている内に涙でアッシュ先生が見えなくなって手を止めた。

「九つも歳の離れた子どもに人生観を変えられたなんて恥ずかしくて言い出せるもんじゃありませんよ。おまけに恩人とか言いながら……恋愛感情を抱くなんてバツが悪いにもほどがあります」

「それは……そうかも知れないけど」

「けれど、ヴェルナさんのお陰で僕も覚悟が決まりました」

 アッシュ先生はヴェルナを抱き寄せ、荒々しく唇を重ねた。

 イメージしていたキスと違う、まるで貪るような行為。

「むぐぅぅぅぅ!」

 ヴェルナは抵抗を試みたが、アッシュ先生は揺るぎもしない。

 アッシュ先生は図々しくヴェルナの唇を舌で割り開き、口内を余すことなく蹂躙する。

 ようやくアッシュ先生を引き剥がし、

「な、な、な何をするんだよ、いきなり!」

「覚悟をしたので、進められる所まで進めておこうと。これもヴェルナさんのお陰です」

「あたしのせいにするな! ちょ、やめ……むぅ!」

 今度は痺れるような優しいキスだ。

 頭が痺れて何も考えられなくなる。

 手から力が抜けるし、自分でも信じられない蕩けるような声。

 アッシュ先生の手が下着に掛かり、

「タイム! そこでストップ!」

 ヴェルナは両手でTを形作る。

 え~、とアッシュ先生は不満げだ。

「こう言うのは、た、多分、良くない。えっと、こんなことしたら子どもが……赤ちゃんが、さ。だから、勢いに任せるのはダメ、絶対!」

「案ずるより産むが易しです」

「産んだらダメじゃん! アッシュ先生だって困るだろ? 覚悟がないとお互い不幸になる、ような気がする」

「二男一女をもうけ、家族五人慎ましくも幸せな家庭を築く覚悟をしました」

「覚悟が具体的だ!」

 アッシュ先生は悪役じみた笑みを浮かべた。

 飢えた獣のように目がギラギラしている。

 この男は精霊を含めた生態系のトップなのだ。

 絶対捕食者の前では抵抗など無意味だ。

「いや、あたしは、が、が、学生だし」

「昼間は教師と学生で、夜は恋人同士……燃えますね」

 勝手に燃えてろよ! と喉元まで出掛かったが、アッシュ先生に距離を詰められ、ヴェルナは押し黙った。

「じゃ、そう言うわけで」

 く、食われる、とヴェルナは数分後に訪れる未来を幻視……ふと閃くものがあった。

「今はダメ」

「何故?」

「ムードないじゃん。あたしも、ほら、女だし、ムードを大切にしたいんだよ。色々な思い出を積み重ねてさ。初めての時には思い出がグルグルと巡るみたいなノリが欲しいじゃん?」

「いや、別に」

「即答かよ! あんた、本当にダメ人間か!」

「どちらかと言えば自分でもダメな方だと……けれど、ヴェルナさんに対する気持ちは本当です。僕はヴェルナさんを心から愛しています」

 不意打ち気味の告白に頭の中が真っ白になる。

 アッシュ先生はこれ以上ないくらい真剣な表情で、こんな真剣な顔が出来るなら初めからやれよとか、普段なら滑らかに出る突っ込みが出ない。

 三度目のキスはヴェルナから求めた。

 前歯が当たるような稚拙なキスだ。

 それでも、ヴェルナは精一杯の愛情を込め、アッシュ先生を求める。

「良いですか?」

 小さく頷き、ヴェルナは雰囲気に流された自分に戦慄した。

 けど、仕方ないじゃん。

 愛してるとか言われるの初めてなんだし、そう言うのに興味がない訳じゃないし、好きな人から告白されたら流されるよな。

 がらっ! と医務室の扉が開いた。

 そこにいたのはライカとイエルだ。

 車イスに座るライカの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。

「ヴェルナまで、アッシュに取られた!」

 恥も外聞もなくマジ泣きするライカを横目に見ながら、ヴェルナは甘い雰囲気と覚悟が砕ける音を聞いたような気がした。

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