4―1.上・空色の携帯電話
ヒトが『笑う』理由。
心臓移植とか、呼吸の止まったヤツを生かし続ける医療技術はあるクセして。
今だ謎に包まれてる。
誰も分かんねぇ永遠の謎。
オレは、このまんまの方が夢とかふくらんで良いんじゃねーかって思う。
答えが分かった途端、世界中の人間から夢を消し去るコトになるんだぜ。
なら、謎のままで良いじゃんか。
―――――
通学路―七時四十分
朝日が眩しい。黒目が太陽色に染まっちまいそうな位の陽射しだなーこりゃ。
姉きとは、朝の哲学があって何と無くバラバラの行動を取っている。
すまん、オレが少し早く出た。
どーやら、あのぼんやりしてる様に見える姉きも一応は女らしい。
髪型が決まんなくて、時間ギリギリになって焦ってた。洗面所占領して。
『早く出ろよな!』
『ごめん! 台所使って!』
『マジですか?』
『待って、洗顔渡すから』
『決定事項かよ!』
大体こんなカンジだった。
そのおかげで、オレは台所の湯沸かし器でバシャバシャ顔洗った。
赤の他人にゃ見せらんねぇ。
「七時四十分か……」
ケータイを確認した直後、呟く。
最近思ったけど、すげーどうでも良い独り言が増加してる気がすんだよな。
オレも老けたか……おめぇは高校生だろ! と自己ノリツッコミした直後――
「シューウヤ!」
「わっ!」
体がビクッと反応する。
昨日みたく、不意打ちで後頭部ターゲットに投石されたわけじゃねぇ。
オレが、同級生の一ノ瀬クミに何をされてんのかすぐ分かった。
……抱きつかれてる。
「ちょ、やめっ……」
「意外とガッチリしてるー」
ドキドキして上手く話せねぇ……これは真面目にヤバすぎる。
「な……何してんだよ!」
「嫌だった?」
いきなりそれを聞くか。
ジャブっつうより、ノーガードで顔面パンチ入った位の精神的威力がある。
「クミちゃん。本当にやったの?」
「実践しましたよー」
後ろから聞こえた女の声。
知っている。オレの記憶に彫刻刀でバシッと刻み込まれた柔らかい声の主。
「つ……姉き!?」
「シュウヤ、おはよ」
「ああ、おはよう……っじゃなくて! 一体何がどうなってんだよ!?」
クミを振りほどいて、もといクミが離れてくれたので普通に言葉が出る。
さっきの状態のままなら、老人ホームにいるおじいちゃん並の滑舌だっただろう。
「ごめんねーシュウヤ」
「クミは謝んなくて良いけど……それより姉き! ちゃんと説明してくれよな!」
言葉から推理すると、姉きが主犯なのは間違いねぇ。神と親父に誓ってやる。
「シュウヤ、顔赤いよ?」
「当たり前だぁ!」
オレを指差して笑う姉きを見て、謎は簡単に解けた。時間にして七秒半の推理。
姉きのイタズラ。
「明智君、まだまだだね」
「くっ……」
こんな古典的悪戯にやられた自分が、ものすごーく情けねぇ。
朝っぱらに携帯から爆音。
純情を惑わすクミを使ったイタズラ。
「クミちゃん、ありがとね」
「いえー、お安い任務ですよー」
怒りてぇのに、何故か二人の楽しそうな様子を見るとそれがなえる。
最初っから勝ち目がねぇ。
「……泣きたい」
「シュウヤ、元気出して」
「そうだよー。私もシュウヤが嫌いじゃ無いから引き受けたんだよ?」
気楽に励まされる。オレをデッドゾーンまで追い込んだっつう自覚は全くナシ。
「……そういや」
ふと、ある事に気付く。
「姉きとクミって、知り合いだったか?」
「知らなかったっけ?」
「初耳ですが……」
やや驚いた様子で言う姉き。
「私達、結構前から友達ですよねー」
「ね。クミちゃん」
にこにこと笑顔を浮かべる二人。一体いつの間に知り合ったんだよ。
「さ、行こ。クミちゃん」
「承知しましたー」
「っておい!」
疑問も虚しく、二人は立ち止まっているオレをさっさと追い越した。
「シュウヤ、早くー」
「う……待てって」
クミに呼ばれ、だいぶ迫っているであろう登校時間をはっと思い出す。
急いで二人の元へ追い付いた。
「遅くなっちゃったね」
「色々ありましたもんねー」
「……誰のせいだよ」
順調に進めていると思った矢先、不意に先頭を歩いていた姉きの足が止まった。
「どうしましたー?」
「姉き、遅刻しちまうぞ」
何故か姉きは下を向いている。
「ほら、これ見て」
指示を聞いて左右に別れ、姉きが指差す地面に目線を運ぶ。
「携帯電話よね?」
「何でこんなもんが?」
それは、可愛いくまのストラップが繋がれた青い携帯電話だった。
闇夜に浮かぶ月光を。
私はそっと受け止めた。
草の香りが包み込む。
小さな一つの恋だった。
…良く考えるな。
by安倍ナツハ
編集・安倍シュウヤ




