2―3.完・クミと本屋店員の関係
人の『手』が冷たかったら。
誰かが苦しんでたり、大切な恋人や、家族を助けたかったりしても。
誰も暖めてやれねぇ。
自分の手は、他人をあっためてやる為に付いてんだと思ってる。
守りたい奴が見付かった時。
命を懸けても守りたいヤツなら。
そっと暖めてやれ。
守ってやれ。
それは、お前しか出来ねぇ。
―――――
本屋―心霊の棚
ここがクミの好きな棚か。全体的にブラック系の本で統一されてやがるし。
しかもだ、こんだけ店内が寿司詰め状態の中で、ここだけ客が全くいねぇ。
隔離病棟かぃ。巷で有名な魔界みてぇにおぞましい雰囲気が漂ってやがる。
「行こー、シュウヤ」
「んなイキイキするなよ」
「……何でー?」
いや、決して嫌じゃねぇ。
そんな悲しい顔で見られたら、オレだって真相を言わなきゃならんじゃ無いか。
「アレ……見られてる」
「どこに?」
「ほら、レジの所」
クミがさりげに目線を配る。ココの店員がしらけた眼差しでこっちを見てる。
バッタリ目が合う。
「ああ、あの人だよねー」
「知り合い?」
「いーえ、全然」
クミのヤツ、何か知ってるな。とは思ったものの、あえてスルー。
知り合いなら仕方ねぇだろ。ただ見られてるだけだしな。その事は怒らねぇ。
しかし……何だよあいつ。
オレたちを見てる暇があんなら、とっとと仕事でもしろっつうの。
「ねー、早く見よ」
「あ、ああ!」
クミに腕を引かれ、肩が外れねぇか心配しながらも心霊ゾーンに突入する。
ちらっと目線を運ぶと、今だにレジ係のヤツぁ監視カメラみてぇにこっち見てた。
異様にしつけぇな。
まさか、オレがクミ連れて万引きでもすると思って見てんのか?
そして、そのままクミも持ち帰り……って何を言わせんだよ、テメーは。
腐った霊長類がする卑劣な行為。
万引き。
オレは不良になりてぇけど、そんな事はぜってーやんねぇ。バカな大人以下だ。
人に迷惑をかけてまで、自分の至福を肥やす飢えた家畜風情ごときは、死ね。
酷い言い方かもしれねぇな。
けどなぁ、やられた方は目に見えない弾丸を心臓に打ち込まれたのと同じだ。
前に言ったろ?
あんま悪くねぇ不良になる。
付け加えてやるよ。
人の痛みが分かる不良になる。
分かったら目線を外せ……って、全然オレらをアウトオブ眼中する気ねぇな。
駄目だこりゃ。
「ねー、見て見て」
「どした?」
「心霊悪流婆夢だって」
し、心霊アルバム……すげぇ当て字だ。
お約束の黒い表紙に加え、何やら気味のわりぃ眼球の絵が描かれている。
隅に小さく書かれた『お払い済』
どーやら、東日本だけを特集した期間限定で売っている雑誌らしい。
「……見てみる?」
「いや、遠慮しますです」
「そうですかー」
特に興味はねぇらしく、数ページ捲るとすぐに本を元の場所に戻してた。
多分、持ってんだろな。
「……ふむ、クミ」
「なーに?」
クミがこっちを向く。
「これ、どうだ?」
ふと横を見てみると、クミが持ってなさそうな『実録・心霊ゾーンガイド』なる本を偶然にも発見。
深い樹海の中に、真っ赤なランドセルを背負った少女が佇んでいる表紙だ。
それを、クミに手渡す。
「クミが良かったら奢るよ」
「……お金あるの?」
「失礼な」
冗談を言いつつも、クミは嬉しそうな表情を浮かべてる様に見える。
「買うか?」
「…………うん」
クミは、顔を赤く染めていた。
言いにくそうに。
それでも、ちゃっかりと。
……負けた。
「昼になるし、行くか」
「……そうだね」
ポケットの携帯を見ると、いつの間にか十一時半になっていた。
そろそろ、腹の虫が待ってましたとばかりにオーケストラを奏でる頃だ。
「……シュウヤ」
「ん?」
「ありがとね」
レジに着く前、クミが言った。
間伸びしねぇ口調。
これは、クミが本音を打ち明けてる時なんじゃねーかと思ってる。
例えば『カニを食う時は無口』『男は本気になると無口』みてーな感じだ。
「いらっしゃいませ……」
「あ、これ下さい」
レジ係は、不運にもさっきからオレらに監視の目を向けてたヤツだった。
しかも、暗い。
「950円です……」
うお! 意外とたけぇな!
それを、後の祭りと言うらしい。
げんなりしつつ、千円を差し出す。
「50円のお返しです……」
何故かソイツは、レジじゃ無くてポケットから五十円玉を差し出した。
「はぁ……どうも」
変だなとは思ったけど、レジが破壊されてんのかと勝手な考えオーケー。
他の店員は、後から後から来る客の対応にちょこまかと追われてる。
「シュウヤ、行こ」
「……そだな」
おかしい、やっぱ変だ。
ずっと首がうなだれてる。不気味な空気が流れている。アイツの近くだけに。
足が止まっていた。
「お客様、どうかなさいましたか?」
オレの様子を見て、アイツとは違う他の若い店員がレジん所から来る。
瞬間。
アイツの体が、消えた。
一瞬で、姿が消滅しちまった。
「なっ……」
口から驚愕が洩れる。
「お客様?」
「いえ、何でも……」
あまりの光景に、言葉が出ない。
その場から逃げる様に、重い両足を引きずりながら本屋を出た。
全身を冷却された感覚。寒気よりも否定したい気持ちの方が遥かに勝っていた。
「クミ……見たか?」
何とか言葉を紡ぎ出す。クミだって見てるかもしれねぇ。
「うーん、見たって言うか……」
「見たって言うか?」
オレの背後に、ちらっと目を配る。
「目の……あ、何でも無い」
「何だよ、キッパリ言えよな」
言葉を濁し、いつものにこにこした表情で『何でも無いよー』と言うばかり。
ま、見てないなら良し。
多分、オレの間違いか幻だ。
「早く帰ってねー」
「クミ……ひでぇな」
「ううん、シュウヤじゃ無いよ」
ホント、不思議だ。
明日に繋がる空の糸。
焦らずゆっくり上ってく。
切れるかどうかは運次第。
それが人生七不思議。
by安倍シュウヤ。
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背中に走る焦熱感。
八大地獄のレクイエム。
うごめく声は亡者の叫び。
私は地獄のミュージシャン。
by一ノ瀬クミ。