7―3.小刀の恐怖と宣伝撮影
「ジャンル、恋愛モノ。ヒロインが主人公を取り合って対立するという話。……と書いてありますね」
ユズが台本に目を通しながら言う。
「今時珍しくありふれた話じゃな」
「しかも流行らなそうだな」
「言い過ぎですけど、一理ありますー」
まさに三者様々なリアクションだった。
休日を潰してまでオレら四人はどこにいるかと言うと、近所でも人が少なくて過疎化が進んでる公園に来てる。
まあ先コーに頼まれた用事事を断ったらクラスの奴らに迷惑が掛かるだろうから、仕方なく来てやってんだけども。
頼られてるから応えてやろうとか、そんな気持ちじゃ無い。
「というか、この公園って三日前に暴行事件があったんですよねー。こんな所で青春ものの映画撮影ってどうなんでしょうかー? 合ってますかねー?」
「う……た、たぶん平気ですよ。景色だってこんなに綺麗ですし」
クミに遠回しながら撮影場所のダメ出しをされたユズは、しどろもどろしながら公園のことをフォローしてた。
うん、今のタイミングでその話題を出すのはどうなんだろうか。
「ユズ、早くえいがのさつえいとやらを始めるのじゃ。後に用事も控えておる」
「そ、そうですね。では……」
ユナに急かされて真剣な表情を取り戻したユズは、てきぱきと慣れた手付きで三脚付きのカメラを組み立て始めた。
さすが映画部、機材は万全なんだな。
ユズの様子に安心しつつ、側にあったベンチへ腰を掛けようとした瞬間、スボンに入ってた何かが刺さった。
「うおっ……」
「どうかしたか?」
「いや、何か座れなかった……」
立ち上がり、ポケットの中を探る。
見てみてびっくりしたのは当たり前、青いヘアピンが入ってた。
「何じゃ、それは」
ユナが興味ありげに見てる。
……これはもしや、いけるか。
「たぶん姉きのペアピンだと思う」
「へあぴん、とは何じゃ?」
「そっか……知らねえんだよな。まあ頭に付ける飾りとでも言えるかもな」
「ふむ」
納得したのかしないのか、ユナは興味深々な眼差しでヘアピンを見つめてる。
ちらちらと、ユナの頭へ目線を送る。
「さっきから何を……某の頭に何か付いておるのか?」
「いや、似合うだろうなと」
「似合う?」
「ヘアピン。付けてみたらどうだ? 撮影の間だけでもさ」
「シュウヤー、ユナさーん。もうすぐ撮影始まりますよー」
「ん、ああ」
遠くでクミの呼ぶ声がする。
ユズの用意が出来たらしく、いわゆる役者待ちになりそうな状態らしい。
「……別に似合わんと思うのだがな」
そんな中、ユナは腑に落ちなさそうな顔をしながらも前髪を上げ、額に被さっていたきめ細やかな髪の毛を短く止めた。
やはりというか、似合ってる。
前髪を上げるってのは、こんなにも明るい印象を与えるものだったのか。
「……折角付けてやったのだから、感想くらい述べたらどうなのじゃ?」
「ああ、悪い悪い……うん、ばっちり似合ってるよ」
「そ、そうなのか? ふむ……」
くるりとオレに背を向け、何を言うわけでも無くユナはそのままクミの方へ走り去るのだった。
嬉しかったのか嫌だったのか、オレには考えても分かりそうに無いので取り合えず疑問は自力で打ち消す。
でも、外さなかったってことは気に入ってくれたのかもしれない。
そんならそれで、良いかもだな。
シーン1/3
カメラの前に正面同士立ってるのは、クミとユナの二人。
役者はまだ企画段階だから適当で構わないらしいし、台詞も台本通り読めば問題は無いって紙に書いてあった。
映画のこだわりって物は無いんだろうかと微かに思ってみたりする。
「よーい、スタートです!」
監督に扮したユズが指示を出す。
カメラマン役を任されたオレは、クミとユナの動きをしかと追う。
「(台詞行きますよー)貴女みたいなおバカさんに渡すわけにはいかないですね。第一あいつとは釣り合わないですよ」
「(なんか腹が立つのう……)その言葉、そのまま返してやるよ。阿婆擦れ女」
「(あ、あばずれですかー、……教育に悪いどころじゃないですねー)ふん、今の内に儚い夢見てて下さいよ」
「(起きていては夢が見れぬわっ!)弱い犬ほど良く吠える。お前に似合うぞ」
「はい、カットです!」
ユズの掛け声で緊張の糸が切れる。
やれ汚い台詞だの、嘘の台詞でも腹が立つだのとユナやクミが雑談していたけど、どうやら次のシーンに移るらしい。
しかしまあ、この二人なら地球に月が激突しても言わない台詞だろうな。
2/3 ヘコんでいたユナの所に主人公がやって来て、励ましてやるシーン。
「どんなシーンだよ一体……」
「まあ、やるしか無いのじゃな」
オレとユナは台本を確認していた。
暇が出来たクミは、ユズに映画の心得を聞いているらしく、いかにも映画監督らしい専門的な台詞が聞こえて来る。
それは良いとして、主人公?
「男、だよな。主人公ってのは」
「勿論じゃ」
ユズの方にちらっと目線を送るユナ。
「ユズが監督をしておるのだから、殿方が出るしかあるまい」
「待て待て……まじか?」
「ふむ。そんなに慌てて、よっぽど嬉しいのじゃな」
「嫌なんだよっ!」
何だよその中途からの変化球は。
個人ならまだ良いけど、下手すりゃ全校で流される映画に出るなんて気乗りしないし恥ずかしいわけで。
「約束、忘れておるな?」
「ん?」
「撮影を手伝う代わりに、天鷹丸を探してもらう契約。まだ続いておろう」
「……あったか」
「この若年性物忘れめが」
変な突っ込まれ方をされた様な気がするけど、今さら後には引けないって意味か。
「よっし、分かった! そのラブシーンやってやる! おーいユズ、今すぐカメラをオレに向けろっ!」
「おー、やる気に満ちてるの」
半ば無理やりじゃんか、と安心した様な視線を向けているユナを見て思った。
至高のラブシーン、乞うご期待しやがれっての。
「よーい、スタートです!」
ベンチに隣同士座ってるのは、主人公役のオレとヒロイン役であるユナの二人。
ユナは落ち込んでるらしく、オレが台詞通りに励ませば良いんだけど。
ちょっとアレンジしてみようと思う。
「よ、元気か?」
「何だよ……今は気分じゃないんだ」
ユナが演技全開で言葉を返す。
本来ならオレが立ち去ろうとする所にユナが呼び止めるんだけど、アレンジ宣言通りにオレはユナの隣に座った。
「(シュウヤ、何をしておる……)」
「(うっさい。恋愛モノなんだからこういうシーンが無きゃ変だろが!)」
「(勝手に変更なぞ……)うわっ!」
ユナが悲鳴を上げたのは、オレがぴったりと隣に座ったからかもしれない。
「こうやって見上げるとさ、青い空、広がってるだろ?」
「青い、空?」
ユナがアドリブで演技を続ける。
空は半々で晴れと曇りだけど、それもきっちりと考えてある。
「どっちかと言うと曇りでは無いか?」
「確かにな。でも、雲の先にはいつだって青空が待ってくれてるだろ」
「……何が言いたいのじゃ」
「この雲がお前のわだかまり。んで、その先の青空が本来のお前」
「え?」
ちょっと臭い言葉、許してくれ。
「あんまり考え込んでると、本当の自分が雲に隠れちまうから。やめとけな」
「…………」
ユナはじっとオレを見つめてる。
最初に会った時から感じてた、焦っている様な雰囲気。
単に刀を無くした焦りとは違う、楽しさを拒絶する気持ち。
言葉で表すのが難しい、何か。
ずっと言ってやりたかった、台詞。
気恥ずかしさからアドリブ演技という名前を借りて、ユナを心の呪縛から解き放ってやりたかった。
言葉は届かないかもしれないけど、悩みが解れる糸口を見つけてもらいたかった。
「ずっと言えなくて、悪かったな」
何があったのかは、オレには聞けない。
「……それでも、嫌なのじゃ」
「嫌?」
「誰かに真実は話せぬ。それが親しい友人なら尚更じゃ。殿方にいらぬ心配は掛けさせたくないのじゃよ……」
「ユナ……」
「某の心は、他人に理解など出来ぬ」
突き放す口調で言うと、ユナは頭に付けたヘアピンをオレに投げ返した。
ユナは立ち上がり、弾かれた様に公園の出口へと走り去った。
あまりに突然なアドリブ、あまりに唐突な言動と行動。
誰一人として言葉を発さない。
「カ、カットです!!」
ユズの言葉で場の空気がいくらか緩んだかもしれないけど、公園の中にユナの姿は見えなかった。
「シュウヤー……どうするんですか?」
「追い掛ける。迷ってる気持ちのまま放って置けないし、置きたくない」
「今はシュウヤだけが頼りですから、頑張って下さいねー」
言って、クミはぐっと親指を立てた。
どうやら、クミもユナの迷いには薄々気付いていたみたいだな。
そっと、ヘアピンをポケットにしまう。
「ユズ」
「は、はいっ!」
「悪い。埋め合わせはきっとする」
言い終わると同時、オレは駆け出した。
ギリギリで見えた、ユナが公園を出て左に曲がった姿を追い掛ける為に。
(ユナ……)
景色は巡りめぐり、流れ、過ぎる。
ユナの後ろ姿を追い求めて、人の少ない歩道を一人失踪する姿。
誰かに見られたらびっくりされるんだろうなと下らないことを考える。
ほんの数十秒走っただろうか、遥か前方にユナが路地裏に消える姿が見えた。
(なんだってあんなとこに……)
心の中で悪態を付きつつ、頭で判断するより先に角を曲がった。
僅かな時間差。なのに、ユナの姿は見あたらなかった。
いくらか走り、立ち止まる。
自分の途切れた呼吸だけが聞こえて来る閑静な路地裏、のはずだった。
「こんな場所でランニングかぁ?」
ぞくり、と体が反応する。
姿の見えない誰かに後ろから話しかけられて、一瞬でも驚かないはずがない。
「あーあ、金持ってそうには見えないけど、取り合えず脅してみるかあ?」
「ナイスな考えじゃんかーそれ」
声の数、最低でも三つ。
多勢に無勢なんて言葉があるが、正直あまり従いたくは無い。
睨み付ける様に後ろへ振り向く。
「何だあ? コイツ」
「連れて行こうぜえ。あの場所に」
がしりと強い力で胸ぐらを捕まれる。
何をされるかは想像が付くけど、何にせよ時間だけは掛けないで欲しい。
(ユナ……)
頼むから、あんま時間取らせんな。
クミ「今さらかもしれませんがー」
シュウヤ「なんだ?」
クミ「最近知り合った『月城ユズ』さんなる方ですがー、皆さんご存知の『世界の狭間』シリーズの作者様、月城柚さんから承諾を得ているのであしからずですー」
シュウヤ「(本当に今さらだよな……)それって普通、一番最初に言わにゃいかんのじゃないのか?」
クミ「そうなんですよねー。(ちらりとカンペを見て、呆れながら)まさかお話のリクエストを受けるなんて思わなかった。と誰かさんは申しておりますー」
シュウヤ「(誰!?)それはともかく、この後書きのグダグダ感はどうにか消せないもんなのか?」
クミ「……それがパレットクオリティ、と誰かさんは申しておりますー」
シュウヤ「(良い加減にしろっ!)」