7―1.小刀の恐怖と宣伝撮影
映画ってのは素晴らしいもんだ。
オレの台詞じゃなく、先コーから妙に瞳を輝かせながら言われたんだけどさ。
とばっちり、だよなこれ。
―――――
「でな、その頃は俺も輝いててさ……近所でも有名な劇団員だったんだよ」
「はあ……」
そんなの知るか、とは言えない。
いきなり放課後に先コーから呼び出されたから何かと思ったけど、肝心の内容はいつの間にか自慢になっていた。
思い切り職員室中に声が響いてます。
「あの……先生」
「ん?」
「用事があるんじゃなかったの……いや、ですか?」
思わず『用事があるんじゃなかったのか?』といつもの口調になりかけるオレ。
「おお、実はなシュウヤ。前にクラスで撮ろうって言ってた自主映画があっただろ?」
「はあ……え、ありましたか」
「何だ、自分で言って忘れたのか?」
いやもう、何のことやら分からん。
過去のことは忘れちまうけど、そう思われてるならそうなんだろう。
「まあ良い。でな、シュウヤには校内で宣伝するCMを撮って欲しいんだ」
「はあ……ん? CMってのは……」
「だからあれだ。クラスの映画を校内で放映するための宣伝CM。どうせなら全校で見たほうが良いだろ」
アホか。
「視聴覚室でやるから。よろしくな」
「いや、よろしくされても困ります」
「大丈夫だ。月城ユズとかもいるから。良いCM、期待してるぞ」
「…………」
ぽん、と頭に手を置かれる。
何だよこの優しさは。
こいつはアレか、普段厳しいヤツがかいま見せる優しさにノックアウト的なモノっつうか感情だよな。
「分かり、ました」
返事したのは何故か分からないけど。
―――――
廊下から見た教室は、鮮やかな朱色に染め上げられていた。
夕焼けが出てるのは自然な現象だけど、オレの机にクミが後ろ向きに一人で座ってるのは不自然極まりない。
ガラ、と教室の扉を開ける。
「もしかしてシュウヤですかー? おはようございますー」
「いや、いま夕方だからな」
何故かクミは後ろ向きのまま時差ボケよろしくな挨拶をかます。
オレの姿は見えないはずだけど、何だ、また陰陽師的な能力か。
「ふむふむ……なるほど、それなら早いとこ探さないといけませんねー」
「なに一人で喋ってんだ?」
「いえいえ、会話をしてますー」
「……は」
一人じゃ、ない?
「分かった、また冗談だろ」
「むう……私を信じてませんねー」
ガタ、と椅子を鳴らして立ち上がる。
クミはオレの正面まで静かに歩いて来ると、いきなりこう言った。
「しゃがんで、目を閉じて下さいー」
「……何故」
「ちょっと痛いですけど、耐えて下さいねー」
もしかして、殴る気か。
不意にそんなことをされるっつう妄想が浮かんだけど封殺する。
クミは、真面目かつ真剣だ。
疑うのは後でも良いから、今は言われた通りにしゃがんで目をしっかり閉じる。
「薄目開けてませんよねー? もし開けてたら指で突きますよー」
「それは痛いから。……早くしてくれ」
「了解しましたー」
クミの声だけが聞こえて来る。
何だ、なんか急に静かになったぞ。
自分の心臓の音しか聞こえない状態。
と、いきなり、ゴヅッ。なんて生々しい音が響いた。遅れて来る額の鈍い痛み。
何された、オレ。
「つ……ホント痛いんだが」
「目を開けてみて下さいー」
わざわざ言われなくても、こんなことされて目を閉じ続けるヤツなんていやしない。
半分反射的に、目を開ける。
クミが座っていた場所、つまりオレの席から一つ隣の椅子に、誰かがいた。
「……アレか?」
「そうそう、そうですー」
クミに訪ねて、再度確認する。
年の頃は十五歳といった感じだろうか。丁寧に切り揃えられた髪は綺麗な黒だ。
そして、少女は椿柄の着物を着ていた。
「話し掛けますかー?」
「掛けるもなにも……あのままの姿勢でいられたら無視するわけにいかないだろ」
「頑張って来て下さいませー」
クミに背中を押されて、オレはゆっくりと歩みを進める。
教室が静かだったからじゃない。少女から発せられる雰囲気が、まるで他人を拒絶する様な重苦しいものだったからだ。
「なあ、君は……誰だ?」
少女の隣に立ち、オレは言う。
少女はうつむいたまま何も答えない。いや、聞き流しているのかもしれない。
「おい、聞こえて……」
「さっきからぶつぶつとうるさい奴だ」
少女はそう言って立ち上がる。
「そこまで耳元で言わずとも聞こえておる。クミには色々と話を聞いてはいたが……お主がシュウヤとやらか?」
「ああ、まあそうだけど」
毅然とした態度で少女は言った。
オレと比べて二十センチ位の身長差はあるかもしれないから、大体背は百五十センチ前後だろうと思う。
そして何より、端正な顔立ちだった。
「何をじろじろと見ておる」
「え? あ、いや……年の割には美人だなーとか思ってさ」
「それは当たり前じゃ」
当たり前だったのかよ。
「名前は花道ユナ(かどう ゆな)さんらしいですー」
クミが背後から補足を加える。
「実はの、某は困っているのじゃ。この辺りで愛用の刀を無くしてしもうてのう」
「刀だって?」
「そうじゃ。名刀・天鷹丸と言ってな、父から受け継いだ、命よりも大切な刀なのでな」
「その大切な刀を、これまたどうして無くしたりしたんだ?」
「街の子どもに盗まれたのだ」
街の子どもっていうと、考えられるのは良く公園で遊んでる幼稚園児だろう。
「某が公園で座っているとな、どういうわけか子どもたちが近寄って来たのだ。某が見えるなどあり得ないはずなのに」
「子どもには霊感があるらしいからな」
「それは良いとしてじゃ。やつらは強引に某の刀を奪うと『ちゃんばらごっこ』だのと言いながら天鷹丸を奪いおったのじゃよ! まるで盗人の様な行為だとは思わぬか?」
「は、はあ……盗人です」
ちょっ、顔が近い。上目使いでオレの顔を睨みながら怒りをぶちまける様は初めての経験だったりするぞ。
「それから天鷹丸を鞘から抜かずにしばらく使っておったのじゃが……」
「?」
「やつらは天鷹丸より長い『木の枝』を使ってちゃんばらごっこを再開したのじゃ。長いから強いだのと抜かしおって……あれは刀の事など何一つ分からない者の台詞じゃ! 某の天鷹丸を短いから弱い扱いしおってからに……謝っても許せぬ侮辱じゃよ」
「うん……何と言うか、災難だよな」
「災難? 災難と申したのか!」
両肩を握られたままがくがくと前後に揺さぶられる。激しく景色が揺れる。
「うわわっ! さ、災難とかじゃなくて気に障ったんなら謝るからさ……」
「やはり、そなたは優しい殿方じゃ」
「へ?」
ふわりと、柔らかい笑顔を浮かべるユナ。
教室に広がる独特の雰囲気と合わさって、より幻想的な光景が広がる。
「探してはくれぬか? 某の天鷹丸を」
「……オレなんかが、か?」
「勿論じゃ。クミから殿方のことは聞いておった。何でも『困った人の為なら例え火の中炎の中』だとか言っておったかのう」
「……どっちも燃えるよな」
ちらりと後ろを見てみる。にこにことクミは悪気無さそうに笑っていた。
「……(おい、これはどういう意図があって言ったんだ?)」
「(ユナさんは困ってたんですよー? だから最善の策を用意したんですー)」
「(オレに選択権は無しかよっ!)」
クミとのアイコンタクトの結果、かなり単純かつテキトーに見えなくも無い流れだったことが判明した。
「ただで探してくれとは言わぬ。殿方が困っていることがあったら手伝うぞ?」
「いや、初対面でそこまでは……」
「どうした?」
困ったことと言われて、真っ先に思い出したのは先コーから頼まれたCM撮影だった。
ユナなら、いけるだろうか。
こんなに美人なわけだし、カメラに写るかどうか分からないけれど雰囲気だって立派な役者のレベルに匹敵するはずだ。
「ん? 遠慮せずに言うてみろ」
「実はな……」
ダメで元々、オレは全てを話した。
途中、CMとは何かと聞かれたり、カメラとは外国人の名前かとも聞かれたけど、とにかく伝えるべきことは言った。
ユナとクミは並んで机に座ったまま、きちんとオレの話を聞いてくれていた。
「ふむ……断れば良いものを、殿方らしい悩みじゃな」
「悪かったな。断れなくて」
「いや、それが人間というものよ」
これが人間、か。
とても幽霊の台詞とは思えないな。
「よし、某で良ければ力になろう」
「私も助太刀しますよー」
「クミも手伝ってくれるのじゃな。やはり持つべきものは親友じゃ!」
「助け合ってこその親友ですよー」
二人は腕をお互いに組み合わせて、親友ポーズのような姿勢を取った。
「善は急げじゃ。その月城ユズとやらの所に行ってみるぞ」
「いま放課後だけど……映画部の部室にいるんだろうか?」
「行く前から諦めるでない。結果はおのずと付いてくるものじゃ」
「……そうだな。行こう」
オレたち三人は、立ち上がる。
教室の扉を開け、やや賑やかな廊下に出たのだった。
クミ『ということで、今回から新しく登場した花道ユナちゃんですー!』
シュウヤ『今日はテンション高めだな』
ユナ『全くじゃ。某は早く月城ユズとやらに会わねばならぬと言うのに……』
クミ『ユナさんも優しいんですねー。きちんと責任感じてるじゃないですかー』
ユナ『あ……い、いや、某は断じて殿方に優しくなどしておらぬぞ』
シュウヤ『所でさ、気になったんだが』
ユナ『なんじゃ?』
シュウヤ『子どもに刀取られたとき、どうして取り返さなかったんだ?』
ユナ『…………』
クミ『さては子ども好きですねー?』
ユナ『な、なにを言うておる! 本来ならば子どもは忌み嫌うべき存在じゃ。笑顔を見て気持ちが折れるなどあり得ぬ』
シュウヤ『台詞は嘘つき、だな』