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6―2.不慮の恋人と絡む変人

 ひらめいた作戦の内容。

 姉きが出来の悪いヤツだとユズに思わせること。

 つまり、ユズが『姉きは駄目な人間だ』と勘違いしてくれれば、愛想をつかして諦めるだろうっていう可能性の作戦だ。


―――――

 そんなことを姉きに話してみる。

 ちなみに、ユズは茶の間で待たせてるから台所の会話は洩れ聞こえたりしない。

「良いじゃない。それ」

「名案だろ?」

「名案ね」

 姉きの反応は上々だった。

「じゃ、準備して来る」

「シュウヤに任せちゃって良いの?」

「たまにはオレも、さ」

「……任せたからね」

 姉きは親指を真っ直ぐ立てた。


―――――

 姉きに細かい指示をした後、オレはツバサを連れて台所に腰を落ち着かせた。

 台所には椅子があるので、座ってるのは床じゃなく椅子だ。

 ちょっと扉を横に開けると、姉きとユズが向かい合って勉強をしてるのが見えた。

「二人は同い年なんか?」

「さあ。姉きからは何とも……」

「仲良さそうやけどな、あの二人。ホントにやるんか?」

「まあな。姉きの意思だからさ」

 そう言い、オレは立ち上がる。

 あらかじめ用意しといたお茶菓子の皿を持つと、茶の間の扉を大きく開く。

 姉きとユズ、二人で勉強をしてる何とも良い感じの光景が目に飛び込んだ。

「あ、さっきの……」

 ユズはやや恐縮そうな顔をする。

「シュウヤだ、よろしくな。お茶菓子持って来たから置いとくぞ」

「すみません。失礼します」

 そう言って、ユズは小さく頭を下げた。

 まるで郵便局員の様な仕草に、何だか申し訳無くなりつつ最初の作戦決行する。

 お茶菓子をテーブルに置きながら、後ろ手に親指を立てて姉きに合図を送る。

「シュウヤー、ここ分からないんだけど教えてくれない?」

「どこがだよ。っていうかまたか?」

「仕方ないじゃないの。勉強なんてめんどくさいものやらないんだからさー」

「あ。それなら僕が……」

 ユズが姉きとの間に入って来る。

 こうやって姉きがアホだと見せかければ、ユズも少しは呆れるハズだ。

 頭の悪い彼女なんて嫌だろうからな。

「ごめんね。ここなんだけど……」

「なるほど、これは微分ですね。Xの三乗は微分すると3Xになるので……」

 訳分からない暗号みたいな会話を背で聞きつつ、オレは台所に引き返した。

 眠そうな表情のツバサが出迎える。

「ツバサ……今寝てただろ?」

「あ、ありえへん。人んちで寝るなんて天地がひっくり返っても起きん現実や」

「部活でお疲れだな」


―――――

 少しして、二つ目の作戦を決行。

 姉きとユズは台所で母親の家事手伝いと称した洗い物をしてて、オレとツバサは茶の間から二人を観察してる。

「今度は何や?」

「待ってろよ。今からアクシデントが起きるから……」

 オレの言葉はそこで途切れた。

 洗い物途中に、姉きの手から滑り落ちた皿が割れた破砕音が響いたからだ。

「……これかいな」

「さあ、リアクションは勿論……」

 ちらりとユズを見る。

「うわっ、大丈夫ですか!? まさか怪我なんてしていませんよね?」

 ユズは良いヤツだ。うん。

「いった……切っちゃったみたい」

 姉きは痛そうな表情で(演技)切ったという綺麗な左手中指を押さえてる。

 全く、オレの姉ながらスゴいと思う。

「待ってて下さいね。すぐに絆創膏を……」

「ごめんね。ユズ君」

 姉きは暗い口調(演技)で話し始めた。

「私、家事も出来ないから……さっきから迷惑ばかり掛けちゃって」

「そんな、気にしないで下さいよ」

 ユズは優しい笑顔を作って見せた。

 家事が出来ない彼女なんて、男には嫌なタイプだろうと思ったんだけど、やはり姉きの演技が迫真過ぎたろうか。

「どうや? あんさんの姿で様子が見えへんからめっちゃ気になるんやけど……」

「まあ、成功っちゃ成功だ」


―――――

 次はお袋に頼まれたお使い(作り話)を姉きとユズに行かせるって筋書きだ。

 玄関にいる姉きに、コードの付いていない片耳用のイヤホンを渡す。

 ツバサが面白半分で買った新作のおもちゃらしく、専用スピーカーへ喋りかけるとイヤホンから声が聞こえる仕組みらしい。

 コイツを姉きが付けてれば、ユズにバレずに作戦の指示を送れるって寸法さ。


―――――

「どう見てもカップルやて」

「しっ、聞こえるだろ」

 草葉の陰から見守るってのは、墓の下から見てるって意味らしいけど、オレとツバサはホントに草葉の陰から見てる。

 姉きは地球に優しい買い物袋を使わないためのバッグを持って、ユズはその隣を守るように歩いてる。

 仲良さそうに見えて、思いは裏腹だ。

 姉きはユズを傷付けずに別れる為に町を歩いてる。

 ユズの気持ちは良く分からない。

「そろそろだな」

「せやな。あんさんのひらめきに従ってワイが頼んだ人員……」

 姉き達が曲がり角を曲がる度に、オレ達も気付かれない様に後ろを付いていく。

 草葉の陰から、歩道に変更だ。

 長い直線に差し掛かった時、後ろから肩を叩かれて立ち止まる。

「ツバサ、前見ててくれ」

「見失わない様に、やな」

 心の準備をして、後ろを振り返る。

「約束通り来ましたよー」

「ほんとにやるんですか……?」

 そこにいたのは、自信満々な表情のクミとややうつむき加減で話すミライがいた。

 クミはだらしない制服の格好で、ミライはツバサと同じワイシャツ姿だ。

 狙い通り、クミは不良女子高生っぽく、ミライは清純そうに見える。

「やっぱすげえな。こりゃいけるぞ」

「ナツハさんの頼みならば、どんな試練でもガンガン向かって行きますよー」

「その格好、少しお気に入りだろ?」

「……バレましたかー」

 クミは内心ノリノリだった。

 対するミライは、頼んだ内容のせいで少しばかり戸惑っている様に見える。

「や、やっぱり恥ずかしいですよう……」

「大丈夫だ。ミライなら出来るさ」

「そうですか……?」

「それに、似合ってるよ」

「え? あ……ありがとうございます。私もナツハさんの為に頑張りますね」

 ミライも、かなり無茶な注文だったけど何とか納得してくれたみたいだった。

 とにかく、ここからが山場だ。

 姉きの頼みの為、全力を上げて。

「安倍シュウヤ、いざ参る」

「何一人で喋ってるんですかー?」

「山場ではこう言うもんらしいからな」


―――――

 姉きは順調に買い物へ向かってる。

 と、そこにツバサとミライが兄妹仲良く手を繋ぎながら並んで歩いて来た。

 姉きもユズも、それに気が付く。

 ツバサとミライは兄妹だけど、知らない人から見たらどう見えるか。

 男女が仲良く、手を繋いで歩く。

 ツバサに持たせた、もう一つのスピーカーからオレの耳にはめたイヤホンに小さく声が聞こえて来る。

「……ミライさんの隣の人、私たちが恋人同士に見えてるかなあ」

「……なら、もっと寄り添ったらどや? やや拒絶的に距離離れてんで」

「だって……汗臭いんだもん」

「部活帰りやから仕方ないやろ……」

 今回の作戦ってのは、ツバサとミライを恋人同士に見せかけて姉きの前を通り過ぎる方法だ。

 それを見た姉きは、再び演技モード。

「あの二人、可愛いわよね」

「ええ、そうですね」

 ユズは、ツバサとミライを振り返って見ながら答える。

 姉きは絶妙な間で言葉を続ける。

「あんな風に寄り添いたくても、経験が無いから出来ない、かな」

「え?」

「何だろう。興味ないっていうか、寄り添ったりする不純な関係は嫌いなの」

 果たして寄り添うのが不純かどうかは知らないけれど、姉きはそう言った。

 ここで耳に届く会話は途切れる。

 ツバサの持ってたスピーカーの音声認識範囲が限界距離に来たのだと分かったが、少なくともユズは雰囲気的にがっかりしている様に見える。

 身持ちが異様に固い彼女。姉きの言葉はそれをアピールしたものだった。

 まあ、ホントの所は不明だけども。

 そう思考を巡らせてると、今度はクミが姉き達の正面から歩いて来た。

 クミの持つスピーカーから声がする。

『あーあー、聞こえますかー? 今から決行しますんでよろしく拝見願いますー』

 相変わらず能天気なクミだった。

 これから、クミは姉きに絡む。

 昔っからの因縁仲間という設定で、姉きとクミは取っ組み合いのケンカをする。

 ユズの助けは入るだろうけど、姉きはクミを自力で追い払って『ユズがいなくても私は自力で問題を解決出来る人だ』と分からせてやる作戦らしい。

 最後だけは姉きが考えた作戦だけど、これが決定打になりそうだった。

 成功した場合、姉きは『怪我をした』とユズに嘘を付いて家に帰るつもりだから。

 ユズの家はこの近くなので、姉きはユズと別れて帰る予定らしい。

 それで、関係も自然消滅すると思うから協力して欲しいと姉きは言ってた。

 それが正しいなら、オレは協力する。

 広く広がる景色の先で、クミは予定通り姉きに絡み始めた。

 姉きの正面で立ち止まり、姉きの顔を下から睨む様に見上げる。

「久し振りに会いましたね」

「貴方……半年振りくらいかしら」

 姉きもクミの顔を見下ろす。

 ものすごい緊迫感、普通なら関わりたくない空気がスピーカー越しにでもビリビリと伝わって来る。

 そして、それはユズも同じだった。

「誰か知りませんが、やめて下さい」

 凛とした表情を崩さず、言う。

 けれども、クミは取るに足らないといった感じでユズに言葉を浴びせた。

「お前に用は無いんですよ。私はナツハに用事があるんです」

「ユズ君、下がってて」

 姉きが、ユズの前に手を翳す。

 だが、ユズは引き下がらなかった。

 そんな態度に気付いたのか、姉きはユズを強く見据えた。

「これは、ユズ君が口を挟んではいけない問題。私たちの問題なの」

「…………」

 やがて、ユズは数歩足を下げた。

 きっと演技ということを忘れているだろうといらぬ心配をしつつ、姉きはクミと掴み合いのケンカになる。

 胸ぐらを掴みながら、もみ合いになる二人。演技なのにホントに怖い。

「おいおい……」

 思わず、独り言が洩れた。

 と、そんな時、予想外の出来事は起きた。

 体を振り回された姉きが、姿勢を崩し、何かにつまずいて道路に転んだ。

 そして、あろうことか姉きに向かって荷物を積んだトラックが迫って来ていた。

 トラックは蛇行運転をしている。飲酒運転の文字が頭をかすめた。

「姉きっ!!」

 姉きは急な出来事に起き上がれない。

「ナツハさん!! 逃げてください!!」

 クミの悲痛な叫びが聞こえた。

 トラックは姉きに迫っていた。悲鳴すら出せない、絶対的な恐怖が姉きを支配していることが分かった。

 現実に、目を閉じる。



 音は、無かった。



 ゆっくり目を開けると、トラックは体勢を立て直し、走り去っていくのが見えた。居眠りから覚めたのだろう。

 そして、姉きは抱き上げられていた。

 歩道にユズが転がっていて、両腕の先には姉きが抱えられている。

 ユズが姉きを助けたのだと、すぐに分かった。

「ユ、ユズ、君……」

「怪我、ありませんでしたか」

 ユズの声は、苦しそうに震えていた。

「急に飛び出したんで、さすがに死ぬかもと思いましたけどね……」

 ユズは手から姉きを解放し、道路に座り込んで呼吸を整える。

「喧嘩は、もう済みましたか?」

 ユズは顔を上げ、歩道の真ん中で力なく座り込むクミに問い掛ける。

 クミは、ただ黙ってうなづいた。

 それとほぼ同時、姉きの目から涙が流れていることに気が付いた。

「ごめんね……ごめんなさい」

「謝らなくて良いですよ。不慮の事故だった訳ですしね」

 ただ、ユズは優しくたしなめる。

「わた、しは……騙そうとしてたから」

「僕は、気付いてました。ナツハさんが僕を強くさせようとしてたこと」

 右手の人差し指で流れた涙を拭う。

 姉きは、ユズの純粋な優しさに触れたせいか、安心した様に小さく笑った。

「あの日まで、僕は何も出来なかった。自分の犬が死んだことをずっと引きずっていました。でも、そんな状態から救ってくれたのがナツハさんなんです」

 ユズは、姉きの頭を優しく撫でた。

「だからこそ、僕はナツハさんの力になりたいんです。何も出来なくても、足りない部分を埋めてあげられるなら」

 立ち上がって、背を向ける。

「好きな人になら、僕は命を捧げます」

 長い、静寂。

 姉きは立ち上がり、ユズの肩を借りながら道の向こうに歩いていった。

 二人だけの力で、誰も頼らずに。


―――――

 その夜、姉きからイヤホンを返された。晩飯中だったので慌てて箸を置く。

「いらなくなったから、返すね」

「ん」

 オレは快くイヤホンを受け取った。

 それからまた、何事も無かったかの様に晩飯を食べ始めたのだった。

ナツハ『あれは怖かったわよ……』

シュウヤ『まあ、飲酒運転は悪いにしろ轢かれなくて良かったじゃんか』

ナツハ『ユズ君が助けに入らなかったら、今ごろ三途の川渡ってたわね……』

シュウヤ『確かに』

ナツハ『薄いリアクション……シュウヤだって思いきり叫んでたじゃない。姉き!! とか言っちゃってたりね』

シュウヤ『いや、言ってない。そんな優しさ溢れる発言はしない奴だからな』

ナツハ『また嘘ばっか付いて……まあ、クミちゃんには怖い思いさせちゃって悪かったかな』

シュウヤ『姉きが好きなんだろうよ』

ナツハ『そういえば、ツバサ君とミライちゃんは?』

シュウヤ『見てなかったらしい。ずっと作戦続行してたらしいぞ』

ナツハ『……ある意味良かったわね』

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