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5.ミライの好物と姉きの憂鬱

 日本人全員がごみを拾えば、一億の不幸せがゴミ箱に消える。

 なら、全員が親切なことをすれば一億の幸せが生まれるはずだ。

 人間は心配りで両方を創れるな。


―――――

 うだる様な暑さがぐったりな気温。

 まー季節は夏だから、暑くったって太陽様にゃ文句も言えねぇし届かねぇし。

「シュウヤ、なついー」

「それ死語だ。多分」

「じゃ、あつはなついねぇー」

「……うん。何か突っ込みすら無理」

 机に突っ伏す状態はまさに夏。

 おまけに、言葉とは違ってワイシャツ姿の涼しそうなクミがいて正面に座りながらノりにくいボケをかまして来るし。

「あー溶けるわ。ってか茹でるわ」

「……寄んなツバサ。暑い」

「カタい事言うなや」

「とにかく暑いっつうの」

「ほんなら熱で柔くしてやるでー」

「あっつ! てめ寄るな!」

 何だよ隣の熱気発生関西人は。

「あははは! 火と火で炎だねー」

「上手い事言うな! とにかくツバサの悪ふざけをどうにかこうにかしろっ!」

「やだよー、暑いしー」

 だるそうな顔になるな。よけい暑くなるしツバサは寄って来るし。

「どうやー、兄ちゃん一杯やるか?」

「新宿の飲み屋勧誘かよ! っつーか未成年の飲酒は禁止だろが」

「まとまりの無い突っ込みですねー」

「あー、頭の部品が飛んだからな」

 ぐいぐいと首に手を回してくるツバサ。それを楽しそうに見てるクミ。

 普段なら嬉しいが、今は暑かりし。

「あれ、みんな集まってるね」

「あ、姉き」

 何の偶然か姉きが教室に来た。

 その手には、白い皿の中に白っぽいカタマリが五つほど乗せられてる。

「実は調理実習してたんだけどね」

「何ですかそれー?」

「お笑い定番。ロシアン饅頭よ」

「定番って……」

「まだ突っ込む所じゃ無いでしょ。実はこれを食べてもらおうと……」

「わー、甘いの好きですよー」

 クミは先走って一口大のロシアン饅頭らしき饅頭をつまんで口に運んだ。

「…………」

 むぐむぐと口を動かすクミ。

「……こ、これはっ!」

「ど、どうした?」

「甘くて美味しいです。凄く!」

「紛らわしいよ(わよ)!」

 っと、姉きと突っ込みがカブったか。

「さすが兄姉やなー」

「ぜんぜん関係ない(わ)」

「……て、またカブったやんけ」

「姉きが(シュウヤが)わざとカブらせてんだよ(のよ)!」

「仲ええな」

「「良くない!」」

 はあ、はあ……何なんだよ一体。

 姉きと揃って息を切らしてるとまたツバサに突っ込まれそうだから、息を止める。

「よしツバサ。甘いのは好きだろ?」

「一回も言ってへんけどな」

「姉きの饅頭は美味いぞ」

「かなりいけますよー」

「ふふん。何せ自慢の一品だからね」

 誇らしげに胸を張る姉き。今まで知らなかったけど料理が得意なんだろうか。

「あ、肩にゴミ付いてるー」

「え? ああ、すまんな……」

「隙ありだっ!」

「な……むぐっ」

 よし、ナイス連携プレーだ。クミ。

 ツバサの口を開かせて、そのスキにオレが確実に饅頭を口の中に押し込む。

 クミが『作戦やりますよー』的な視線をくれたからこその技だな。

 しかも。だ。

「……ぐああっ! 辛い!? 何かハンパじゃ無い緑色な物体Xが口にっ!!」

 訳分かんねぇツバサは久し振りに見た。

 ちなみにだな、オレが取った饅頭から緑色の液体が漏れてた事は内緒だ。

 あれがワサビ入りなんてすぐ分かる。

 地味ながら効くなこりゃあ。

「つーか耐えられんっ!」

 叫びの勢いそのまま教室から飛び出したツバサ。たぶん蛇口に直行だろな。

「さあて……残りはですねー」

「……え?」

 クミはちらりとミライに視線を注ぐ。

 あんまりに無口で大人しいから流れを静観してたけど、隣にミライもいる。

「ミライちゃんも食しなさいー!!」

「きゃあっ!」

 クミはミライに飛びかかった!

 突然の行動に慌てているミライに14のダメージ! じゃなくて今日は随分突発的で乱暴行動連発だな。

「シ、シュウヤ君助けて下さいっ!!」

「ずるいですよー、仮にも男女なんですから力の差はゾウとアリ並みですしー。助けを求めちゃいかんのですー」

「そんなこと言ったって……」

 ミライに抱きついたままクミはくっつき虫みたいに離れない。

「ミライ、すぐに助けてやるぞ!」

「シュウヤ君……」

「クミとの絡みが終わったらな」

「……ええっ!? や、そ、そんなヒドイです……」

「ほらほらー、暴れちゃ駄目ですー」

 ごめん、ミライ。何つってもすげぇ見てて楽しいんだ。

 多分すぐ終わるはずだから友達付き合いだと思って耐えてくれっと助かる。

 みんなそれを望んでるハズだからさ。

「ナツハさん、パスですー」

「はいはい。行くわよ」

 ふわりと宙を舞った饅頭は、するりとクミの右手に吸い込まれた。

 その勢いで、饅頭をミライの口元に。

「むぐっ……辛いのはやですっ!」

「別の味かもしれないですよー?」

「酸っぱかったら……もっと嫌です!」

 あくまで抵抗するミライと、半ば酔った中年オヤジの様にミライに擦り寄るクミ。

 うむ、こりゃあ絵になるぞ。

「げほっ……ヤバい目に合うたわ」

「よ、おかえり。ツバサ」

「よ。やあらへんわ! わいがどれだけ地獄に半歩足を踏み入れたか!!」

 何故か涙目で訴えるツバサ。さては他人に見られないトコで泣いてたな。

「ん、何や、ミライもやられとるんやな」

「そうだ。クミの暴走で」

「二度ある事は三度あるかもね」

「兄姉そろって他人事やな」

「「違う。友達事だ(よ)」」

 ツバサの意見もまた正しいけど、流れ的に正しいのはミライがアレを食すコトだ。

 だから、オレらは傍観者を選ぶ。

「ふふん、早くあ段の発音をしないと鼻からエイリアンみたいに侵入ですよー?」

「ひっ! それはっ……」

 脅しで饅頭を食わせる作戦か!

「……開けますねー?」

「うう……」

「すぐに済みますよー、多分」

 今にも泣きそうな表情のミライ。ちくちくと良心が痛むのはツバサも同じだろう。

 だが、クミは至って正常だ。

 きっと猟奇殺人鬼なんかはこんな感じで人を殺すんだろうとぼんやり考える。

「3、2、1……いざ行きますー!」

「むぐっ……」

 ミライの口に饅頭が消える。

「…………」

「……」


 静寂が時を支配した。

 と、何秒過ぎた頃だろうか。


「……うなぎ」

「……うなぎですかー?」

「うなぎの蒲焼きの味ですっ!!」

 うわぁ、まじかよ……。

 饅頭にそんなもん入れるなんて、こりゃミライでも耐えられないだろ……。

「美味しいですっ! うなぎが!」

「……わるい、もう一回言うてくれ」

「こってりとして、それでいて生臭さが饅頭の生地と見事にハーモニーです」

『『ええええ!?』』

 絶叫が四人同時に発せられた。

「また作って下さいね、ナツハさん」

「え? あ、うん! 任せて」

「じゃあ、ちょっとごめんなさい。喉かわいちゃったので……」

 笑顔のまま言うと、ミライはいそいそとオレの横を通り過ぎて教室を出た。

 ツバサとは違う理由の、水飲みだ。

「ツバサ」

「何や」

「ミライの好物知ってたか?」

「……知るわけあらへん」

「……だよな」

 うなぎの味がする饅頭、か。

 姉きなら作りかねないなあと思い、ふっと姉きの方に視線を運ぶ。

「変わり者……ミライちゃんだけは普通かなって思ってた私は一体誰……?」

 姉きに至ってはショックというか予想外の事態を隠し切れないらしい。

 ぶつぶつ呟いてる姿は滑稽だ。

「何て面白い人なんでしょーか! これはもう仲良し候補確実ですねー」

 やはりクミだけは燦々として大きな瞳を輝かせてる。

 呆然とするオレ達とは対称的に。

 妙な心境にいるオレに、ツバサが一言。

「ある意味、学校一変わった彼女を持つ高校生やな……あんさんは」

「……否定出来ないオレがいる」

 何故ならホントのコトだから。

ナツハ『まさかあんなことにね……』

シュウヤ『ミライが普通の人だと思ってたことが迂濶だったかもな』

ナツハ『……何よ、知ってたの?』

シュウヤ『まさか』

ナツハ『じゃあなんで冷静なの』

シュウヤ『類は友を呼ぶからな』

ナツハ『……ふうん、言われてみればそうかもしれないわね』

シュウヤ『納得早いな』

ナツハ『シュウヤには後で特別に用意したロシアン饅頭があるから』

シュウヤ『……勘弁してくれ』


5―1、ミライの好物と姉きの憂鬱、終

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