3―2.夏の風に咲く桜
犬の謎。
前足って言うけど、エサを食べさせる時だけは『お手』って呼ぶ矛盾がある。
―――――
十時五十五分―自室
そろそろ予定の時間が来る。
二人に電話もしたし、身支度も整えたから後は家に来るのを待つだけだな。
「何か……緊張する」
考えてみれば、休みの日にミライが遊びに来るのは初めての経験だった。
クミやツバサは何回かあるけど、普段いない人が来ると分かってるだけで無意味に緊張しちまって落ち着けない。
「早く来い。早く……」
祈る様に時間が進むのを待つ。
そわそわと、時計を眺めたりベッドに寝てみたりして時間と暇を潰してた瞬間。
「うあ! 何だ!?」
外から聞こえたのは、ピストルの発射音に似た非常に近所迷惑な音だった。
そして、ざわざわと騒ぐ声も聞こえる。
「まさかっ……」
素早く起き上がって玄関に向かう。
―――――
玄関先―十一時
「やっぱりな……」
「約束通り三人で来たで」
「ぴったりですねー」
「こんにちは。シュウヤ君」
玄関を開けると、異様に爽やかな顔をした三人が並んで立っていた。
言わなくても分かるよな。ミライとツバサとクミの三人だって事くらいは。
「それより、早く行こうよー」
「ああ。そうだな」
財布はポケットに仕込んであったから、後は靴を履いて外に出るだけだった。
「で、どこ行くんや?」
「そうそう。まだシュウヤから何も聞いてないから気になってたんだよねー」
「はっ……!」
肝心な事を忘れていた。
ツバサとクミの言う通り、行き先を決めなきゃなんないのに忘れちまってた。
というか、どちらかと言うと田舎町な場所だから行くべき場所が分からない。
「あんさん……決めて無かったんか?」
「な、バカ言うなって! 折角ミライを連れて来たってのに行き先ぐらい……」
「じゃ、どこですかー?」
完全にあたふたしてるオレ。
テンションが上がる二人に対し、ミライは困った様な表情でこちらを見ていた。
「どこって……あ、そうそう! 皆が来てから決めようと思ってたんだよ!」
「本当ですかー? じゃあ、さっきの決めてあるっていう発言は偽りの……」
「ツバサ! どこが良い?」
クミの言葉を遮ってツバサに訪ねる。
「せやなあ……まあ、この辺で暇潰しが出来るって言えばゲーセンやろか?」
「あのボロい場所ですかー?」
「せや。ボロは禁句やけど」
「あそこねぇ……」
脳内地図に浮かんだのは、近所にある多少ペンキが剥げた小さなゲームセンター。
中身は普通だが、外見がいかにも幽霊屋敷の要素があって人が少ない穴場だ。
「あ、私はですねー……」
「じゃあ次。ミライ」
「あっ! 無視ですかー?」
クミに構わず話を進めちまおう。
「私は、ツバサ君に賛成です」
「ゲーセンでええんか?」
「はい。UFOキャッチャーの中身に結構可愛い人形が入ってるんですよ」
「へえ……意外だな」
まさに店の外見とは違うらしい。
「じゃあ、出発するか」
「ちょっと、酷いですよー! 私の意見だけわざと聞かなかったんですねー?」
「じゃ、何て言おうとしてたんだ?」
「そ、それはーあれですよっ! 確かにツバサ君と同じ意見で二次茶飯事とか言われちゃいますけどねー! でも最初に考えてたのは私ですよー!」
「そういう事にしておく」
とは言え、クミがそう言うだろうって事は昨日の内から分かってたんだけどな。
昨日話してた時に、ゲーセンの非売品の人形が欲しいって言ってたのは忘れねぇ。
「じゃ、出発するか」
「二回目やん。その台詞」
「いつもの事だよな」
「そうなんか?」
何と無くそんな気がする。
目指すは、外見は不安と躊躇いが付きまとうが中身はホントに普通なゲーセン。
二人だけなら緊張だけど、今日はツバサとクミがいるから何とかなりそうだ。
その前に、昼が近いから適当な店で賑やかな昼飯を食う事になるはず。
大変な日になるな。
ナツハ『シュウヤ、先にいたの?』
シュウヤ『姉きが遅かっただけだよ。自己紹介の為だけに十分も時間掛けてただろ?』
クミ『女の子は色々とあるんですよねー』
シュウヤ『ってクミ! 何で?』
ナツハ『前回からメンバーになったのよ』
クミ『よろしくお願いしますー』
シュウヤ『ルール自在だな……。じゃあ時間無くなんのもアレだから早速行こうぜ』
クミ『アレって何ですかー?』
シュウヤ『ほら、アレはアレだ』
ナツハ『ややこしいわね……。自己紹介始めちゃって良いの?』
クミ『あ、お願いしますー』
ナツハ『じゃあ……名前は阿倍ナツハ。身長はクミちゃんより8センチ大きいわね』
シュウヤ『素直に164って言えよな』
ナツハ『好きな飲み物は乳牛のアレです』
シュウヤ『いや、どんだけ遠回しな自己紹介してんだよ! 牛乳で良いだろ?』
ナツハ『アレが流行りなのよ』
クミ『今回だけかもですねー』
ナツハ『そして、前に言ったけど長い髪の毛が私の大きな特徴らしいです』
シュウヤ『そういや、茶髪は生まれつきなのか?』
ナツハ『うん。最初は先生とかに染めてるって言われてたけどね』
クミ『羨ましいですよー』
ナツハ『そうだ。クミちゃんも大きくなったら茶髪にすれば良いんじゃない?』
クミ『そうすると、お揃いですねー』
シュウヤ『ちょっと待った! そういうのは二人だけでやってくれ。時間がないぞ』
クミ『じゃ、そうしますねー』